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レイモンド9

「エリザベスが……先天性魔力枯渇症? そのせいで父上が亡くなった?」



 初めて明かされた話を、レイモンドは理解できなかった。きっと、小さく口を開けたまま硬直しているエリザベスも。



「で、……ですがエリザベスは、健康とは言えないまでもこうして生きています。確か先天性魔力枯渇症の患者は魔力ポーションを与えられたとしても、十歳までは生きられないはず……」



 肉体の成長に穴の空いた魔力の器が耐えきれず、崩壊してしまうのだと魔力の授業で習った覚えがある。十歳を越えられた患者は存在しないはずだ。



「それがルーファスの……お前が平民とさげすむあの男の功績なのだ」

「え……」

「そうか、お前は何も知らないのだったな。ならばことの始まりから話してやらねばならぬか」



 ランドルフの死後、異母弟であるルーファスの捜索は難航した。ルーファスはあずけられた家臣の家を十歳にもならぬうちに出奔し、そのまま行方知れずになっていたからである。



 異様に賢い子だったそうだが、しょせんは子どもだ。すぐ捜索すればほどなく見つかっただろう。だが養い親の家臣は捨て置いた。ランドルフの母……先代の侯爵夫人が捜さなくてよいと言ったせいだ。夫が身分の低い愛人に産ませた庶子など、どこかでのたれ死ねばいいと思ったのだろう。



 父の先々代侯爵も黙認したので、ルーファスが捜されることはなかった。二十年近く前に消えた人間の消息をたどれたのは、伯父が王家の間諜を使ったおかげである。

 高い魔力に恵まれたルーファスは放浪の末に杖の魔術師に弟子入りし、魔術師になっていた。彼は異母兄の死を聞いて嘆くどころか、ふてぶてしくこう言い放った。



『侯爵なんかになって、俺に何の得があるっていうんだ?』



「な……っ、何と不遜な!」



 レイモンドはあきれてものも言えなかった。

 不義の子が、本来なら決して許されない侯爵位に就けるのだ。涙を流しながら感謝するのが当たり前であろうに。



「……」



 だが、同意してくれるはずのグロリアはうつむいたままで、自分が先天性魔力枯渇症だと信じられないエリザベスはじっとてのひらを見つめている。

 はあ、と扇の陰で王太后が溜め息をこぼした。



「世間知らずにもほどがあるわ。あの人の遣わした教師は何を教えていたのかしら」

「一般常識を教えるのは親の役割ですから」



 伯父は残念なものを見るような目を向けてくる。左右の騎士たちからも、嘲りの気配が伝わってきた。いったい自分の何が悪いというのか。



「杖の魔術師とは、大陸でわずか十人しかいない偉大なる魔術師のことだ。どの国にも所属せず、政に関わることもないが、大陸全土の魔術師に大きな影響力を持つ。彼らの怒りを買った国からは魔術師が消えるだろう」

「そんな……、それでは国が立ち行きません」



 日常に欠かせない魔道具も、上下水道などの生活基盤も魔術師が作り出すものだ。管理は魔力を持たない平民でもできるが、修繕や買い換えには必ず魔術師を必要とする。



「そうだ。だからどの国の為政者も彼らの扱いには気を遣う。それは彼らの弟子に対しても同じことだ。……ルーファスは杖の魔術師の弟子として、各地で依頼をこなしていた。むろん無料奉仕ではない。適正な報酬を受け取っているが、一件あたりどのくらいの金額だと思う?」



 レイモンドは答えに窮した。金勘定は貴族のすることではないからと、侯爵家の家計簿すらまともに眺めたことがなかったのだ。ベネディクトからはさんざん確認して下さいと注意されていたにもかかわらず。



 それも想定内だったのか、伯父はレイモンドの返答を待たずに淡々と金額を告げた。

 レイモンドは驚く。魔力を封じた魔法剣が少なくとも三本は買える金額だったからだ。魔術師しか鍛えられない魔法剣がとてつもなく高価であることは、言うまでもない。



 そんな依頼を何件もこなせば、ルーファスのもとには巨額の富が転がり込んだだろう。北の防衛に支出を強いられ、富裕とは言いがたい侯爵家の収入を上回るほど……。



「わかったか? ルーファスが侯爵位を渋ったわけが」

「……」

「あの男にとって、侯爵家は重荷でしかなかったのだ。己の腕だけでじゅうぶん稼げるのだからな。愛着があれば別だが、生まれたばかりの自分と母親を家臣に押しつけ、出奔しても捜そうとすらしなかった生家などどうなってもかまわなかったのだろう」



 嘘だと叫びたかった。祖父は使用人に産ませた子を見捨てるような冷血漢ではない。高貴な淑女の祖母が、なさぬ仲の庶子を見殺しにするわけがない。

 だが伯父がこんなところで嘘をつく理由もないのだ。その証拠に、王太后は口を挟まない。



(あの平民は、侯爵など望んではいなかった)



 亡き父の後を継ぐことだけを夢見て生きてきたレイモンドには、信じられない--認めたくないことだった。上級貴族家の当主の座よりも価値のあるものが存在するなんて。



「……それでもあの男は結局、侯爵位を継いだではありませんか。つまり杖の魔術師の弟子よりも侯爵を選んだということでしょう?」



 杖の魔術師だろうが、由緒正しい侯爵の権威には敵わない。ひらめいた思いつきを誇らしげに口に出すが、伯父の軽蔑まじりの表情は小揺るぎもしなかった。



「選んだのではない。条件付き、期間限定で請け負ったのだ」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ルーファスが温厚で温和な性格で、状況の説明を彼の口から行っていたら、どうなっていましたかね? ルーファスの説明では信用出来ないなら、事情を知っている王族の立ち会いで。 [一言] レイモ…
[一言] どこの国の国家権力にも属さない独立機関だが、その実、各国の首根っこ押さえてる連中である事をまともに教えなかった段階で母親失格だわな。 まあもっとも一般常識(貴賤関わらずの)も知らん段階でアレ…
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