レイモンド7
ルーファスが消え、騒然となった会場を鎮めたのはマイルズたち私兵ではなく、王宮から出動した近衛騎士団だった。伯父王の名代はあの混乱の中、ひそかに従者を脱出させ、王宮に助けを求めていたのだ。
コルムバ王国一の精鋭騎士団に、傭兵崩れがまともに戦って勝てるわけがない。
私兵たちは一網打尽にされたが、その中にマイルズはいなかった。誰にも気づかれず、いつの間にかこつぜんと姿を消していたのである。
参列者たちは騎士によってそれぞれの家に送り届けられ、花婿になりそこねたサムズ男爵は医師の診察を受けている。レイモンドとグロリア、そしてエリザベスは引っ立てられるように騎士団の馬車に詰めこまれ、王宮の一室に連れてこられた。
形見の剣は取り上げられ、左右を屈強な騎士に固められている。縛られてこそいないが、ほとんど罪人の扱いだ。
エリザベスはベールを外され、長い裳裾が邪魔だからとくるぶしのあたりで切られてしまった。グロリアは息子たちの扱いに抗議するでもなく、焦点の合わない目を宙にさまよわせている。
「おい、いい加減離れろ。私はおそれ多くも陛下の甥、アスクウィス侯爵だぞ」
たまらず訴えると、騎士たちは顔を見合わせた。つかの間、嘲笑とも哀れみともつかぬ表情がよぎったように見えたのは、レイモンドの錯覚だったのだろうか。
「……侯爵閣下にはご不満かと思いますが、陛下のご命令でございますので」
「おじ、……陛下の?」
「陛下はまもなくおいでになります。侯爵家の今後について話がおありだそうです」
騎士はそう言ったきり口をつぐんだ。せめてエリザベスを着替えさせてやってくれとレイモンドが何度頼んでも、答えようとしない。
(近衛のくせに、王家に連なるこの私に何と無礼な……)
伯父の話とは、侯爵位継承のお披露目についてだろう。騒ぎを起こしてしまったことも叱責されるだろうが、きっと甥があの男の陰謀を打破し、侯爵位を勝ち取ったことを祝ってくれるはずだ。ついでにこの騎士たちの無礼を訴え、しかるべき罰を与えてもらえばいい。
べったり甘やかしてくれた祖父とちがい、伯父とはそこまで親密なわけではない。公式の場で会えば親族として遇してはくれるが、肉親としての触れあいは皆無に等しかった。
それでも親族は親族だ。表に出さないだけで、伯父は幼くして父を亡くしたレイモンドたちを気にかけてくれている。
はずだったのだが。
「愚かなことをしてくれたな」
現れた伯父はレイモンドたちをぎろりと睨み、冷たくなじった。伯父と共に来ていた王太后……レイモンドとエリザベスの祖母であるはずの女性がエリザベスを見下ろし、ため息をつく。
「だから私はこの子を育てることに反対したのよ。始末しておけば、こんなことにはならなかったのに」
「えっ……」
信じられない発言に、エリザベスはこぼれんばかりに目を見開いた。グロリアは顔を覆ってしまう。
「お祖母様!?」
寸前で助けられたとはいえ、成り上がりの老男爵と結婚させられそうになり、傷ついている乙女に何ということを。憤りのあまり立ち上がろうとしたレイモンドを、左右の騎士がすかさず押さえこむ。
「今のお言葉は……、どのような、意味なのでしょうか……」
青ざめたエリザベスがか細い声で問うと、王太后は広げた扇を優雅にかざした。
「そのままの意味よ、エリザベス。貴方さえ生まれなければ、侯爵家をルーファスに渡すことにはならなかった。ランドルフも死なずに済んだでしょう」
「お父様が……?」
「母上、そのくらいで」
伯父が王太后をたしなめてくれる。エリザベスを思いやってのことではないのは明らかだった。レイモンドも受け継いだブルーの瞳は、氷よりも冷たい。
「さて、レイモンド」
居住まいを正した伯父は親族ではなく、為政者の顔をしていた。レイモンドの背筋に一筋の汗が伝い落ちる。
「おおかた予想はつくが、お前の口から説明してもらおうか。何のつもりで結婚式を襲撃し、ルーファスを追放したのか」
「はっ……」
レイモンドは座りなおし、これまでの経緯を語った。ルーファスの横暴に始まる話はこれまでの鬱憤も手伝い、だんだん熱を帯びていったが、反対に伯父の表情は冷めていく。王太后が時折もらす溜め息が妙に耳障りだった。
「……なるほど。つまりお前はエリザベスを救うため、やむなくルーファスを追放したというのだな」
「はい……」
「そ、そうです! お兄様は私を助けようとしてくださっただけで……っ」
エリザベスが勇気をふりしぼって加勢してくれるが、伯父は一瞥すらくれず、深いしわの刻まれた眉間を指先で揉みこんだ。
「愚かな……。男爵との結婚こそが、エリザベスを救う唯一の道だったというのに」
「は……っ?」
「グロリアよ。そなた、レイモンドたちに何も話していなかったのか」
鋭い眼差しを向けられ、グロリアはびくりと肩を震わせる。しばらく王太后や騎士たちをすがるように見つめていたが、誰も助けてくれないと悟ると、スカートを握りしめながら答えた。
「……はい。お兄様」
「なぜだ。そなたが母親の口から話してやりたいと泣いて訴えるから、私も母上も黙っていたのだぞ。そなたさえきちんと説明しておけば……」
「言えるわけがないではありませんか! エリザベスには何の落ち度もないのですよ!? せめて、せめて真実を知るまでは、普通の貴族の娘として過ごさせてやりたかったのに……」
「そなたがそうやってその場しのぎを続けた結果がこれだ。今の事態を招いたのは、そなたでもあるのだぞ」
容赦のない糾弾に、グロリアはとうとう顔を覆って泣き出してしまった。伯父は嘆息し、王太后とうなずき合う。
「本来なら両親から伝えられるべきだと思うが、グロリアにはどうあっても無理のようだ。代わりに私が教えよう」
ごくり、と息をのむレイモンドとエリザベスに、伯父は告げた。
「……エリザベスは先天性の魔力枯渇症だ」