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レイモンド6

「ルーファス・アスクウィス! 貴様をこのアスクウィス侯爵家から追放する!」



 性急に決まったエリザベスとサムズ男爵の結婚式、当日。

 祭壇の司祭を押しのけ、レイモンドは高らかに宣言した。家族席に座るルーファスは大きく目を見開いている。初めて見る驚愕の表情は、レイモンドの溜まりに溜まった鬱憤をおおいに晴らしてくれた。

 レイモンド十八歳の誕生日まで、あと三日の出来事だった。



 結局、祖父から侯爵家に書状が届くことはなかった。それとなく催促しても返事はもらえなかったが、レイモンドはもはや歯牙にもかけなかった。成人を待たずして、ルーファスから侯爵家を取り戻す算段をつけていたからだ。



 ルーファスは確かに有能だ。そこはレイモンドも認めざるを得ない。だが常に前を見つめているがゆえに、足下をおろそかにしたのが致命的だった。



 アクィラ帝国が東の領地に攻めてこなくなったことにより、ルーファスは私兵として雇っていた数百人以上の傭兵を少しずつ解雇していった。彼らの多くは他の戦場へおもむいたり、東に留まって職を得たり、現地の娘と結ばれて根づいたりと新たな道に進んだが、中には侯爵家の私兵という栄光を忘れられず、くすぶっている者もいた。元大隊長のマイルズもその一人だ。



 二年ほど前、王都まではるばるやって来たマイルズはメイドを買収し、レイモンドに会いたいと文をよこした。平民と会うなど気が進まなかったが、ぴんとくるものを感じ、謁見を許したのだ。



 結果から言えば、大成功だった。マイルズはレイモンドにひざまずき、正統なる侯爵家の後継者に仕えたい、そのためなら何でもすると誓ったのだから。

 浅ましい傭兵にしては、物事の道理を正しく理解できる男だった。さらに有能でもあった。マイルズは同じ志の仲間たちを束ね、レイモンド直属の部隊として仕えさせたのである。



 傭兵ながらあっぱれな忠義に打たれ、レイモンドは侯爵家を取り戻したあかつきには彼らを騎士として取り立てると約束した。小規模とはいえ、自由に使える兵力は重宝する。



 マイルズが少しずつ増強していった私兵を、レイモンドは侯爵家奪還のために投入すると決めた。狙いはエリザベスとサムズ男爵の結婚式だ。

 男爵邸で行われる式には、ルーファスとグロリアはもちろん、祖父や伯父の現王の名代も参列する。マイルズたちに会場を封鎖させ、前王と現王の名代の前で侯爵位を返還させれば、後にいくらルーファスが抗議したところでくつがえらない。



 兵を率いるすべは祖父に遣わされた師から叩き込まれたし、学院でも将帥としての教育は受けている。師は『亡きお父上譲りの才』だと絶賛してくれた。そのレイモンドの天賦の才をもってすれば、会場を囲み、軟弱な男爵家の警護兵を排除するなど赤子の手をひねるくらいたやすいことだ。



 あいかわらず有能なマイルズは結婚式当日の男爵邸の警備体制まで入手していたので、予定通りレイモンドはエリザベスが婚姻の宣誓をおこなう前に会場を制圧できた。



 男爵はレイモンドに背後から殴られ、昏倒している。お兄様、と涙をにじませるウェディングドレス姿の妹を背にかばい、レイモンドは亡き父の形見でもある宝剣の切っ先をルーファスにつきつけた。



「どうした。怯えて言葉も出ないか」

「……」



 ルーファスはうつむき、肩を小刻みに震わせる。

 追放を宣告されたのがそんなに衝撃だったのか。無視し続けてきた義理の息子が大きく成長していたことに今さら気づき、打ちのめされているのか。どちらにせよ、胸のすく思いだった。



「レイモンドっ!」



 叫んだのは、花嫁の母として参列していたグロリアだった。淑女のかがみと謳われる母が取り乱すところを、レイモンドは初めて見た。



「なぜ……、どうしてこのような暴挙を……」

「落ち着いてください、母上。私は正当な権利を行使したに過ぎません。今日からは私が侯爵です。エリザベスも望まぬ結婚など……」

「黙りなさいっ!」



 ブルーの瞳を血走らせ、グロリアはよろよろと進み出た。レイモンドの実母には、会場を制圧する兵も手出しができない。混乱しきっていた他の参列者たちも静まり、ごくりと息をのむ。



(は、母上、なぜ……?)



 喜んでくれるとばかり思っていた母の異様な姿に、レイモンドは困惑する。立ち尽くす息子を、グロリアはきつく睨んだ。



「謝りなさい」

「は、……?」

「侯爵様に謝り、許していただくのです。……早く!」



 何を言われたのか、理解できなかった。……謝る? 自分が、この平民に? それに侯爵だって? 



「お言葉ながら母上、今この時よりアスクウィス侯爵はこのレイモンドです。侯爵が平民に頭を下げるなど……」

「黙れ、……黙れっ!」



 母は白い繊手を振り上げ、レイモンドの頬を叩いた。か弱い女性に叩かれたところで、痛みなどほとんどない。むしろ公衆の面前で母に手を上げられた衝撃の方が大きかった。背後でエリザベスがびくりと身を震わせる。



「謝れと言っているのが聞こえないのですか!?」

「……は、母上?」

「早く! 今ならまだ間に合います。謝罪を……」



「その必要はない」



 さほど大きくもないのに、その声は緊張で張りつめた会場に凛と響き渡った。おもむろにルーファスが顔を上げる。年齢を感じさせないその顔は、ゆがんでいた。……恐怖ではなく、愉悦に。



「重大な契約違反を確認した。よって俺は契約を破棄し、侯爵家を出る」

「こ、……侯爵様、お許しを……侯爵様……」



 ドレスの裳裾が汚れるのもかまわず、グロリアがルーファスの足元にすがる。レイモンドは頭を思いきり殴られたような感覚に襲われた。母が、この国でもっとも尊ばれるべき王家の姫が、卑しい平民にひざまずくなんて。



「もちろん侯爵も辞める。……良かったな。侯爵家も侯爵の位もお前のものだ」



 愕然とするレイモンドに、ルーファスは告げる。彼がレイモンドと視線を合わせたのはこれが最初で……きっと最後なのだろうと直感した。かつてないくらいの焦燥感と共に。



(なぜだ?)



 望みが叶った瞬間なのに、ちっとも嬉しくない。ルーファスが晴れ晴れとした表情をしているからなのか、母がさめざめと泣き出してしまったからなのか。



「後のことはお前が始末をつけろ。侯爵としてな」



 そう言い残し、ルーファスの姿はふっとかき消えた。一瞬、足元に魔法陣が浮かぶ。複雑すぎて、高度な教育を受けたレイモンドでもはっきりとは解読できなかったが……あれは転移の魔法陣か? 転移には膨大な魔力と、何より素質が必要で、王宮魔術師にも行使できる者は少ないのに……。



「なぜなの、レイモンド……」



 淑女の仮面を捨てた母が嗚咽する。



「あと三日だったのに、なぜ我慢してくれなかったの……」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 今回も母親に重大な落ち度かな。 [一言] あ、名代か、まあ、でもダメだが。 王家権威への挑戦相当だから。
[一言] バカ一号・夜会の席で出産後、初参加した建国時からの国の柱石の辺境伯の細君を犯す。 バカ二号・大事な式典で辺境伯令息の婚約者を寝取り宣言。 バカ三号・妹の結婚式(しかも王族も列席)で無闇に私兵…
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