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レイモンド5

 西の離宮は退位した先王……レイモンドの祖父の住まいだった。代々の王は退位しても王宮の別棟で暮らすのが普通なのだが、祖父が静かな環境を望んだため、現王がわざわざ離宮を建てさせたのである。



 祖父は娘であるグロリアを溺愛しており、グロリアの産んだ孫たちも目に入れても痛くないほどかわいがってくれていた。エリザベスの窮地を知れば必ず助けてくれるはずだ。



「何、エリザベスがあのサムズ男爵と!? ありえぬ、侯爵はいったい何を考えておるのか……」



 期待通り、レイモンドから話を聞いた祖父は怒りをあらわにした。ようやく話の通じる相手と出会い、レイモンドも安堵する。



「あの男は貴族でありながら商売に手を染めています。美しく高貴なエリザベスを差し出し、見返りに何らかの便宜をはからせるつもりなのでしょう」

「おおエリザベス、何と哀れな……王家の血を引く侯爵家の姫ともなれば、ふさわしい相手は他にいくらでもあろうに」

「……実は先ほどダルトン伯爵に会い、フェリックスとエリザベスを婚約させてくれるよう頼んだのですが、断られてしまいました」

「だが伯爵の子息とエリザベスは、想い合う仲ではなかったのか?」

「伯爵はサムズ男爵とエリザベスの結婚を、めでたいことだと……取りつく島もありません。フェリックスは留学したとかで、会わせてもらえませんでした。だからこうして恥をしのび、お祖父様にお願いに上がったのです」



 祖父はきれいに整えられた白い顎髭を撫で、空になったカップに自ら紅茶を注いだ。現役の王のころは数多の侍従に囲まれていた祖父だが、離宮に移ってからは必要最低限の人員しかそばに置いていない。



「……サムズ男爵との結婚を取りやめさせるよう、儂から侯爵に命じろということだな?」

「はい。いくらあの男が不遜でも、王であられたお祖父様の命令には逆らわないでしょう」

「うむ……」



 すぐにでもうんと言ってくれると思っていたのに、祖父は腕を組んで思案をめぐらせている。まさか祖父までもが、ダルトン伯爵のようなことを言い出すのでは。

 一抹の不安が頭をよぎったころ、祖父は姿勢を正した。



「わかった。後ほど侯爵に書状を送ろう」

「お祖父様……! 感謝いたします!」

「よいよい。エリザベスは儂のかわいい孫娘。幸せになってもらわなければのう」



 安心しきって帰宅したレイモンドだが、三日経ち、四日経っても祖父からの書状が侯爵邸に届くことはなかった。代わりに嫁入り道具を請け負った商人やウェディングドレスのデザイナーが出入りするようになり、エリザベスとサムズ男爵の縁談はちゃくちゃくと進んでいく。

 エリザベスはとうとう寝ついてしまった。



「母上からもお祖父様にお願いなさってください!」



 いてもたってもいられず、レイモンドは母グロリアの部屋に駆け込んだ。

 グロリアももちろんエリザベスの縁談を知っている。いや、仮にも侯爵夫人なのだから、ルーファスがサムズ男爵を相手に決めた時点で知らされていたはずだ。なのに止めようともせず、夫に苦言を呈するでもない母に、レイモンドは不審を抱かずにはいられなかった。

 だがルーファスに支配されているこの邸で、頼れるのはグロリアしかいない。



「……それはできないわ、レイモンド」



 信じがたい言葉に、レイモンドは目を剥いた。



「なぜです、母上。エリザベスが獣の後妻にされてもよいとお考えなのですか」

「そんなはずはないでしょう。あの子には侯爵令嬢にふさわしい、愛し愛される相手と幸せになってほしいと願っているわ」

「でしたら、どうしてあの平民に意見なさらないのです。侯爵夫人の言葉であれば、あの男も聞き入れるでしょうに」

「貴方のためよ」



 グロリアは悲しげにまぶたを伏せ、手に持った扇を震わせた。



「どんなに理不尽な縁談であろうと、当主の決定に変わりはないの。当主の意志は絶対よ。逆らえば、それを理由に貴方は廃嫡されてしまうかもしれない」

「……そ、んな……ですが私は、来月には侯爵になる身で……」

「でも今はあの人が当主よ。……どうかこらえて、レイモンド。どうしてもエリザベスがつらいようなら、貴方が当主になった後、離婚させて引き取ればいいわ」



 グロリアはここ数日でずいぶんと痩せてしまった。母もまた苦しんでいるのだ。だが一番苦しいのはエリザベスである。フェリックスが何も言わずに留学してしまったことを知り、起きている間はずっと泣いているのだとジェナから聞いた。



(なぜ私は、あと一月早く生まれてこなかったのだ!)



 そうすればただの平民に戻ったルーファスを追放し、エリザベスを助けてやれたのに。全てはほんの一月、遅く生まれてしまったせいで……。



(……ほんの一月など、待つ必要はないのではないか?)



 頭の奥で何かがささやいた瞬間、ぱあっと目の前が開けた気がした。



 ……そうだ。

 もともと侯爵家は生まれながらにしてレイモンドのもの。不幸な出来事のせいで、一時的にルーファスにあずけられているに過ぎない。ほんの少し取り戻すのが早かったからといって、誰が責められるだろう?



「……平民め。すぐに身のほどを思い知らせてやる」



 自室に戻り、さっそく手紙をしたためると、レイモンドはほくそ笑んだ。

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