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レイモンド4

 しかし、いよいよ十八歳の誕生日まであと一月に迫ったこのタイミングでルーファスがエリザベスの嫁ぎ先を決めるとは思わなかった。確かに貴族令嬢の結婚相手を決めるのは父親の務めではあるのだが、よりにもよってサムズ男爵だなんて、エリザベスの意志と幸福を無視するにもほどがある。



「……もう、我慢できない」

「お兄様?」



 エリザベスが不安そうに見上げてくる。やわらかな銀の髪を撫で、レイモンドは立ち上がった。



「お前は何も心配するな。あの男のいいようにはさせないから」



 ジェナにエリザベスを任せ、レイモンドはすぐ馬車を用意するようベネディクトに命じた。



「レイモンド様、どちらに行かれるのですか?」

「ダルトン伯爵家だ。フェリックスに頼んで、エリザベスと婚約してもらう」

「お待ちください。エリザベスお嬢様はサムズ男爵と……」

「あんな下衆にエリザベスをやれるかっ!」



 レイモンドは一喝したが、ベネディクトは恐れ入るどころかしつこく食い下がる。



「お嬢様の縁談は侯爵閣下のお決めになったこと。それにダルトン伯爵家の当主はフェリックス様ではなく、フェリックス様のお父上様です。いかにフェリックス様がお嬢様を望まれようと、ダルトン伯爵がお許しにならなければ婚約など……」

「ええい、うるさいうるさい! お前は命じられたことだけやればよいのだ!」



 この十五年、常にルーファスにすり寄っていた……としかレイモンドには見えなかった……ベネディクトを、レイモンドはもはや信用していなかった。自分が侯爵になったら真っ先に解雇してやろうとさえ思っている。



「……出すぎた真似をいたしました。お許しください」



 ベネディクトは深々と腰を折り、馬車を手配した。ようやく現れた馬車に乗り込み、レイモンドはダルトン伯爵邸に向かう。

 先触れは出していないが、レイモンドとフェリックスの仲だ。大目に見てもらえるだろう。父のダルトン伯爵にも、兄妹揃ってかわいがってもらっている。



(ベネディクトはああ言っていたが、事情を話せばダルトン伯爵はきっとフェリックスとエリザベスの婚約を許して下さるはずだ)



 二人の仲睦まじさは、伯爵も知っているのだから。うら若く高貴な乙女が下賤な老男爵の後妻にされるなんて、高潔な貴族なら看過できまい。

 だが、伯爵の反応はレイモンドの予想と正反対のものだった。



「すまないが、フェリックスとエリザベス嬢を婚約させることはできない。もちろん結婚もだ」

「は……っ?」



 すぐにでも婚約式の打ち合わせに入るものと信じていたレイモンドの頭は、まっ白になった。応接間に通された時から感じていたかすかな違和感がにわかに大きくなる。

 レイモンドが来たというのに、なぜフェリックスは顔を見せないのだろう。伯爵の背後に、なぜ護衛の騎士が三人も控えているのだろう。



「……失礼ですが、私の話をお聞きくださいましたか? 我が妹エリザベスは……」

「サムズ男爵との婚約が決まったのだろう? むろん聞いていたとも」

「でしたら!」

「めでたいことではないか」



 淡々と告げられ、レイモンドはつかの間言葉を失った。



「め……、めでたい……?」

「男爵は我が国有数の富豪。跡継ぎの男子もすでに生まれている。子を産めなくとも、正妻として何不自由なく安泰に過ごせるのだ。体の弱いエリザベス嬢にはうってつけの嫁ぎ先ではないかね」

「……本気で仰っているのですか?」



 貴族女性にもっとも求められるのは、跡継ぎとなる男子を産むことだ。跡継ぎの母になってこそ嫁ぎ先でも尊重されるし、己の居場所を確保できる。万が一エリザベスがサムズ男爵と結婚したとして、子を産めなかったら、男爵亡き後はおろそかに扱われてしまうだろう。



 だからこそレイモンドはエリザベスをフェリックスと結婚させてやりたかったのだ。フェリックスなら、たとえ子ができなくてもエリザベスを大切にしてくれる。跡継ぎには親族から養子をもらえばいい。



 ダルトン伯爵は無情にもうなずいた。



「ああ、本気だとも。こんな時に冗談など言うはずがないだろう?」

「っ……」

「話がそれだけなら帰りたまえ。今日、君はここに来なかったことにしてあげるから」



 エリザベスとフェリックスの婚約を願うことは、当主であるルーファスに逆らうことを意味する。伯爵としては慈悲のつもりだったのだろうが、レイモンドは納得できない。



「フェリックスに……、フェリックスに会わせてください!」



 フェリックスは伯爵家の一人息子だ。フェリックスが『エリザベス以外との結婚など考えられない』と言い張れば、伯爵が折れてくれる可能性はある。



 伯爵はレイモンドを見もせずに言った。



「フェリックスは隣国に留学した」

「留、学……?」



 ありえない。フェリックスとはついさっき、学院で別れたばかりだ。十八歳の誕生日には秘蔵の酒を飲み明かす約束もしているのに。



「当分の間戻る予定はない。……さあ、もう帰りなさい」

「待ってください、伯爵……!」



 去っていく伯爵を追いかけようとしたら、騎士に制止された。そのまま馬車に押し込まれ、レイモンドは呆然とする。

 あれは本当にダルトン伯爵だったのだろうか。名目上の父でしかないルーファスより、よほど慕っていたのに。それにフェリックスが留学とはどういうことだ?



「若様、次はどちらへ?」



 御者に呼びかけられ、レイモンドは我に返る。



(……そうだ。呆けている場合ではない)



 伯爵の態度は納得がいかないが、今はエリザベスとサムズ男爵の結婚を止めるのが先決だ。ダルトン伯爵がだめなら、他を当たるしかない。



「西の離宮へ向かってくれ」



 馬車はゆっくりと走り出した。


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― 新着の感想 ―
[一言] 某国の腐れ王族二代も王妃に甘やかされ増長して実質王朝交代を招いたが、さてこやつは、一応は文武に優秀との事だが、世情が見えてなさげだが。
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