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レイモンド3

 ベネディクトに案内され、レイモンドたちの待つ部屋に現れたルーファスは、亡き父とはまるで似ていなかった。

 ひょろりと高く、たくましさの欠片もない体。平民に多い茶色の髪と瞳。顔だけは整っていると認めざるを得なかったが、凛々しかった父と違い、軽薄さを漂わせていた。きっと先代を惑わせた卑しい平民女に似たのだろう。



『俺はお前たちの父親になるつもりはない』



 開口一番、ルーファスはそう言い放ち、レイモンドたちをあぜんとさせた。一生陽の目を見られなかったはずの庶子が、中継ぎとはいえ侯爵になれたのだ。しかも元王女を娶る栄誉にまで恵まれたのだから、泣いて感謝するのが当然ではないのか。



『俺は俺の好きなようにやる。俺に何の期待もするな。……いいな?』



 ……この、無礼者!



 父と母の息子として、正統なる跡継ぎとして、レイモンドは毅然と叱りつけてやるべきだったのだろう。だが、できなかった。父よりはるかに細い体から、父にさえ勝るかもしれない強大な魔力を感じたからだ。



 貴族は皆、魔力を持っている。魔力を持たざる者は貴族ではない。万が一貴族の家に魔力を持たない子が生まれれば、平民の養子に出されればいい方で、生まれた瞬間処分されてしまうことも珍しくない。



 魔力だけで言えば、ルーファスは紛れもない上級貴族だった。幼いレイモンドとエリザベス、そしてグロリアさえも簡単に葬ってしまえるだろう。



『……何なんだ、あいつは!』



 レイモンドがようやく口を開けたのは、ルーファスが引き上げた後だった。ルーファスの魔力にあてられ、泣き出してしまったエリザベスをジェナが必死にあやす。



『母上、今からでも遅くありません。あの無礼者を追い出しましょう!』

『……それはできないわ、レイモンド。お願いだから耐えてちょうだい』



 貴方のためなの、とくり返す母に、レイモンドはそれ以上何も言えなかった。ルーファスを迎えることでもっとも苦しめられているのは、母だったから。



 宣言通り、ルーファスは父親らしいことなどいっさいしなかった。食事は常に別々だし、レイモンドやエリザベスの部屋を訪れたことは一度もない。

 何か連絡事項があれば、ベネディクトを通して伝えられた。嫡男の教育に采配をふるうのは当主の務めだが、ルーファスはそれさえもグロリアに丸投げしてしまった。



 だが誰も……国王である伯父さえ、ルーファスを責めなかった。侯爵としての務めを、ルーファスは存分に果たしていたからだ。



 ルーファスが侯爵位を継いでからというもの、東の領地は祖父や父の代よりはるかに栄えた。定期的に国境を侵していたアクィラ帝国がなぜか沈黙を保ち、両国を行き来する商人たちが押し寄せたことで、領地にはこれまでと比べ物にならない富がもたらされたのである。



(ただ、運がよかっただけではないか)



 たまたま帝国が攻めてこないから、領地を繁栄させられたのだ。同じ条件が揃えば、レイモンドだってできるに決まっている。

 だが運であろうと、ルーファスが領地を富ませたのは事実だ。そのうち『新たなアスクウィス侯爵は、亡き異母兄をしのぐ名君だ』などと聞き捨てならぬ噂まで耳にするようになった。



 そのたびにレイモンドは悔しさを噛みしめた。ルーファスはよき為政者かもしれないが、人間としては最低だ。グロリアという最高の血筋の妻がいながら若い女たちを囲い、しょっちゅう屋敷に連れ込んでいるのだから。

 ベネディクトの話では、女たちは東の領地で拾われ、はるばる王都まで連れてこられたらしい。中には人妻までいるというからあきれてしまう。きっと領主の権力にものを言わせ、強引に夫から奪ってきたにちがいない。


 一度、見かねて警告したことがある。母をないがしろにするのは、侯爵家に対しても王家に対しても無礼極まりない。王家から罰が下される前に心を入れ替え、女たちを始末しろと。また、エリザベスにも父親として気配りをしろと。レイモンドとちがい、実父を覚えていないエリザベスは、けなげにもルーファスを父親として慕っていたのだ。



 だが、あの男はどこまでも不遜で身の程知らずだった。



『言ったはずだ。俺はお前たちの父親になるつもりはないし、俺の好きなようにやる。期待するなと』

『な……っ、卑しい平民ふぜいが何てことを!』



 レイモンドが激昂すると、ルーファスは皮肉っぽい笑みを浮かべた。



『その口のきき方、あの女にそっくりだな』

『何を言って……』

『連れて行け。仕事の邪魔だ』

 まだ聞きたいことがあったのに、あろうことかベネディクトはルーファスに命じられるがままレイモンドを連れ出した。そして、怒りに震えるレイモンドを賢しらに諭したのだ。



『レイモンド様。どうか侯爵閣下の仰せには逆らわれませんように』

『お前まであの平民の味方をするのか!?』



 最初は卑しい厄介者とルーファスを敬遠していた使用人たちだが、数ヶ月も経てばあの男に尻尾を振るようになった。あの男が給金を上げてやったかららしい。



 あからさまな人気取りに乗せられるのは無知な平民なら仕方ないと思っていたが、ベネディクトは侯爵家の一族でもある男爵家の出身だ。青い血を引き、亡き父に返しきれぬほどの恩義のある執事までもが金の魔力に取りつかれようとは。



『亡き先代様のご恩を忘れたことはございませぬ』

『ならばなぜ……っ』

『レイモンド様、エリザベスお嬢様のためでございます。曲がりなりにも侯爵家が平穏を保っているのは、閣下の存在あってこそ。……何より、奥方様が今の状況を良しとされておいでです』



 そう言われてしまうと、レイモンドは口を閉ざすしかなかった。母グロリアは寝所も共にせず、卑しい女を侍らせるルーファスに文句ひとつ言わず、侯爵夫人の務めを果たしている。全ては、レイモンドに侯爵位を受け継がせるために。



(早く、大きくならなければ)



 レイモンドは祖父の先王に一流の教師を派遣してもらい、武術と魔力を磨いた。王国の成人は十八歳。十八歳まで我慢すれば、堂々とルーファスを追い出せる。



 その日を励みに、次期侯爵にふさわしい男となるべく鍛練を続けてきたのだ。


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