レイモンド12
一ヶ月ほど、レイモンドたちは王宮に留め置かれた。男爵邸襲撃事件の仕置きのためだ。
そう、襲撃事件。
レイモンドが哀れな妹を救い出すための義挙は、罪として裁かれることになってしまったのだ。貴族が庶民をなぶり殺しても罪に問われることはないが、サムズ男爵は末端といえども同じ貴族だった。
『父は何の落ち度もないのに大怪我を負わされました。侯爵子息に裁きを!』
男爵の子どもたちはそう主張し、レイモンドに対し厳罰を求めた。
貴族同士の争いを裁くのは伯父である国王だ。だからレイモンドはさほどひどいことにはならないだろうとたかを括っていた。
レイモンドに頭部を殴られた男爵は、打ちどころが悪かったせいで半身不随になり、介助なしでは生活できない身体になってしまった。だが命に別状はないそうだし、有数の富豪である男爵家ならいくらでも療養環境を整えられるだろう。
ましてやこちらは侯爵家。レイモンドは王の甥なのだ。たかだか金で爵位を買っただけの平民にへりくだる必要などない。せいぜい治療費と慰謝料に多少色をつけた賠償金の支払いを命じられる程度だと予想していたのに。
「サムズ男爵に負傷させた代償としてアスクウィス侯爵家を降格させ、伯爵家とする」
告げられた裁定は思いがけないものだった。軟禁先の部屋を訪れたのは伯父王ではなく、王の侍従だ。伯父に見捨てられてしまったようで、心細くなる。
(いや、それよりも)
「なぜたかが男爵を傷つけただけで降格されなければならないんだ!? 殺めたわけではないのだぞ!」
「……殺めていたら、伯爵に降格どころでは済みませんでした。男爵に、いえ、爵位を剥奪されていたかもしれません」
冷ややかな侍従の態度は、仮にも主君の甥にして侯爵に対するものではなかった。子ども、いや、聞き分けのない子どもに言い聞かせているようだ。
「なぜだ。アスクウィス侯爵家は王家の身内、王国の盾だぞ。成り上がりの平民とは価値が違う」
「身内だからこそ、陛下は甘い裁定を下すわけには参りませぬ。それに盾の役割はルーファス様が担われることになりました」
「っ……」
ルーファスの名を出されると、怒りと羞恥、そして憎悪で頭がぐちゃぐちゃになる。三ヶ月が経ってもなお、レイモンドは気持ちの整理ができていなかった。
「……しょせん、汚らわしい庶子ではないか」
幾度となく吐き続けてきた文句を懲りずに口にするのは、それくらいしかけちをつける材料がないからだ。
ルーファスがいなくなったため、侯爵家当主としての仕事はレイモンドに回ってきた。大半はベネディクトが資料を揃え、わかりやすく整理してくれてあるのだが、それでもかなりの手間と時間がかかる。
学院で受けた領主教育はあまり役に立たなかった。知識と現実との間には矛盾がある。それを状況に即し、時には妥協しながらすりあわせていくのは、典型的な優等生のレイモンドがもっとも苦手とするところだ。
これをルーファスは十五年もの間、目立ったもめ事も起こさず取り仕切ってきた。しかもベネディクトはほとんど手伝わなかったというのだから、当主としてのルーファスの才覚は認めざるを得ない。
侍らせていた女たちについても、レイモンドが思っていたような存在ではなかったことが判明した。知らないままでは不憫だからと、王太后が手紙で教えてくれたのだ。
彼女たちは東の領地の代官に目をつけられ、無理やり妾にされるところだったのを、ルーファスに救われた者たちだった。東の領地は遠い。領主の目が届きにくいのをいいことに、賄賂と引き換えに犯罪を見逃したり、税金を着服したり、気に入った女をさらっては犯したりと、代官はやりたいほうだいだったのである。
父の存命中から時折仕事で東の領地に赴いていたルーファスは、哀れな女に遭遇するたび助けてやっていた。そのまま家に戻してはまた代官の毒牙にかかってしまうから、自分の仕事を手伝わせていたのだという。
思いがけず自分が侯爵になってからは、即座に代官の首を切った。しかし女たちはルーファスのそばを離れたがらなかったため、執務を手伝わせたのだ。愛人のふりをさせていたのは、彼女たちを守るためだろう。
王太后の手紙を読み終えた時、レイモンドは羞恥と屈辱に震えた。
代官を派遣したのは亡き父ランドルフだ。本当ならランドルフが代官の横暴に気づき、処断しなければならなかったのに、それをやったのはルーファスだった。
おそらく……侯爵家の財政が厳しかったのは、代官のせいでもあったのだろう。侯爵家に納められるべき税収の何割かが、代官の懐に入っていたのだから。
ランドルフが生きているうちに気づいていれば、あるいは死なずに済んだのかもしれない。けれど父は長年仕える家臣を疑うような人ではなかった。
そういう父の気質を上級貴族らしいと、金に神経をとがらせるのは卑しい庶民のすることだと、レイモンドは思っていたが……。
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