もしも夏のホラー2022のテーマが「桜の木」だったら 【題名】:紅い桜
今さら感がありますが、よろしくお願いします。
もしも夏のホラー2022のテーマが「桜の木」だったら
【題名】:紅い桜
1
オカルト好きの一部から、とある廃村に季節を問わず咲いている桜がある、との「うわさ」がある。
当該地域の衛星画像では微かに紅い箇所がある。周囲は山地で、夏場に撮られたのか、緑の木々に覆われ、微かだが確かに目立つ。
この廃村の紅く咲いている桜を目指して、私は電車を乗り継ぎ、Z県M市へと到着した。
ちなみに、M市の隣のN町の旧C村も「呪われた村」として有名で、確認されているだけでも5名もの行方不明者が出ている。
直近では2024年の1月だ。
私の目指す廃村はそのN町ではなく、このM市内だ。
簡単にZ県の説明をしよう。
先ず、いわゆる海なし県。県庁所在地はX市(人口約25万)。その隣にはY市(人口約6万)があるが、Z県全体は山地が多く、少ない平地に人口が集中しているので、各市町村の領域は人口に比べると、極めて広い。
M市は人口10万だが、東京23区くらいはある市で、何十年も前からの市町村合併で出来た市である。
人口も市名となった中心部区域にほぼ集中している。
M市の産業は、農業と革製品。
特に皮革産業は古くから盛んで、一部では西洋式の技術だけでなく、古来からの薬品を使わない技術を使って鞣された革を使った製品も、2000年代に入ってから復活させている。
そのためか、畜産業も多い。
当然、そういった手作りの革製品を扱った店舗も多く、M市の中心街は遠方からの買い物客で賑わっている。
M市の殆ど人家がない、道無き山地を目指すのは私くらいだろう。
2
M市の安いホテルに到着した私は、巨大なリュックの中から次々に荷物を出す。
登山用の上下の服や靴などだ。そして、動画アップのためにスマホと、更にモバイルバッテリーの充電をする。
翌朝、これらに着替え、両器のバッテリーの満タンを確認すると、ホテルから出て、タクシーをつかまえる。
「丑頸地区までお願い出来ますか?」
「……丑頸? あんな外れまで? 人は殆ど居ない所ですよ」
タクシーの運転手が言うように、M市丑頸地区は山地で、麓近くに数件の家がある位。
電波は届かなそうだが、動画が撮れればそれで問題はない。
これ以上車で進めない所で、私は下車し、山道を登る。
いや、道らしきものだ。多分廃村前に使用していた山道か。
道に沿って渓流が流れている。もし本当に山中に村があったならば、これを生活用水にしていただろう。
この廃村となった村名は「丑頸村」といい、昭和の初め頃に廃村となったらしい。
理由は単に、明治の中頃から住民が村から出て行って、現在のM市中心地域に定住して行ったから。
何故、彼らが山奥の村を捨てたのかは不明である。
「……何だ、これは」
私は呟く。30分は登った末に、広い平地へと到達したのだが、石造りのトンネルが山中に突如として現れた。
高さも幅も2mくらい。覗くと奥に出口が見える。30mほど歩けば、通り抜けそうだ。
3
スマホのライトを点けて、足元を照らしながら、私はトンネル内に入って行く。
恐らくここを抜けると、例の衛星画像の紅い箇所の場所のはず。
「何だここは。本当に山の中なのか……」
トンネルを抜けると、多少の起伏はあるが、広い平地が広がっている。
所々で木々が生い茂り、草も生えているが、せいぜい足首ほどで、土も見える。
そして明らかに廃棄されて長年経った人家らしきものが点在している。
「ここが丑頸村か……」
村内を歩く私はある一際目立つ朽ちた建物に目を奪われる。
木造の朽ちた鳥居があり、どう見ても神社だ。
その傍には一際立派な木が伸びている。
「これは、桜の木か?」
今は夏。当然緑の葉で覆われている。
やはり季節を問わず咲いている桜なんて無いようだ。あの衛星画像は何かの画像処理ミスか?
私はスマホでこの廃村の各地の動画を撮り始める。
編集次第では、廃村好きの視聴者に好まれるかも知れない。
4
山中に入ってから、少しずつひんやりして来たが、トンネルを抜けこの丑頸村に入ってから、更に寒気を覚える。
完全防備のため、夏なので暑い事この上なかったが、今では汗が完全に引いて、私の全身は冷たさに覆われていた。
さながら異世界に来た、とは言いすぎか。
午後の2時近く。私が丑頸村に着いてから、2時間以上は経っただろう。
空は夏の太陽が輝いているが、益々寒さは酷くなって来た。この防備で正解だった。
実際に、霧が出てきて、何やらこの世とは思えない雰囲気を醸し出して来た。
霧深い村内を歩き回り、私はある朽ちた建物に気付く。
どうも家畜小屋のようで、牛か馬かの大型の厩舎だ。
規模からすると、これらが二十頭以上は飼育できる広さだと思われる。
ここで簡単に丑頸村の構成を説明しよう。
トンネルを抜けた平地は、凡そサッカーのフィールドが一回り広いくらい。
周囲は3メートル以上の高い崖で、木々に覆われている。
人為的に山中を掘削して作った平地なのか。
その周囲に沿って、トンネルからを出た所から、逆のU字型に民家が等間隔で並び、一番の奥、つまりUの底あたりが、先程の厩舎だ。
そして、中央には桜の木がある神社がある。
「つまり、ここは大型の家畜を村民全体で飼育していた村なのかな?」
「その通りですよ」
「!?」
5
声がした方を私は振り向く。
3メートル先に、一人の若い男がいた。人の気配などずっとしていなかったのに、いつの間に彼はここに来ていたのだろう。
それより、私は彼の衣服に目を奪われる。
まるで昔の農家の服装だ。コスプレ?
いや、ひょっとしてこの廃村を案内するボランティアが、雰囲気を出すために仮装しているのか?
少しづつ霧が薄らいできた。
「ンモゥ~」
「!?」
私は鳴き声がした方向を見て驚く。
何と家畜小屋が在りし日の姿となり、中には数頭の牛がいるではないか!?
「これより、牛を解体する! 神主様、お願い致します!」
若い男は叫び、数人の同じく昔の作業着を着た男女が出てきて、一頭の牛を小屋から出し、村の中心の神社に連れて行く。
この神社も在りし日の姿に変わっていて、見事な狩衣姿の神主が居る。
神主はお祓い棒を振り、牛が神社に到着するのを待っている。
私は何かのアトラクションが行なわれていると思い、夢中でこの様子の撮影をする。
牛が神社の桜の木に縛られた。不思議と一切暴れず、時々「ンモゥ~」と鳴くだけ。
神主は拝殿の手前に置かれた三方の上にある短刀を掴み取り、お祓い棒をその三方の上に置く。
短刀を手にした神主が牛の頸動脈を切断する。大量の血が地面を赤黒く染め、死んだ牛はドスンと斃れる。
またも、数人の男女が出てきて、桜の木から死んだ牛を引き上げていく。解体するのだろう。
私は息をのみ、声も出ず、ただひたすらに撮影していたが、解体現場の撮影に移るか、と牛が連れて行かれた方向へ向おうとした、その時……。
地面から牛の大量の血を吸い取った桜の木が、まるで血のように紅く、あまりにも紅い花を咲かし、満開になっているのを確認した。
私はこの桜を何かに取りつかれたように撮る。
「……牛が我々の生活を助けてくれる」
「……牛の部位。何ひとつ無駄にしてはいけない」
呪文のような詠唱が何処からか聞こえてくると、私は数人に囲まれていた。
中には服装から、先程の若い男もいるようだが、当人かどうか分からない。
何故なら……。
彼らは皆、牛の頭皮を頭に被り、同じ詠唱を何度も繰り返し、それに対して神主がまたもお祓い棒を手にして振り続ける。
私を囲んでいるのではなく、彼らはあの紅い桜を囲んで拝んでいるのだ。
またも、霧が大量に発生して来た。私は地面からと、どこからの解体中の牛の血生臭さにむせ返る。
これが私が村内での最後に覚えている記憶だ。
6
目が覚めた私はトンネルの入り口で倒れていた。怪我は無い。
トンネルを見て私は愕然とする。
石、いや岩が大量に詰められ、中には進めないようになっている。
どう考えても、30mのトンネルを即座に塞げる訳がない。
実際に時刻を確認すると、当日の午後の6時過ぎだった。
よく見ると、最近に塞いだ感じではない。かなり昔に通れなくした感じだ。
私はこのトンネル前で突然気絶し、変な悪夢でも見ていたのか。
私は山を下り、M市中心地のホテルに戻る事にした。
山を完全に降り、しばらく丑頸地区を歩いた私は、幸運にもM市中心地区行きへの、停車中の市内巡回バスを見つける。
「すみませーん! 乗ります!」
外は段々と暗くなる。私はバスの中で、現実かどうか確かめるため、スマホで撮った動画を確認しようとしたが、何とスマホは充電切れ。
モバイルバッテリーを付け確認をする。だが動画は一切残っていなかった。
やはり、あれは悪夢だったのか……。
最後に撮った動画は、昨日M市に到着した時の、M市中心地区である。
そのM市中心地区でバスを降り、私はホテルに戻り、シャワーを浴びる。
しかし、鼻腔内にはっきりと残る血の臭いは本物で、食欲もなく、私は直ぐに寝た。
7
翌朝。ホテルをチェックアウトする。
帰る前に、M市の観光をするか、と中心地区を歩き回る。
手作りの革製品を売っている、ある店に私は入った。
店名の「紅い桜」に単に興味を引かれたからだ。
「いらっしゃいませ~」
「!?」
店主!彼の顔ははっきりと覚えている!あの丑頸村で最初に会った若者にそっくりだ!
だが、ノーネクタイのスーツ姿。
そして、完全に私とは初対面といった感じで、一人の客として接するではないか。
昨日のことをまくし立てたかった私は、完全に気を削がれる。
「どうです。この財布。牛革で作られた物なんですが、鞣しがこの地域で古くからの技術で、薬品などが使われていないのですよ。もちろん裁縫を初め全て手作りです」
店主は自分が身に付けているベルトや革靴も、このM市でハンドメイドされた物だと、胸を張る。
「この地域は昔から牛の畜産が盛んだったのですか?」
「えぇ、江戸時代には牛の味噌漬けとかを藩主様に献上していたそうですよ。よく聞くでしょう。昔は薬と称して、肉をよく食べていた、という話しを」
「で、残った皮は鞣して革製品を作っていたのですね」
「そうです。命をこうして昔から、そして今でも何ひとつ無駄にせず大切に扱うのです。私の先祖の中に、実はその牛を飼育していた、今は廃村の出身者がいるんですよ」
私は改めて店内を見回した。
牛の頭の剥製が飾られている。
あの時に見た、牛の頭皮を被った者たちを思い起こさせる。
明治に入ってから、近代的な畜産場がM市の各地に作られ、あの丑頸村は不要になったそうだ。
元々飼育や解体技術がある彼らは、村を捨て、こうした畜産場で働くようになったらしい。
「では、この財布下さい」
「ありがとうございます。これにするとはお目が高い!」
私が選んだ財布は二つ折りの黒褐色。
その表面には、あの血のように紅い桜の花びらが刺繍されたものだった。
もしも夏のホラー2022のテーマが「桜の木」だったら
【題名】:紅い桜 了
……そして、物語はある裁縫製品の誕生へと続く。
■反省点
これって、「うわさ」の箇所を強調したら、今年の「夏のホラー2024」に出せるのは、と思っています。
■注
「夏のホラー2022」ではあの企画があったので、今さらながら参加しまみました。
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