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彼と彼女は政略結婚  作者: あやぺん
一.出会いノ章
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三話

 私は転売や仲介業で財を成して手広く商売をしているナガエ財閥の四男シン・ナガエと結納。

 結納金として、父が借金取りに渡す返済信用代と同額をいただいた。その代金と契約金大型金貨五枚の差額は、祝言後三ヶ月したら支払ってもらえる。それは口約束ではなくて、既に銀行振込予約がしてあり、振込みは中断不可能となっている。


 私達は本当に結納するし、結婚もするけれど、離縁前提の偽結納や偽結婚なので、宴席や家族顔合わせは行われない。シンと父だけで契約書を役所に提出して、結納金という契約金を与えられただけ。そのお金は、私の見ている前で父の手から借金取りに渡された。


 本日より私はシン・ナガエのお屋敷に住み込む。祝言は私の元服翌日である十一月五日で、そこから三ヶ月お勤めしたら実家に帰れる。元服日は一時帰宅して良いそうで、晴れの日に偽祝言や初夜は嫌だろうと配慮してもらえた。


 シン・ナガエは小説家で、次回作の為に国立女学生以上のお嬢さんやお嬢様について知りたいそうだ。しかし、そのような女性と接点を持つのは至難。

 この「知りたい」にはに生活ぶり、友人関係やその内容、服装や髪形や持ち物などだけではなくて、色恋知識はどのようなものなのかとか、初夜の様子やその後どのように色春反応が変化するかも含まれているという。なので調査は至難どころか不可能という領域。


 金に物を言わせて手に入れられる女性では身分が低くて参考にならない。それなりの家の者は、お金を積まれても娘や婚約者や嫁の痴態を他人に話したりしない。話を利用しようとする小説家相手ならなおさら。

 なので、彼はあのようにあちこちの花街で競りを見学しながら自分の求める資料を探して、購入機会をうかがっていたそうだ。

 そこに天からの授けもののように私が登場。私としても、両親や姉としても、短期間お嫁になるだけでナナエの作った借金を全て返済どころか貯蓄が増えて、実家に帰ってまた普通の生活に戻れるから渡りに船だ。


 婚約者の家に頼まれて早く事業を手伝う場合に限り、これまでの学校成績が良好な最終学年の女学生は、特別に単位を与えられて卒業式まで休学出来る。

 私はそれに該当したので、私は国立女学校中退ではなくて国立女学校卒業者になれる。

 戸籍に離縁(いち)とついてしまうけど、あの店のお嬢さんは花街に売られたとか、同級生のあの子はお家没落回避の為に身売りしたと言われずに済む。

 つまり、これは単なる政略結婚みたいなもの。シン・ナガエは両親と父にそう説明して、きちんとした契約書類を父と共に作成して、役所で問題のない契約を交わしてくれた。


 と、いう訳で私は友人達に「お家の為に政略結婚を選びました。不安もありますが、優しそうな方なので励みます」と伝えて休学。


 シン・ナガエの父親は、病弱な息子を心配して、身の回りの世話をしたり寄り添ってくれる女性を嫁に望んでいるけど、優良物件は優良物件に取られてしますので嫁探しは難航。

 そこに仕事関係で我が家の借金話を耳にして、それならお金で息子の嫁を買えるかもと考えた。フユツキ家と事業提携に損はないどころか得で、三女マリ・フユツキも四男の嫁としてなら悪くない。父はこの婚姻話を持ちかけられて、このままでは何も悪くない娘が花街奉公をすることになると即座に土下座。

 これが私とシン・ナガエの馴れ初めで、一度の食事会で結納決定。そういう、典型的政略結話がシン・ナガエと父の打ち合わせで創作されていて、しっかり認識を共有してある。


 シン・ナガエに指示された通り、最低限の荷物を持って、一人で北部海辺街へ向かった。許された荷物は着物二着、首に結べる風呂敷一枚で包めるもの、両手で持てる物。現金は三銀貨まで。

 立ち乗り馬車に乗ってはいけなくて、歩いて行かないといけない。監視されていないから嘘をつくことは出来るけど、両親が「大金を払って仕事の為の調査をしたいという者なので、見張りや監視をつけているかもしれない」と言うし、私もそんな気がするから素直に徒歩。

 彼は私を正式に買う——表向きは結納——まで私についてかなり調べてきて、それを両親に提示して「これは素晴らしい調査対象、生きた高級資料です」と恍惚(こうこつ)とした声を出したそうだ。その彼が私を野放しにする訳がない。


 茶屋で末銅貨を払って休み休み歩けば、三時間か四時間で着くだろう。行き交う人々に私はどのように見えているだろうか。

 一番安い着物を二着と指定されたので、平家(ひらいえ)娘が納品や売り場へ向かっていると思われてそう。

 

 今日の商品はなんと、昨年煌国(こうこく)王都を沸かせた華国(フラァコク)の歌姫アリアの髪型になれる異国風のクシですよー! なんて。

 通学路で見かけたり、買い物に行った時に接客してくれる売り子達は結構憧れ。六畳しかない部屋で家族四人で暮らしていることもあるなんて本当だろうか。


 私は自他共に認める箱入り娘。我が家は家業的に男性奉公人ばかりだけど、初恋はお見合い相手や同格疑惑の男子学生としなさいと、彼らとかなり離されて育った。家庭持ちの中年男性とは挨拶や短い会話をするけど、年の近い男性奉公人と会うことはないので挨拶すら交わさない。


 私立女学生だった姉達に劣らないように、国立女学校卒でも上流層と縁結び出来るように、茶道、花道、琴、舞踊の手習いをさせてもらえた代わりに多忙気味の日々。

 だから、私が世間知らずなのは明らか。なにせこのように一人で街を歩いたことはない。地方へ向かっているからあまり見ない景色や服装な者が溢れている。


「お嬢さん」


 歩いていたら突然大きな影が落ちてきたので顔を上げた。


 ……赤鹿!

 ……赤鹿警兵さん!


 家族で北部海辺街のお祭りに行ったり、南西農村区へ旅行した時に会える希少な赤鹿兵官が私の前にいる。

 地方治安維持部隊「警備兵官」のうち、赤鹿に乗れる弓部隊は赤鹿警兵や赤鹿兵官さんなどと呼ぶ。


 赤鹿は黒い目がくりっとしていて、ウサギの半分くらいの長さの耳がピンッとしていて、可愛らしい顔立ちをしている、馬よりも二回りくらい小さい四足歩行の生き物。

 絵でしか見たことのない鹿は馬くらい大きくて落ち葉色の毛。赤鹿は赤毛で白い点々模様があり、尻尾は短かめでまん丸だ。すこぶる愛くるしい。


「あー、お嬢さんは迷子ではないですか? 赤鹿に会えて嬉しそうですね」

「迷子ではないはずです。この通りをずっと進むと北部海辺街ですよね?」

「その格好と荷物なのに、徒歩で海辺街へ行くんですか?」

「はい。路銀がありませんので徒歩です。あと三刻くらいで着くと思うので、茶屋で休みながら向かいます」


 涼しげな目をした、わりと整った顔立ちの赤鹿警兵はサッと赤鹿から降りた。室外にあまり出ないから肌の白い私と、外回りばかりだろうからこんがり日焼けしている彼が並ぶと囲碁の石みたい。


「お嬢さん、身分証明書を拝見します」

「はい、どうぞ」


 午前中に平家(ひらいえ)娘のような格好で歩いていたのに、なぜか不審者と思われたようだ。


「この住所だと家は逆方向です」

「はい。実家はそうですが、私は嫁ぎに行く途中です」

「嫁ぎに? お嬢さんの嫁入りなら一人でこのような格好でぷらぷら歩いているはずがありません。家出人として保護、連行します」


 なんてことでしょう。どうしてなのか分からないけど家出人と誤解された!


「ちが、違います! せっかく一刻くらい歩いたのに振り出しに戻るなんて疲れます。これから同居結納するのです。ほら、ここ。結納契約書の一部抜粋の記載があります」


 私は慌てて別の(ぺージ)を彼に見せた。


「……この住所は自分の家から遠くないです。えっ? あの崖近くの幽霊屋敷へ嫁ぐんですか?」

「幽霊屋敷なのですか?」

「ギイチさんってシン・ナガエさんって言うんですか。いや、別人か? ギイチさんの同居人はアザミさんしかいません。この住所にシンさんという方は住んでいませんよ」

「ギイチさんが夫になるシンさんです。小説家さんで、小説家としての名前がギイチさんです」

「ああ。本名ではないと思っていましたが教えてくれないし、身分証明書の提示も拒否していて。シン・ナガエ……。ナガエ財閥の関係者だったのかあ。粗暴なようで品があるのはそういうこと」


 ふーん、というように眺められてしまった。職業柄何やら考察しているのだろうか。


「この住所のお屋敷の(あるじ)は引きこもって全然家から出てこない世捨て人のような方です。そんな人とどうやって縁結びを? しかも徒歩で嫁入りなんておかしいです

「我が家はお金が入り用で、かなりのお金を無利子で貸してくれると申し出てくれたのが彼のお父上です。四男に良縁は難しいけれど、お金で解決できるお嬢さんを発見して万々歳。我が家は格上と縁結びに加えて借金返済支援で万々歳です」


 彼は私が見たことのないような光を宿した瞳をしている。肝試しだと、姉達と共に夜に底の見えない真冬の井戸を覗いた時のような感覚や、あの夜みたいな目なので怖くなってきた。


「その話が本当だとして、なぜ一人なのですか? 初日なら親や使用人と嫁入りですよね?」

平家(ひらいえ)売り子風に歩きたかったからです」


 下手な言い訳をしたら変なことになりそうなので、おバカっぽい台詞を選択。


「それなら付き添い人など誰かしらが近くにいるんですね」

「はい」

「嘘つきは目が泳ぐんですよ」

「……」

「それに嘘つきは黙り込む。嘘がうまい場合は別ですが。本当のことを言いなさい」

「お嫁さんになって病人のお世話をするのなら一人で歩けるとほぼ家出です。一人で大丈夫、箱入り娘は卒業だと書置きを残してきたので、親や使用人はきっと今頃シンさんのお屋敷で待っています。ようやく手習や学校ばかりという檻から外へ出られたのですよ!」

「……やっぱり家出人じゃないですか! 若くて容姿の良い、家柄良しのお嬢さんが一人で物見遊山は危険です。常日頃から教わっているのにこのように。自分のためなんですから、窮屈でも我慢しなさい」


 まずギイチのお屋敷へ私を連れて行って、話が本当ならそのまま引き渡し。そうでなければ実家へ連れて行く。赤鹿警兵はそう告げると、私は赤鹿に乗せる、連行と発言。

 彼は私の嘘を見抜いたのに騙された。私に向かって「そういう理由なら、気を付けて行って下さい」と手を振ったら、この街の治安が不安になるからこの結果は良いこと。多分。一人で歩いてくるようにと命じられているので、シン・ナガエに怒られるかもしれない。


「自分は手綱を引いて歩きます。ここからなら二刻としないで到着するでしょう」

「二刻もしないで? そんなに速いのですか?」

「ええ。しかしお嬢さんを歩かせたら三刻以上かかるでしょう。ご実家の住所もなんとなく分かります。そこからここまで一刻もかかる足ならそうです」

「赤鹿に無料で乗れるなんて、観光地ではないのに乗れるなんて素晴らしいです! ありがとうございます」

「えっ? あー。ああ。やっぱりお嬢さんどころかお嬢様ですか。悲壮感はないので心配無いのかな。まあ、いいか。帰るついでだし」


 洞察力が鋭くないと治安維持は不可だから、仕事関係で歩いている平家娘ではないとバレたのだろう。おまけにお嬢さんではなくて、お嬢様の仲間とまで見抜かれている。


 赤鹿は愛くるしいとジロジロ見ていた間に、昔観光地で赤鹿屋がそうしてくれたように椅子が装着されていた。小さな背もたれと膝置きがあるのでそこを持って座っていなさいと命じられた。

 赤鹿警兵は「失礼」と私をヒョイっと抱っこして赤鹿に横坐りさせた。


 歩き出した赤鹿警兵は早歩き。視界が高くて楽しいし、速さもあるから春風が心地良い。


「赤鹿警兵さんも赤鹿屋生まれですか? 前に赤鹿屋さんにそう教わりました。赤鹿警兵は赤鹿屋に生まれた子どもの中で、武術系が得意な子がなると」


 男性と離されて育ったけど、赤鹿乗りと話せるなんて滅多に無いことだから会話したい。照れや人見知りよりも好奇心が勝っている。


「そういう者が多いですけど、自分はたまたま赤鹿に好かれたから、赤鹿屋に一緒に働こうと誘われました。赤鹿乗りとして腕を磨いたら、兵官になれる確率が上がるから、赤鹿屋に雇ってもらいました。赤鹿乗りにならないと兵官は絶望的だったんで運が良かったです」

「つまり、赤鹿警兵さんは夢を叶えたんですね」

「半分です。まだ凖官という試用期間中なので」

「凖官……それは兵官さんの一番下の官位ですか?」

「ええ」

「どうして兵官さんになろうと思ったのですか?」

「人生最大の恩人が兵官だからです」

「命の恩人に憧れて兵官を目指す方は多そうです。私の両親も兵官さんに助けられました。運悪く、あの大狼に襲われて、ルーベル副隊長さんに助けてもらったのです。父もしばらく剣術にいそしんだそうです」


 滅多にない、凶暴肉食獣の大狼が王都内の街を襲撃した事件の日、両親はその事件があった街へ旅行中だった。


「ネビーさんは山程区民を助けているからよくある話なんですが、お嬢さんのご両親の恩人と俺の恩人は同一人物です」

「まあ、そうなのですか。ルーベル副隊長さんは学友の叔父君です。機会があれば、助けられた方が立派な赤鹿警兵さんになったとお伝えします」


 こう話したら、お礼の手紙を預けたいと頼まれるかもしれない。命の恩人にはお礼をしたいものだ。


「……お嬢さんはユリアさんの友人なんですか」

「ユリアさんをご存知なのですね」

「ええ。ついこの間の日曜日に、掛かり稽古の相手になってくれて、ボコボコにされました。顔も性格も違うけど、才能はネビーさんの娘かってくらい似ています」

「ユリアさんは何度も登下校中に悪い人を捕まえています。とても格好良いです」

「ユリアさんもご両親に似てとても優しい女性ですが、ネビーさんはうんと優しいです。君のご両親は命を救われたけど、俺は心を救ってもらって、それはずっと続いています」


 ずっと無表情で前を見据えていた赤鹿警兵が、こちらを見上げて柔らかく微笑んだ。まるで万年桜がある日突然満開になった舞台場面のように。


 それは私の初恋の君が人を助けた後に見せた笑顔と優しい眼差しそのもので、私は泣きそうになり、ひたすら落涙を堪え続けた。

 私の初恋は両想い疑惑だったのに、運の悪さで何も起こらずに終了。昨夜、改めて感傷に浸って諦めて、前を向いたはずなのに、それは心に蓋をしただけだったらしい。

 何かを察した赤鹿警兵は、笑ってしまうような話をあれこれしてくれた。

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