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彼と彼女は政略結婚  作者: あやぺん
一.出会いノ章
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二話

 一般的に、中規模商家は単なる商家よりも大商家の仲間として認識されている。そのため、私は世間から「お嬢さん」よりも「お嬢様」として評価されていると思う。


 家の格が上がるにつれて、家の歴史や家業に奉仕した人々の人生が重荷となる。今回の事態はまさにその通りで、私が少し自己犠牲をすることで、多くのものを守ることが可能。逆に、世間一般的な目線では「少しの不幸やわずかな自己犠牲」を私が拒否し死んだり逃げた場合は、多くのものが失われる。


 そのため、私たち親子は借金取りの要求を受け入れることにした。 


 長女エリは猛反対。私立女学校卒の自分にも似たような価値があるから自分が、と言ってくれたけど、結納済みの方が価値が下がるし、年齢的にも私の方が高値で売れるから却下。

 おまけに姉の祝言は事業に追い風なので、そういう意味でも却下。そこに私がエリにうんと幸せになって欲しいという理由もあるので断固拒否。

 

 そういう訳で今日は競りの日。


 父と共に、人買いに一区まで連れていかれて花街に入り、お披露目広場で公開特別競りに参加。

 今日の私はナナエが元服時に着た振袖を着ている。化粧は薄いけれど、流行りである編み込み片三つ編みという髪型に銀製の髪飾りというとてもお洒落できらびやかな格好。帯留め、帯揚げもしっかり使って、草履の鼻緒は縁起柄の旧織物。腹が立っているので、私はこの街で「遊女ナナエ」と名乗るつもり。


 お披露目広場の中央に置かれた椅子に腰掛けるように指示された。借金取りから私の売買を引き継いだ人買いが特別売買が始まると告げて、彼の部下がチラシをばら撒いていく。


「華族の血を引くお姫様(ひぃさま)の年は十五才。冬の始まりである今年十一月に元服です!」


 浪費家の姉がこさえた借金返済の為に、あらゆる(うい)を売ります。契約希望者の中で取引が許された者だけになりますが、身分証明書があるので本物かどうかしっかり確認出来ます。本物の女学生でお嬢様ですよ。これまで男性に体を触れさせたことはないどころか、見せたこともありません。と、いうように宣伝されていく。

 人がどんどん集まってくるので不快で悲しいけれど、競り合いにならないと自分有利の契約を結べないのでこれで良し。


「彼女の借金は全部でいくらですか?」


 もう春ですっかり暖かいというのに褞袍(どてら)姿、しかもつぎはぎだらけのボロ褞袍(どてら)を着た、ぼさぼさ髪で目元が全然見えない男性が人買いに声を掛けた。


「総額は大型金貨四枚と小型金貨十八枚に銀貨二十六枚です」


 ナナエは本当に多額の借金をしたものだ。悪徳な金貸しではない、適正金利の金貸し店から借りたので、この借金にはあまり利息は含まれていないというのにこの金額。

 高級遊楼(ゆうろう)に買われると、必要経費を借金にされるので気を付けないとならない。ただ、幸運なことに遊女が大金を出して購入する衣服や飾り物を私は既にいくつか持っている。お店に何か買えと言われても突っぱねられる。借金が膨れ上がるとしたら、私がナナエのように欲望に支配されて堕落した時である。

 労働契約は、覚悟を決めた父がしっかり交渉してくれるし、私も腹を括ったので両親と三人三脚で最短奉公を目指す。


「それなら自分が彼女を大型金貨五枚で買います」

「……へっ? 今、なんと?」


 人買いが仰天しているけれど、私も同じ気持ちだ。


「大型金貨五枚で買います。本物のお嬢さんかお嬢様で本当に処女なら大型金貨五枚を払いします」


 人買いは彼に「どこの遊楼(ゆうろう)の方ですか? 高額でも労働契約の内容によっては本人が拒否します」と告げた。


「一般人です。外街で使うので、死罪は困るから婚姻してもらいます。婚姻お礼代として大型金貨五枚を払うので、代わりに籍を入れてもらいます」


 花街外で買売春は死罪。結婚するというのは私を買って家で使うための抜け道ってこと。


「つまり、貴方はこのお嬢様を嫁として買うってことですか。そんな大金を払って」

「見た目が良いし、卒業間近の女学生なら教養も申し分ない。欲しいのは生娘だから……何軒かの遊楼の女将に検分してもらいます。身分証明書もしかと拝見します。そこの兵官にも確認させますよ。偽物は必要ないんで」


 それならうちの店はいくら払うとあちこちから声が上がる。ぼさぼさ髪の男性が大型金貨五枚と提示したので、他の者の提示金額も借金取りの予想を遥かに超えていく。

 私のような華族の血を少しでもひいている生娘女学生お嬢さんが遊女になることは極めて稀なので、きっと高額取引になると言われていたけど、大型金貨十枚まで飛び出るとは。大型金貨十枚に対する初期労働内容はいかほどなのかは気になるところ。


「花魁を目指しましょう? お家のために身売りするのなら、いっそ突き抜けて花魁になれば世間の評価はくるっと手のひら返しです」

「それならうちの店です。菊屋には皇族もいらっしゃる。十年以上この街のてっぺん、天の原花街の中店(ちゅうだな)くらいまでには全く引けを取らない、太客だらけの菊屋へどうぞ。皇族の側室になって、皇子様や皇女様を産めば皇妃様ですよ!」

「何を言っているんだい。皇族の方々にお嬢様は間に合っている。うちの店ならそんな無理はさせない。なるべく楽に借金を返せるような奉公を約束するからうちの店へどうぞ」

「何を言う。菊屋でお嬢様らしからぬことも覚えれば、皇族の方々の気を引ける。夕霧太夫が皇居へ迎えられたり、遣り手の一人があの伝説の吹雪太夫という菊屋へどうぞ」


 夕霧太夫も吹雪太夫も知っている名前だ。なにせ二人とも文学作品や浮き絵になっている。太夫は高級なお店に所属する看板遊女の名称で、その中で一番の人気者が太夫。吹雪太夫は、その太夫達の中ので、異例の三年間頂点だった人物だ。

 吹雪太夫は一番人気から二番になった瞬間に遊女を引退。現在は、お店の講師と役者兼芸妓として大活躍中。私も観たことのある舞台の真ん中で光り輝いていた。


 夕霧太夫は吹雪太夫から一番人気を奪った花魁で、足しげく通う皇族を袖振りしまくって、百夜通いどころか千夜連続で通えと高飛車な要求をした女性。おまけに、一夜ごとに自分の妹分達が喜ぶ愉快な物語を語らなければ客として認めないとも告げた。

 結果、ヒョウマ皇子は本当に千夜通って一夜ずつ物語を語り、千と一日目に彼女を手に入れて、妃にすると皇居へ連れていった。

 私が半元服する前にお祝いのお祭りがあって、なぜか南三区で一番大きな神社でも儀式が行われたので、家族と共に参内を見られた。彼女のあまりにも美しい白無垢姿は目に焼き付いている。


 太夫や花魁は流行りを作る者達で、そのように伝説の中を生きている、あまたの区民の羨望の的で噂の中心。


 穢れてしまうのなら、いっそそこまで突き抜けてみたい衝動に駆られる。

 私は美少女と呼ばれて育ったけれど、特別美しいとか、絶世の美少女とは呼ばれない。花魁になるような者達は、幼い頃に売られたり、酷い家庭環境に生まれてしまった結果保護された美少女達で、上流華族のお嬢様並みの教養を与えられる。

 一方、私は庶民に毛が生えた程度の教養しか有していない。とびぬけた美貌や才能、能力が一つも無いという現実を考慮すると花魁にはなれない。

 目指すなら借金をして猛勉強や猛稽古しないとならないだろう。それは借金を積み上げていくということだ。


「マリ。こうなると交渉可能だ。お前がなるべく楽で、すぐにこの街を出られる店と契約しよう。金額よりも重要なのは労働内容の方だ」

「はい。お父様」


 一人で身売りや、大金に目がくらむ父ではないくて心強い。そういう父のためならば、さっそく働きに出た母のためならば、嫁入り先に働きたいを頭を下げてくれた姉のためなら我慢する。

 隠していてもナナエの失踪や借金話は奉公人達に伝わっている。マリお嬢様がナナエお嬢様のせいで退学してどこかのお屋敷で使用人になるのなら、少しくらい給与が下がっても……と言ってくれるような奉公人達がいるから、彼らを、稼業を守りたいと思える。


 地位、名誉、お金、名声、賞賛、世間体の奪還など高望みしてもきっと失敗する。堅実に生きよう。


「なんとなくそんな気がしていましたが、貴方が父親ですか。それならやはり自分に売るべきですよ。元遊女。嫁にいったけど離縁されたから帰宅した。どちらが娘さんの世間体が良いのかは明白です。何人もの男と関係を持つことと、三ヶ月間一人だけを相手にすること。どちらの精神的苦痛が少ないのか、その答えも明らかです」


 私に話しかけた父の隣に、婚姻話を持ってきた男性がスッと現れた。気がついたら消えていたので冷やかしや、高額競りにする為に人買いが雇った者や部下だと思っていた。


「さ、三ヶ月? 三ヶ月で大型金貨五枚なんて大嘘です」


 父は不審者を見るような眼差しを彼に向けている。周りの者達から「貧乏人が冷やかしか?」という台詞が聞こえてきた。


「そうでもないと思いますよ。この身分証明書を見たら」


 彼が私と父にだけ提示した身分証明書にはシン・ナガエと記載されていて、小説家偽異魑(ギイチ)とも書いてあった。

 家柄番号は我が家と同じ商家だけど、納税・寄付の格を示す判子(ハンコ)が我が家よりも二つ高い格のもの。彼は私と父だけに話すというように周りの者達を追い払って、小声でこう告げた。


「端の端、更に底辺にいて隠居していますが自分はナガエ財閥本家の四男です。金目当ての犯罪者に狙われたくなくてこんな格好ですけど本物です。交渉してくれるのなら、銀行で現金を見せます。もちろん、職員の前で」

「ナガエ財閥本家の……」


 ナガエ財閥は、私も知っているお金持ちの家の名前だ。


「なるべくそちらの希望を契約内容に含めますし、自分のことを調べる猶予も与えます。ですから、話くらい聞きませんか? 大勢の男の慰み者になるのと、たった一人に三ヶ月だけ。この街どころか南地区で見世物になるのと、田舎でひっそり普通の嫁みたいに過ごす。天秤はこう、簡単に傾くかと」

「……交渉します。話を聞きたいです」

「それなら一度、花街外へ出ましょうか。商家ならお金で兵官を雇えますよね? このお金で護衛の兵官を雇って戻ってきて下さい。不審者と交渉するので護衛役と役人としての知識が欲しい、三時間くらいと頼めばこの五銀貨でおつりがくるかと」

 

 父は人買いに競りの中断を要求。私と人買いを連れて花街内にある屯所(とんしょ)へ行き、シン・ナガエから受け取った銀貨を使って、彼の言ったような内容で兵官を私兵雇用。

 兵官と共にシン・ナガエのところへ戻ると、彼は兵官に身分証明書を見せて、こう口にした。


「競りにかけられていた彼女に一目惚れしました。借金をいくらか肩代わりして、その後は一緒に返す。肩代わりした分はお父上にゆっくり返済してもらう。そういうような条件で結婚してくれないかと頼んだら検討してくれるそうです。まず銀行で金持ちか見せたいので同行をお願いします」


 父はこの話に乗って、兵官に似たような嘘話。シン・ナガエは人買いに「一目惚れしたので結婚お申し込みをしただけなので、人買いさんに手数料は払いません」と言い、相手に言い返された。


「貴方は競りで彼女を見たからそのような提案を出来るんです。紹介料を払って下さい」

「紹介料や契約仲介料を提示していません。このチラシにもほら。兵官さん。どちらが合法ですか?」

「このチラシによると、こちらのお嬢さんはお姉さんが自堕落で作った借金の返済を、親孝行心や奉公人孝行心で決意したようです。この街ではお金が正義ですが、弱者救済や保護も大事にしている街です。人身売買業許可証を取り上げられたくなければ諦めなさい」


 父が雇った兵官は意外なことを話した。


「なっ……」

「貧乏人や酷い家庭環境の者達が、以前の生活よりもマシな暮らしを手に入れて、さらに成り上がれるからこそ許されているのが人身売買業です。生娘箱入りお嬢さんは、遊女になるよりもお金目当ての結婚の方がマシ。なのに貴方ときたら、特別業務に課せられている義務と責務を忘れてそのように。。縁談がまとまらなかったら改めて競りにかけて儲けなさい」

 

 兵官に目を付けられたくないのか、人買いは食い下がらずに引いた、苦々しげに「そうでした。すみません……」と謝罪。すぐ謝って、しおらしい態度だからか、兵官は「このくらいなら減点審査には回しません」と宣告。減点ということは、人身売買業の特別許可を持っている者は点数制度のようだ。

 この後、父とシン・ナガエと兵官の四人で近くのアウルム銀行本店へ行き、銀行員同席のもとで大型金貨を十枚も見せてもらった。このような大金を目にすることは、きっと二度とないだろう。シン・ナガエは大型金貨を目の前の机の上に広げて、貧乏人ではないだろう? とニヤニヤ笑った。 


「交渉や契約は全て役所か屯所で行います。信用していただけますか?」

「あの……。は、はい……」


 父の戸惑っている声が静かな室内に霧散していく。


「兵官さん。なぜ金かって顔をしていますが、一目惚れは嘘で、一生独身だと家の者達、特に父がうるさくて。しかし見合いなんてかったるい。あまりに格差があると却下だなんだと命令される。世間体を気にするなら自分達でみつけて欲しいものですが、自分の嫁は自分で探せと言われて、このように金で解決です」

「遊女として売られるくらいなら、この金額で嫁になりませんか? という話ですか」

「ええ。もちろん、目の前にある額は払いません。犯罪者に狙われたくなくてこの格好なので信用ゼロ。なので、支払い能力があると提示しました」


 これは彼の嘘で、雇った兵官を外で待たせて、父と彼と三人で料亭内で食事をした際にこう言われた。


「小説を書くための資料として買います。娘さんが本当に現役国立女学生で生娘なのが条件です。半年間は最後まで手を出しませんが同居してもらいます。単に住み込みだと何を言われるか分かったものではないので、契約書を交わせる同居結納。その後入籍で処女をもらいます」

「娘を資料に……」

「特定されるようには使いません。入籍後三ヶ月は色々しますが他人には使わせません。本当は他人にも使わせて観察したいけど、生娘お嬢様は希少品なので逃げられたくないです。なので三ヶ月で家に帰します。つまり、これは単なる政略結婚の交渉です。しかも期限付き」


 父と私は彼と交渉すると決意し、彼を家に招いて母や姉も交渉に参加してもらうことにした。


 ☆


 競りの日は私の不安や苦痛でならない心とは裏腹に、春爛漫というような天気。


 満開の桜の木から、ひらひらひらりと桜の花びらが舞う、まるで万年桜の最終章のような景色が広がっている中で、私は彼と出会った。

 そうして私は、その桜がすっかり散った五月から彼の婚約者になった。

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