第1話~失った弾と玉は戻らない
---タマウバウ諸島の戦い---
銃声や砲撃音が鳴り止まない小さな島で俺達は圧倒的劣勢を強いられていた。
「クソッ!まずいな、残りの補給物資も残り僅か、なにより弾がねぇ!最悪ナイフで特攻するしかないか」
「タマーレ!」
血塗れの軍服を着た悲痛な面持ちをした若い男が俺に勢い駆けつけ、話しかけてきた
もう俺のいる塹壕にはコイツしか仲間はいない
「どうした!?」
振り返って仲間の顔を見ただけでなんとなく言いたい事が分かった
「主力艦隊がやられた、これから奴らは塹壕の一掃にかかるだろう、もう終わりだ」
手に持っていたライフル銃を地面に落とし、今にも膝を付いて崩れそうな仲間を見て、ナイフで特攻しようとしていた流石の俺も全身から力が抜けていくのが分かった
(心も体も弾も絶望的、もう終わりか)
俺は手持ちの最後の手榴弾を手に取って仲間に見せた
「弾があれば俺は奴らを1人でも多く撃ち殺して死ぬつもだった、だがもう俺達には弾も気力もない、奴らにこの体を捧げて死ぬくらいならコイツで一緒に死のう」
「悪いなタマーレ、この1か月間ありがとう」
弾さえあれば、、、ここまでの戦いで撃った弾の全てが無駄撃ちだったのではと最後の最後になってそんな考えてもしょうがない事を考えてしまう
俺は深呼吸をして仲間と目を合わせた後、勢い良く手榴弾のピンを抜いた
(ああ、終わった、そう長い人生ではなかったけど悪くはなかったかな)
俺はそっと目を閉じた
しかし俺の頭の中でここまでの人生の思い出や死への恐怖心、そして敵を死んでも撃ち殺す猛烈な戦意を失った事に対する国への謝罪、目を閉じてもまだ走り回っている
ゆっくりと目を開けて手に持っていた手榴弾を見るとどうやら不発に終わったらしい
(まだ戦の神は俺を休ませてくれないのか、やれることはやった弾もない、もういいじゃないか!)
「ふ、不発か、はぁー!」
遅れて目を開けた仲間は安堵と悔しさが入り混じったため息をつく
「まだ俺達は死ねないのか!」
仲間はそう生き場のない怒りをぶつける
「俺は敵陣に突っ込む、お前は俺を盾にして敵兵に近付いてナイフで首を掻き切れ、こうなった以上戦うしかない」
俺は戦場で死ぬと覚悟を決めた
「分かった、だが盾は俺がなる、戦闘技術はお前の方が上だからな、やらせてくれ」
先程まで死んでいた仲間の目が俺の覚悟と同調したのか再び輝き出した
(もう怖いものはなんてねぇ!やってやる!一匹でも多く切り裂てやる!)
俺達はナイフを抜いて塹壕を出ようとした
しかし次の瞬間、連続した複数の銃声の後、先に塹壕を出た仲間が背を向いて戻ってきた
「グハッ」
腹、足、胸、複数個所から血が出ている
「大丈夫か!」
俺はそう仲間の意識を確かめながら言った
しかし口から数回息をした後、何も発する事なく仲間は息途絶えた
(クソ!どこまで俺を弄んだら気が済むんだ!)
もう覚悟なんて生易しいものはない、ただ机から転がり落ちるコップが地面にぶつかるのと同じように
ただ決められた運命を進むだけ
怒りを通り越して俺はそう悟りに近いものを心に宿すようになった
(弾がねぇなら心臓を弾に変えて!)
「がああーー!!」
仲間のナイフを口に咥えて俺は単身ナイフを敵兵に突きつけながら突撃した
複数の敵兵から何十発と弾を撃ち込まれたが不思議と全く痛くもなかった、ただ少し強い向かい風が
吹いているような感じ、これならいける
「な、なんだコイツは!人間か!?」
銃を撃ちまくる敵兵がそう驚く
(殺す!殺す!殺す!)
俺は次々と敵兵を切り裂いていった、コップが地面に落ちていくイメージを頭で描きながら敵兵に吸い寄せられるというより落ちていくように向かってナイフで切り刻む、そんな狂った考えしか頭にない
何匹か切り倒した後、俺の股間にドデカイ槍が突き刺さったような激痛が走った
ここまで何十発も撃たれて痛みが発しなかった俺は思わず倒れ込んでしまった
(い、いでぇ!クソ!なんだこれ!)
何が起こったのか分からなかった、股間が痛くて痛くてどうしようもない
もだえ苦しむ俺はあまりの痛さに気を失った
---野外病院---
この1か月で死んでいった何百という仲間の死に様が交差する
俺の前で最後に死んだ仲間の今にも止まりそうな呼吸と開ききった瞳が現れた後、俺は目が覚めた
(ここは、、、どこだ、俺は、、死んだのか?)
俺は敵兵をナイフで切り刻んでいる最中に股間に激痛が走った後、気を失った事を鮮明に覚えていたからか生きた心地がしなかった
ただ股間には微かに痛みがあったので直ぐに自分は生きているんだと理解した
まさか股間の痛みで自分の生死が分かるなんて、、
情けないとは思ったが人生で一番股間に感謝した瞬間でもあった
暫くすると目を覚ました俺に気が付いた医者らしき女が俺に近付いてきた
女の服に付いている刺繍の紋章で直ぐに俺達が戦っていた敵国だと分かった
「ここまで傷を負って生きているなんてね、敵ながら尊敬するわ」
女は資料を片手に見ながらそう俺に話しかける
(何を偉そうに、モルモットにでもするくせに、この女)
俺は敵国の捕虜になるくらいなら死んだ方がマシだったと塹壕の中で手榴弾で自害できなかった時を
思い出しながら後悔した
だが生きているには必ずわけがある、最後の仲間が死んでもナイフで敵陣に突っ込み、何匹か切り殺した成功体験が俺にはあったので直ぐにここを抜け出す覚悟を固めた
「心配しないで、貴方のような捕虜はモルモットとかにはしないから、終戦後ちゃんとお国に返してあげるわ」
警戒する俺の鋭い視線を感じ取った女は俺に向かってそう言う
「それとね、これは残念なお知らせなんだけど貴方の睾丸、銃弾で潰れちゃて両方とも再起不可能だわ」
(は?)
俺は生まれて初めて頭が真っ白になった、一体この女は何を言ってやがる。睾丸って金玉だよな?それが潰れた?そもそも金玉って潰れるのか?様々な疑問が俺の頭の中を駆け巡った
先程まで死んでいった仲間の事で頭が一杯だったがもう失った仲間の事は女の話を聞いてどうでもよくなった
「本当に貴方人間?睾丸を潰されて生きているなんて生命力が強いってものではないわね、じゃあ暫くは安静にしていて、お大事に」
女はそう言って去っていった
(どうりで股間が痛いわけだ、でも動けない程じゃない)
俺は昔から傷の治りが人並み外れて速かった、だから時間単位でみるみるうちに俺の体は回復していった
奴らは俺が動けないと思って特に拘束はしてない、見張りもいない。
あの女の話を信じるなら待っていれば生きて帰れる、でも金玉を失った俺にもう明るい人生なんてない!
ここには武器も弾もある、これなら戦える!
俺は今夜にでも奴らを撃ち殺そうと決めた
--------次話に続く