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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第二章【惑うものと惑わすもの】
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第九十七話【本音】



 いつも見ていた景色を思うと、そこはまるで楽園のようだった。


 決してきれいな砂浜とは呼べなかったが、しかしそこには脅威の面影がひとつとして存在しないのだ。

 やわらかい砂の上にも魔獣の足跡は付いておらず、打ち捨てられた獣の骨すら見当たらない。


 食物連鎖とは違う諍いの痕跡がここにはない。

 まるで夢の中にでも飛び込んだみたいだった。


「さて。こうして海岸まで到着したわけだけど、なんか感じることはあったか?」

あねさんも、変わったことがあったら教えて」


 この平和を前にしても、ジャンセンさんは緩むことなくそんな言葉を口にした。

 いけない、このままでは私ひとりが呑気に場違いなことを考えている間抜けになってしまう。


 けれど、魔獣の気配やこの場所の違和感などが、私に分かる筈もなくて……


「今のところは何もだな。相変わらず魔獣の気配は無いし、その理由になりそうなヤバい感じも無い」


「オレからもねえな。あえて言うとすりゃ、テメエのツラが普段より万倍ムカつくってくらいだ。へらへらしてんじゃねえ、このボケが」


 ひっどい! と、ジャンセンさんの悲鳴が聞こえるのが先か、それともマリアノさんが理不尽な暴力を振るうのが先か。

 ともかく、この場所にはのんびりしていても問題無い程度の安全が確保されているのだと理解出来た。


「いってて……ほんっと手が早いんだから、姉さんは」

「さてさて、真面目な話をしようか。とりあえず、ここが安全だって前提は確保された。なら、次はここをどれだけ使えるようにするか、だ」


 どれだけ……と言うと?


 海岸全に沿って歩き続けて、危険が感知されるまでの範囲を安直に安全圏としてしまっても問題は無さそうだ。

 しかし、それでは時間が掛かり過ぎてしまう。


 もちろん、手を抜いていい理由も無いが、しかしひとつひとつに時間を掛け過ぎてしまうと、やらねばならない大量の課題が、いつになっても進んでくれない。


「ユーゴ。お前が今までで感知出来た最大範囲はどのくらいだ。それを目安に港を解放する」

「駄目と言われりゃやりたくなるのが人ってもんだからな。範囲を決めて、さっさと漁を許してやらねえと」


「……いいけど、そんな曖昧な範囲でいいのか」

「何度も言うけど、俺だってなんで分かるのか理解出来てないんだぞ」


 ユーゴの言葉にジャンセンさんは小さくため息をついて、その上でにいと笑ってユーゴの頭を乱暴に撫でた。

 もちろん、そんなことをされてはユーゴも反抗するが、それはお構いなしに。


「お前の感覚はアテになる。そう思ったから俺は協力を飲んだんだ。なら、そこは信じるよ」

「不安があるのは理解出来る。でも、それはお前だけじゃない」

「安全だって、それが不確かでも言い切ってやることが、たまには誰かの救いになるもんだ」


「……やっぱりお前、クズだな。詐欺師じゃないか、そんなの」


 そもそも盗賊やってんだから、当たり前だろ。と、ジャンセンさんは悪い顔でまた笑う。

 それを言われてしまうと、もうこちらからは何も言えない。


 悪巧みによって人々を守るのが彼らのやり方。

 そういう意味では、ユーゴの特別さを妄信させるという手段も、確かに理に適っている。


「最大範囲……なんて言われても、ちゃんと測ったわけじゃない」

「でも、ヨロクの林の奥のやつ。アレは相当遠いとこからでも分かったと思う」

「実際にいる位置が分かんないから、あんまりアテにならないけど。普通の魔獣なら……ええっと……」


 ユーゴは自分なりに計算をして、きちんと明確な線引きが出来る程度まで纏めてから答えを連ねる。

 ジャンセンさんはそれを受けて、手帳にメモを取り始めた。

 そしてそれをマリアノさんに相談して、解放する漁港の規模を思案している。


 なんと言うか……やはり、胸が高鳴ってしまう。

 ユーゴがこれだけ必要とされている姿を見ると、彼の将来が凄く明るいものに思えて。


「……ん、よし。そんじゃフィリアちゃん、お願いがあるんだ」

「戻ったら纏めるから、それを議会に提出して欲しい」

「防衛線の外のことだからさ、許可とか取る必要無いんだけど。でも、報告はしておかないとね」

「媚びを売るのが半分、見せしめるのが半分。俺達の存在をアピールしないと」


「はい、任せてください。なんとか説得して予算も取り付けてみせます」


 では、私も自分に出来ることをしなければ。


 私にあるのは女王という立場だけ。

 少し権限を失いはしたが、それでもまだまだわがまま放題……もとい、自由に振る舞う権利がある。


 この海岸線の確保は、国にとって大きな利益になる。

 ならば、議会とてこの一件は放置出来ない。


 多少強気に予算案を組んで、ぎりぎりまで押し付けてみよう。


「あんまりこういう言い方はどうかと思うけど、フィリアちゃんの立場は利用出来るだけ利用させて貰うからね」

「大義名分が自分達にあるとなれば、アイツらだってモチベーション上がるんだ」

「結局、金と名誉と安全の見返りが無きゃやってられないような仕事ばっかだからね。報酬は弾んでやらないと」


「すみません。本来ならば宮が管理して、責任を持って仕事を割り振らなければならないのに」

「この場所に限らず、他の防衛線の外の街にも、必ず同じように支援を取り付けますから」


 頼もしいよ。と、ジャンセンさんは笑ってくれた。

 今日は随分と笑顔を見せるな。


 いいや、そもそもずっとこうだったかもしれない。


 何かが変わって思えるのは、この場所が私達にとって初めての場所だから。

 私とユーゴが、明確に弱い立場になったから。


 彼は、守るべきものの前ではよく笑うのだろう。


「もうちょっとだけ調べたら戻ろうか。姉さん、ユーゴ。しっかり頼むよ」

「ほんの僅かな違和感でもいい、見付けたらすぐに教えて」

「開いてみたけど襲われましたなんてなったら、もう二度とこんなことさせて貰えなくなる」


「言われなくてもやるよ、うるさいな」

「別にお前に言われたからじゃない。フィリアがそうするって決めたんだから、俺はそれを手伝うだけだ」


 そうしてまた少しの間、海岸線の調査を行った。


 ジャンセンさんが言っていた通り、危険だと封鎖されているにもかかわらず、人の出入りの痕跡は窺える。


 禁止ではなく、線引きで対処する。

 現場の事情をよく知る彼だからこそ、その言葉にはきちんとした意味と意図があるのだなと理解出来た。



 ひと通りの調査を終えると、私達はまた林道を戻って街へと帰って来た。

 ジャンセンさんの姿を見れば、街の人々は皆笑みをこぼして駆け寄ってくる。


 今までどこで何をしていたのか――と、その問いには、言葉以上のものがたくさん含まれている気がした。


 今日ここへ戻って来たからには、いったいどれだけの武勇を聞かせてくれるのか、と。

 そういう期待が、彼らの眼には宿っていた。


「羨ましい限りですね、彼の在り方は」

「私は王でありながら、こうして民に慕われ、憧れられることなど無かった」

「それに適うだけの能力があるとも思っていませんから、ユーゴに救世主としての活躍を期待しているのですけれど」


 それはうっかり口を衝いた言葉だった。


 皆がジャンセンさんに気を取られているとはいえ、自らの身分を明かすようなことを口走ってしまった。

 その上で自らの心の内を吐露するような真似をしてしまった。


 それは、本当にうっかりだった。

 その姿に心から憧れてしまったから、感嘆のため息をこぼすくらいあっさりと出てしまったのだ。


「……それをオレに聞かせて何がしたいんだ、テメエは。頭ン中マジで何が詰まってんだ、このボケ女」


「うう……すみません、マリアノさん……」


 あまりにも無防備にこぼれた言葉は、すぐ近くにいて耳の良いマリアノさんにだけ届いてしまったらしい。


 彼女にはとっくに身分も情けなさも知られているから、不幸中の幸いと言えなくもないだろうか。

 しかし、それでこう毒を吐かれては……


「……あんなのに憧れンな、バカ女」

「テメエは王だ。ジャンセンとは違う、テメエは本物の王なんだ」

「弱みに付け込んで支持を得るなんてやり方、マジでやりやがったらすり潰して海に撒くからな」

「テメエはふんぞり返ってるやつらの首根っことっ捕まえて、言いなりにさせてりゃいいんだ」

「そういうやり方を目指さなきゃいけねえンだよ」


「……弱みに付け込む……ですか。そんな言い方は……」


 事実だろ。と、マリアノさんは冷たい声色でそう言い切ってみせる。


 俺達は弱かった。

 全員が弱くて、身寄りも無くて、どうしようも無いくらいの絶望のど真ん中に捨てられていた。


 だから、小さくても希望を見せれば、全員が付いて来た。


 彼女はどこか寂しそうにそう続けた。


「だけど、それを国が――王がやっちまったらおしまいだ」

「その他大勢の顔色を窺うな。テメエが見るのは敵の顔だけでいい」

「前を向け、後ろも下も見るな。立ち止まった結果が先代のバカ王だろうが」


「……人々に支持されず、希望も与えられない」

「民の安寧を――防衛線の内側の人々の安寧を考え続けた筈の父は、結局何も報われずに死んでいった」

「そう言われても、確かに反論の余地はありませんね」


 そこまでは言ってねえよ。と、マリアノさんは少しだけ焦った様子で私の顔を見ていた。


 彼女も人の心配をするのだな。

 人の……他人の、ジャンセンさん以外の心配を。


 もしくは、私も彼女の中の守るべきものの枠に入れて貰えたのだろうか。

 もしそうなら……なんと誇らしく、頼もしい話だろう。


「肝に銘じます。私はユーゴと共に、明日の為に戦い続ける」

「貴女やジャンセンさんのような方が他にも大勢いると信じて、もっと多くの光を取り込める国に作り替えてみせます」


「……期待はしてねえよ。少なくとも、ンな話をこんなとこでするバカにはな」


 マリアノさんは少し不機嫌な顔になって、どこかへ行ってしまった。

 ジャンセンさんもしばらくは解放されないだろう。


 なら、私はユーゴと共に部屋へ戻ろう。


 あまり外で顔を晒すなと言われているのだ。

 皆に不安を、恐怖を与えぬ為にも。


 この場所にあるこの今日は、彼らが必死に手に入れたものなのだから。

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