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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第二章【惑うものと惑わすもの】
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第八十五話【力の使い道】



 林を望む荒れ地のど真ん中で、私達は少数を残して馬車から降りた。

 以前にそうしたように、今回もまた歩いてそこへ向かうのだ。

 馬車では立ち入れない荒れ切った地に。


「そんじゃここらでもう一回確認しとくよ」

「今回の目的は林の調査。間違ってもその奥へは行かない。そんで、その奥を刺激しない」

「迂闊なことすんなよ、お前ら」


 林の調査。

 ジャンセンさんはそう念押しして、その上でまた説明を続ける。


 この場所には魔獣がいない。

 住むにはもってこいの場所だというのに、ただの一頭すらも見付けられていない。


 その原因がなんであるか……は、おおよそ見当が付いている。ので……


「なんで、何故。は、今回は無視だ。今日やるべきは、次にこの奥を調べる為の下準備」

あねさんとユーゴが揃った時、さっさと奥まで調べに行けるようにしておく為の調査と記録だ」

「出来るもんなら見張りも立てたいとこだが……」


「それならば、国から兵を出せるように取り合ってみます。私の一存では難しいので、すぐにとはいきませんが」

「それでも、正当性のある理由なら問題無く通せるでしょう」


 こういう時にこそ活躍しなければ。


 女王という立場は人を動かしやすい。

 もちろん、わがまま放題というわけにはいかないが、正当な理由と目的があれば何も問題は無い。


「そういうの助かる、マジで頼もしいよ」

「いやー、前なら考えらんないね。増援なんてどうやっても無理、姉さんがどんだけ無茶出来るかだけに全部乗っかってたからさ」


「……お前ら、マリアノに意外と厳しいんだな。まあ知ったこっちゃないけど」


 ユーゴの言葉には私も同意してしまいそうだった。

 マリアノさんひとりに掛かる負担が大き過ぎる。


 もっとも、それは私達だって同じではあるのだが。


 ユーゴに頼りきりである以上、それを私の口から咎めることは出来そうに無い。


「違う違う、姉さんがやりたがんの。ま、それも俺達を気遣ってのことだろうけどさ」

「責任感強いし、あれで仲間意識の強い人だかんね」


 ふーん。と、どこか人ごとのように聞いているユーゴだったが、私にはどうにもふたりがダブって見える。


 言葉使いが荒くて、けれど心の底では誰よりも周りを慈しんでいて。

 戦う力もさることながら、周囲を見ていられる冷静さもある。

 なんとなく幼い振る舞いも似ているだろうか。


「姉さんはフィリアちゃんに近いタイプかもね」

「基本的には他人優先。でも、自分の中にある一本の筋は絶対に曲げたくない」

「で、そのふたつがかち合って立ち行かなくなった時……フィリアちゃんはそこで悩んじゃうタイプかな」

「姉さんは力尽くで解決しようとする。そこだけはちょっと……だいぶ違うかもだけど」


「わ、私ですか……? 私としては、どちらかと言うと……」


 なんだよ。と、ユーゴは目を向けたばかりの私を睨み返した。

 ジャンセンさんはそんな私達のやり取りにまた笑って、それもあるかもねとそうこぼす。


「ま、立場と言うか、境遇と言うか。そういうものはユーゴと似てるかもしれない」

「でも、姉さんはやっぱりフィリアちゃんと同じ性質を持ってる。旗を持ってみんなの前を歩くタイプ」

「ユーゴはそれが崩れないように支えるタイプだろ」


「旗印……というわけですね」

「ですが……その……あまり私が言うことではないのかもしれませんが、外から見ているとそういう風にはとても……」


 旗印ならば、やはりそれはジャンセンさんの方が……

 盗賊団を設立したのも、今現在それを取り纏めているのも、全てジャンセンさんの指揮あってのものだ。


 事実、若者達は彼の言うことに従うし、マリアノさんだって例外ではない。


 ジャンセンさんの決定――たとえそれが無茶ぶりであったとしても、彼の指示に従う。そういう関係に見えた。


「……うん、それも間違ってない。そこは簡単な話だよ」

「姉さんは旗持ちとしての資質を持ってる。だけど、それ以上に俺の方が向いてた。俺がやる方が都合が良かった。今の形があるのはそれだけの理由」

「今後俺達がお国に引き取られて、色んなとこでバラバラに働かされれるんだとしたら、姉さんは間違いなく大将役が似合うし、誰が言わずともそこに収まるだろうね」


 その山の大きさに関わらず、姉さんほどの器量を他に知らないからね。と、ジャンセンさんは更にそう続けた。


 人の上に立つ器、か。

 それは……それは、私にも本当にあるのだろうか。


 ジャンセンさんはそんなマリアノさんと私が似ていると言ってくれたが、それは私が上に立っているから――女王という立場にあるからというだけではないだろうか。


 真にふさわしいかどうかは別として、現実として今その場所にいるからというだけで……


「なんか難しい顔してるけど、フィリアちゃんにもそういう能力はあると思うよ。と言うか、無かったら困るんだけどね」

「生まれが王族だったから……ってのも、他には代えられない大きな要素でしょ」

「少なくとも、それを重荷と思って投げ出してないなら、その名前は好き勝手に振り回していい」

「地位も名誉も、生まれも名前も武器だよ」


「っ。それは……」


 ジャンセンさんは私の返事を待たずに前を向いてしまった。


 生まれや名前も武器……か。

 そういう考え方は……あまりに不公平だし、実力主義の観点から見ればあまりにも理不尽だ。


 しかし、出生が不利に働くであろう彼にそう言われてしまっては、私から何かを言い返すなど出来っこない。


「さてと。ユーゴ、相変わらず魔獣の気配は無いか?」

「姉さんより広範囲、それに高精度なお前のそのよく分かんねえ感覚をアテにしてるんだ。サボるなよ?」


「サボってない、うるさい。そもそもずっと周りは気にしてるよ。お前らじゃあるまいし」


 ほんっとうに可愛くないなお前は。と、ジャンセンさんはユーゴに絡んでいくが、しかしユーゴはそれをうっとうしそうな目で睨み付けて逃げてしまう。


 どうにも……まだ互いの立場を知らぬ頃、酒場や彼の部屋で話をしていたころと変わらない関係にも見える。


 ユーゴは素性の知れない男を警戒し、ジャンセンさんは敵になるかもしれない脅威を観察しようとしている。

 協力関係を築いたというのに、どうしてまだそんなところに……


「魔獣はいない。でも、相変わらずあっちの方はヤバイ」


「相変わらず……ね。じゃあ、これまで通りのとこまでは行って良さそうだ」

「お前ら、気は抜くなよ。ユーゴ、なんかあったらすぐ言え」

「判断遅れると、フィリアちゃんも他の街も全部危ないんだからな。意固地になるなよ?」


 ジャンセンさんの念押しにも、ユーゴはうるさいとしか答えない。


 けれど、彼はそんな個人的な感情で危機管理をおろそかにはしないだろう。

 そこは信頼している。私も、ジャンセンさんも。


「……おい、フィリア。お前もちゃんと気を付けてろよ」

「何か近付いてくるなら気付くけど、勝手に転んで怪我されても知らないからな」


「な――っ。そ、そんな子供に注意するような……」


 最近のお前は子供と変わんないからな。と、ユーゴは微妙に棘のある声色でそう言って、そして私の前を少しだけ急いで歩いていた。

 子供と変わらない……その……色々と改善はしていきますから、どこがどう悪いのかをもう少し具体的に……


「っと、そうだそうだ」

「フィリアちゃん、先に確認しときたいことあるんだった」

「こっちの調査をやりやすくする為に、ここらにいっちょ拠点作っちゃおうと思うんだけど、そういうのって平気?」

「ほら、俺達ももうちょっとしたらお国のお膝元に加わるわけじゃん?」

「あんまし無茶苦茶勝手するとさ、怒られるかなーって」


「ええと……そう……ですね。大掛かりな砦を建てたりするのでなければ問題無いかと」

「簡易的な活動拠点……宿泊用の小屋と、それから馬小屋くらいは作っても平気でしょうか」

「食料を貯め込む倉も準備出来れば、移動用の馬や馬車をこちらに運び込むことも考えられます」


 もっとも、その場合はあの荒れ地をどう超えるかを考えなければならないが。


 私の返答にジャンセンさんはにんまりと笑って、それじゃあ張り切ってやろうなんて掛け声で皆を鼓舞した。

 張り切ってやる……のは良いのだけれど、いったい何を……


「それじゃ、ちょっくら開拓するか」

「おら、ユーゴ。がっつり働いて貰うぞ。姉さんいないからな。木を切るにもこの人数、この狭さじゃひと苦労だ」


「……は? な、なんで俺が……」


 つべこべ言わずにさっさとやれ。と、ジャンセンさんはユーゴに手斧を押し付けて……あの、そんなに小さな斧ではいくらなんでも……

 見れば若者達は、荷物の中から続々と両手斧を取り出していて……あ、あの……ユーゴにもそれを貸していただけないと……


「……はあ。分かったよ、ったく」

「その代わり、やったことないからそっちで気を付けとけよ」

「フィリア、お前はもっと近くに……遠くにいた方がいいのか?」

「いや、遠くで巻き込まれる方がめんどくさい。もっとこっちにいろ」


「あ、あの……ユーゴ……? いくら貴方でも、そんな小さな斧では……」


――ッガ――と、鈍い音が静かな林の中に響いて、そしてがさがさと枝葉の擦れる音を鳴らしながら樹木が傾いた。


 ユーゴは渡された小さな片手斧で思い切り木の幹を殴り付け――斧の扱いなど知らないままに、二度、三度とその分厚い刃を幹へと叩きこむ。

 そうして……


「……めんどくさ。おい、ジャンセン。離れてろよ。巻き込まれて死んでくれてもいいけど」


――ドガン――ッ! と、鈍い音を立てたのは、ユーゴの足の裏が幹に大きな跡を残したのと同時だった。

 そしてそれはそのまま、みしみしと繊維を千切りながら倒れて行って……


「なんだ、簡単だな、これ。どんどんやるぞ」

「フィリア、あんまり離れるなよ。俺の後ろ……すぐ後ろだと殴っちゃいそうだから、ちょっと左側にいろ。もうちょい離れろ……そこ、そこにいろ」


 私に立ち位置を指示して、ユーゴはまた木を一本切り倒す。

 他の皆が何度も何度も切り付けている中で、彼だけが……あまりにもあっさりと……


「おい、ユーゴ。そんな乱暴な切り方があるか。もっと下から切れ、下から」

「使うんだからな、それ。これから小屋建てるんだから」


「下って……この辺か? やりにくいな……おりゃっ!」


 あっぶねえ! 俺が離れるの待てよ! なんて悲鳴が聞こえたと思えば、また木はバキバキと音を鳴らしながら地面に叩き伏せられる。

 もしや……もしや、ユーゴは木こりの才能があったのだろうか。

 いや……いやいや。


 この世界で最も強いという能力は、どうやら日常生活においてもきちんと発揮されるらしい。

 活用出来る……という意味で。

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