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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第二章【惑うものと惑わすもの】
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第八十四話【頼もしい協力者】



 組織設立の申請を議会に提出してから十日余りが経った。

 ひとまず、ジャンセンさん達を迎え入れる準備自体は問題無く出来そうだ。


 ただ、それにはまだしばらくの時間が掛かる。

 必要な書類を提出して、議会に出席して、そして決定を待つだけの時間があるのだ。


 そこで私は――私達は……


「ちょっとぶり、フィリアちゃん。連絡ありがとね」


「はい、少しぶりです。お元気そうで何よりです、ジャンセンさん」


 また、ヨロクの砦跡――盗賊団の拠点のひとつを訪れていた。


 もう一度ヨロク北方の林を調査する為に、ジャンセンさんに連絡を取って協力をお願いした……いいや。

 合同での調査を――私達が協力関係を築いてから、初めての調査を行おうとしているのだ。


「この間役人が来たよ、カンビレッジの砦まで」

「説明をしてあったってのに、うちの馬鹿どもが突っかかりそうになってさ。危うく話が立ち消えるかと思ってひやひやしたよ」


 それで、順調そう? と、ジャンセンさんは冗談も交えながら私に問う。


 少なくとも、最優先で調査しなければならない場所――ヨロク、カンビレッジ。

 異常をこの目で確認した二か所を、まずは真っ先に調査しようという考えだ。


 その為に、このふたつの街から近い拠点を、最優先で審査して貰うようにと議会に伝えたのだ。

 そしてそれは、約束通りに最優先事項として処理された。


「順調……ではあるのだと思います」

「ただ、それでも……頭が固いと言うか、どうしても方々に許可を取らなければなりませんから」

「全ての砦が利用可能になるのには、もうしばらく時間が掛かるでしょう。同時に、皆さんの活動も」


「ま、そうなるよね」

「それでも、こうしてヨロクだけでも調査出来るなら儲けでしょ」

「組織がでっかいとしがらみも多いからね。国なんて、文字通り国内最大規模の組織なんだから」


 国内最大組織、か。

 言い得て妙と言うか、国を組織と言い表してしまうところは彼らしさなのだろうな。


「……おい、マリアノはどうした。別に、いてもいなくてもいいけど」

「変なとこ行くならお前よりアイツだろ。まだ役に立つだろうし」


「おいおい、このクソガキは。いきなり人を役立たず呼ばわりとはどういう了見だ、おい」


 役に立つのかよ。と、ユーゴは更に食って掛かる。

 あまり失礼の無いように……と、このふたりの関係を思うと、そういうことも言えない。


 ユーゴはジャンセンさんを信用しないという形で、確かな関係性を築いた。

 それはジャンセンさんもきっと同じで、ユーゴには信用されないとした上で、こちらと手を組むことを決めてくれたのだろう。

 先日のやり取りは、そういうものだったと思う。


あねさんならもっと北へ行ってるよ。魔獣のこともあるけど、例の組織がね」

「こっちの動きに気付いて手を変えてくる……なんて可能性も考えられる。備えは万全にしとかないと」

「ここで俺達があっさりやられちまって、折角フィリアちゃんに色々準備して貰ってるもんが台無しになったら嫌だもん」


「……私達が手を組んだと知れば、まだ連携の取れていないうちにと考える可能性は高いですね」


 単純に戦力が倍になると思えば、あちらとしてはとても暢気に構えていられる状況ではないだろう。


 それを察知されている可能性がある……と、そう考えるのは、ジャンセンさんも例の魔術について知っているからなのだろうか。

 それとも、他にそう思わせる原因が……?


「そうです。以前より、話が出来るようになれば尋ねてみようと思っていたことがあるのでした」

「ジャンセンさん、いくつかよろしいですか?」


「ん? はいはい、なんでも聞いて。って言っても、大したことは答えらんないけどね」


 いえ、どれもこれもが大した問題なのですが……と、それは今はなんでもいい。

 その答えをたった今知ることが出来るのだから、大きいも小さいも関係無いだろう。


「まず……その、お恥ずかしい話なのですが」

「我々は――国は、軍は、結局貴方達を盗賊として検挙することが出来ませんでした」

「盗みの被害は確かにあるのに、その現場を見たものがいない」

「誰にも見つかること無く繰り返された盗賊行為の秘密を……貴方達の組織力を把握したいのです」


「ああ、そういう話。んー……それなあ」

「答えをバラしちゃうと、ちょっとばかしがっかりするかもだけど……いい?」


 落胆などあり得ない。


 確かに国は疲弊していたし、街に配備した憲兵の数も、場所によっては少なかったかもしれない。

 だが、そうではない場所でも、彼らは尻尾を掴ませてはくれなかった。


 カンビレッジもヨロクも、魔獣対策の為に警備はかなり固くなっていた。

 それをすり抜けた技があるのならば、活用しない手は無い。


「……ごめんね、フィリアちゃん。すっごく期待に満ちた目をしてるとこ悪いんだけど……あれ、話自体は簡単なのよ」

「すっごくすっごく簡単……と言うか、あんまり前を向けない話」

「おたくの軍も憲兵も、とっくにうちの内通者が入り込んでてぼろぼろなのよ」


「…………そ、そんなカラクリだったのですか…………」


 ごめんね。と、ジャンセンさんは申し訳なさそうに肩を落とした。


 内通者……か。

 言われてみれば納得と言うか、確かにこれは……落胆せざるを得ない。


 先ほどは、私達とジャンセンさん達とが合わさって、戦力が倍になると言ったが……彼らに比べて、私達は随分と見劣りしてしまうではないか……


「もちろん、全部の組織にってわけじゃないけどさ。でも、なんとなく理解はしやすいよね」

「俺が街に溶け込んでたみたいに――商人として色んなとこに顔が利くように、うちにはそういう潜入専門で動いてる部隊があるわけよ」

「そいつら自身は盗みもしないし、魔獣とも戦いはしない。ただ、俺と面識があるってだけ」

「なら、なかなか足も付かないでしょ」


 正規の手段で採用されてるわけだしさ。と、ジャンセンさんはそう付け足してフォローしてくれるが……はあ。

 国の危機管理能力も、随分と低くなってしまっていたのだな。

 人手不足が原因だろうが、あまり素性を調べずに人を採用しているのだろう。


 はあぁ……聞かなければ良かったとするか、ここで知れて良かったとするか……


「……では、もうひとつだけ」

「以前おっしゃっていましたよね。貴方達は、魔獣を相手に戦線を維持し続けるのが精いっぱいだ、と」

「その上で、マリアノさんという特別な存在が在るから、時折均衡を破って押し返せているように見えるだけだ、と」


「うん、そうだね。それについては本当に隠してること無し、そのまんまだよ」

「姉さんと姉さんが直接指導した部隊がひとつ、それを必死こいて移動させて、無理矢理体裁を保ってるって感じ」

「だから本拠地ってのを決めてないのよ」

「守りを厚くしようと思ったらさ、その部隊はそこに置かざるを得ない」

「そうなると、戦線を下げないといつかジリ貧になる」

「組織が小さいし、そもそもの資金力が知れてるからね」


 なるほど。

 ある意味では、ジャンセンさん自身が本拠地、彼のいる場所こそが最重要拠点というわけだ。


 しかし……となると、だ。困ったことがあって……


「……以前、ランデルに魔獣の大群が押し寄せたことがあったのです」

「私達はそれを、貴方達の仕業だと――貴方達が普段押しとどめている魔獣の、その堰を切ったからではないか……と、考えていたのですが……」


 そういう話になると、一度解放した魔獣をもう一度押し返すのは難しいだろうか。

 ならば、それはやはり別の原因――例の組織によるものだったりするのだろうか。


「ああ、それね。うん、その通りだよ」

「俺達が抑え込んでる戦線は、確かにランデルのすぐそばにもある」

「そんでそれを一時的に切って、街へ嗾けたってのもその通り」


 姉さんさえいればそのくらいは出来るんだよね。と、ジャンセンさんは誇らしげにそう言って、そして同時に困った顔で遠くを見つめてしまった。


「そう、姉さんさえいれば」

「だからこそ、俺達はそれを一回しか出来なかった」

「ユーゴの力については知ってたからね、それが近付くのを阻止したかった」

「だから、これ以上深入りすれば宮を落とすって脅しをかけたんだ……けど。全然無視されちゃって、困っちゃったんだよね」


「そうだったのですか。それは……はあ。少しだけ安心しました」

「では、これからはもうランデルの警戒態勢を元に戻しても良さそうですね」


 マリアノさんさえいれば……ああ、なるほど。

 彼の言葉でなんとなくその後の展開が繋がって来た。


「このヨロクの街でマリアノさんと出会ったのは、決して偶然ではなかったのですね」

「これより向かう場所――あの林、あそこに深入りさせたくなくて……」


「そ。俺達が捕まるのも嫌だったし、活動圏内でうろつかれるのも嫌だった」

「でもそれ以上に、あのよく分かんないとこを荒らされるのが一番嫌だった。何があるか分かんないからね」

「南ならまだしも、こっちでやられると、もう一個の戦線にも影響が出る」

「そうなったら、流石に姉さんを戻しても対処し切れないだろうから」


 だから、私達を追い返す為に、マリアノさんをあの林に向かわせた、と。

 或いは、彼女に事情を伏せたまま、あの魔獣すら出ない危険地帯を警備させていたのかも。


 しかし、そこでユーゴの力を見たから――その先に何かがあるのだと気付いて、調査をしに来ていると知ったから……


「姉さんから事情を聴いて、これはもしやと思った。んで、その直後だったよね」

「ヨロクにとんでもないことが起こって、でもフィリアちゃん達はタイミング悪くランデルへ戻る途中だった」

「いや、俺の脅しの成果なんだけどさ、こうも間が悪いと……って、ちょっとだけ恨みそうになったかな」


「うっ……確かに、あの時は本当に……こほん」

「それで、ヨロクを落とされると、この近辺の拠点の生活物資を得られなくなるから」

「マリアノさんを派遣して、魔獣の制圧に当たらせた……と」


 そこで、ユーゴの直感によって戻っていた私達と合流し、あの小さなタヌキのような魔獣を討伐した、と。


 その時点で既に私の目的を――盗賊団と協力関係を結びたいという考えを知っていたジャンセンさんは、ユーゴをどうにかして制御下に置きたい、不確定要素の危険因子として放置したくないと考えたのだな。


「と、まあそんなわけ」

「前にもちょっと言ったけど、うちはフィリアちゃんが思ってるほど立派な組織じゃない」

「そういう風に見せる努力を惜しまなかっただけの、基本的にはみみっちい盗人集団だよ」

「ま、それでも姉さんは別格だけどね。その点については頼りにして良いよ」


「はい、マリアノさんの実力には期待しています。それに、ジャンセンさん、貴方にも」


 俺にはなんにも無いってば。と、ジャンセンさんは笑うが、しかし今までの話の全てが彼の手のひらの上だったという事実が残っている。

 商人としての成功もあるし、彼はものごとを長く見る能力に長けているのだろう。


 もしも宮で迎えられた暁には、軍部の参謀か、或いは経済部の官僚か。

 はたまた、パールやリリィのように、私の補佐官を務めて貰うのもいいかもしれない。


「……おい。話長いぞ、お前ら。フィリアはいつも通りだとして、お前もやっぱりコイツと同じタイプか……?」


「っと、痛いとこ突くな、お前はほんとに」

「そうだな、長話する為に集まったわけじゃなかった。姉さんいなくて不安だけど、そろそろ行こうか」

「向こうまで――林の奥のヤバいやつを調べに行くわけじゃないんだよね。なら、俺達だけで大丈夫でしょ」


 いつも通り……

 ユーゴにはどうやら随分と評価を下げられてしまっているらしい。

 なかなか取り戻す機会も無いが、少しずつ認めて貰えるようにならなければいけないな。


 そうして私達は馬車に乗って、またあの林を目指した。


 私とユーゴと、ジャンセンさんとその部下が数名。

 いつかここに、国の憲兵が混ざって活動出来る日も来るだろう。


 そんな未来に希望を抱いて、私は今現在の問題を調査し始める。

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