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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第二章【惑うものと惑わすもの】
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第八十三話【申請、許可、要請、承認】



 盗賊団を――ジャンセンさん達を正式に国が迎え入れる。

 その罪を赦すのではなく、償う機会を設ける。


 まずは私設の――私の指揮下に組織を立ち上げ、そこに彼らを加え入れる。

 ゆくゆくはそれを国営化するか、或いは国営組織への斡旋を以って、彼らの労働の報酬、最終的な贖罪の証とする。


 そんな文句をつらつらと並べた書類を抱えて、私はリリィと共に議会から退出した。そう、退出。


「あまり良い反応はいただけませんでしたね。当然の心理とは思いますが、しかし融通の利かない方々です」


「陛下、そういうことはせめて執務室に戻るまで我慢してください。聞かれればことですよ」


 既に草案は提出されたのだ。


 盗賊団の協力があればどれだけ状況が好転するか――国がどれだけ救われるか。

 それに、報いがあるという形を民に示すことも出来る。


 どんな形であれ、努力を認める国家であると、そう伝えられる。


 決して盗みを推奨する意図など無いが、しかし生きる為の努力を、違法というただひと言で蹴散らさぬ国なのだとは思って貰えるだろう。


「だというのに……はあ」

「いえ、彼らこそ……貴族や議員こそ最たる被害者ですから。頷き難いことにも納得は出来るのですが」


「そうですね。彼らからすれば、自らを害した者達が事実上の無罪放免となるわけです」

「それどころか、自分達の立場にほど近い場所まで上ってくるのですから」

「良い気分で迎え入れろと言う方が酷でしょう」


 やはりそうなる、か。


 彼ら議員からすれば、悩みの種だった集団がそっくりそのまま隣に引っ越してくるようなものなのだし、致し方が無いと納得するしかないか。

 それでも……


「……もう少し……もう少し、好待遇で迎え入れて差し上げたかったのですがね」


「組織の設立が容認されただけでも良しとしましょう」

「そもそもなら、陛下だけの軍事力というだけでも嫌な顔をされるところです」

「彼らからすれば大譲歩、これ以上はもう許せなかったでしょうし」


 それでも、ひとつの形を押し通すことが出来た。

 最終的な彼らの処遇についての保証までは取り付けられなかったが、しかし私設兵団という形は認可された。


 その分、私の宮でのわがまま……もとい、権利のいくつかを放棄する必要はあった。

 ただそれも、国軍の招集にまつわるものや、軍事費の決定などの、特に私個人によって決められる部分に制約が設けられただけ。


 私ひとりが振り回せる武力の総数を増やさない為の取り決めなのだから、これについては至極当然の処置と言えよう。


「ただ……ひとつ気掛かりがあるとすれば、新しい組織が十全に機能しなかった場合ですね」

「その場合、特に大掛かりな遠征は、今まで以上に準備に時間が掛かるようになりますから」


「それについては一切心配していない……と、そう言い切ってしまうと、またマリアノさんにもユーゴにも怒られてしまいそうですが。しかし、それでも」


 彼らの力を借りて不足があるとは思えない。


 もちろん、これまで手伝ってくれた国軍の皆を卑下するつもりは無い。

 ただ、彼らではやれないことがある。

 国の紋章を背負うが故に、融通の利かない場面がどうしてもある。


 良い意味で、ジャンセンさん達は無法がある程度許される存在でもあるから。


「招集、出動については、確かに決定権を弱めましたが、しかし彼らは私の命令など無くとも国を――ランデルを護ってくれるわけですから」

「今までは防御も調査も遠征もと、全てにおいて頼りにしなければならなかったところを、守護に専念させることが出来る」

「そうなれば、以前のようなランデルへの奇襲にも対処しやすくなるでしょう」


 確かに、私の持つ武力自体は増えない。そういう風に制約を設けられた。


 しかし、そもそもそんなものを望んだわけでは無い。

 私にあるのは、国が保有する戦力が確かに増えたという実感だけ。


 いつか私が国を乗っ取ってしまおうと画策しない限りは、今回の件は単純に積み上げということになるだろう。


「さて、そうなれば、彼らの活動方針をしっかりと定めなければなりませんね」

「はあ。仕方が無いのでしょうが、何度も何度も承認を得なければならないというのは骨が折れます」


「我慢なさってください。そういう取り決めが無ければ、個人の暴走を見過ごすことになってしまいかねませんから」


 新組織の設立は容認された。

 しかしそれは、全てが完了して、後は彼らの合流を待つだけという意味ではない。


 組織は立てていいと言われたが、しかしそれが何をするものか――どういう能力を、権利を、目的を持つものかを逐一報告し、それに沿った設備や人員を配備する許可を貰う。


 そうして揃えられた人や物を実際に動かすのに、報告と議会の承認を要する。


 砦跡をそのまま利用することも許されず、一度は国に返還し、その後に手続きを踏んで“私の”管理下でそれを使用可能なものにする。


 そうして手に入った彼らの拠点を、また議会の承認のもとに正式な軍事設備として登録する。

 そうするまでは、遠征はおろか、魔獣に対する防衛以外の戦闘行為も認められない。


 これが、現時点で課せられている私のやらなければならないこと。その一端だ。


「……はあ。これはしばらく……またユーゴの機嫌を損ねてしまいそうです」

「最近は妙に当たりが強いと言うか、とげとげしていると言うのに……」


「ユーゴさんを国軍に混じらせて……というわけにもいきませんからね。軍は議会の指揮で動くことになるでしょうから」


 そこへ送り込むとなれば、ユーゴを議会に手渡してしまうようなもの。


 そんな気はさらさら無いのだが、どうにも個人で使役出来る武力をかき集めているように見られている節がある。

 いえ、事実かき集めてはいるのですが。


「うっかり私の指揮下から彼を外してしまえば、これ幸いと大掛かりな遠征隊に組み込まれてしまいかねません」

「そうなれば、次にユーゴの顔を見るのもいつの話になるやら……」


「はたから見た陛下の行動は、かなり過激な……兵力という兵力をかき集めながら、宮ではないところに力を集約しようとしているようにも見えますから」

「これがもし一貴族、一議員の行動ならば、とっくに追放されていてもおかしくありませんよ」


 私自身は穏やかに生きているつもりだったが、しかし実情は過激派も過激派な行動ばかりをしてしまっている。

 民の期待を……とばかり考えていたら、少々足下が不安定になってきてしまっているかもしれない。


 執務室へ向かう最中にも、ややピリピリした空気を感じながら、私はリリィと共に新組織の活動方針……まず、これがなんの為の組織であるのか——

——軍事組織なのか、それとも市場調査用の組織であるのか——など。

 そういった大枠を取り決める……取り決めさせられる資料を製作する。


 ジャンセンさんの人脈や、商人としての実績もあるのだから、私としてはどちらも任せたいのに……


「――フィリア。なんかすることあるか。暇なんだけど」


「ユーゴ。それは……ええと。手伝ってくれる……ということでいいのですか?」


 私達が執務室へと戻って働き始めるとすぐに、ユーゴがひょっこりと顔を出した。

 私がいる時に限ってという条件付きで執務室への出入りは許可されたが、しかしあまり顔を出すことは無かったのに。


「お前、サボるからな。それが終わらないと俺も戦いに行けないのに、お前はすぐにサボるからな」


「なっ……貴方は私に対して、そんなにも悪いイメージを抱いていたのですか……?」


 実際すぐサボるだろ。と、そう言われてしまうと、リリィの手前強く否定は出来ない。

 そんなことは無いと言い切ってしまうと、これからは本当に手を抜いたり出来なくなってしまう。


「では、ユーゴさんはこちらを手伝ってください。陛下のお仕事は陛下にしか出来ないものも多いですから」


「ん、分かった。フィリア、サボるなよ。お前にしか出来ないんなら、もう誰も手伝えないんだからな。サボるなよ」


 どうして今日のユーゴはこうも……


 しかし、彼の姿を見ては、もう量が多いだのと嘆いてはいられない。

 彼がこうして現れたということは、きっと時間が掛かる――当分外へは出られない日々が続くだろうと半ば諦め半分で腹を括ったのだ。


「リリィ、ユーゴ。すみません、そちらはお願いします」


「お任せください。陛下も、多少の無理をする程度に無理をなさらないでくださいね」


 ちょっと言葉がおかしくなかっただろうか……? 誰も彼もが私を怠け者と信じて疑っていない。否定は出来ないが、出来ないことが遺憾だ。


 数日では……いいや、十数日ではきっと終わらない。

 本格的な活動はきっと数十日後になるだろう。


 それでも、出来ることからひとつずつ。

 伯爵との約束通り、最速最短で北の組織の問題を解決する。


 その為には、どうあってもジャンセンさん達の力は欠かせない。

 彼らを正式に受け入れること――それを急ぐことこそが、唯一の近道だろう。

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