第八十二話【そして先へ進む】
この国にはいくつもの問題がある。
かつてあった、魔王という存在の影響による魔獣の大量発生。
それをきっかけとして荒れてしまった内政。
その中のひとつである、組織立った盗賊行為。
どうしても解決しなければならなかった。
自らが民に恨まれぬ為にも。
そして、自らの行いを後悔しない為にも。
故に、私は外法に手を出した。
――召喚屍術式――
私の魔力と師事した五名の魔術師の命を捧げ、亡者の魂を異世界より呼び付ける、あまりに人の道から外れた魔術。
私はそれに手を染めることに躊躇しなかったし、贄となった五名もそれを拒むことは無かった。
そうして現れた――手に入った――究極の戦士は、あまりに幼い姿をしていた。
あまりに未熟な心を持っていた。
そう、思っていた。
「――それじゃ、昨日の続き……ううん、ごめん。昨日俺の所為で出来なかった話を、今度こそしよう」
「自覚があるならさっさとしろよ。そういうめんどくさい前置きとかいらないから」
もう、彼は立派に強い心を持っている。
どこかけんか腰で吹っ掛けるユーゴの姿に――それを受けて呆れたように肩を落とすジャンセンさんの姿に――ふたりのやり取りに、心からそう思った。
そして……
「そこンとこはオレも同意見だ。話が長え、酒癖が悪い、足が臭え。テメエのそういうとこは正直どうかと思うぜ」
「足は臭くないよっ⁉ 姉さん、勝手なイメージでそういうこと言うのやめて貰っていい⁉」
「嗅いだこと無いよね! あるわけ無いよね! 嗅ごうとすらしないよね、当たり前だけど!」
やっと、ひとつ終わった。
心を開いて打ち解けあっているとはとても言い難い関係でも、私達はこうして手を取り合っている。
盗賊団と呼ばれた彼らが、国のひとつの組織として扱われる日も来るだろう。
ユーゴとふたりで宮の近くの魔獣を倒していた頃から、ずっとずっと遠くにまで来た気分だ。
けれど、現実的にはまだまだ、半分にも満たない。
でも、ユーゴに加えてジャンセンさんにマリアノさんの力もあれば、国の全てを解放する日も遠くない。
私はそう思って――
「おーい、フィリアちゃん? なんか、心ここにあらずだけど、平気? まあ、昨日の今日でまだ混乱してるとかなら……」
「ボケっとすんな、フィリア。変なこと言うから喋らなくてもいいけど、話は聞いとけ。聞いてても騙されるんだから、ちゃんとしろ」
「どうせ騙されンなら、聞いてても聞かなくてもいいだろ。ほっとけ、こんなデカいだけのバカ女」
「――な――何故いきなり私を罵倒する会が始まってしまったのですか……?」
そういうボケたことばっかり言ってるからだ。と、ユーゴはそう言って私を睨んだ。
ジャンセンさんはどこかまだ申し訳無さそうにしていたが、それでも私に苦い顔を向けている。
マリアノさんはこちらを見もしない。
少し感慨にふけっていただけで、こんな扱いを受けるなんて……
「……はあ。それだけ頼もしい方々だと、今は喜びましょう」
「うん、頼って頼って。俺も、姉さんも、これからはフィリアちゃんの仲間だ。まあ、そこのクソガキは嫌がってるけどさ」
「でも、俺達がいたらやれることは増える、それは間違いないでしょ」
ジャンセンさんはそう言って、昨日と同じように机の上に地図を広げた。
最初の目標――カンビレッジ以南の砦跡全ての機能を回復させ、国の南部を盤石なものにする。
その為に何をするか、昨日の話の続きをするのだ。
「んじゃま、昨日の嘘の話だけちょっと思い出して貰っていいかな」
「俺達はフィリアちゃんを試す為に外へ連れ出して、いろいろ小細工して本心を聞き出した」
「だけど、その手前――こっちの方でもヨロクと同じ、魔獣が全然いない場所があるってのは本当に問題視してる」
「今日はそこを解決する……方法を模索してこっか」
ここカンビレッジ東部でも、魔獣がほとんど観測されない地点がある。
その奥に何があるのかをしっかりと見極める必要があって、その調査の準備をどれだけしなければならないのか。
真なる意味で共闘が始まって最初の議題は、奇しくもマリアノさんと初めて出会った場所とも共通した問題であった。
もしも、これまでに見つかった魔獣とは比べ物にならない脅威が潜んでいるのならば……と。
「そういう現場の話は、オレからした方がいいだろうな」
「こっちも北も、状況自体は似たようなもんだ」
「獣が住むにはうってつけの場所に、小型の魔獣の姿すら無い」
「特別な事情が無い限り――自然の摂理に則って考えンなら、もっと危険な生き物のテリトリーだとするのが筋だろう」
直接調査に乗り込むのであれば、相応の準備を――近隣の街への警報や注意が欠かせないだろう。
或いは、何が出ても対処出来るだけの兵力を準備すべきだ。
再確認にも近しいマリアノさんの言葉で、もうふざける余地など無い話し合いが始まった。
少し遠巻きに見ている若者達も、緊張感を持って私達の話に耳を傾けている。
ここには、自分の――自分の周りの、国の未来を本気で想う人々が集まっている。
それは宮と同じか、或いはそれ以上に――脅威をより身近に感じていたからこそ、よりひっ迫した意識を持って取り組んでいるように思えた。
ここならば、彼らとならば。
ひとつの議題が進むたびにそんな思いを強めて、私は女王としての立場から彼らの言葉に応えようと思った。
カンビレッジ以南の砦について、まずは客人を受け入れられるようにしておく。
ジャンセンさんが最初にすべきこととして決定したのがそれだった。
庶民的と言うか、呑気と言うか、危機感に欠ける話のように聞くことも出来るが、その実はそうではないだろう。
女王という立場の人間が――敵だった筈の人間が訪れるという意味を、全員に理解させる時間が欲しいと言いたいのだ。
そして、それと並行して……
「――よくぞ参ったであーる! もてなすのであーる!」
「い、いえ、おもてなしは結構ですから……」
私達には彼らを――元盗賊団を受け入れる準備を進めて欲しい、と。
当然の道理だが、その被害に遭ったものがある以上は、何も無しにこれからは国営の組織として扱うだなどと言ったとて通りはしない。
彼らを正式に受け入れる為には、宮でパールとリリィに力を借りながら、議会を通して新たな組織の発足と、その組織へ迎え入れる人材の処遇について決定しなければならない。
「おい、カスタード。土産持って来てやったんだから、ちゃんと情報寄こせよ。ってか、ちゃんと調べてただろうな」
「愚問であーる。そして、バスカークであーる!」
「そちはいい加減……と、このやり取りももう飽きてきたのであーる。そろそろ本当に、人の名前を覚えるのであーる」
そういう決定と順序立てが終わって、私達はまずバスカーク伯爵のもとを訪れていた。
盗賊団の件についての報告と、そして新たな情報を求めて。
当然、議会に通す話についても多少は相談したい。
全てを……とするわけにはいかないが。
彼が宮に入ってくれれば問題も無いのに……
「伯爵。件の盗賊団と無事に協力関係を結ぶことが出来ましたので、今日はその報告に参りました」
「それと……やはり、ユーゴの言う通り……」
「北の組織の情報……であるな。分かっているのであーる、当然調べておいたのであーる」
「しかし、それはさておき……」
めでたいのであーる。よくぞやったであーる。と、伯爵は目を細めて大喜びしてくれた。
まるで自らのことのようにはしゃぐ姿は、愛嬌があるというよりも、まるで子の成功を喜ぶ親のようにさえ見えた。
事実、彼は私達を子供扱いしている節もあるが……
「盗賊団の問題が解決したというのは、本当に本当に大きな一歩であーる」
「それも、制圧や逮捕という形では無く、協力というのが真に偉業なのであーる」
「国にとっての大きな脅威が、そのまま味方になったのであーる。これほど大きな一歩は他に無いのであーる」
「そうですね。彼らの力は良く知っています」
「結局、街に出る盗賊被害は一度も防げなかった。犯行の現場を抑えることは出来ませんでしたから」
魔獣を抑えていられた件、それにこれまでにほとんど逮捕されていない件については、またジャンセンさんに詳しく尋ねてみよう。
必ず何かに役立てられると、そう確信出来るだけの結果を……あまり嬉しくはないのだけど、そういう結果を見せ付けられているのだから。
「むぉっほん。では、褒美というわけではないであるが、礼の組織についての情報を伝えるのであーる」
「以前同様、完全に他言無用で頼むのであーる」
「その首魁の男にも、決して漏らしてはならないのであーる」
「はい、心得ております」
よろしいのであーる。と、伯爵はにこにこ笑って……けれど、すぐに真面目な顔になって、謎の組織についての説明を始めてくれた。
まず、前回の話に合った魔術について。
これは、やはり間違いなく存在すると考えて問題無い、と。
気の所為や勘違い、或いは類似の他の問題であるという話はどこにも無く、まず間違いなく人心を操作する魔術がその組織には存在する、と。
そして同時に、その術を修めているのは、限られた魔術師だけだろう、と。
多くて数人。現実的な話を考えるのならば、たったひとりきりであろう、と。
「そういうわけで、我輩はこの魔術師こそを組織の中枢に近い人物だと注視することにしたのであーる」
「現在、その個人についての情報をかき集めているのであーる。また何か分かれば連絡するのであーる」
「はい。よろしくお願いします」
それでは、次に……と、伯爵は現在の北の様子――盗賊団とその組織との小競り合いの様子を説明してくれた。
現時点では大きな動きは無く、状況はどちらにも傾いていないと。
まだ時間はある。そう考えていい。
伯爵はそう続けて、そしてまた私達にお願いをした。
猶予はあるが、しかし余裕はどこにも無い。
まず間違いなく、その組織はこの国を――世界を脅かす存在で間違いない。
必ず払拭してみせるように、と。




