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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第一章【信じるものと裏切られたもの】
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第七十八話【弱きもののすべ】



 少しだけ、男のかもす空気が変わったのが分かった。


 いいや、より正確に言うならば、男が感情を――心を、その揺らぎを表に出すようになったのが分かった。


 つい先ほどまで冷たい目をしていたジャンセン=グリーンパークが、どこか温かな空気を身に纏ったように思えた。


「――これは予想外だったかな。でも――うん。まあ、これならさ。悪くないよね、あねさん」


「知らん。オレはテメエの指示に従うだけだ。テメエの決定に、判断に全部任せる。そういう約束をしただろうが」


 はあ。と、大きな大きなため息をついて、ジャンセンさんはその場にしゃがみこんでしまった。

 両手を開いて頭の上にあげて、もう自分からは何もしないと――まるで降参だと言っているかのように見えた。


 そしてそれは、どうやら遠からずなようで……


「ユーゴ。ごめんな、怖がらせて」

「でも、どうしてもこうするしかなかった。俺達は俺達のやり方でしか納得出来ない」

「誰にも頼らず、誰にも頼れず、誰からも頼りにされずに生きてきた俺達には、そうするしか方法が無かった」


 ジャンセンさんはユーゴに向かって深く頭を下げてそう言った。

 そしてすぐに周りの男達にも頭を下げるように指示して、更にはマリアノさんにまでそうするようにと口にする。

 が……彼女だけはそれを拒否してしまった。


「俺の決定には従うんじゃなかったの、ちょっと。姉さんってば。意固地になんないでよ。まったくもう」


「それとこれとは別だ。テメエの尻拭いは剣でしかしてやらねえよ」


 本当に融通利かないんだから。と、ジャンセンさんは呆れたように笑って、それに釣られてマリアノさんも少しだけ緩んだ表情を浮かべていた。

 何か……彼らの中で何かが変わっているらしい。


「――さて。この度は大変な無礼を働き、申し訳ありませんでした」

「しかし、他に手段を知らなかったのです。どうか、御身の寛大な処置を」


 のんびりとした空気はすぐにピリッと引き締まって、そしてジャンセンさんは膝をついて私の前にこうべを垂れた。

 先ほどまでそんなことはしないと言っていたマリアノさんまでもが同じように私の前に跪いて、他の男達も大慌てでそれに倣った。


 赦して欲しい、と。

 先ほどの裏切りを無かったことにしたい。そう言われている……のだろうか……


「――女王陛下。貴女はあまりにも安易に我々を信頼したと、信用したと口にしました」

「けれど、それは本来あってはならないこと」

「御身の価値を自覚していない、無防備で無警戒な発言、行動だとここに諫言させていただきます。そして――」


 恥ずかしながら、我々にも同じことが言えるのです。

 ジャンセンさんは顔を伏せたままそう続けた。


 それは、先ほどの私の発言を咎めるものだった。


 ジャンセンさんを信頼した――その実力を、人柄を信じたと口にしたこと、そしてそれに準ずる行動を重ねたことを。


「ヨロクの街のはずれで初めて――盗賊ジャンセンとして初めてお会いした際、貴女はおっしゃいました。きっと分かって貰えるだろう、と」

「それはあくまでも陛下の希望的観測に過ぎません」

「そして同時に――それに夢を見たのも、私の勝手な願望に過ぎないのです」


「……ジャンセンさん……? 貴方は……」


 陛下のお言葉に、私は夢を――理想の実現を、仲間達の報われる未来を見ました。

 ジャンセンさんははっきりとそう言った。

 私の言葉は彼に届いていた、と。


 しかし――そう、しかし。

 それ故に、裏切らなければならなかった、と。


「国の――陛下の真意を確かめなければならなかったのです」

「我々を利用しようと――無垢で愚鈍な娘のふりをして、我々を欺き取り込もうとしているのではないか、と」

「疑わねば、真実は見えてきません」

「貴方があまりにも簡単に信じると口にしたから、我々は疑わなければその言葉の真意を――重みを、理解することが出来なかったのです」

「どうか、この不信をお許しください」


「愚――っ?! こほん。では、貴方達は最初から――いえ」

「貴方は――ジャンセンさんは、初めから私を試すつもりで……」


 申し訳ありません。心より謝罪申し上げます。と、ジャンセンさんは伏せたままの頭を更に深く下げた。


 私があまりに無防備過ぎたから、私があまりに信じるという言葉を簡単に口にしたように見えたから。


 私が――周りが皆疑うから、私だけは信じようと考えたから――

 ああ、ならば――


「――はい、許しましょう」

「貴方のその心配り――私の無謀、無策、無茶を咎めるその配慮を、どうして咎められましょうか」


「――ありがとうございます。心より――心より感謝申し上げます。フィリア=ネイ女王陛下」


 ジャンセンさんの言葉に続いて、皆が深く深く――もともと誰の顔も見えなかったというのに、揃って皆が深くまで頭を下げた。

 もう地面に額が付きそうになっているものもいる。

 マリアノさんも、いつもの食って掛かるようなピリピリした空気など纏っていない。


 誰もが、私達に……


「――ふざけんな――っ。ふざけんな、お前……っ」


「……ユーゴ……?」


 そんなんで済ましていいと思ってんのか――っ! と、ユーゴは怒鳴って、私の腕から抜け出した。


 そして――私の肩を突き飛ばして、今まで見たことも無いような剣幕で私を睨み付け――わ、私に怒っているのですか――っ?!


「お――落ち着いてください、ユーゴっ! ど、どうして私に怒っているのですかっ」

「そ、その……裏切られたことに腹を立てるのならば、私よりもジャンセンさんに――」


「そんなのどうだっていいんだよ――ッ! 俺はずっと言ってただろ! アイツは何するか分かんないって!」

「だから、そこは別に意外でもなんでもないし、どうだっていいんだよ!」


 ど、どうだっていいとまで言わなくても……


 しかし、ユーゴの怒りは随分と強いもののようで、ジワリと涙をにじませながら顔を真っ赤にしている。


「だってお前――っ。フィリア、お前は裏切られたんだぞ……っ」

「試されたとか、信じる為に仕方なかったとか、そんなの関係無いだろ。だって――お前――っ」


 バカ! アホ! 間抜け! 大間抜け! デブ! と、ユーゴは遂に涙をこぼしながら私を罵倒し始めた。

 文字通りの子供の癇癪だ。


 彼は何に憤っているのだろうか。

 こんなに取り乱すほどに、いったいどうして……


「――ユーゴ。悪かった、本当に悪かったって思ってる」

「だけど……だけどお前は分かるんじゃないのか」

「お前だから……フィリアちゃんの隣にいるお前だから、俺の気持ちが分かる筈だ」

「信じたかった。フィリアちゃんみたいな優しい子のこと、本気で信じてみたかった」

「だけど……だからこそ、裏切られたくなかった、また捨てられるのだけは嫌だった」

「だから、こうするしかなかったんだ。お前だって――」


「――分かんないよそんなの――っ!」

「俺は――っ。だって――お前らはフィリアを裏切って――それで――っ」


 ユーゴの言葉は、どんどん要領を得ないものになっていった。

 焦りと怒りと、それに強い動揺が彼の喉の奥を引っ搔き回しているらしい。


 そんな彼の様子に、ジャンセンさんは目を丸くして――


「――っ。そっか――そうだったのか」

「お前も――お前も、裏切られた側の人間だったんだな、ユーゴ――」


「――――っ! 違う――っ! 俺は――俺は――――ッ!」


 だったらなおさら、分かるだろ。

 ジャンセンさんは静かに、けれど力強くそう言った。


 その眼差しはどこか悲痛なもので、それを前にしたユーゴは少したじろいでしまって……


「もう、怖くて仕方が無いんだ。また裏切られたら、今度はどうなっちまうのかって」

「いや……俺はまだいい。気付いた時には裏切られた後だったから」

「でも――だけど、お前は違うんだよな、ユーゴ。だから――」


「――違う――違う違う――っ! 俺は――っ」


 げほげほと大きくむせて、ユーゴは錯乱した様子でしゃがみ込んでしまった。

 どうやらお腹が痛いらしい。

 さっきまで赤い顔をしていたのに、一気に青ざめてお腹を抱えて動かなくなってしまった。


 この症状――以前にも――


「……ごめん、フィリアちゃん。今日のことはこれから何回だって謝るし、償う」

「だから、今度こそ俺達の全部を知った上で信じて欲しい」

「俺はフィリアちゃんを――フィリアちゃんの描いた理想を信じたい。それは本気、マジのマジだから」

「それはこれから何回だって証明していくから、だから――」


 今はユーゴのことが最優先だ。ジャンセンさんはそう言って、荷物の中から水筒を取り出した。

 けれど、ユーゴはそれを口に含む余裕も無いみたいで、真っ青な顔でぶるぶると震えて小さくなってしまっていた。


「――馬車呼びに行け、お前ら!」

「ユーゴ、しっかりしろ。悪い、お前が……お前もだなんて思ってなかった」

「お前みたいなぬるいガキが、まさか……っ」

「後でいくらでも殴られてやるから、今はしっかりしろ」

「フィリアちゃん、送ってくからその後のことお願い」

「今のコイツには、俺達と一緒にいることの方が悪影響だ」


「は、はいっ。ユーゴ、しっかりしてください。ユーゴっ」


 ユーゴは何かに怯えるばかりで、何も返事をしてくれなかった。


 言葉を返してくれないばかりか、なんのリアクションも取ってくれない。

 背中をさすっても、温めようと毛布を掛けても、何をしても、彼は凍えたように震えるばかりだった。


 彼に――生前の彼に、いったい何があったのだろうか――

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