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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第一章【信じるものと裏切られたもの】
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第六十七話【ようやく辿り着いた】



「――ジャンセンさん――っ! ど、どうして貴方がここに――」


 暗闇から現れたのは、ハルで出会い、ヨロクでも二度話をしたジャンセンさんだった。


 長い髪をゆったりと纏めて、以前会った時よりも随分と立派な装いを身に纏って。

 彼は……なんだか驚いた顔、奇妙なものを見た顔で私の前に現れた。


「……えーっと……フィリアちゃん? ていうかフィリア陛下? あのさ、俺の素性にはもう……」


「ジャンセンさんの素性……ああっ! そ、そうでした……なるほど、そういうことだったのですね」


 ああ、そうか。ようやく事態を把握した。

 私が納得すると、ジャンセンさんはほっと胸を撫で下ろした。


 マリアノさんはまだ私を怪訝な目で睨み付けていたが……しかし、もう大丈夫。

 私がこれ以上変なことを言わなければ……的外れなリアクションを取らなければ、彼女が怒ることは無いだろう。


「ジャンセンさん。貴方は盗賊団と通じている……と、以前教えていただきました」

「同時に、その首魁についても、人柄という面でお話を伺いましたね」

「そして今、貴方がこうして私の前に現れた――盗賊団を探す女王としての私の前に現れたということは……」


「……うん。流石にもう察するよね、いくらフィリアちゃんでも。そう、俺が――」


 その首魁のもとへと案内していただけるのですね。


 きっと私の顔には笑みが浮かんでいた筈だ。

 嬉しかった。きっとこれは、信頼の証なのだろうと。

 私達の活動を知り、その人となりを知り、気難しい人物であるという首魁に引き合わせても大丈夫だろうと、ジャンセンさんに認めて貰えたのだ。


 私はそう考えて、そう口にして……そして……?


「……? あ、あの……ジャンセンさん……? どうなさったのでしょうか。その……」


 皆に目を丸くされてしまった……? あ、あの……?


 もしや、これは私の呑気な勘違い……だったのだろうか。

 ま、まさか……っ! 事情に深く踏み入り過ぎた私達に警告をする為に来たのだろうか。

 この件にはこれ以上首を突っ込むな……と。


「……あの……いや、あのさ。うん……フィリアちゃん、ちょっと……」


「ジャンセン、無駄だ。このデカ女、本気だ。本気で言ってやがる」


 え? えっ?


 マリアノさんはさっき引っ込めてくれたばかりの怒りをまた露わにして、今にも私に飛び掛からんばかりの表情で睨み付けている。

 ジャンセンさんは両手で顔を覆って天を仰いでいるし、ユーゴは……頭を抱えてしゃがみ込んでしまっていた。あ、あの……


「……うん、そうだね。俺は盗賊団の関係者として、フィリアちゃんを迎えに来た」

「明日、その首魁のもとに案内するよ」

「そこで正式に対話をして、手を取り合えるのか取り合えないのかは……その時のフィリアちゃんの頑張り次第……になっちゃうかな」


「っ! やはり……」

「ありがとうございます、ジャンセンさん」

「きっと……きっと分かっていただける筈です」

「彼らは今、間違いなく人々を守ってくださっている。私達と同じ方を向いている」

「なら、きっと分かっていただける筈ですから」


 無理だと思う。と、凄く小さな声で……珍しく消え入るような力の無い声でユーゴが漏らすと、マリアノさんは憐みの視線を彼へと送った。

 あ、あの……? ユーゴはどうしてそんな後ろ向きなことを言うのですか。

 マリアノさんは……その……ユーゴと少しだけ打ち解けてくださったのでしょうか……?


「うん、じゃあ今日はお開きにしよう」

「また酒場パブに飲みに行っても良いんだけどさ。明日大事な話があるってのに、夜遅くに遊んでたんじゃ示しがつかないよね」

「おい、ユーゴ。フィリアちゃん、ちゃんと送ってやれよ……って、同じ宿に泊まってんだっけ」


「……なんでそんなこと知って……いや、知らなくても分かるか……」

「はあ……分かってる……明日までは絶対安全なんだろうけど……」


 頼んだぜ。と、ジャンセンさんはまだ頭を抱えたままのユーゴの背を叩いて、そしてマリアノさんと共にまた暗闇の中へと帰ってしまった。


 遂に……遂にここまで来たのだな。

 明日、盗賊団の首魁と顔を合わせる。第一印象はしっかりしないと。

 それが理由で協力を取り付けられないなどという話になったら、いったい私はどれだけの人々を裏切ることになってしまうのか。


「帰りましょうか、ユーゴ。今日は早くに休んで……っ?!」

「ユーゴ……? ど、どうしたのですか……?」


 そうと決まれば、今はとにかく準備をしなくては。


 早く帰ってもう一度資料に目を通し、今この街で――この国で最も求められている国策がなんであるかを考え直そう。

 そう思ってユーゴに声を掛けると、まるでマリアノさんのように深いしわを眉間に刻んだ彼に睨まれてしまった。


「……フィリア……フィリアお前……っ」

「いや……うん。お前はそういう奴だった。それに……多分、そういうとこもきっと長所だから……」


「っ!? な、何故私は励まされているのでしょうか……?」


 帰ろう。と、ユーゴは力無くそう言って、私の前を歩き始めた。

 ふらふらとした足取りからは、どこか強い倦怠感を――彼の疲労具合を読み取れる。

 マリアノさんとの戦闘がそんなにも彼を疲れさせたのだろうか……




 翌朝、私はユーゴの声で目を覚ました。

 ゴンゴン。と、やや乱暴に叩かれたドアの音は、どうにも怒っているかのように感じられて……す、少しだけ静かにしてください。他のお客さんも泊っているのですよ。


「おはようございます。いよいよ……ですね」

「いったいどのような人物なのでしょうか、あれほどの組織を纏める首魁というのは」


「……そうだな。どんなやつなんだろうな」


 部屋に入って来たユーゴは、あまり興味無さげな態度だった。


 首魁がどんな人物でも関係無い。

 彼ほどの力があればそう考えてもおかしくは無いが……しかし、この場は少しだけ違う。

 出来れば興味を……好意を持って欲しい。

 これから共に戦う仲間となるかもしれないのだ。


「……っと、そうでした」

「ジャンセンさんは今日とおっしゃっていましたが、迎えがいらっしゃるのでしょうか。それとも、昨日のあの場所に向かえば……」


「あー、どうだろうな。あの感じだと、そのうちにマリアノが迎えに来そうな気もするけど」


 マリアノさんが?

 確かに、盗賊団と縁のある人物としては、彼女かジャンセンさんのどちらかになるだろうが……ああ、なるほど。


 あちらとしてはまだ心を許していいか分からない相手。

 ならば、戦う力のあるマリアノさんを迎えに寄こす――私達の近くに配置するのが、保険も利いた良策だろう。


「となると……下手に動かない方がいいでしょうか」

「しかし、この役場へ直接乗り込めば、彼女にだって危害が及びかねません」

「それを分かっていないとも思えませんから、やはりどこか落ち合う場所を決めておくべきでしたね」


「……そこは大丈夫だろ。アイツが簡単にやられるとは思えないし」

「あんま言いたくないけど、めっちゃ強かったからな」


 ユーゴから見ても、彼女はやはり腕の立つ猛者なのですね。

 どこか不服そうにしながらも、ユーゴはマリアノさんを認める発言をした。


 もしかしたら、アイツと同じくらいのが他にもいるのかもしれない。

 だから、盗賊団は魔獣と戦えてるのかも。と、ユーゴは微妙に嫌そうな顔でそう続けた。


「なるほど……では、なおのことしっかりしなければ」

「絶対に協力関係を結ばないといけませんし、何より……そんな組織が本格的に敵対してしまったら……」


「……はあ。そこも大丈夫だと思うけどな。どっちの意味でも」


 ふたつの意味でも……とは?

 私の問いにユーゴが答えることは無く、さっさと支度しろと彼はそう言い残して部屋を出てしまった。


 そうだ、準備を急がなければ。

 もしも迎えが来てくれるのならば、それを待たせては悪印象になってしまう。


 準備を終えて役場へと顔を出すと、すぐにユーゴが私を手招いた。

 こっちへ来い。こっちから来い。あっちへ行くぞ。と、彼は何も言わず、身振りだけで私を誘導する。

 どうして何も言わないのだろうか……


「……マリアノの気配だ。アイツ、俺が見付けると思ってこっちから動くの待ってやがる」

「多分、昨日の場所……よりももうちょい手前かな。行こう」


「っ。はい」


 やはり、ユーゴの予想通りに彼女が迎えにやって来たか。


 しかし……そうなると、やや不安が残る。


 彼女にはどうも悪い印象を持たれてしまっているようだったし、それに……彼女が来るということは、警戒されているということでもありそうだから。


 大通りを抜け、街のはずれまでやってきて、そして私達は昨日と同じように進み続けた。

 しばらくするとマリアノさんの姿が――昨日までとは違う、やや華美な装いを身に纏った彼女の姿が目に飛び込んできた。


 やはり、首魁ともあろう人物と謁見するとなれば、それなりにしっかりとした式が開かれるのだろうな。


「……チッ。来たか」


「来たぞ。来いって言ったのそっちなんだから、そんな態度すんなよ」


 黙ってろ、クソガキが。と、マリアノさんはやはり悪態をつくが、しかし……もう敵意は向けていなかった。

 彼女は私達を認めてくれたのだろうか。なら……


「……ありがとうございます、マリアノさん」

「きっと……きっと友好的な関係を結んで、共に戦っていきましょう」

「国の為、民の為、そして……私達全員の為にも」


「……ァア? おい、クソガキ。コイツどうにかしろ。イライラしてきた」


 な、何故ですかっ。

 マリアノさんはどうしても私には心を開いてくれなくて、じとーっと冷たい視線を私に向けたまま舌打ちを繰り返す。


 そんな彼女に連れられて、私達はまた街から遠く――北へと歩き始めた。

 もしや、あの時北の林で彼女と出会ったのは、彼女が盗賊団の領地を巡回している途中だったから……なのだろうか。


 しかし、そんな考えごとにはもう意味も無くなる……と、嬉しい。

 これで盗賊団との問題を全て終わらせて、もうひとつの厄介ごとに……いや。


 まず、この一事に。後のことを考えていては無礼だ。


 まず、全力でもって彼らとぶつかろう。

 お互いが納得出来るような結論を出す為に。

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