第六十五話【計の外】
二日の準備期間を設けて、もう一度――二度、三度と北方への遠征は繰り返された。
今回のヨロク滞在も今朝で十二日目。
そうして得られたものは、遠征費用の請求書だけだった。
国の意向、私の指示なので、当然宮からお金を出さないといけない。
「……はあ。まったく……本当にひとつとして情報が手に入りませんね。どうすればいいのでしょう」
どうするも何も、もう調査には出られない。打ち止めだ。
お金が尽きたとか愛想を尽かされたという話でなくて、ここらで一度ランデルに戻らなければならないという話だ。
もしもの時には連絡をくれるように伯爵にはお願いしたが、しかし彼の連絡だけに頼って宮を離れ過ぎるのもよくない。
前回は威嚇で終わってくれたが、しかし二度目がどうなるかは全く分からない。
それがあるのか無いのか、本当にランデルを攻め落とすつもりなのかどうか。何も分かっていない。
ベッドの上で頭を抱えていても何も起こらない。
私は部屋を出て、また仮の役場へを足を運ぶ。
しかし、今日はもう何もすることが無い。
皆が馬車や荷物を準備してくれて、明日になったらまたこの街を離れる。
そしてまた、十日かそこらの後にこの街へと戻って来るのだろう。
次は無為に終わらないようにと祈りを捧げながら。
おはようございます。と、皆が私の到着を出迎えてくれたが、しかし誰もが不思議そうな顔をしていた。
もっと分かりやすく、まっすぐな言葉で言い表すのならば、ひどく怪訝な目で見られてしまった。
何もすることなど無いというのに、いったいどうして来たのだろう、と。
「昨日までの資料をもう一度確認したいのです」
「あれだけ調査をしたというのに、何も見付からないのでは浮かばれません」
「せめてひとつ……魔獣についてでも、林についてでも、この際馬車馬の体調についてでも構いません。気付きをひとつでも感じられれば……と」
「そういうことでしたか。すぐにお持ち致します」
これはもう子供の駄々と同じだ。
それでも、一歩だけの前進の証がどうしても欲しい。
盗賊団ともマリアノさんとも出会えていない以上、せめて北の情報――魔獣のいないあの場所の謎について、少しでも解明する手掛かりが無いと……
そうして私はもう一度……きっと、ここにいる皆の手でもう二度も三度も調べ尽くされたであろう資料を、また調べなおしていた。
きっと何も出てこない。
不意に頭に浮かぶそんな言葉を、諦めそうになる度に追い払う。
無いと思って探していては、あったとしても見付けられない。
だから、ここには必ず何かがあるのだ、と。
祈りなのか、それとも強迫なのか。
それも分からないくらい必死になって資料を読み進めた。進めていた。その時だった。
「――おい、フィリア。勝手に行くな。俺にも声掛けてけって」
「……ユーゴ。どうしたのですか? 今日はもう何も無いから、ゆっくり部屋で休んでいていいと昨日……」
役場に顔を出したのは、少しだけ息を切らしたユーゴだった。
もしかして走って来たのだろうか。
寂しかった……? また、頼って貰えなかったのが悔しかった、とか。
それとも、退屈だから何かさせろと……
「バカ。このバカ。また前みたいにいきなり魔獣が出てきたらどうすんだ。アホ」
「そ、そんなに言わなくても……。あ、あの……ユーゴ……? もしや、貴方は私を心配してくれて……」
バカ。アホ。このデブ。と、ユーゴは少しだけ大きな声を出して、そしてすぐに資料の束をいくらか引っ掴んで少し遠い席に座ってしまった。
心配してくれたのか、私のことを。そうか。
「……ありがとうございます。それと……すみません。ご心配おかけしました」
「……ふん」
もしかしたら、私の部屋を訪れてくれたのかもしれない。
今朝は起こしに行かなかったから、声を掛けなかったから。
心配になって見に来てくれて、そこに私がもういなかったものだから。
或いは、さらわれたと思って焦って探しに来てくれたのかもしれない。
宿からここまでなら、走ったとて息も切れないだろうし。
「……んで、これ何調べてんだ? 昨日まで散々見てたやつだろ。今更何を探してんだよ」
ユーゴは資料に少し目を通した時点で首を傾げて、どうにも不満げな顔で私を睨んだ。
こんなのつまらないと言いたげに見えるその姿からは、こう……私の心配よりも、やはりひとりでごろごろしているだけの退屈さが嫌だったのではないか……と、そんな風に思ってしまうくらいで……
「……ごほん。なんでもいいんです。なんでも……何も見付からなかったという事態を覆せれば、なんだって構いません」
「ユーゴ、貴方から見て何かありませんでしたか?」
「魔獣とも盗賊団とも関係無いものでも結構です。奇妙な植物が生えていた……とかでも」
「なんでもいい……って言ってもな。うーん……」
やはり難しいか。
それとは関係無くてもいい……などと言われても、彼は魔獣と盗賊団についての痕跡を探していたのだ。
それこそ、この街から林の手前までを見通すほどの視力で。
いっぺんに広い範囲を調べられる反面、調べようとしたもの以外の情報は私達以上にぼやけてしまう筈だ。
周囲の警戒も同時に行っていたのだから、いちいち木々の形になど目を向ける暇など無かっただろう。
ユーゴに協力して貰いながら、半日を費やして資料の洗い直しを行った……が、何も成果は上げられなかった。
皆が散々調べたもの、ユーゴが注意深く見極めた風景だ。
今更私が足掻いたところで何も変えられない。
「……では、私達は戻ります。その……遠征に使った費用と物資は必ず補填します。ですので、またこちらへ戻った暁には、皆の力を貸してください」
皆、少しだけ笑って私達を見送ってくれた。
彼らには私が――何も出来ない、ただ理想を語るだけの女王がどう見えているだろうか。
こんなに幼い子供に頼ってばかりの私の姿が、どう映っているのだろうか。
結果が出ないことに焦っている子供……と、そう思われてしまっているだろうか。それとも……
「……はあ。次に来た時には、成果が出るといいのですけど。こうも往復させられていると……」
「……それが狙いなんだろ」
「馬車を動かすのに、兵士を動かすのに金も時間も掛かる。その間は他のことも出来ない」
「あっちが俺のこと……俺達のことを知ってるんだとしたら……」
っ! そ、それは……それをもっと早くに気付いてくださいっ。
そうだ、その通りだ。
あちらは……ランデルに攻撃の意思を向けた組織は、恐らくユーゴのことを知っている。
それが盗賊団である可能性が高い……という話は今はいい。問題は……
「……そうです。私達がこうして右往左往している状況こそが好ましくて、その上こちらの動向はしっかりと把握されてしまっている」
「では……私達がどれだけ足掻いても、盗賊団と接触するのは不可能なのでは……」
ユーゴは少しだけ困った顔で私を見ていた。
え、ええと……その顔はどういう感情のものでしょうか。
今更気付いたのか……と、呆れているのですか?
それとも、私に同調してくれているのですか?
きっと……前者なのだろう……
「でも、これ以外に方法無いと思う」
「だから、まあ……フィリアが気付いてても気付いてなくても……」
「そ、そんなっ。変わります、変わると言ってくださいっ」
「うう……うっかりしていました……」
「そうです……あちらがユーゴのことを知っている、その動向を把握していると想定するのなら、ユーゴを連れて調査を行っている以上は……」
しかし、もしもマリアノさんが盗賊団と関係しているのならば……
ユーゴのいない状態で遭遇すれば、まず間違いなく捕縛など不可能だし、むしろ返り討ちに遭いかねない。
これ以外の方法が無い……というユーゴの言葉は、あちら側のミスを待つしかない……ということなのだろう。
「……しかし、もしもそうだとしたら……」
「あの時、どうしてマリアノさんは私達の前に姿を現したのでしょう」
「街でのことではありません。林での一件……あの時私達の前に現れなければ、こうして調べられることも無かった」
「それに、あの時は私のうっかりで逃げられてしまいましたが……」
あのまま捕縛していたら――捕縛されていたら、あちらの思惑は全て台無しになってしまったのではないだろうか。
こちらを完全には把握出来ていない……という、私達に都合のいい解釈は無しにして、だ。
黙って遠巻きに見ていれば良かったところを、わざわざ姿を現してまで……
「そうまでして確かめたかったことがある……?」
「そうです……あの時、マリアノさんはユーゴだけを狙っていた……初めからユーゴの実力に気付いていた」
「ユーゴの力を確かめて……それで……」
「……それで……の先は、本人に聞けば早いだろ」
「出て来いよ。バレてるぞ……っての、バレてるんだろ」
――っ‼︎
本人。と、そう言って、ユーゴはゆっくりと振り返った。
まさか――と、私も大急ぎで振り返ると、裏路地から人影が出てきて……
「――マリアノさん――っ。まさか、ユーゴの感知をすり抜けて……っ」
「……あー……違う。フィリア、違う。ちょっと黙ってろ」
「前にも言ったけど、お前はちょっと黙って引っ込んでろ」
な、何故ですかっ。
ずっと願っていた、探し続けていた、求めていた再会が成されたのに、ユーゴはどうしてか凄く冷たい言葉を私にぶつけた。
そんな様子を、マリアノさんは険しい表情で見ていて……
「……付いて来い」
「っ! マリ――っ。むぐ……もが」
少女はくるりと背を向けて、そして大通りを堂々と進み始める。
そんな彼女に声を掛けようとして……私はユーゴに口を塞がれてしまった。
黙っていろ……か。
どこまで私は信頼と信用を失ったのだろうか……と、それは今はいい。
ユーゴは何も言わずに彼女の後を追う。
街を歩いて、路地を抜けて、そして農地を抜けて彼女は街の外へと出て行った。
街を出ても、それからしばらく歩いても、彼女がこちらを振り返ることは――背後から襲われるのを警戒するようなそぶりは無かった。




