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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第一章【信じるものと裏切られたもの】
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第六十二話【不穏】



「よく来たのであーる。もてなすのであーる」


 私達は大急ぎで伯爵のもとを訪れて、そして和やかな顔に出迎えられた。

 いえ、もてなしていただいている場合ではないのだけど……


「遊んでる暇無いだろ。カスタード、さっさと話を進めろよ」


「バスカークであーる! そちは人として色んなものが欠如し過ぎているのであーる!」


 しかし、挨拶も無しに本題を急かすのもどうかと思う。

 私が抱いたそんなふたつの不安と懸念は、それはそれは早い段階で解決された。


 社交辞令の是非はまた別としても、そのわずらわしさを取り払う為のセリフであったとするのならば……いいや、流石に考え過ぎか。


「むぉっほん。しかし、本題を急がねばならぬのもまた事実なのであーる」

「フィリア嬢、先に注意しておくのであるが、今日のこの場で交わされた話は、全て他言無用であーる。くれぐれも外には持ち出さぬよう」


「それだけ繊細な問題なのですね……承知しました。必ず約束は守ります」


 そちもよろしいであるか? と、伯爵に尋ねられると、ユーゴは微妙な顔で小さく頷いた。

 信用されていないのが気に食わない……のだろうか。


「では、まず……件の人物、マリアノという少女について、情報を開示するのであーる」

「端的に……あまり好ましい話し方ではないのであるが、結論から申すのならば、やはりフィリア嬢の睨んだ通りだったのであーる」

「盗賊団の拠点への出入りが確認されたのであーる」


「……やはり……ですか。では、あの時林で私達を襲ったのは……」


 盗賊団の拠点へ近付かれたくなかったから、か。


 或いは、女王である私を死なせるわけにはいかなかったから。

 国が傾き過ぎれば、彼ら盗賊も収入減を失ってしまいかねない。


 故に、あの林の奥にあるとユーゴが探知してくれた脅威を彼らも認識していて、それから私を遠ざけた……


「……? いや、違う……そうだ」

「あの少女は私の素性を知らなかった……今も知らないでいる可能性だってある。ならば……」


 私達をただの国軍だと認識していた……ように見えた。

 それが演技でないとするなら……どうだろうか。


 利とは関係無く、彼女は人を守ろうとしてくれただけなのだろうか。

 しかし、ならばユーゴへのあの攻撃性については説明が……


「フィリア嬢、話を続けても構わんであるか? 何やら思案にふけっている様子なのであーる。気になる点があったのであーる?」


「い、いえ。すみません、続けてください」


 では。と、伯爵はまた私の顔をじっと見て、もう集中を切らしていないのだと確認すると、またゆっくりと語り始めてくれた。


「しかし、彼女自身が盗賊団の一員であるかはまだ不明なのであーる。というのも、盗賊行為については確認出来ていないからであーる」

「或いは用心棒――盗賊団が契約している武装組織が別にあるのかもしれないのであーる」

「北の問題を考えると、それでもおかしくはないのであーる」


「武装組織……ですか。なるほど、それがあるから魔獣にも押し負けない、非常に強固な防衛線を維持出来ている……と」


 しかし、それならばそれで、結局その武装組織の出どころと素性が謎に包まれるだけだ。

 ここについては何をどうしても推測の域を出ない。

 解決して、そして直接説明を受けない限りは変わりようが無い。


 つまり、盗賊団が直接保有する武力なのか、それとも別なのかという部分は、伯爵が語りたい本題ではないということだろう。


「……なら、彼女をまた見付け出して話をしても、盗賊団の首魁の居場所を突き止められるとは限らない……ということですね」

「もしも直接繋がっているのならば、彼女を介して協力の意思があるのだと伝えて貰おうと思ったのですが……」


「そうであるな。そこについては一切の保証が無いのであーる」

「全くの無関係ということは無いのであろうが、しかし盗賊団の首魁は相当警戒心の強い人物のようであーる」

「なら、他組織の人間の前には、早々顔は出さんのであーる」


 そして、彼女について分かったのは、もう一点のみであーる。と、伯爵が少しだけ落ち込んだ声でそう言った。


 いえ……その……まだあったのですね、むしろ。

 盗賊団と関係がある。しかし、盗賊団に直接所属しているかは分からない。


 未知の人物についての情報量としては十分だと思うのだけど……


「どうやらあの少女には、特別な力というのは無いらしいのであーる」

「フィリア嬢の話では、姿に似つかわしくない桁外れの膂力を誇った……という話であるが、しかし……驚くことに、それにはこれといった特別な裏付けを確認出来なかったのであーる」

「つまり、その力の出どころは全て純粋な筋力……鍛錬にのみ依存するもののようであーる」


「……っ! それは本当なのでしょうか……? 貴方を疑うつもりは全くありませんが……しかし……」


 その力の正体が、本当に単なる身体能力……となると、いくらなんでも話がおかしくなってしまう。


 筋力とは、筋肉量に依存するものではないのか。


 あの少女がどれだけ身体を鍛え上げようとも、その体重は……その……私よりも重たくなることは無いだろう。

 だって、彼女はユーゴよりもやや小柄だったのだ。


 そんな彼女がどれだけの鍛錬を積もうとも……


「骨格は変わりませんから、鍛えれば強くなれるというのにも限度が……」


「それでも我輩の調べた範囲では、あの少女を取り巻く環境に、魔術的な要素は見受けられなかったのであーる」

「産まれの時点で異常に造られている……という人道をわきまえぬ話でないのなら、間違いなく修練に由縁するものであーる」


 魔術による補佐ではなく、体力と技術のみによってあれだけの力を……か。


 はあ……この話を他言しない方がいい理由が、ひとつ分かった気がする。


 こんな話を知られれば、我が国の兵士達はいったい何をしているのだとなってしまう。

 少女の肉体に積み上げられる膂力すら持ち合わせないなどとは、とても……


「……して、もうひとつ……北方の組織についての情報であるが……こちらは、残念ながらあまり期待に応えられなかったのであーる」

「分かったのはほんの僅か……組織に属する数人の、特異な様子を確認出来ただけであーる」


「っ! だ、えっ、そ――こほん。組織の人間を見付けられたのですか?!」


 申し訳ないのであーる。と、伯爵は陳謝したが……な、何故この人物は私に謝っているのだろうか。


 全く何も分からない未知の組織を相手に、その組員のひとりだけでも見付けられたのならばそれは大収穫だろう。

 それを……彼の中の基準が分からない……


「やはり、盗賊団に……と言うよりも、およそ全てに対して攻撃性を持つ組織のようであーる」

「より北方……盗賊団も国軍も足を踏み入れない地では、恐らく魔獣とも戦っているのだと考えられるのであーる」


「ええと……盗賊団に因縁があるのではなく、他の目的の為に盗賊団とも敵対している、と? それはまた……」


 非情に危険と言うか……苛烈な集団なのだな。


 例えば……そう、ランデル。

 この国の中心を攻め落としたいから、その途中に存在する盗賊団を攻撃している……とか。

 伯爵が言いたいのはそういうことだろう。


「我輩が見たものが先兵なのか、それとも幹部なのかは分からんのであーる」

「しかし、誰もまともな行動原理では動いていなさそうなのであーる」


「特異な様子……というのはそれですね。聞かせてください。その人物は、いったいどうおかしいのか」


 むっふ。と、伯爵は少し鼻息を荒げて、気合を入れるように眉間にしわを寄せた。


 特異な様子とまで言ったのだ。

 そう、それを見ただけで特異だと、妙だと、おかしなものだと断定したのだ。

 つまり、よほどの異常さが見て取れた筈だ。


 伯爵はコウモリから視覚情報を集めている……らしいのだし。


「姿を見たのは三人……男がふたり、女がひとりだったのであーる」

「そしてそのうちのひとり……女の方は、どうやら魔術を行使するらしいのであーる」

「ただ、その魔術……だと思しき能力が……」


 何やら、人に直接干渉するもののようであーる。と、伯爵は少しだけ自信無さげにそう言った。


 人に直接……? そ、それはおかしい。

 いや、物によっては……捉えようによってはおかしくもないのだが……


「……その……それはその、魔術によって他者を攻撃していた……というだけの話ではないのですよね……?」

「それは……貴方の言いたいのは……っ。魔術によって、他者の行動、心理――精神、或いは肉体に直接干渉する……と……」


「……? フィリア、それって変なのか?」

「その……まあ、魔術なんて俺は見たこと無いけどさ。なんか、そういうの出来そうな感じあるけど。洗脳とか」


 そ、そんなことが簡単に出来てたまるものか。


 ユーゴは魔術について……この世界の魔術については本当に何も知らない。


 だから……その……自分がこの世界に現れた理由、原因、方法。

 つまり、召喚屍術式というものがあることしか知らないから……


「フィリア嬢は魔術に精通しているのであーる? ならば話は早いのであーる」

「組織由来のものか、それともその女だけが奇妙なのかは分からんのであるが、しかし存在するものは存在するのであーる」

「どうやらあの組織には、他者を思うままに使役する、奇妙な術師が存在するらしいのであーる」


「人を操る魔術……ですか。それは……そんな話があってしまうのですね……」


 とすれば……伯爵が目撃したのは、盗賊団の人間を使役し、同士討ちさせている場面……などだろうか。

 なるほど、組織を相手取るには最も効率的な攻撃だろう。


 しかし……そんな魔術は聞いたことが無い。少なくとも、この国では。


「……我輩から出来る話は以上であーる。では、くれぐれも他言は控えて欲しいのであーる」

「まだ……まだ、不確定な要素が多いのであーる」

「もしかすると、フィリア嬢の周りにも内通者がいる可能性もあるのであーる」


「っ! そうか……既に使役されている人物が紛れ込んでいるかもしれない……と……っ」


 組織がいつからあるか分からない以上、警戒するに越したことは無いのであーる。と、伯爵は怖い顔でそう言った。


 では……重要な話はユーゴ以外とはしない方がいいだろう。

 リリィやパールでさえ、その件については信用し過ぎてはいけない。


 なるほど、伯爵の言う通りだ。

 こんな疑心が全員の中に植え付けられれば、宮は――国という組織は、たちまち瓦解してしまうだろう。


「……フィリア嬢。報酬についてであるが、この件の早急な解決によって対価とするのであーる」

「我輩も可能な限り手を貸すのであーる。北の組織は、或いはこの国の全てをおかしくしてしまいかねない不穏さがあるのであーる」


「っ。はい、任せてください。必ず……必ずや、このアンスーリァの全てを解放してみせます」


 私は伯爵に深く頭を下げ、ユーゴと共にまた屋敷を……洞窟を後にした。


 馬車に乗り込む時、私はきちんといつも通り――違和感無く振舞えただろうか。

 そんな不安を抱えながら、私達は宮へと戻った。

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