第六十一話【待ちわびた連絡】
伯爵からの連絡を待つ間、私達はランデルでの魔獣討伐に精を出した。
と言っても、戦うのはユーゴばかり。
私は彼に同行して、討伐された魔獣を全て記録するだけ。
だが、今はこれで問題無い。
時間潰し……だなんて言うつもりは無いけれど、これには別の目的が――地区の解放以外の目的がきちんと存在するのだから。
「ユーゴ、調子はどうですか? また、何か変化が起こる予兆はありませんか?」
「無い……な、残念ながら。じゃあ、俺だけじゃダメなのかも」
私達の目的は、魔獣を倒しつつ、ユーゴの力を更に引き出す訓練を積むというものだった。
ユーゴが考えるに、彼の力の本質は、想像の中にある強さを具現化するというもの。
ならば、たとえ相手が弱い魔獣でも、彼が望めば、今以上の力を引き出せるのではないか……と。
あらかじめ進化して、その力の制御を練習出来るのではないかと考えたのだが……
「ユーゴだけではダメ……ですか」
「ううん……私がやったことですが、あまりいい形では付与出来ていなかったみたいですね……」
「まだ分かんないけどな。俺がイメージ出来てなかったらそもそも無理なんだろうから、見たり聞いたりで強いやつのことを知ったら、それには追い付けるかも」
ただの魔獣が相手では、もうこれ以上の強さを思い浮かべられない……と。
しかし、強いもの……危険なものを目の前にしてから進化していたのでは、やはり不安と言うか……適応しきれなくて……という可能性も残る。
やはり、力には早めに対応しておかないと。
そうでなければ、彼自身の身が危ない。
制御不可能になど陥ったならば、魔獣を倒すどころの騒ぎではないのだから。
「とりあえず、この辺はもういなさそうだな。そろそろ帰るか」
「はい。お疲れ様でした、ユーゴ。いつもありがとうございます」
さて。と、ユーゴは小さく伸びをして、今日の分の実験……もとい、鍛錬が終わったことを告げた。
もともと危なげなどどこにも無かったが、こうまで成長してしまっては、魔獣を相手にも緊張した様子すら見られない。
それもどうかとは思うのだが……
ランデルに現れる魔獣は、ヨロクの周囲に現れるものに比べて、圧倒的に弱く、少ないものになりつつあった。
それはきっと、彼が片っ端から倒して回っているから……だけではないのだろう。
やはり、なんらかの組織が手を引いている……魔獣を疑似的に操作していると考えるべきだ。
「フィリア。そろそろ行かなくていいのか、北」
「アイツ……マリアノがいいやつだって決まったわけじゃない」
「なら、ヨロクをどうにかされる可能性だってある。早く戻った方が……」
「いえ、まだ……伯爵からの連絡があるまでは、このままランデルにいましょう」
「貴方と行動を共にし過ぎていて、私も少しだけ麻痺してしまった部分でもあるのですけどね」
「少人数での遠征は、あまり安全なやり方ではありませんから」
当たり前に繰り返していたけれど、あんな無茶なやり方ではいつか事故に繋がりかねない。
ユーゴが負けるなんて思わない。
けれど、彼の進化を待たなければならない状況には陥る可能性がある。
それを先日の一件で思い知った。
ならばやはり、たった数人での移動は危険極まりない。
次にヨロクへ向かう時は、そのままあの街の問題を解決してしまえる時――ランデルとを何度も往復しなくて済むようになった時だ。
「ま、フィリアがそう決めたならそれでいい。俺は絶対負けないけどな」
「はい。そこについては私もまったく同意見です。信頼していますよ、ユーゴ」
ユーゴは私の言葉に、少しだけ拗ねた顔をしてしまった。
信頼しているなら全部任せてくれ……と、そう言いたいのだろうか。
しかし、そうもいかないのだ。
そもそも、危険というのは、何も私や兵士達に限った話ではない。
当然、ユーゴにだって危険はある。
無茶な日程、無理な行軍を繰り返せば、彼の中にも少なからずの疲労が蓄積されていくだろう。
そうなれば、遅かれ早かれ事故が起こってしまう。
不注意、不本意な事故で彼を失いなどしたら、それこそ目も当てられない事態だ。
ユーゴと共に宮へと戻り、私達はそのまま執務室へと向かった。
伯爵からの連絡は……まだ来ていない。
こればかりは焦っても仕方が無い。
仕方が無いと分かっていても、どうにも……じれったい。
「戻られましたか、女王陛下。では、早速……」
「うっ……リリィ、す、少しだけ休ませては……」
ダメです。と、優しく笑ったのは、大量の仕事の山と共に私を出迎えてくれたリリィだった。
ユーゴを連れ回して妙な実験をしているのは私の都合。公務とは関係無い。
笑顔とは裏腹に、冷たい目はそう語っていた。
「ユーゴさん。貴方にも少しだけお仕事をお願いします」
「いえ、難しいことではありません。ヨロクでの魔獣の情報……いえ、ヨロクに限らず、貴方が倒した魔獣の情報を、もう一度だけ確認していただけませんか?」
「記録が間違っていれば、後々に危険が発生しかねませんから」
「分かった。でも、俺だって別に魔獣に詳しいわけじゃないぞ?」
貴方の見たままを思い出して、それが記述と間違っていなければ問題ありません。と、リリィはそう言ってユーゴを席に着かせて、どかどかと資料の束を彼の前に広げた。
いつの間にかユーゴの扱いが上手くなったものだ。
その仕事量に、ユーゴも初めは少しだけ苦い顔をしたが、しかし頼まれたとあっては彼もなかなか拒まない。
頼られると嫌と言えない彼の性格をすっかり乗りこなしてしまっている。
「……ならば、私にももう少し……手心と言うか、モチベーションの高まるやり方を……」
「陛下はすぐに手を抜きますから、きつく言うくらいでないとダメなんですよ」
うう……すっかり私の扱いも雑になってしまったものだ……
それと同時に、やはり上手くもなっていると感心してしまう。
見れば、ユーゴはとっくに集中して作業に取り掛かっていた。
そんな姿をこれだけ近くで見せられては、大人の私がだらだらと文句を言っているわけにもいかない。
「はあ。リリィ、こちらも少し手伝ってください」
「伯爵からの連絡が入れば、またしばらく宮を留守にすることになりますから。今のうちに出来る限り終わらせておきましょう」
「はい、お任せください。ユーゴさん、何か分からないところがあればすぐに呼んでください。またお手伝いします」
ユーゴの返事は無かった。それだけ集中しているのだろう。
では、私も負けてはいられない。
リリィに手伝って貰って、ひとつずつ仕事を終わらせていこう。
まずは……カンビレッジからの予算案、その確認と承認から。
うっ……もうこの時点で項目が多い。
けれど、街をより良くする為――ユーゴが頑張って安全にしてくれた地区を維持する為に。
魔獣を倒し、その生態を調査し、そしてそれが終われば宮での書類仕事に精を出す。
そんな生活がしばらく続いたある日、待ちに待ったものが私達のもとへと届けられた。
「女王陛下。件の吸血鬼伯爵から手紙が届きました」
「っ! パール、ユーゴを呼んで来てください。それと、馬車の準備をお願いします」
パールに手渡されたのは、やはり立派な封蝋を施された一枚の便箋だった。
いつものように慎重にそれを切り開けば、これまたいつも通りの文面が記されていた。
該当人物についての情報を入手。機密保持の為、文面には記さず。至急、当屋敷まで参られよ。
そんな文面を目にすれば、じれったい思いをしながらでもランデルで待ち続けた甲斐があった。
ユーゴを連れて、また伯爵の屋敷へと向かおう。
あの少女――マリアノが何者なのか。そして、盗賊団との関係はあるのか。
上手く話が嵌ってくれれば、ヨロクの問題の大半を一気に片付けられる。
「フィリア、カスタードから手紙来たってホントか? なんて書いてあった?」
「以前と同じです。直接説明したいから、屋敷に来て欲しい、と」
またか。と、ユーゴは口では辟易しながら、しかし目を輝かせて大急ぎで準備をしてくれた。
やはり彼も待ち遠しかったのだろう。
ずっと単調な仕事が続いていたから、彼にとっては凄く凄く退屈な時間だったことだろうし。
「カスタードのとこで話聞いて……どっちにせよ、ヨロクだよな」
「今更何聞いたって、ここで待つって選択肢はあり得ない」
にアイツを……マリアノを見付けて話を聞く。最悪捕まえる。で、盗賊団のアジトをぶっ潰す」
「つ、潰さないでください。話し合いをするのですよ。友好関係を結ばなければ」
めんどくさい。と、ユーゴは口を尖らせて、しかしそれ以上の文句も反論もせずに、私の前を歩きだした。
パールが表に馬車を準備してくれてるらしいから。と、私が手配させた馬車を、まるで彼が気を利かせてくれたことのように……ちょっと待ってください。
最近私の評価が下がり気味なので、ここははっきりさせておかないと。
ちゃんと、私が、事前にお願いしたのですよ?
私のうっかりをパールが補佐してくれたわけではないのですからね? ほ、本当ですからね?!




