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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第一章【信じるものと裏切られたもの】
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第六十話【もう一度立ち返って】



 魔獣の襲撃を退けてから一晩経って、私達は本来の予定通りにランデルへと帰還した。


 ヨロクの街の復興の為に、人と資金を援助するという、新しい課題も背負ってのことだった。


 ヨロクの南部――帰路には、あれだけ倒したというのに、魔獣の大群が相変わらず跋扈していた。


 それでも、以前よりも更に強くなったユーゴの前には、いまさら何が来ようとも関係ない。

 普段よりも余裕の表情で魔獣を退け、私達を無事にランデルまで導いてくれた。


 そして、ランデルへと戻ったばかりの私とユーゴは、ひとまずヨロクへの派兵の手続きと、そして予算案を仮提出して、またあの人物のもとを訪れていた。


「よく来たのであーる! ふたりとも息災そうでなによりであーる!」


「こんにちは、バスカーク伯爵。ヨロクより戻りましたので、挨拶に伺いました」


 フィリア嬢は本当によく出来た娘であーる。と、相変わらず私が女王だなどとは欠片ほども考えていなさそうだが、しかし非常に友好的に出迎えてくれた。


「協力していただいて貰ってなんの礼も無しというのも不躾ですので、今日は手土産を持って参りました。好みに合うと良いのですが」


「うむ、苦しゅうないのであーる」

「ユーゴ、そちもフィリア嬢を見習うのであーる。大人として、目上の者をきちんと敬い、それを形にするのであーる」


 あの、いえ……一応、この国の中では私が最も高い立場にあるのだけれど……


 まあ、私とて自らが最も偉いなどと、女王であることにあぐらをかいてふんぞり返るつもりも無い。

 それに、伯爵にお世話になっている、彼を尊敬しているのは事実だから。


「むむっ! プッディング! これはこれは、カスタードプッディングであーる!」

「フィリア嬢はほんっとうによく出来た娘であーる!」

「一度聞いただけの好みをしっかりと覚えておく。ユーゴ、よーく参考にするのであーる。これが社交性というものであーる」


 そう……うん。

 一度しか聞いていないのだけど、どうしてか毎度毎度その名で呼ばれるものだから。


 嫌でも覚えてしまったのは、ユーゴが彼をいつもいつもカスタードなんて呼ぶからだ。

 いつもいつも。そう、たった今も。


「カスタード、今日もまた聞きたいことがある。プリンやったんだから、情報を寄こせ」


「ゆ、ユーゴっ。いけません、そんな乱暴な言い方をしては」


 バスカーク=グレイムであーる! と、伯爵はまた声を荒げて地団太を踏み始めた。

 しかしこれがどうにも……どうにも、面白い光景なのだ。


 その……ユーゴよりも小さくて、丸々としていて。

 けれど、とても子供には見えない顔つきの伯爵が、まるでユーゴと同年代の友人のようにはしゃいでいるものだから……


「……ふふ。はっ!? す、すみません、決してバカにする意図で笑ったつもりでは……」


「いや、バカにしていいだろこんなやつ。少なくとも、俺はずっとバカだと思ってる」


 不敬であーる! と、また大声が洞窟内に響き渡って、それもまた……ふふ。

 い、いけない……一度面白いと思ってしまったから……ふふ……どうしても……っふ……笑ってしまいそうに……っ。


「むぉっほん。そちの無礼と世間知らずには、呆れて何も言えんのであーる」

「しかーし。手土産も挨拶も欠かさないフィリア嬢の献身に免じて、今日のところは質問を許可するのであーる」


「あ、ありがとうござい……ふふっ……ございます……ふっ……くっ……」


 いけない。バスカーク伯爵が懐疑的な目で私を見ている。

 不敬なことをするつもりかと訝しんでいるのではない。

 それはもう単純に、何も無いのにどうしてか笑い出した変な女だと思われてしまう。


「こほん。その……また、人を調べて欲しいというのがひとつ」

「そしてもうひとつは……説明が難しいのですが……北方にあるという、盗賊団とは別の脅威。それについて、何か情報を得られないかと……」


「人を調べる。そして、組織を調べる……であるか。それは……ふむ」


 私の言葉に、伯爵は難しい顔をして黙り込んでしまった。


 意図を掴みあぐねている……という感じではない。

 やはり、この人物は聡明だ。


 私の要領を得ない問いにも、その本質をすぐに見極めて思考に移ってみせる。


 ユーゴもなんだかんだと伯爵を認めている節があるし、どうにか説得して宮に引き入れられないものだろうか。


「フィリア嬢の口ぶりから思うに、そのふたつには関係性が無い……或いは、まだそれを認められていないということであーる」

「ならば、やはり時間が掛かってしまうのであーる。それでもよいのであーる?」


「はい、それはもちろん。引き受けていただけるのであれば、報酬は前払いで準備させていただきます」


 時間が掛かるとは言われてしまったが、しかし不可能とは言われなかった。

 その……私達が頼んだ上でこんなことを思うのはどうかと思うのだが、この人物にはいったい何がどこまで見えているのだろう。


 まだ誰を、どんな人物を、どの程度まで調べて欲しいとも言っていない。

 北の組織についても、まだどんな情報が欲しいとすら伝えていない。


 これでどうして、そうも言い切ってしまえるのだろうか。


「まずは、ひとつめ――調べて欲しい人物についてです。外見はユーゴよりも更に幼い……」


「俺がガキって前提で話をすんな、このバカ」

「カスタードと変わんないくらいのチビで、だけどやたら態度のデカい子供だったんだ」


 そういう言葉遣いは改めるべきであーる。と、伯爵はちょっとだけ困った顔でユーゴを諭し、そしてまた私達の説明に耳を傾ける。


 マリアノと名乗る幼い少女。

 ヨロクの北方で遭遇した、異様な膂力を誇る謎の人物。


 彼女を疑うつもりは無いが、しかしどうしてもその素性は知りたい。


「……彼女は私達と共にヨロクの街を守ってくださいました」

「けれど、初めて会った時には私達に敵意を向けていたのです」

「この在り方が矛盾しない立場――まだ、予想の範疇を出ませんが……」


「……ふーむ。なるほど、理解したのであーる」

「確かに、盗賊団との繋がりを持っていても不思議ではないのであーる」


 がっかりするくらい理解が早い。

 しかし、都合が良いのだから黙っておこう。


 そう。まだ未確定……疑うという段階にすらないが、彼女が盗賊団と繋がっているのならば、全ての行動に合点がいく。

 というよりも、そうであったら私達としては都合が良い……なんて願望が先か。


 どちらにせよ、彼女にはもう一度会って話をしたい。

 きちんとお礼も言えなかった、その心残りもあるのだし。


「そして、北にあるもうひとつの脅威について……ですが……」


「分かっているのであーる。現状では我輩も以前に話した以上の情報は持っていないのであーる。また、調査してみるのであーる」


 ああ、なんと頼もしい。

 伯爵の情報収集能力は本当に期待出来る。


 コウモリを使役するなんて初めに聞いた時には、あまりに常識外の話過ぎて疑うことも出来なかったのに。


「では、その……報酬の件なのですが。前払いで六割、成功報酬を四割として、私が準備出来る金額は……」


「前にも言った通り、金など要らんのであーる」

「しかし、報酬も無しにとなれば、責任の薄い仕事になってしまいかねないのであーる」

「ならば……ふーむ。よし、決めたのであーる」


 また、ふたりには我輩の手伝いをして貰うのであーる。と、伯爵はにこにこ笑ってそう言った。


 手伝い……か。

 それは、ユーゴにも対等な立場として取引をさせる為の、彼にも支払える対価としての労働を意味するのだろう。

 以前はそうだった。


 大人の私がお金を出すだけで全てを解決していては、ユーゴにはなんの勉強にもならないから、と。


「……ありがとうございます、伯爵。しかし、いつまでもそれでは申し訳が立ちません」

「こちらで住む場所も新たに準備しますから、一緒に宮で働いてはいただけませんか」

「そうすれば、正当な報酬もしっかりとお支払い出来ますし、それになにより……貴方の力を存分に振るって欲しいと、私がそう思うのです」


「宮で……ふむ」


 それは難しいのであーる。と、伯爵は小さく頭を下げて私の頼みを拒んだ。

 そう……か。残念だ。


 しかし、やはり彼の能力にはきちんとした報酬を支払いたい。

 こんな子供の手伝いのような真似だけで借り受けていい力ではない。


 そう思うから……もう少しだけ説得を続けてみよう。

 もっと打ち解ければ、或いは……


「では、前払いの分……我輩の屋敷の六割を綺麗にして貰うのであーる」

「おや、しかし……ふむ。今中途半端に掃除されても、次の報酬までに時間が空いてしまっては意味が無いのであーる?」


「あ、あはは……そうですね。では、こうしましょう。前払いの報酬は、この屋敷の清掃。成功報酬はまた別のお手伝いをするということで」


 なんで増やしてんだ。と、ユーゴは少しだけ悪態をついたが、この程度の見返りで危険な調べ物をして貰えるのだ。

 なら、掃除でも洗濯でも炊事でもなんでもやろう。

 全てやってもなおおつりがくるのは彼だって承知しているから、あまり強く反発しないのだろうし。


「むっふ。では、また成功報酬については考えておくのであーる」

「ユーゴ、我輩の屋敷をぴっかぴかにするのであーる。フィリア嬢も、精を出すのであーる」


「ちぇっ。フィリア、帰ったら俺にもなんか報酬くれよな。不当な労働だぞ、これ」


 こ、こらこら。冗談とは分かっていても、妙に胸の痛くなることを言わないで欲しい。


 そもそも、子供の労働力を対価に目的を達成しようとしていること自体は、あまり褒められたやり方ではないと自覚はしているのだ。

 ただ、それが伯爵の優しさと計らいだから成立しているのであって……



 私達はまた屋敷を……洞窟内の大きな空洞をきれいに掃除して、上機嫌な伯爵に見送られてそこを後にした。


 ランデルでの手続きを終えたら、またヨロクへ向かおう。

 復興の手伝いをすることと、やはり盗賊団について調べなければならない。


 それに、あの巨大な魔獣の出現の謎についても……っ。


 やるべきことはまだまだあるのだと気合を入れて、私は宮での事務作業に打ち込んだ。

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