第五十九話【問題解決……】
騒動のすぐ後で泊めて貰える――客を泊める準備の出来ている宿はなかなか見つからなくて、私達は街を一周してから、初めに訪ねた宿で一泊することになった。
しかし、歩き回った甲斐が一切無かったかというと……そうでもない。
「街、もう元気になり始めてたな。魔獣はいないとはいえ、結構ボロボロになったのに」
「そうですね。皆、こういった窮地に慣れているのでしょう。それを良いことと捉えていいのかは分かりませんが」
宿を探す道中で、私達は着々と進められる復興作業を目にした。
と言っても、大掛かりな工事をその日の内になんてのは不可能だから。
瓦礫を退けて、道を掃除して、そして家を失くした人を受け入れる場所を決める。
皆が手を取り合って今晩からを生き抜こうとする姿を、しっかりと見てきたのだ。
「……こほん。それでは、説明していただけますか? 貴方が気付いた、貴方の力の正体について」
分かった。と、ユーゴはまた機嫌良く返事をした。
あれだけ無駄に歩かされたのに、拗ねている様子も疲れている様子も無い。
今回の一件は、彼にとってそんなにも好ましい結果をもたらした……嬉しい能力だった……のだろうか。
「大体はあんとき話した通りだ」
「相手が強いと、それを倒す為にまた更に強くなるんだと思う」
「でも、それにも基準みたいなのがあって……多分だけど、まだ」
「多分、その基準が、俺のイメージ出来るものかどうか……なんだと思う」
「ユーゴのイメージ出来るもの……貴方が思い描けるだけの範囲なら、どれだけでも強くなれる……と?」
多分。と、ユーゴは言葉の割に自信を持ってそう言った。
なりたい自分になれる。
実感すら持たずとも無限に成長出来る。
確かにそれならば、この世界で最も強いという私の願望は、僅かのズレも無く叶えられているだろう。
たとえ現在のユーゴよりも強い相手を前にしたとしても、その姿をそのまま乗り越える力を思い描けば良いのだから。
「だから、今回は……ちょっと苦戦した。あの小さいのが強いっていうのが実感出来なかった」
「イメージ出来なかったのは、俺の強さじゃなくてあいつの強さだった」
「だから、なんて言うのか……倒せる筈だ……って、思ったんだ」
「今のままでも――あのデカいのを簡単に倒せる今の俺なら、そのままでもこんなやつは余裕で……って」
「……なるほど。イメージをそのまま反映するのならば、貴方の油断や慢心こそが、その上限を引き下げるものになってしまう……と、そうおっしゃるのですね」
ユーゴは何も言わず、苦い顔で小さく頷いた。
カンビレッジからの帰り、あの巨大な魔獣を一撃で仕留めてみせた。
それは、彼がその姿を思い描いたから――そう出来たらと望んだからだ。
しかし、今度はそれが無かった。
この小さな魔獣なら倒せる。
そう考えたから、彼の中には何も無かった。
多分……私の憶測でしかないが……
「……貴方はきっと、あの小さな魔獣を倒した後のことを考えていたのですよね」
「例えば……そう、壊された街をどうしようか、とか」
「これよりも後……他の街に同じようなことが起こったらどうしようか、とか」
「ぐっ……そうだよ」
「アイツ……マリアンだっけ、マリアノだっけ」
「あのガキのことも……魔獣を倒した後、アイツがどうするつもりなのかも気になってたしな」
「余計なことばっかり考えてたから、自分より強いか弱いか分かんない相手に苦戦した」
マリアノですね。と、私が教えると、女っぽくない名前だなと、ユーゴはどこかふてくされた様子で呟いた。
確かに、この国の女性の名前ならば、マリアやマリアンというのならばよく見かけるが、しかしマリアノとは……。
「……男性に多く見られる名前ですね。偽名……という可能性も考慮すべきでしょうか」
「いえ、疑う意味も無いように思えますが……」
「そもそも名前を隠すメリットが無いよな。フィリアだって平気でそのまま名乗ってるわけだし」
うん、ユーゴの言う通りだろう。
フィリア=ネイ=アンスーリァと家の名前まで明かしてしまえば話は変わるが、しかしフィリアとだけ名乗る分には身元など分かりようも無い。
それ自体はどこにでもある名前なのだから。
「ま、アイツのことは今はなんでもいいや」
「とにかく、他に考えることが多かったから、強くなるのが遅くなったんだ」
「でも……だから、もう次は無い」
「こうしたら強くなれる、何をしなかったらなれないってのが分かったからな」
「もう、どんなのが来ても負けない。手間取ることも無い」
そう言ったユーゴの顔は、どことなく後悔がにじんで見えた。
もっと早くに気付いていたら……か。
やはり、この子は凄く凄く優しい子だ。
最前線で戦っていた以上、倒れたものの姿を多く目にしている筈だ。
最後の時にも、ひとりの役人が犠牲になってしまった。
それを悔やんで、自分の責任だと後ろめたく思ってしまうのは、あまり良いことではないのだろうな。
「……そうだ。ユーゴ、あの巨大な魔獣……貴方が簡単に倒してみせた、カンビレッジ近郊でも見かけたあの魔獣なのですが」
「あれは、あんなにも速く動ける魔獣だったのでしょうか」
「誰もが気付く前に私達のすぐそばに現れて……」
「そう……そうだ、それも気になってた」
「アイツ、どっから現れたんだ? 俺が戦ってるときは、あんなのどこにも見当たらなかったんだ」
「それが、いきなりニオイがしたと思ったら……」
え……?
ユーゴの言葉に、私は唾を飲んだ。
あの魔獣は、ユーゴと戦っていたのでは――街の北部で暴れていたのではなかったのか……?
西が安全になり、そして南が安全になり。
そんな中で危険信号が打ちあがったのが北部だった。
それに、北部からこちらへ向けて信号弾がいくつも打ち上げられたのだ。
だから、あれはてっきり北部からこちらへ移動してきたものだと……
「ゆ、ユーゴっ。貴方は今日、どこで戦っていたのですか? 私と離れてから、貴方は街のどこで……」
「え、えっと……まずは西の方に行ってた。そっちのニオイが強かったから、そこがヤバいと思ったから」
「そしたら……アイツも……マリアノもいて……」
まずは西。
そして、そこが片付いた後には北へ。
その間はずっとあの少女と共に戦っていた。と、ユーゴは説明してくれた。
「んで、北がちょっと落ち着いた頃にあれが……あの小さいのが出てきたんだ」
「それと戦ってる最中に、南の方……ええっと、役場があった辺りで、あのデカいののニオイがいきなり現れて……」
「……やはり……やはり、何かが違ったのですね」
「あの魔獣は様子がおかしかった。私が感じた違和感も、決して的外れなものではなかったのですね」
ユーゴは首を傾げて私に説明を求めた。何が変だと感じたのか、と。
おかしいと、変だと思ったのは、あの巨大な魔獣が現れてすぐのことだった。
「あの魔獣は、現れるや否や、役場の天井を吹き飛ばしたのです」
「けれどその後は、ずっと北の方を意識して怯えるだけで、何も攻撃性を見せることはありませんでした」
「それに、あの魔獣の接近を、誰もが事前に察知出来なかったのです」
「あれだけの巨体を、誰も見つけられなかったのですよ」
「……じゃあ、あのデカいのは、街のど真ん中にいきなり現れた……ってことか」
「俺の感覚がマヒしてたとか、焦ってて気付かなかったとかじゃなくて……」
もしもそうだとしたら……っ。
さっきまで上機嫌だったユーゴも、その可能性には青い顔をしていた。
あの魔獣自体に特別な力がある……とは思えなかった。
あるのなら、その力であの小さな魔獣からもユーゴからも逃げてしまえばよかったのだから。
そうしなかった――出来なかったから、ただ怯えて北を睨んでいたのだ。では……
「……マリアノが何者かは知らない」
「けど、それとは別に、あのデカいのを……ええっと……なんかしたのがいたんだ」
「もしかしたら、盗賊団か、それとも盗賊団と戦ってる北の組織か」
「あの魔獣の姿を隠し続けたか、或いは……なんらかの方法であの場所に召喚した……か」
「どちらにせよ、とても常識からは外れた話ですね……」
頭が痛くなってきた。
それは……それでは、まるで魔法ではないか。
私がため息をつくと、ユーゴは少し興味深そうに私の顔を覗き込んだ。
魔法なんてものがあるのか。と、そう尋ねたいのだろうか。
「……いえ、魔法というのは俗称にすぎません」
「ええと……私もかつては魔術が使えたのですが、今は……」
「見せられないとなると、説明が難しいですね……」
「魔法ってなると……瞬間移動……は……魔法じゃないか。テレポート……は超能力か? ワープ……うーん。召喚魔法……とかなら……」
召喚……は、貴方をここへ呼んだ魔術なのですよ。
私がそう言えば、それの何が違うんだと少し変な目で見られてしまった。
何が……と言われると……ううん、説明が……
「ええっと……とにかく、根本的なところが違うのです」
「魔法というのは……端的に言えば、人間では到達出来ない極地のことを指します」
「そこへ限りなく近付くことが、魔術師の目的で……」
「……異世界から誰かを呼び出すのは、人間に出来る範囲なんだな……そっか……」
そう……ううん、そう言われてしまうと確かに……
けれど、今は魔術と魔法の定義は問題ではなくて。
「とにかく、およそ人間離れした奇跡が意図的に起こされたのではないか……と、そう危惧すべきでしょう」
「対策を立てるべきで……対策……それを恐れたとて、どうすれば対策出来るのでしょうか……?」
「え、いや……さあ」
今朝の段階でのユーゴをも超越した魔獣はしっかりと倒した。
ユーゴも自身の力を把握しつつある。
けれど……あっさりと倒されたあの巨大な魔獣について、私達は何も答えを出せなかった。
もしや、とんでもなくどうしようもない問題を目前にしているのではないだろうか……?




