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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第一章【信じるものと裏切られたもの】
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第五十八話【決着はあっけなくて】



 そこにあったのは穴だった。

 とても大きなものに掘り起こされたような穴。


 崩壊した建物の瓦礫を更に細かく砕きながら、何かがそこを穿った痕跡。


 そして――何かがそれに巻き込まれたのであろう血の跡が残されていた。


「――はっ――はっ――っ。はあ……はあ……早く逃げろって言っただろ……このバカ……っ」


「ユー……ゴ……」


 魔獣の姿はもうどこにも無かった。

 では、あの血痕はそういうことなのだろう。


 魔獣が倒され――何かによる掘削に巻き込まれ、すり潰された跡。


 いいや――魔獣への攻撃によって、地形が変形してしまったという事実だ。そして……


「……ンだそれ……ッ。テメエ、クソガキ……今まで手ぇ抜いてやがったのか」


 そしてそれは、やはりユーゴによって引き起こされたものだった。

 しかし、これまでに見た彼の力の上限を明らかに超えたものだ。


 やはり……なのか。


 ユーゴの力は、脅威を前に――それまでに経験したことの無い危険を前にすると、更なる強度を得るように出来ているのだろうか。


「……別に、なんでもいいだろ」


「良くねえから言ってんだ――ッ! テメエ……その力を出し惜しんでたのか……?」


 少女はユーゴに凄く懐疑的な視線を向けていた。

 当のユーゴは、まだ自身の力とその結果に理解が及んでいないのか、どこかぼうっとした顔で抉れた地面を眺めている。


「あ、あの……ユーゴ……っ。貴方は――」


「――答えろクソガキ――ッ!」

「テメエはそんだけの力を隠して、周りを見殺しにしてたってのか! なんか言えよテメエ!」


 私は何かを言いたかった。

 けれど、どう声を掛けたらいいのか分からなかった。


 だから、しどろもどろになって、言葉に詰まって、どうしようもなくて名前を呼んで……

 そして、そんな覚悟も何も無い私を横から突き飛ばすように、少女の怒声が鳴り響いた。


「――っ。ち、違います! ユーゴはそんなつもりなどありませんでした! ユーゴは間違いなく全力で……」


「テメエには聞いてねえよ! 引っ込んでろデカ女! 大体、見てもなかった奴が口挟むんじゃねえ!」


 少女の言葉は、ある意味では筋の通ったものだった。


 結果だけを見れば、確かにユーゴは魔獣を倒すだけの力を温存していたようにも見えるだろう。


 けれど、それを彼が望むわけが無い。


 まだ彼の中には無かったのだ。

 ここへ来るまで――この魔獣を倒したその瞬間まで、彼にはまだこんなことをするだけの力は無かった……筈だ。


 だから……と、彼を庇い立てようとした私を、少女はやはり怒鳴りつけた。


「答えろクソガキ――ッ! テメエは――」


「――違うよ。俺はずっと本気だった。本気で……でも、あの小さいのが倒せなかった」


 また語気を荒げた少女にも、それに反論しようとした私にも、静かにするようにと手を向ける。

 そしてユーゴは、ゆっくりと――ゆっくりゆっくりと、まだ自分の中に出来上がったばかりの何かを確認するように話し始めた。


「……俺にこんなことが出来るなんて知らなかった。だから……だから、そこは……お前の言う通りだ」

「もっと早くにこれに気付いてたら、もっと楽にアレを倒せてた。そしたら……被害ももっと少なかった」


「ユーゴ……っ」

「それは違います、ユーゴ。貴方は最善を尽くしました。だからこそ、あの巨大な魔獣は一撃で倒してみせたではありませんか」

「貴方が責任を感じることなど――」


 フィリア。と、ユーゴは困った顔で私の名を呼んだ。

 そして、まだ怒りの収まらない様子の少女の方を向きなおして、小さく頭を下げた。


「……手伝ってくれてありがとな」

「俺だけだったら……もっと時間が掛かってた。多分、ここにも間に合わなかった」

「そしたら……俺もどうなってたか分からない。だから……」


「……ァア? ありがとう……だァ?」


 そうだ。と、ユーゴは力強くそう言った。


 それが少女にとっては意外な言葉だったのだろう。

 怒ることも無く、呆れることも無く、ただ驚いた顔で黙り込んでしまっていた。


「お前、うるさいし、嫌いだったけど、悪いやつじゃないっぽいからな」


 ユーゴはそう言うと私の方を向いて、そしてほっとした顔で手を差し伸べてくれた。

 間に合って良かった。と、凄く凄く穏やかな顔で、いつものわがままでひねくれた子供らしさなど感じさせずに。


「なんとなく分かったぞ、俺の力の正体」

「やっぱり、強いやつと戦わないと強くならないんだ。強そうなやつを倒すイメージが、そのまま強さになる」

「だから、あの小さいの相手だとあんまりだったんだろ」


「強そうな……ですか……? では……ええと……」


 では、なぜ最後の瞬間に――その小さい相手、強そうではない相手を前に、また更に強くなったのだろう。

 私の疑問は口にするよりも前に理解されたらしくて、ユーゴは難しい顔で頭を抱えてしまった。

 説明が難しい。と、小さく呟いて、首を傾げて……


「――オイ、クソガキ。テメエ……」


「クソガキじゃない、ユーゴだ。大体、お前だってガキだろ」


 オレはガキじゃねえ! と、少女はまたユーゴを怒鳴りつけて、そして今度は私を睨み付けた。


 しかし、私には何も言わずに……今度は怒った顔ではない、けれど鋭い目つきの真面目な表情をまたユーゴの方に向けなおした。


「……マリアノだ。テメエと馴れ合うつもりはねえが、礼は言っといてやる」


 そう名乗った少女はそのままくるりと振り返り、そしてまた北へ向かって走り出した。


 魔獣の残党を退治しに行ったのか、それともまた北方へ――あの不毛の地へと戻って行ったのか。

 事情も素性も相変わらず分からないが、しかしどうやら……


「……礼、言ってねえよな、あいつ。なんだよ、まったく」


「ま、まあまあ。とにかく、どうやら友好的な関係を築けたようですね」


 あれだけ毛嫌いされていた、殺す殺すと怒りと殺意ばかりを向けられていたことを思えば、名乗って貰えただけでもかなりの進歩だろう。

 ただ、次にまた出会うことがあるかどうかという問題はあるが。


「……にしても、ここ……ここだけじゃないか。もう、そこら中。ぼろぼろになっちゃったな」


「……そうですね。でも、これで済みました」

「貴方のおかげです。本当にありがとうございました。そして、お疲れさまでした」


 ユーゴは大きなため息をつくと、寂しそうな目で周囲を見回していた。

 この惨状に気を病んでいるのだとしたら、やはり彼は凄く凄く優しい子だ。

 優し過ぎる子だ。


「……あの、ユーゴ。その……やはり、戦うことは……」


「あ、そうだ。ここがこんなだと、今日はどこに泊まるんだ?」

「まあ、俺はどこでも……別に、野宿でも平気だけど」


 え、あ、ええと。と、私はつい間抜けな声を出してしまった。

 い、いきなり随分と立ち直ったものだから……


 見れば、もうユーゴの顔には影は無く、なんともすっきりと満足げな表情を浮かべている。


「それと、今回で分かったこと……俺の力のこと。説明するから……えーっと……だから……」


 周りに人がいないとこがいいよな。と、ユーゴはどこか気を遣った言い方で私に耳打ちした。

 そう……だ。ユーゴの正体は、ユーゴの力の根源はあまり他言したくない。それはいいのだが……


「あ、あの……ユーゴ? 貴方は……ええと……た、戦うのが嫌だったのではないのですか……?」

「そして、やはりこんな結果になってしまったことが悔しくて……」


「……? 戦うのが嫌……って……そんなこと言ってないだろ、一回も」

「むしろ、もっと強いやつと戦いたいって言ってただろ、ずっと」

「なんなら、今回でもっとそう思った」

「戦えば戦うだけ……強いやつを倒しただけ俺も強くなれる」

「なら、戦うのが嫌とか……無いだろ」


 あの小さいのに苦戦したのは悔しかったけど。と、ユーゴは口を尖らせてそう言ったが、しかし……どうしてか上機嫌だ。ええと……


「……私の勝手な思い込み……考え過ぎだった……のですか……?」


「……よく分かんないけど、俺は戦うの嫌じゃないからな」

「じゃあ……まあ……フィリアが間違ってたんだろ。何がかは知らないけど」


 そう……ですか……


 安心したような、がっかりしたような。

 ユーゴは本心から戦いを望んでいた……らしい。


「とりあえず、前にあのゲロ男がいた宿とかに行こう」

「とにかく話がしたい。今回のアイツのこと……あのデカいのと、さっきの小さいの」

「また魔獣についてもいろいろ情報集めるんだろ?」


「は、はい。お願いします」


 じゃあ、早くどっか行こう。と、ユーゴは私を急かした。


 これは……早くこの場を立ち去りたい。早く話がしたい。と、そういう行動原理ではないようだ。


 単に気分が良いから、嬉しいことがあったから、いつも以上に協力的になってくれているだけ。

 何かがしたいわけではなくて、機嫌がいいからなんでもしてやろうという気になっているだけだ。


「……ユーゴ……貴方は意外と……」


「……? なんだよ」


 意外と……と言うよりも、やはり子供なのだろうな。

 ずっと思っていた通り、彼は良くも悪くも素直なのだ。情にも、欲にも。


 行こう行こうと急かす彼に連れられて、私は少しずつ平和の帰還を自覚し始めた街を歩きだした。

 繁華街にはすぐに人があふれ返り、復興作業がこの瞬間にも始まって、当たり前の日常がまた戻って来ようとしていた。

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