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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第一章【信じるものと裏切られたもの】
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第五十六話【信号】



 少しずつ、少しずつだが、状況は変わり始めているように感じた。


 私が指揮に加わったから……というのは全く関係無いだろう。

 ユーゴの加勢と、そしてあの少女のおかげだ。


 報告される戦況は、ふたりの活躍を称えるものばかりだった。


「やはり……やはり、あの少女は私達の味方だった……のですね」


 これこそ望外の助力だろう。


 一度は敵意を向けた……いや、先ほども私に対しては強い苛立ちを向けていたあの少女が、この街を守る為に戦ってくれている。

 それも、報告を全て信じるのならば、ユーゴと変わらないくらいの戦果を挙げているのだ。


 多少の誇張や偶然、規模が違い過ぎて兵士達からは同程度に見えるという可能性を考慮しても、彼女の活躍が目覚ましいことには変わりない。


「陛下。報告にある少女の剣士とはいったい何者なのですか」

「あの少年と同じ、ランデルからの増援と考えても……」


「……いえ。残念ながら、私の手の者ではありません」

「ただ……ただ、この時に限っては、味方だと信じても良さそうです」


 そう、この瞬間、この戦いに限っては。


 彼女は北にいた。

 北方、魔獣も何も存在しない不毛の地に。


 あの場所で何をやっていたのか、どうして私達を襲ったのか。

 それに……もうひとつ、気になるとすれば……


 あの時、あの少女は、ユーゴだけを狙っているように見えた。

 そして、戦う前からユーゴの力を理解していたような口ぶりでもあった。

 普通ではない、と。


 その上で、私ではなく――女王ではなく、ユーゴを最優先で狙っていた……ように見えたのだ。


「……ただ、戦うことに意義を見出しているのか。それとも……」


 頭に浮かんだのは、ユーゴの言葉だった。

 強いやつと戦いたい。弱いやつと戦うのは面白くない。

 それが本心かどうかは分かっていないけれど、彼は日頃からそんなことを口にする癖があった。


 なら、本心からそんな思想を持っている人間がいてもおかしくはない……のだろうか。


「……今考えることではありませんね」

「皆、気を抜かないように。何かあった時に、想定外だと私達がうろたえては士気に障ります」

「最悪の可能性を考慮し、今の段階から対応策を練りましょう」

「優位を築き始めたからこそ、ここで手を緩めてはなりません」


 とは言っても、私から提案出来ることなどあまりない。こんなものはパールの受け売りだ。

 けれど、私が……立場のある人間がそれを言うことに意味がある。


 私が緩めば皆も緩む。

 私がまだ気を引き締めているのだと皆に見せることで、皆のモチベーションが高まってくれる……筈。


 結局、私に出来ることは限られる。

 それでも、ここの優秀な役人と指揮官にその能力を発揮して貰えれば勝機はある。


「――報告します」

「街の南部、魔獣の侵入経路を特定しました」

「どうやら、劣化した柵を突破されてしまったようです」

「しかし、古くなっているとはいえ、頑丈な金属の柵です。相応に強力な個体……大型の魔獣が侵入している可能性もあるかと」


「大型……っ。至急他の隊にも伝えてください」

「もしも危険な個体が現れたら、可能な限り交戦は避け、信号を打ち上げてユーゴの到着を待つように」


 劣化……か。


 このヨロクにも余裕は無かった。

 人も金も時間も、何もかもが足りていなかった。


 もっと早くに視察して、もっと早くに手を打っていれば……っ。


 カンビレッジの時にも後悔したが、やはり自分の目で確かめなければ状況の把握は難しい。

 まだ未熟な私では特に。


 砦の劣化なんて、盗賊団を追うという目的が無ければ、真っ先に気を向けるところだ。

 平時からの情報交換をもっとしっかりしておけば……


「南に……砦に近い部隊はどれだけあるでしょうか。補修を最優先しましょう」

「どういう事情で魔獣がこの街に集まっているのかは分かりませんが、侵入経路さえ絶ってしまえば…………いいえ」

「経路を封鎖しなければ、皆がどれだけの成果を上げようと無駄になってしまいます」


「女王陛下。それでしたら、このギルマンに伝令を務めさせていただきたい」

「街の職人、技術者に声を掛けて、直接砦の修繕に向かいます」


 ギルマンは私にそう提案すると、すぐに身支度を整え始めた。

 まだお願いするともしないとも言っていないのに。


 だが、結局は他の誰を遣わせるか、というだけの話だ。

 誰かに頼まねばならないのなら、一番に準備を完了するであろう彼に頼むのが理だろう。


「お願いします、ギルマン。しかし、馬車も馬も使えない状況です。十分に気を付けてください」


「はっ。では、到着し次第信号を打ち上げ、そして私も砦の防衛に当たります」

「僅かながらこの場の防御が下がります、どうか避難の準備は怠らぬようお願いいたします」


 私に一礼して彼は南へと駆けて行った。

 危険なのはこの瞬間――彼が単独で行動するこの移動の間だろう。

 部隊と合流しさえすればまだマシと言えるだろうが、しかしそれでも……


「……ああ、もう。また判断が遅れてしまった」

「誰か……誰かもうひとり彼に同行してください。彼ひとりでは危険過ぎます」


 それに、彼が砦に到着出来なかったとき――魔獣に不意打ちを食らい、こちらに連絡をする間も無く動けなくなってしまった場合。

 私達がその異常に気付くのに時間が掛かってしまう。

 せめて作戦失敗を告げて貰う必要はあるのだ。


 ひっ迫した状況ではありながら、この国はしばらく火急の状況を迎えることが無かった。

 故に、若い兵士や役人には――私にも、危機感が足りていなかった。


 私の指示にもうひとりの兵士が大慌てで役場を飛び出して行って、そしてまた報告を待つ時間が訪れた。

 状況が状況だけにどうしても後手を引いてしまう。


 せめて魔獣の総数と居場所が分かっていれば……いいや。

 それでも、もうこちらから投入出来る戦力は無い。

 やはり、各所の兵士達が魔獣を退けるのを待つしか……


 しばらくして、南の方で信号弾が上がった。

 それは、緊急を知らせるものではなかった。

 ギルマンが砦に到着したのだ。


 何ごとも無ければ、これで魔獣の増加は収まるだろう。

 ならば、あとは皆の体力次第になる。


「補給物資を――っ。補給部隊がいないのです、私達で準備し、いつでも持ち出せるようにしておきましょう」

「食料、水、火薬、弾丸。倉庫にある分は全て出してください」

「あまりこんな手段はとりたくありませんでしたが……っ。民間への協力要請も視野に入れましょう」

「皆の体力が尽きれば、これまでの戦いが全て無駄になってしまう」


 本来ならば食料を前線に運ぶ部隊がいるのだろうが、しかしそんな余裕も無い。


 私達が一度街を出てから――この街を魔獣が襲ってから、もう半日近くが経過している。

 持ち出した食料などとうに尽きている頃だ。


 誰がいつ補給に戻ってもスムーズに受け渡しが出来るように。それくらいはしておかないと。


「――報告――っ! 西部の戦線から、青色の信号あり!」


「――っ! 報告ありがとうございます。皆、聞きましたね。もう少しです」


 役場に飛び込んできた明るい声色は、青色の信号弾――状況の完了、戦線の勝利を告げた。


 もちろん、全ての戦場でという意味ではない。まだその一部のみ。

 それでも、街の西部は魔獣を退け切ったのだ。


 これからまだ残党の確認があるだろうが、しかしそれが終われば他の部隊に合流出来る。

 魔獣の増加は無いのだ、一度こちらに傾きさえすれば……


「――っ。ほ、報告! 北部に赤色の信号あり! 繰り返します! 北部に緊急信号あり!」


「っ。喜んだと思った途端に……っ。どこか……誰か動ける兵はいませんか。増援と状況確認を……っ」


 歓喜の瞬間はあっという間に押し流されて、役場にはまた重たい空気が流れ始める。


 赤信号……緊急事態を告げる合図。

 これまでの報告を鑑みるに、柵を壊したという大型魔獣の出現だろうか。


 それさえ打ち上がってくれれば、ユーゴが駆け付ける。

 すぐに事態は収束する……と、思う。だが……


「南部より報告、青色信号!」

「補修にあたっていた部隊が戻りますから、北部への増援はその隊に任せられそうです!」


 次々に嬉しい知らせが届く。

 だが……だが、北部のひとつの赤信号の為に心が安らがない。

 ユーゴさえ……ユーゴさえ間に合えば……


「……? 北部より再びの赤信号あり! 何か……っ!?」

「もう一発――連続での信号弾を確認! これは……っ」


「っ! まさか……っ。まだユーゴは到着していなくて、その上部隊が全滅寸前だとでもいうのですか……っ?!」


 信号弾を連発する……と、そんな合図は存在しない。

 ならば話は単純、赤信号ひとつでは足りないくらいの危険が北にあるのだ。


 では、まだユーゴは到着していないのだろう。

 きっとあの少女も別の場所だ。


 だから、北の戦線が崩壊寸前で――


「――っ! 陛下、避難の準備を――っ!」


「っ?! どうしたのですか、説明してください。いったい何が――」


 信号はこちらへ向けて打ち上げられています!


 見張りの兵士の口から飛び出したのは、あまりにも切羽詰まった叫び声だった。


 こちらへ……向けて……?


 やはり、それも存在しない合図だ。

 打ち上げた角度など、煙が風に流されてしまえば分からなくなってしまうのだから。


 けれど、それでもそういう意図を持たせようと、少しでも長く煙を残そうと連発しているのだと考えれば――――


 悲鳴にも似た怒号が役場内を駆け巡り、そして皆が一様に避難準備を開始した。

 けれど、それは間に合わなかった。


 私達が役場を出るよりも少し前に、地響きが建物全体を揺らす。

 まだ――まだ、ユーゴは――


「――っ!」


 役場の屋根を吹き飛ばし、見えている範囲の建物を蹴散らして、それは私達の前に現れた。


 いつかカンビレッジからの帰路でも目にした特大の魔獣――林の木々よりも背の高い魔獣が、私達を悠々と見下ろしていた。

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