第五十五話【作戦展開】
ビュァウ――と、甲高く鳴いて、大剣は魔獣もろともに大気を切り裂いた。
断面がぐちゃぐちゃに潰された魔獣の死骸は、とても鋭利な刃物で切り裂かれたとは思えない。
薄く平たい鈍器のような武器を振り回す、あの少女が私達の目の前に現れて、そして――
「――助けてくれる……のですか……?」
さっきまでユーゴを取り囲んでいた魔獣は、彼女の助力もあってすぐに蹴散らされた。
北で出会った時も感じたが、この少女の強さはただごとではない。
少なくとも、たった今見せ付けられた事実をもとに考えれば、彼女はユーゴよりも早く――多くの魔獣を薙ぎ払えるのだ。
「――っ。お前……なんでこんなとこに……」
「ァア? そりゃさっきオレが聞いたことだろうが」
「クソガキ、テメエもあのデカ女と同じか? 話の通じねえどうしようもねえ愚図だってのか」
俺はフィリアとは違う。と、なんだかあまり嬉しくない反発の仕方で、ユーゴは少女を前に剣を納めた。
しかし、少女はそれがどうやら気に食わなかった様子で、思い切り顔をしかめてユーゴを睨み付ける。
「――どういうつもりだ――クソガキ――」
「テメエまさか、オレがテメエを助けてやっただなんて思ってんじゃねえだろうな――」
「はあ? 別に……なんでもないよ」
「魔獣がもういない。だから、俺は次のとこへ行く。それだけだ。お前に構うつもりも暇も無い」
ユーゴもまたむっとした表情で少女を睨み返し、そしてふんと鼻を鳴らしてその場から立ち去ろうとした。
少女はそれもまた気に食わないらしくて……もう、何をしても不機嫌になってしまうんじゃないかって、そのくらい理不尽にまた怒りをあらわにした。
「クソガキ――っ! テメエ、オレの質問に答えろよ。こんなとこで何やってんだってオレは聞いた筈だぞ」
「……うっせえな。なんで答えてやんなきゃいけないんだよ」
ああ……ふたりの間の空気がどんどん険悪なものになっていく。これではいけない。
少なくとも、あの子によって窮地を脱せられたのは事実。どうあれ礼は言わねばならない。
「――ユーゴ、そんな態度を取ってはいけませんよ」
「助けていただいたのですから、きちんとお礼を――」
「――ア? ァアッ?! ンだこのデカ女――っ! やっぱりテメエも話を聞かねえ奴だな!」
「誰もテメエらなんか助けてねえって、さっきこのクソガキに言ったばっかだろうが!」
ひいっ。ど、どうしてお礼を言おうとした私が怒られているのですかっ。
馬車から顔を出した私を、少女はさっきまで以上にイライラした様子で睨み付ける。
どうやら、彼女には相当嫌われてしまっているらしい。
「へ、陛下っ。お控えください。あまり身を乗り出さないでください」
「まだここは危険地帯のど真ん中。それに、あの少女もまだ味方と決まったわけではありません。私の後ろにお隠れください」
「フィリア、引っ込んでろ。お前は人の相手しちゃダメだって言っただろ。ややこしくなるから、さっさと引っ込め」
ギルマンとユーゴに、理由は違えど早く馬車の中に引っ込むようにと言われてしまった。
ふたりの言い分にも理はあるが、しかし私の考えだってそうおかしなものではないと思うのに……
「……その質問、答えたらお前も俺の質問に答えるのか? なら答えてやってもいい」
「ァア? なんだってンなかったるいことしてやんなきゃなんねえんだ。オレが聞く、テメエは答える。それだけだ」
窓から聞こえてくる外の会話は、とても成立しているとは思えないものだった。
と言うよりも、少女が一方的にコミュニケーションを拒否しているようだ。
これなら、私でもユーゴでも結果が変わらないではないか。
なら、何もあんなに引っ込めと言われなくても……
「……はあ。俺は嫌な気配を感じたから、ランデルに帰る予定を無しにして戻ってきた」
「で、フィリアが守れって言うから、この街を守る」
「お前の目的が同じなら、こんなとこで話してる暇が無いのも同じだろ」
「……チッ。女の言いなりかよ、情けねえガキだな」
「でもまあいい、テメエの言う通りだ。今はテメエみたいな甘ちゃんと遊んでる暇はねえんだ」
少女はそう言うとすぐに走り出して……私達の乗っている馬車を一度思い切り蹴っ飛ばしてから、またどこかへ行ってしまった。
う、馬が怯えてしまうではないですか。
けれど、誰も殺されなかった――馬も荷物も傷付けられなかった。
なら……やはり、あの少女は悪意で動いているわけでは……
「フィリア、さっさと馬車出せ」
「多分だけど、ここのはランデルの時のとは違う」
「俺がいてもいなくても数は同じ――威嚇の為の攻撃じゃない。他のとこが危ない、早く」
「っ。は、はい。アッシュ、行けますか」
すぐに。と、アッシュは返事をして、それから一度だけ馬が啼いて、そしてすぐに鞭の音がした。
あれだけの血を見た後だ、やはりかなりの興奮状態にあるのだろう。
「……ユーゴ。私達は役場に戻り、そこから指揮を執ります」
「貴方の体力も温存したかったのですが……この様子では、馬はすぐに使えなくなってしまうかもしれませんので」
「ん、分かった。なら、役場まで乗せてってくれればいい。俺もちょっと準備したいだけだから」
準備? と、私が問うと、ユーゴは何も言わずに目を瞑ってしまった。
何かを思い浮かべるような、イメージを固めるようなしぐさにも見える。
もしや、ユーゴの力は、そういった理想を形にするものなのだろうか。
自分の思い描いた自分を成立させる。
そんな突拍子も無い力だと、彼はそう結論付けたのか。
「……ギルマン。貴方は役場の守備に就いてください」
「兵士の大半は出払って、魔獣の対処に当たっている筈です」
「手薄になるでしょうから、或いは最前線よりも危険が伴うかもしれません。ですが、どうか」
「かしこまりました」
あの少女が陛下を狙って来ないとも限りませんし。と、ギルマンはやや苦い顔でそう言った。
そう……か。
敵意はあまり感じなかったが、しかし彼らはそういうところまで気に掛けねばならないのだな。
確かに、指揮系統を崩されては、街の防御も何も無い。
彼女の出現は、少なからず役人達に動揺を与えるだろうし。
馬車はどうしても少しだけゆっくり――何度も何度も停止や方向転換を余儀なくされて、少し時間をかけて役場へと到着した。
降りてすぐに馬の様子を見れば、すっかり怯え切った姿も確認出来た。
やはり、馬での移動はもう不可能だろう。
「ユーゴ、頼みます。まだ……あの少女が増援だとするのならば、まだまだこの街は……」
「あんな奴アテにすんな、バカ。俺だけでもなんとかする。任せろ」
ユーゴは凄く不服そうにそう言って、そしてもの凄い速さで駆けて行った。
小さな背中はすぐに見えなくなって、見送りの時間などを取る暇も無く私達も役場へと入った。
「皆、無事ですか。報告を――最新の情報を報告してください」
「今よりここを本拠地として、魔獣の撃退作戦を展開します」
「至急指揮官を呼び戻してください。策を立て、最速で事態に対処します」
私の帰還に役人達は安堵の表情を浮かべ、そして私の言葉に困惑の色をあらわにした。
ま、また私は何か変なことを言ってしまっただろうか。
あの少女が現れてからというものの、自分の言葉に自信が持てなくなってきて……
「――ほ、本気ですか、女王陛下」
「お逃げください。どうか――どうか宮へお逃げくださいませ」
「貴女を失えば、この街だけでなくこの国が――」
「……? ああ、そういうことでしたか」
「いえ、その必要はありません。私は自らの命を投げ出すつもりも、この街を諦めるつもりもありませんので」
「勝算を持ってここへ戻って来たのです。必ずこのヨロクを守り切る為に」
ああ、そうか。
役人の言葉に、そして私の返事に、ギルマンもすぐそばで顔を赤くしたり青くしたりしていた。
すっかり忘れていた……わけではないが、最近少しだけないがしろにされている気がして、うっかりしてしまった。
私が女王だから、それを失うまいと気を遣ってくれていたのだな。
ああ、いけない。本当にうっかりしてしまった。
「大丈夫です。必ず――必ず、ユーゴならやってみせます」
「かの大国の勇者にも引けを取らない――いいえ、かの勇者よりも強い、最強の戦士ですから」
私の言葉だけでは、まだ誰も信じられないだろう。
しかし、この一件が終われば、少なくともこのヨロクには伝説が残る筈だ。
当初思い描いていた、この国を救うひとつの形、その一歩。
人々の心を救う、奇跡の伝説がここに打ち立てられる。
「――頼みました、ユーゴ――」
まだ……まだ、胸の奥には棘が刺さっていた。
けれど、彼が任せろと言ったのだ。
言ってくれたのだ。
なら、今は……今だけは、彼を妄信しよう。
これが終われば、きっと彼の心の内に目を向け、耳を傾けるから。
だから、今この窮地にだけは……
私達が役場で策を立て、そして指示を受けた指揮官がまた最前線へと戻っていく。
きっと長い時間を要するだろうが、しかし必ずこの街は守り切る。
私達はまた次の展開をいくつも予想し、策を立て、そして状況報告を待った。




