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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第四章【出立】
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第五百四十一話【その日が来るまで】



「……遠いな、歩くと。せめて自転車くらい……そんなのまだ無いか。はあ」


 ヴェロウ達にランデルを……アンスーリァを任せて出発してから七日。北へ北へと進んでいた俺は、やっとのことでヨロクにまで辿り着いていた。


 馬車で移動してた時は三日で着いたのに、ひとりになった途端に倍以上の時間が掛かるようになっちゃった。これでも夜の間だって歩いてるってのに……


「……ま、しょうがないか。それも聞いてた話だからな」


 ふたりもこんな旅をしてたんだろうか。そうだとすると……意外と根性あるのかな、アギトも。ミラはこういうのも苦にしなさそうだけど、アギトが音を上げないのは……ちょっと意外だ。


 と、もういないふたりのことを考えても仕方が無い。とりあえずはここまで来られたんだ。としたら……次に向かうべきは、ダーンフールの砦か……あ、いや。その前に、カストル・アポリアへ行かないと。アルバの婆さんにちゃんと話しないといけない……よな。


「……いや、待てよ。それより……」


 エリーにも……っ。ジャンセンにマリアノ、特別隊のみんな。そして、フィリアも。みんな……みんな守れなかったって、伝えてあげないといけないんだよな。だって、あんな子供でもフィリアは一人前として認めてたんだ。それを俺が軽んじるのは……違うもんな。


 そんなこと考えて、嫌な気分になって、ちょっとだけ足取りが重くなった時。それより優先しないといけないことを思い出した。俺がやらないといけないことで、やれないってなって、代わりを任せてそのままほったらかしだった問題。


 ヨロクの街の北には、魔獣の棲まない林がある。初めてそこへ行った時から、あの場所にはずっとずっと気掛かりがあったんだ。


 最初はマリアノと出会った。二回目には女のゴートマンに襲われた。そして……ミラと一緒に調査に行った時には、ここには踏み入るべきじゃないって警告を出された。その後は、ミラとベルベットに調査を任せたっきりで、俺はもう関わってない。


 そもそも、あそこをやばいって思ったのは、言い始めたのは、他でもない俺なんだ。じゃあ、ちゃんと調べて安全確保するのは役目だろう。


「よし。じゃあ、さっさと行ってなんとかするか」


 別に、カストル・アポリアに行きたくないわけじゃない。婆さんとエリーに話をするのが嫌なわけでも、つらいわけでもない。そりゃ……きついことではあるけど。でも、やらないとって思うし、そしたら躊躇も無い。


 でも……この問題は、もしかしたら大ごとになりかねないんだ。初めて来た時からヨロクは何かと問題に巻き込まれがちだったし、守れなかった場所のひとつでもあるんだ。ちゃんとしてくのが筋だし、そうするって約束もしてる。


 色々と考えてから、俺はそのまま真っ直ぐに林へと向かうことにした。ミラの言う結界ってやつの奥に、何かが潜んでたら困るから。


 もう日も高くて、このままだと行って帰ってる間に真っ暗になりかねないから。ちょっとだけ急いで、走って、ひとまず林の入り口にまで辿り着いた。そうすると……


「……はあ。こんなこと思い出してもしょうがないのにな」


 色々と……うん。色々と、思い出が勝手に浮かび上がった。


 マリアノと初めて会った場所。ジャンセンと一緒に開拓みたいなことをした場所。アギトと戦った場所。ミラと調査した場所。そして、フィリアと何回も来た場所。


 あんまり良い思い出が無い筈なのに、ちょっとだけ懐かしくて……ちょっとだけ寂しくなった。


「……アホだな、俺も」


 フィリアがのんきな顔でこういうこと言うと、決まって俺がアホって言ってた気がする。なのに……はあ。なんだよ、今度は俺がフィリアみたいになってるのか。アホだし、間抜けだな。


 寂しいのは一瞬だったから、それからはすぐに林の奥目掛けて進み始めた。まあ……魔獣が出ないのは分かってるから。出ても困らないけど、出ないって分かってるといくらか気が楽だ。戦うとそれなりには腹も減るし。


 そして……ミラがここから先は危ないって注意した地点を越えた。多分。林の中だし、目印無いし、多分なんだけど。


 ここから先には何かある。そう思ったら……ちょっとだけ、空気が冷たくなった気がした。勘違いだけど。


「嫌な気配は……無いな」


 気付いたら戻ってた変な感覚も、今のところは何も訴えて来ない。少なくとも、すぐ近くには魔獣も何もいない……筈。


 それでも、一応は警戒するべきだ。ここは、ミラが危ないって言った地点。あの自信家で、その自信がちゃんとした裏付けで成り立ってるあの勇者が警戒した場所なんだ。それを念頭に置いて、冷静に調べる必要がある。


 林の中は静かで、風で葉っぱが擦れる音以外は何も聞こえない。枝を踏み折る音を、俺以外には誰も鳴らさない。違和感……ってより、不気味さとか、不自然さを感じる。


 そんな林をしばらく進んで……そして、あるものを見付けた。それは、簡易的な小屋……テントだった。多分、ミラが調査の時に使ってたものだろう。


 でも、その周りにも特別変なものは無かった。何も無くて、何も感じなくて、何も……残ってなくて……


「――っ! 早速だな……」


 まだしばらくは大丈夫。なんて、安心したつもりも無かったのに、その隙に嫌な気配が湧いて出た。それは……まだ遠い。でも、真っ直ぐにこっちに向かってる。林の奥、この先からこっちに近付いて……


「――おや。おやおや。お久しぶりですねぇ、はい」


「……っ。無貌の魔女……いや。ゴートマン……か」


 それに身体は無かった。俺がふたつに斬ったから。だから、頭と肩と腕しか無かった。でも……それは歩いてやって来た。


 それには貌が無かった。それには翼が無かった。それには、気味悪さ以外には何も無かった。そして、それには……多分、名前が無かった。


「どうも。どうもどうも、その節は。本日はおひとりですか。幼い天術師殿や、奇妙な少年。それに……ふふ。胸に穴の開いた女王様はご一緒ではないのですねぇ、はい」


 そいつは……多分、挑発をしてきたんだと思う。露骨に、嫌な思い出を抉って来た。いなくなったみんなのことを掘り返して、あからさまに動揺させようとしてるのが分かった。それで……


「……そっか。俺が……俺がこんなのに苦戦したから……」


 それで……なんか納得してしまった。これは……あの時立ちはだかったふたつの、どっちよりも……うん。


 恐怖は無かった。嫌悪感も……見た目がキモいから、ちょっとはあるけど。でも、ほんのちょっとだ。


 それと……恨みも、憎しみも、どこにもなかった。それが分かったら……自分がちょっとだけ嫌になった。


「ええ、ええ、ええ。その後、いかがお過ごしでしょうか。大層苦しまれておられるでしょう。いえ、いえいえ。お答えいただかなくとも結構。貴方もやはり、特別な方ですから。標を失っては、不安もひとしおと言ったところでしょう」


 そいつの言葉は全然胸に響かなかった。嫌でもなかった。なんかもう……どうでも良かった。


 ただ……一個だけ。標……ってのに引っ掛かった。まあ……そりゃ、フィリアは道標みたいなものだった。アイツに任せて、その通りに力を振るってたんだから。でも……


 それをこいつは知ってるわけじゃない。だから、やっぱり動揺を誘う為の言葉でしかない……って。そうしても良かったんだけど……


「……特別ってなんだよ。標……ってのも。なんか……お前、ただ胡散臭いだけじゃない感じがあるな。言葉にはし難いんだけど」


 どうしてか、突っ込みたくなった。そいつの言葉の裏を知りたくなった。知らないといけない気が……知った方が、後々困らないような。そんな……直感だけど、そんな予感がする。


「おや。おやおや、いえいえ。お気になさらずとも構いませんとも。所詮は私のような下賤なものの妄言でございますから。女王様と歩みを共になさったようなお方が、わざわざ気に掛けるほど大層な意味などはありません。はい」


 そんな気がしたから……わざわざ聞いたのに。そいつはふざけた口ぶりではぐらかすだけで、なんか……これが一番イラっとした。他は何言われてもどうでも良かったのに。


「それよりも……ええ、ええ。よろしいのですか? 私が。この私が。あの女王様を亡き者にしたこの私が、こうしてここに立っているのです。いえいえ、はい。足もありませんから、立っていると表現して良いものかとは思うのですが。しかし、こうしてここに在るのです。はい」


「……なんだよ。何が言いたいんだ」


 そいつはなんでか笑って見えた。貌なんて無いのに、感情なんて分かるわけないのに。どうしても、嘲笑ってるように見えた。


 多分、それは合ってる。バカにしてるんだ。挑発してるんだ。それでどうするつもりかは知らないけど、俺を動揺させようとしてる。さっきからずっと、それしか企んでなくて……


「仇を討つ好機ではありませんか。この時、この場に、この私と、貴方だけが立っている。ええ、はい。これほどの好機が、次にはいつ訪れたものか」


 殺されたい……? あの時も、わざわざ自分から剣に刺さりに来てたし。じゃあ……この挑発は、また何か企んで、殺されることに目的がある……のか?


 答えは分からなかった。ただ……一個だけ。分かってることは、俺の中にある気持ちと、それに対する答えだけだった。


「……じゃあさっさとどっか行けよ、なんでこっち来たんだよ」


「……おや。おやおや。おや……はて」


 俺はこれを仇だとは思わない。思えない。だから、わざわざ憎いとか思わないし、そもそも……もう、興味もあんまり無い。


「……ふふ。ええ、ええ。そうでしたかそうでしたか。貴方……もう、随分と壊れてしまっていますねぇ。はい」


 仇は……俺だ。俺ひとりが悪くて、他はみんな被害者だから。だから……別に、これを恨むとかは一切無い。それが、俺の中にある気持ち。


 そして、それに対する答えは……


「……壊れてるかどうかは知らないけど、まあ……そうだな。見付けたからには殺す。今度はちゃんと。約束の為には、お前は結構邪魔だからな」


「ふふふ……ふっふ……くっ……っ。そうですか。そうですか。はい」


 フィリアが望んだ世界に、これは無い方が良い。魔獣と同じように、みんなが不安になる原因だから。それは確かだ。だから、俺はこれを殺す。


 それを宣言したら、そいつはなんか……笑って、のたうち回ってた。キモいな、見た目が。でも……


 殺そう。って、そう思ってるんだけど、まだちょっと……引っ掛かるものがある。さっきのコイツの言葉がまだ頭の中に残ってるんだ。


 特別とか。標とか。別に、挑発だけが目的の、意味なんて何も無い言葉……でもおかしくないんだけど。なんでだろうか、どうしても引っ掛かって――


「……お前、なんか知ってるのか? 俺のこと……いや。俺がこうしてここにいる、理由になったもののことを」


「――くぅ――っ。ふっふ……くくくっ。やはり……やはり、貴方も素晴らしく特別な方です。はい」


 っ! やっぱり……やっぱりだ。コイツ、なんか知ってる。知ってて……知ってたから、やたらとミラに突っ掛かったんだ。知ってたから……フィリアを殺すようにって頼んだんだ。


 知ってたから――ふたりが召喚術式を使った魔術師だって知ってたから――


「――教えろ。何企んでる。言わないなら、徹底的にボコボコにしてから殺す。言えばそのまますぐに楽にしてやるから」


「ふふふ……どうにも、交渉が下手ですねぇ。はい。いえ、いえいえ。その歳頃の、それも感情的に不安定な状況にあっては、それだけ威圧する余裕を持っているだけでも大したものかもしれませんが。ええ、はい」


 本気でうざいな、こいつ。でも、何か知ってるのは間違いない。少なくとも、知らなかったら俺とフィリアの関係に気付かないし、フィリアとミラの共通点なんて見付けられない。


「そう睨まないでください。もちろん、お話し致します。ただ……そうですね。あるいは……知ってしまえば、貴方は私を殺せなくなるかもしれません。それでもよろしいでしょうか」


「……どういう意味だよ、それ」


 聞けば分かることです。と、そいつはニタニタ笑って……表情なんて無いのに、気持ち悪い笑い方をして、ちょっとずつ俺に近付いて来た。


「よろしいでしょう。説明させていただきます。貴方が……いえ。貴方や、他の同じ境遇のものが、どうしてこの世界に在るのか。その根幹……とある儀式について――――」


「――みーつけた――」


 声が聞こえた。いきなり、すぐそばで。何も感知出来なかった――俺だけじゃなくて、そいつも気付かないくらい、唐突に。子供みたいな声が聞こえて来た。


「――な――んだ――お前――っ」


「やっぱりそうだ。あはは。はじめまして。貴方だよね、あの面白い子」


 声のした方を振り返ると、そこには女の人が立っていた。喋り方は子供みたいなのに、その人は……多分、フィリアと同じくらいの大人だった。ミラと同じような明るい髪色の、エリーと同じくらいあどけなく笑ってる。そんな人が……いつの間にかそこに立ってて……


「ねえ、お願いがあるんだ。貴方じゃないといけないの。貴方くらい面白くて、強い人じゃないと。だから、ちょっと良いかな?」


 何を言っているのか、何を考えているのか全く分からなかった。言葉が難しいとか、感情が読み取れないとか、そういうんじゃない。この状況で、勝手に口挟んで、お願いまでするその神経が理解出来なかった。


「……ふふ。ふっふっふ……くふ……ぐぐ……っ。なんと……なんとなんと。あの幼い天術師殿よりも更に、更に更に、ひと際素晴らしい天術師殿が現れた。これはもう、天からの命令と捉えて良いのでしょう。ええ、はい」


 女の人はずっとにこにこ笑ったまま俺に近付いて、なんか……じろじろ顔見てきて、肩とか触り始めて……


 全然理解出来ないし、納得も出来ない中で、そいつは変なことを言い始めた。この女の人がミラより凄い……魔術師だとかなんとか。それを、なんかの命令とか……


 いきなり頭の中がパニックになった。違う。違う。って、何かが身体の中で訴えてるから。何もかもが違うって、色々おかしいって。なんかもう――


「ならば――ならばならばならば、ならばこそ。貴方も、そちらの天術師殿も、どうか私の話を聞い――――」


 声が消えた。音が消えた。何も――何もかもが聞こえなくなるくらい、とてつもなく大きな音がしたんだ。


 その瞬間に、俺はやっと理解した。自分の中から湧き上がってた違和感とか、変な感じとか、違うって思う理由とかを。全部理解した時には……俺は、女の人なんて見てなくて、うずくまって地面を睨んでた。


「……もう、うるさいなぁ。私がこの人と話をしてるんだよ?」


 そいつは……無貌の魔女の身体を使ってるゴートマンは、もうどこにも存在しなかった。あの魔法で逃げたんじゃなくて、間違いなく消し飛ばされたのがどうしようもなく理解出来た。理解……させられた。


「――が――っ。こ――れ――」


 そこには……もう、何も無かった。林のど真ん中なのに、前も後ろも上も木で覆われて何も見えない筈だったのに、そこには空が見えるまで何も残ってなかった。


 ミラが見せたどの魔術よりもヤバい、もしかしたら現実に起こる雷より危険な雷撃が、ゴートマンがいた辺りから向こうを全部吹き飛ばしていた。それを見て……俺は全部を理解した。


「――っ。俺が……俺が一番じゃなかったのかよ……っ」


 感知出来なかったんじゃない。感知してても、それを理解出来てなかったんだ。


 違和感の正体は、これが人間みたいに振る舞ってたから……だったんだ。こんな……魔女よりもっとヤバい怪物が、子供みたいな顔してるのがまったく理解出来なくて――


「ねえ! お願い、聞いてくれるかな? どうしてもやらなくちゃいけないの」


 まだ立ち上がれない俺に、その人はまた笑顔を向けた。ついさっきゴートマンを消し飛ばしたばっかなのに、そんなのはまったく気に留めてないって顔を。


「……っ。聞くも何も……まだ、そのお願いを聞かされてもないんだけど……?」


 あ、そっか。なんて、ミスした子供みたいに苦笑いを浮かべて、その人は俺に手を差し伸べた。立って話を聞け……ってことなのかとも思ったけど、そういう威圧的な態度じゃない……気もする。


「えっとね……私にはね、妹がいるの。とってもとっても可愛くてね、頑張り屋さんな妹。その子がね、色んな世界を救ったんだ」


 その手を取ったら……ちょっとだけ……いや、一気に。怖さとか理不尽さとかが全部消えて、どことなく温かみを感じるようになった。その人の言葉に、ちゃんと耳を貸そうって……貸してられる余裕が生まれた……か。


「だからね、私もそういう面白いことしたいなー……って。でも、ひとりだと寂しいし、つまんないから。だからね、貴方に一緒に来て欲しいなって。ダメかな?」


 耳を貸して……ちゃんと聞いて、その上で……一ミリも理解出来なかった。面白い……こと……? 世界を救ったのと同じくらい……面白……


「……他のとこにはしばらく行けないけど、それでも良いなら……良い。それなら約束も果たせるから」


 この世界を……この国を救う……んだったら。それは……同じ道を行くことになる……んじゃないのかな、って。そう思ったら、なんか……頷いてた。


「ホント⁈ やった! じゃあ、これからよろしくね!」


 正直、まだ頭が追い付いてないところはある。でも……一応、フィリアとの約束を果たしてから……ってとこに同意して貰えるなら、手を取り合う方が良い気がした。少なくとも、今この時点では、この化け物は俺より……っ。


 そんな俺の企みを知ってるのか知らないのか、その人は嬉しそうに笑って飛び跳ねて…………その、なんとなく……態度はエリーだし、顔はミラっぽいけど…………体型はフィリアっぽい……じゃなくて。


「あっ! そうだったそうだった。えっと……ごほん。私はレア――エクレア=ハーモニクス。この世界で唯一の魔法使いだよ。よろしくね、えっと……」


「……ユーゴ」


 よろしくね、ユーゴ! って、その人は……エクレアはまた笑って、俺の手を握って……で、また笑った。


「じゃあ、最初はどこに行こっか。この国のことはあんまり分かんないから、ユーゴが案内して欲しいな」


「……まあ、俺の予定が狂わないのは助かるけど。とりあえず、アルドイブラって街が北にあるんだ。ずっとずっと北に。知り合いの故郷らしいから、そこをさっさと解放してやらないといけないんだけど」


 ひとまずの目的地を伝えると、エクレアは俺の手を握ったままずんずん歩き始めた。あんまり分かんないって言いながら、好き勝手に連れ回そうとするなよ……


 でも……ちょっとだけ、居心地は悪くなかった。だから、とりあえずは行き先をエクレアに任せることにした。まあ……俺もアルドイブラの場所は分かんないし。


「っと、そうだ。道案内なら便利な子がいるんだった。おいでー、ほろちゃん」


 ほろちゃん。と、エクレアが呼び掛けると、どこからともなく小さいフクロウが……小さ過ぎる、妙に可愛いサイズのフクロウが現れた。さっき開けられた大穴から差し込む光で、銀色に輝くフクロウが。


 そのフクロウに目的地を説明して……理解させられてるのかは分かんないけど、とりあえず色々言って、俺達はほろちゃんの飛んだ先に向かって歩き始める。躊躇無く、遠慮無く。多分……ふたりで世界を救う為に。


「それじゃあ、行こっか」


「……おう」




 これは、ひとりの英雄の話。


 ひとりの少年と、心優しい女王の、大切なものを守る物語。


 戦いに傾倒し、政治を疎かにした悪王の死後、民に勇気を振り撒いた大英雄の物語の、誰にも語られぬ序章であった。

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