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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第五百三十二話【壊れた身体】



 アギトの新しい魔具の力は、間違いなく魔女に通用するものだった。


 それがどうして通用するのか、他とは何が違うのか。それについては分からないし、たとえ説明出来るものがあっても理解出来ないだろう。


 それでも、事実はひとつだ。彼の攻撃は魔女に届くし、彼の防御は魔女の攻撃を凌いでいる。


「ユーゴ! 一気に叩くぞ! 百頭の龍雷(ヒドル・ヴォルテガ)――っ!」


「っ! おう!」


 身を焼かれ、まだ体勢を立て直していない魔女を前に、アギトは雷魔術の魔具を起動させる。ミラの最大の攻撃の言霊だ。


 けれどそれは、既に打ち破られたものだった。あの無貌の魔女は魔術を……魔力を介する攻撃をいくらか無効にしてしまう。すべてではないが……しかし、この術に関してはダメージを与えられないことが確認出来ている。


 それでもアギトはその術を選んだ。選んだからには策がある。それがなんであるかは、求めるまでもなく結果で説明された。


「――白銀の抱擁プロテクト・オブ・キルケー――っ!」


 言霊によって起動された魔具の効力が発揮されるよりも前に、アギトは空を駆けた。まだ不安定で覚束ないながらに、片翼を羽ばたかせて飛び上がったのだ。


 そして、その彼目掛けて雷魔術は撃ち放たれる。いや……魔術が着弾する地点に彼が先回りしたのだ。ただの自傷のように思えるその行為の意味は――


「――っ! 対処を――」


 無数の雷撃はアギトの背を介してひとつに纏まり、より大きく鋭い熱の槍となって魔女を襲った。それの特性は既に電気のそれではなく、私の目でもギリギリ追える速度で進路上を焼き尽くす。


 魔女はそれを……打ち消せなかった。無効化することも、跳ね返すことも、相殺することも、避けることも出来なかった。


 景色が歪むほどの熱の後には、焼けた砂から上がる煙と、そして……立ったままの魔女の下肢だけが残されていた。腹から上を蒸発させられて、それは今度こそ絶命に至って……


「――魔弾の射手(バラッド・ヴォルテガ)!」


 今度こそ、勝利を手にした……と、それをわずかに疑いながらも受け入れようとした瞬間に、またアギトの声が聞こえた。初めて彼が見せてくれた魔具の言霊だ。きっと彼が最も使い慣れている、最も信頼を寄せている武器の、それを発動させる引き金だ。


 そしてそれは、すぐに眩い光を撃ち放つ。一方向に向けて、何よりも速く。とてつもない威力で以って、もうもうと立ち上る湯気さえ吹き飛ばして……


「……どんだけしぶといんだ、お前。魔王だって一回死んだらちゃんと死んだのに」


「――排除を――。脅威の、異様の、排除を」


……そして、射程限界を迎える前に立ち消えた。その場所には、無貌の魔女の姿があった。腕も斬り落とされていなければ両断もされていない、ましてや上半身も吹き飛ばされていない、何もかもが無事な姿だった。


 どちらも確実に絶命しているべきダメージだった。それでも、魔女は平然と私達の前に戻って来てしまう。


 もしや、とてつもない回復能力を備えているのか……と、不意にミラの顔が浮かんだ。彼女のように、たちまち傷が回復してしまう特異な能力が備わっているのならば……と。しかし……


「……回復……じゃないよな。だって……」


「……? アギト、何を……っ! な……あれは……」


 アギトの言葉に、そして彼が見ているものによって、その考えは否定された。


 彼が見ているその先には、先ほど倒した筈の魔女の下肢が、風に吹かれてか地面に倒れているのが見えたのだ。


「まさか……無貌の魔女は単一の個体ではなく……」


 同一の能力を持つ存在が複数存在する……魔獣のように、数を増やすもの……だとでも言うのか。もしもそうだとすれば……っ。


 恐怖から、私の肌は熱を感じられなくなった。まだそこら中で湯気や煙が上がるほど焼けた空気にさらされながら、それを熱いと感じられない……むしろ、凍えそうなほどの悪寒に見舞われている。


 もし、もしもこんなものが群れを成しているのだとしたら。そんなもの、ユーゴやアギトがいたとしても……


「……ユーゴ。さっきアイツを真っ二つにした時、感触はどうだった? ちゃんと斬った感じあった? それとも……」


「ちゃんと本物だった……と思う。少なくとも、幻を斬ったとは思えない」


 絶望的な状況の暗示に、アギトはユーゴに尋ねた。刃越しに触れた魔女の肉体は、確かに本物であったのか、と。本物の魔女か否かではなく、それが実体を伴う肉体であったのかと。


 ユーゴはその問いに頷いた。少なくとも、幻像を斬った感触ではなかった、と。


 では、やはりこの魔女は……


「……理屈は分かんないけど、身体を作り直せる……いや、違う。作り置き出来るんだな。壊された端から次の身体を使うようにして……今はきっと、どれも本体じゃない」


「……? 作り……置き……ええと、それは……」


 私の考えを見透かしたのか、それは関係無いのか、アギトは不意にそんなことを言った。この魔女は、身体を別に作ってそれを使役しているようだ、と。


 彼の言う理論は、とてもではないが信じられない……いや。現実的ではないものだった。だって、身体を別に作っておいて、死後にそれを使って生き返る……など…………っ!


「……そういう意味では、俺やユーゴと似てるのかもな。アイツはこの世界の中で、召喚を繰り返してる……とまでは言わなくても、似たようなことしてるんだと思う」


「っ! それ…………俺とお前も人間じゃないって言ってるみたいで嫌だな。分かりやすいけどさ」


 そう……だった。それと同じ例を、同じ工程を、私は自らの手で行っているではないか。どうしてそれにも気付かなかった。


 もしもあの魔女が複数固体存在するのならば、複数で襲って来ない理由が無い。少なくとも、アギトを脅威と思っているのならば。


 それでもそうはならない。そうされない。そうしないのには理由がある。それは、肉体が複数存在したとしても、精神がひとつしか存在しないから……ではないのか。


 目的も手段も結果も違う……違う、が。しかし……形としては、彼らの成り立ち方に似ていると思えなくもない。肉体をこちらで準備し、精神だけを定着させた、召喚術式によって呼び出されたふたりと。


「となると……アレを壊し続ければ、その内に本体が出て来る……のか? そうだと話が早いけど……」


 そんな仮定の上で、ユーゴはまたひとつの仮説を立てる。準備した肉体を破壊し続ければ、遠くない先であの魔女の本体が姿を現すのではないか、と。


 その意見に、アギトは肯定も否定もしなかった。出来なかった……のだろう。前提としてある条件がまだ仮のもの……推測でしかないから。


「ま、倒さないとこっちがやられるから。理屈が分かんなくても倒すしかないんだけどね」


「……どうしても気が抜けるな、お前も。悪いとこだけフィリアにそっくりだ」


 っ⁈ ど、どうしてこんな時に私が罵られたのだろう……。しかし、ふたりともまた警戒心を高め直して、三度みたび立ち上がった魔女へと視線を向ける。


「倒して倒して、倒し続けて、それでもまだしばらく続くなら……その時考えよう。ユーゴの体力は心配だけど、魔具の準備は万全だから」


「アホ、間抜け。その魔具の残量の方が心配だろ。俺はいくらでも戦える」


 視線を向けて、それがまだ戦闘の意思を――アギトへの警戒心を持っているのだと理解すれば、当然すぐに攻撃態勢へと移行する。たった今話し合った事情を鑑みれば、待っていては何も打開出来ない。それどころか、まだ隠れている本体には回復する猶予を与えかねないのだから。


「……すう……はあ。よし……っ! 揺蕩う雷霆(ドラーフ・ヴォルテガ)っ! 接近戦で一気に片付けよう!」


「分かった! はぁああ!」


 アギトはまた身体強化の言霊を唱え、ユーゴは雄叫びを上げながら地面を蹴り飛ばした。ふたりがもの凄い速度で迫るから、魔女は少しだけ身構えてより一層警戒心をむき出しにした。


「……っ。ふたりとも……どうか無事に……」


 そんな光景を前に、地面にへたり込んだままの私に出来ることは限られる。祈り、願うことだけ。それだけが許されて、それにしか縋れない。


 けれど、彼らの雄姿が勇気をくれる。私の無力感などは叩き伏せてくれる。何も出来なくとも、何も手伝えなくとも、私などは関係無くなんとかしてくれるのだと信頼させてくれる。ユーゴの強さと、そしてアギトの神がかりなその能力が――――


「――? え……これは……?」


 地面を這って少し離れようとした時に、何かを手で踏み付けたのが分かった。折れた剣……ではない。大きな石でもない。大きくて……何か、柔らかいものだ。それに、少しだけ温かい……


「――連なる菫ヴァイオラ・コンクツィード――っ! ユーゴ! 追い込む! こっちは俺に任せて!」


 声が聞こえた。後ろから――先ほどまで見ていた方から。アギトの声と、それに応えるユーゴの声。戦っているふたりの声。


 そうだ、ふたりを見なければ。この国の、この世界の為に戦ってくれているふたりの活躍を見届けなければ。私が。この場に唯一残る私だけが。目を離さずに、勇敢なその背中を見届けなければ――


「……何……が……? これは……」


 顔を上げることは出来なかった。ふたりを見ることは出来なかった。けれど……何も、見てはいなかった。


 私の前には何も無い。いや、地面だけがある。何かを踏んでいるのに、そこには何も存在しない。そこには何も無い。何も――誰もいる筈が――――


「――――おれ――に――まかせ――――」


「――――アギト――――?」

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