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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第五百二十一話【冴え】



「……分かった。言われなくてもそのつもりだったし、なんとかする」


 これから先、魔女による迎撃が頻発する可能性が考えられる。そんな推論を聞いて、ユーゴは任せろと首を縦に振ってくれた。


 魔女に対する対抗意識があるのも間違いない。窮地を救うのは自分の役割だと意気込んでいるのも本当だ。だが、それよりももっと大きな理由が彼の中にはあるのだろう。


 魔女の攻撃に対して……転移の魔法と呼ばれた力による攻撃に対して、彼以外の誰もが対処出来ないのだ。


 たとえ手練れの騎士が何十人と存在したとして、それらはただ踏み潰される的が増えているに過ぎない。


 特別過ぎる攻撃を前には、特殊な能力が求められる。そして、それが彼以外の誰にも当てはまらないことを、ユーゴ自身も理解しているのだ。


「何度も言いますが、貴方とアギトが無事に……心身ともに万全の状態で魔女の前に立つことがこの作戦の肝になります。任せられる部分は部隊の皆に任せて……」


「分かってる、何回もうるさい」


 これ以上は小言が始まると判断したのか、ユーゴはまたすぐに馬車の天井へと……そして部隊の前方へと戻ってしまった。ううん……大丈夫だろうか……


 彼が肝心な部分を履き違えているとは思わない。それでも、目の前で襲われている人がいれば助けてしまう。アギトもそうだが、ユーゴもそもそもはそういった精神性の持ち主で、その心構えこそが強さの根幹を担っている。


 見捨てろとは言わない。だが、手を差し伸べるなとは言っている。この命令がどれだけ曖昧な線引きをしているのかと、そう咎められていたことだろう。彼がもう少しだけ利己心の強い子だったら、だが。


 戦闘には一切参加するな。と、そう命令するべきなのだろう。本来は。だが、それは出来ない。それをするだけの余裕が無い。残念なことに、彼の力を消費しなければ、目的地にたどり着くこともままならないのだ。


「そろそろ先頭は谷に差し掛かる頃ですね。フィリアさん、念の為に窓から離れててください。今は魔獣もいませんけど……」


 どうしたものか。どうしようもないものなのか。と、諦め半分に頭を抱える私に、アギトはそう声を掛けた。そうか、もうそんなに進んだのか。そんなに進んで……それで……


「……ここまでには被害が出ていない。被害が出るほどの攻撃が無かった。これをどう捉えるべきなのか」


 また、同じことを考えている。いや、違う。この部分がずっと解決していないから、そして致命的な欠陥であるからこそ、何度目を背けても頭にちらついて仕方が無いのだ。


 魔女がその気になれば、こちらは抗う時間も与えられずに壊滅する。少なくとも、私達が目の当たりにしたあの存在は、そんなふざけたことを実現出来るものだった。


 しかし、そうなっていない。そうなっていないのならば、そう出来ない事情があると読むべきだろう。そして、その事情こそが魔女にとっての弱点になり得るのだ……が……


「ううん……。アギト、何か……貴方の知る魔女の情報で、この状況に説明を付けることは出来ませんか……?」


 弱点だと断定して、それが間違っていたならば。


 アギトが囮になってくれたとして、それでもユーゴが攻撃を直撃させられる機会は多くないだろう。


 その時、間違った弱点を目掛けて攻撃してしまったら……隙ではないものを間違って好機と判断してしまったなら、その瞬間にユーゴもアギトも……そして、彼らを欠いた部隊全てと、このアンスーリァとが蹂躙されてしまいかねない。


「考えども考えども答えが出ない……いえ。答えを出す度に、それが違ってしまったらすべてが裏目に出てしまうと思うと、身動きひとつ取れなくなってしまいそうなのです」


 彼らにならば……異なる世界をいくつも旅したアギトならば、こんな経験も少なくない筈だ。


 その時どうやって切り抜けて来たのか、切り抜けられたのか、切り抜けられなかったならばそれは何に起因するのか。


 今までにも聞く機会はあったし、実際に尋ねてもいる。それでも、まだ何か無いかと縋るしか私には出来ない。


「……難しい……って言うより、ほぼ不可能だと思います。俺達がユーザントリアで戦った魔女についても、何か対策を立てられたわけでもなければ、準備が間に合ったわけでもありませんでしたから」


 ただ特殊な力が自分達の近くにあって、それによって撃退することが出来た。偶然による成果があっただけで、理論に裏打ちされた対処などは一切出来ていなかったのだ。と、アギトは答えてくれた。これは……やはり、以前に聞いた話と同じだった。


「魔女に限りません。魔王だって、魔獣だって、それ以外の問題だって、その時に無理矢理合わせるしか出来ませんでした」


「……やはり、常に後手を引く羽目にはなってしまうのですね」


 それはもう分かっている。分かった上で……っ。


 何も無い……と、そう仮定したとして。しかし、その先には何を思い浮かべられると言うのか。


 目の前のアギトと、ずっと助けてくれたユーゴを、途方も無い脅威の前に晒そうと言うのだ。それなのに、私には本当に何も出来ない……なんて……


「……一応、一個だけあります。俺が見た中で、魔女を相手に先手を取る方法が」


「っ! あ、あるのですか⁉ そんなものが!」


 たったひとつだけ、良い情報もある。俯く私に、アギトはそう言った。


 そんな言葉を……諦めていた希望を見せられては、私も声が大きくなってしまった。慌てて顔を上げて、まだ渋い顔で外を睨んでいるアギトの背中に目を向けて、期待を込めて……


「魔女だってびっくりするんです。魔王だって、魔獣だって、世界を滅ぼす筈だった脅威のそのほとんども。みんな、不意を突かれるとびっくりして隙が出来るんですよ」


「……? な、なるほど……それは……」


 魔女とて万能ではない……理外のことが起これば反応は遅れ、焦りも生まれ、動揺すれば本来の能力を十全には発揮出来なくなる……か。


 それについては、目で見て知っている……と、そう言って良いだろう。と言うよりも、そんな話をしてくれたアギト自身が見せてくれたのだ。


 彼の見せた異常さによって、魔女は激しく動揺し、逃避さえ試みた。それまでには一方的に蹂躙するだけだったあの魔女が、死にたくないと逃げ出したのだ。


 予想外のことが起これば驚く。なるほどそれは納得だ。納得……だが、問題はそうではない。問題なのは、魔女を驚かせるほどのものがこちらにまだ残っているのか……であって……


「フィリアさん。魔女をあんまり大きく見過ぎない方が良い……特殊な力を過大に評価しない方が良いんですよ。少なくとも、未来が見えてもバタバタするんですから」


「……私はあの無貌の魔女を、過大に評価している……過剰に恐れてしまってる……と言うのでしょうか」


 私の問いに、アギトはこちらを振り返って小さく頷いた。普段の彼らしからぬ、どこか説教をするような目をしていた。


「この状況、あっちから見て予想外じゃないなんて話があるわけないんです。ゴートマンが足止めに出て来てたなら、そしてあのデカいので注意を引こうとしてたなら、こうして真っ直ぐに向かって来る部隊があることにバタつかないわけがないんです」


 アギトはそう言うと、また少し後方を……先ほどまで巨大な魔獣によって塞がれていた空を睨んだ。その場所にまだいるであろうミラを探すように。


「あのデカいのを倒すとは思ってなかった筈です。少なくとも、ひとりでやるなんて想像出来たわけがない。だったら、今あの魔女はバタバタしてる……どうしようかって慌ててるんですよ」


 それは……その通りかもしれない。あの巨大な魔獣について、あの魔女はそれなりに時間を稼げると……少なくとも、かつて戦った中で最大の力を持つユーゴでも倒せなかったものとして戦場に配置した筈だ。


 どうしてそれを離れた場所に出したか。それは……きっと、アギトをそこへ向かわせようと画策したから……ではないか。


 魔女にとっては最大の恐怖である彼を、少しでも遠ざけようとした。彼でなければ対処出来なさそうなものを囮にして、自らの回復と準備に時間を割こうとして……


「……けれど、予定とは違ってあの場所にはミラひとりしか誘導出来なかった。その上、戦力として軽く見ていたであろう彼女にその罠を突破された……となれば……」


「今、アイツはめちゃめちゃ焦ってる筈です。焦ったら……状況をちょっとだけ過剰に悪く見ちゃう。フィリアさんがさっきそうしてたように、アイツも悪いイメージを抱いて手を早める筈です。と、そうしたら……」


 引き付けてせん滅する罠よりも、侵入を拒む罠を準備する……のではないか。アギトはそう言って……そして、部隊の前方……きっとユーゴの背中を睨んで、魔具を握り直した。それが意味するものは――


「――部隊が谷に突っ込むこの瞬間に、魔女は攻撃を仕掛けて来る。それが分かってるなら――俺でも対処出来る――っ! 荒れ狂う雷霆ハルクスス・ヴォルテガ――ッッ!」


 アギトの唱えた言霊は、ミラが見せてくれた魔術のひとつ――超高範囲を薙ぎ払う、竜巻のような魔術のものだった。


 それが効力を発揮し始めたのは、音ですぐに分かった。ごうごうと吹き荒ぶ突風に、空気を切り裂いて地面を焦がす雷電。そして、それに巻き込まれた何かが焼け焦げて吹き飛ばされる音がして……


「――ここを突破されるのは織り込み済み――だけど、これを突破するのがユーゴじゃないことは計算外の筈だ――っ! だとしたら――」


 しばらく続いた嵐が止んで、周りに光が戻って来て、そして部隊が谷を突破する。その先には……ユーゴが部隊中腹で対処に追われていることを想定した罠が待ち構えていた。


 一列に並んだ部隊にとっては最悪の、けれど彼にとっては対処しやすいもの。大型の魔獣の群れが、遥か先で蹴散らされるのが私にも見えた。

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