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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第一章【信じるものと裏切られたもの】
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第五十二話【芽生え】



 北方の林の調査から一夜明け、私達は荷物を整理していた。

 ここに残すものと、残してはいけないもの。その区別と、最低限の隠蔽。

 そう、タイムリミットだ。


「フィリア、こっちは終わったぞ」


「ありがとうございます。手際がいいですね」


 別に、荷物が少ないだけだよ。と、ユーゴはそっけない態度でそう言った。


 私達はこれから、ランデルへと帰還する。

 と言っても今すぐにではないが。


 けれど、明日にでも出発したい。

 これもまた、急がなければならない案件だ。


「こんなことならカスタードに頼んでおけば良かったな。また何かあったら連絡くれって」


「あまり迷惑はかけられませんが……そうですね。こればかりは、どうしても」


 前回の調査の折に、ランデルが攻撃されるという事態が起こってしまった。

 そしてそれが、ユーゴの不在を狙った計画的なものだとも判明した。


 ならば、長期間の不在は、またしてもランデルに危険をもたらしてしまうだろう。


「次の威嚇はもっともっと激しいものに……それこそ、街に深手を負わせて、動きたくても動けないほどの攻撃になるかもしれません」


「そうだな。けど……」


 こうして行ったり来たりに時間を使わされるのも、また敵の思惑なのだろう。

 それはもう仕方が無い。

 敵の脅しに屈するか、それとも脅されぬように事前に手に乗ってしまうか。

 最終的に被害の少ない方を選ぶしか道が無い。


「……今回はとても収穫らしい収穫はありませんでした。けれど、次は……次こそは……っ」


 私の不手際、非常識が無ければ、或いは何か掴めていたかもしれない。

 けれど、今はそれを論じても後悔しても何もならない。そういうのは夜中にひとりでやろう。


 ユーゴの前でこれ以上情けない姿を見せるわけにはいかない。

 これ以上彼を失望させてはいけないのだ。


「……なんか手伝うか? 荷物多そうだし」


「本当ですか? あっ……い、いえ、大丈夫です。これくらいは自分でやらないと……」


 そうか。と、ユーゴは……何かほっとしたような、けれどどこか残念そうな顔で頷いた。


 相変わらず、この子は頼って貰いたがっている節がある。

 もう十分……十二分、それ以上に過分な信頼を寄せているつもりだったが。


 私の立てる策の大半はユーゴありきで、彼もそれは察しているだろう。

 ならば、自分は過剰に頼られていると感じてもおかしくない筈なのだけど。


「ユーゴはこの後……ええと……ランデルに戻ってからではありません」

「このヨロクの問題を――盗賊団との和解と、そして北方の調査を終えたら、何がしたいですか?」

「長い休みを取る余裕は無いでしょうが、しかし貴方には苦労をかけっぱなしですから。一度ゆっくりする時間を設けようかと思うのですが」


「……また遠い話をするな。和解も何も、まだ見つかってもないのに」


 うっ。そ、それを言われてしまうと耳が痛い。

 けれど、ユーゴはそんな言葉とは裏腹に、ふむと天井を見上げていろいろ考えこみ始めた。


 あれがしたい、これがしたい、こんなことが出来るだろうか、あんなことはこの世界にあるだろうか。


 彼にとっては、或いは娯楽の少ない、面白みに欠ける世界かもしれない。

 それでも、彼が楽しそうに笑う時はちゃんとあるのだ。


 なら、私に出来ることならば、どんな望みも叶えてあげたい。


「……俺はやっぱり、もっと戦いたい。もっと強いやつと戦いたい」

「昨日のガキは、まあ……強かったけど、倒すなって言われたから」

「もっと強くて、それにどんなにボコボコにしても問題無いやつと戦いたい」


「ぶ、物騒なことを言いますね……貴方は……」


 だって、そのくらいしか面白いことが無いんだ。と、ユーゴは口を尖らせた。

 うう……もっと……もっと子供らしい願望は無いのだろうか。


 建設途中の砦を見た時、確かに面白そうにしていたではないか。

 ああいう平和な願望は、彼の中には本当に無いのだろうか。


「あとは……そうだな。うーん……」


「貴方の世界の娯楽で、こちらでも再現出来そうな物は無いのですか? 例えば……ええと……」


 らーめん。ゲーム。すまほ。以前彼の口から出た、彼の世界にあってこの世界には無いもの。

 そういうものの中で、こちらでも作れるもの、楽しめるものが何かある筈だ。


 それとも……そんな可能性を望む余地も無いほど、彼の常識とこの世界の技術は乖離してしまっているのだろうか……


「うーん……カードゲームくらいは作れそうだけど……」

「俺はあんまり持ってなかったし、やってるのを隣で見てたくらいだからな」


「以前もそうおっしゃいましたね」

「ユーゴはあまり娯楽に興味が無かったのですか? それとも、手に入れるのが難しいものだったのでしょうか」


 私の問いに、ユーゴの表情が暗くなったのが分かった。

 いけない。どうやら私は聞いてはならないことにまで踏み込んでしまったようだ。


 慌てて言葉を取り消し、また楽しい話を考えましょうと伝えても、ユーゴは何も言ってくれなかった。


「……あの……すみません、無神経でした」

「こういうところ……なのですよね。貴方や皆が言う、私の至らない点……悪いところというのは……」


「……別に、悪いとまでは言わないよ。まあ、ちょっと……アホなのかなって思うけど……」


 ううっ。や、やはり……

 ユーゴはまだ俯いたままで、床に積まれていた廃棄予定の資料をぺらぺらとめくり始める。

 それを読むでもなく、いたずらをするでもなく、それに何かをするでもなく。

 ただ、ほんの手慰みになれば、と。


「……あのさ……俺が……本当の俺がどうして死んじゃったのかって、フィリアは気になるか?」

「別に、面白い話じゃないんだけどさ」


「……それは……」


 気にならない。と、そう言うのは無理だろう。


 こんなにも幼い少年が、どうして命を落とさなければならなかったのか。


 それに、聞けば彼の生活は凄く平和で豊かなもののように感じられた。

 ならば、どうしたらこんなにも好戦的な性格になってしまうのだろうか。


 聞きたいことは確かに多い、気になることだらけだ。けれど……


「もし、それを打ち明けることで何かが楽になるのなら、ぜひ話してください」

「けれど……逆に、それを口にするのが苦痛なら……」


 そこに踏み込むのはまだ早い……と、そんな線引きは私の勝手。

 早い遅いではなく、彼の心の具合に全て決めて貰おう。


 もしも嫌な思い出なのだとしても、吐き出して楽になるものと、伝えるのにかなりの勇気を必要とするものとがある。

 少なくとも、私は彼の素性については誰にも伝えられない、伝えるわけにはいかないものもあると分かっているのだ。


 なら、私がそれを履き違えてはならない。


「……じゃあ、そのうちにな」

「本当につまらない話だけど……もしかしたら、がっかりするし、俺のことも……あんまり頼りにならないって思うかもしれないけど……」


「ユーゴが頼りないなんて話は、どうあってもあり得ませんよ」

「その力だけを指す言葉ではありません。貴方の責任感やまじめさを、私はずっと見ていました」

「ユーゴという人物は、たとえ弱くとも信頼に値する人です」


 ユーゴは私の言葉に少しだけ嫌な顔をして、けれどどこか上機嫌に私の荷物を部屋から運び出し始めた。

 先に馬車に積めるものだけ出しちゃうからな。と、部屋を出るころになってやっと言葉にするくらい、珍しく浮かれているみたいだった。


「……誰かに信頼されるのが嬉しい、頼られるのが嬉しい。当たり前のこと……ですよね」


 私だってそうだ。

 けれど……どうしてか、彼に限っては少しだけ不安を覚えてしまう。


 自己を肯定する手段が彼の自身の内側に無い……と、そんな乱暴な言い方をする気は無いが、しかし……


「フィリア? おい、手が止まってるぞ。手伝ってんだから、はやくやれって」


「あ、は、はいっ」


 ともすれば、彼は他者の評価を欲し過ぎているようにも見える。


 それは……子供らしいといえば子供らしいのだ。

 らしいのだが……しかし、彼はそこまで幼い子供ではない。


 褒められて嬉しいのは当たり前だが、褒められなければ達成感を得られないのは幼児までだ。

 成長と共に自己の内側に目標を立て、それの達成、未達に満足や不満を感じる。けれど……


 ユーゴの世界ではそれが普通……子供が子供でいる期間が長い……のだろうか。

 平和なのだとすれば、確かにそれで問題も無い。


 しかし、人の内側の在り方が大きく違うとも思えない。


 だって彼は、確かにこの世界にいる他の人々と変わらない価値観を持っている。

 何も違わない、普通の人間として成立しているのだ。


「……おい、フィリアってば。なんだよ、さっきから。全然進んでないぞ。サボるなって」


「す、すみません……少し考えごとを……」


 では……では、だ。

 もしも彼が他者からの承認だけで自己を確立しているのだとしたら――それでしか幸福を得られないのだとしたら――っ。


「……ユーゴっ! そ、その……魔獣と……危険なものと戦うのは、本当に楽しいのですか……? 無理はしていませんか?」

「あの……ええと……本当に……本当に怖くないのですか……?」


 もしかしたら――彼は戦いたくないのでは――?


 怖い。恐ろしい。痛い。

 けれど、戦うことによって私に認めて貰えるから……いや――いいや違う。

 もっと前――私に保護されなければ生活が破綻するという恐怖心から――っ。


「な、なんだよ、いきなり」

「まあ……最初はちょっとびっくりしたけど……慣れたしな」

「それに、元々の俺にはこんな凄い力無かったからな、当たり前だけど」

「だから、こういうのは楽しい。漫画とかゲームとかの世界に来たみたいで」


 ユーゴの答えはあっけらかんとしたものだった。

 それでも、私の中に芽生えた懸念は消え去ってくれない。


 もしかしたら彼は、私に肯定して貰う為だけに戦っているのではないだろうか。


 生きる為に。見捨てられない為に。

 自分というものを存続させる為だけに――

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