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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第五百十七話【矛を交える】



 私の目の前にはユーゴがいる。アギトもいる。けれど、ミラの姿は無い。


 私達の前には馬車が走っている。いつも先頭を走っていたこの馬車よりも前に、大勢の騎士が乗り込んだ馬車が。


 いつも通りに始まった遠征は、普段とは違う形で進行し続けている。そしてそれは、何かが起こった後にも変わらない。今までとは違うやり方で、今ある最大戦力を活用する。その為の隊列だから。


「……アギト。少し、聞いても良いですか」


 時間に余裕がある……のかどうかは分からない。この時に魔女が現われでもしたら、その時にはユーゴとアギトを残して部隊を撤退させなければならないから。


 それでも、話をする時間くらいはあると思う。ミラの推測が正しいのならば、魔女は身を隠して回復に努めようとする筈だし、それまでには幾度も魔獣による迎撃があるだろうから。


「俺に……ですか? えっと……はい。なんでしょうか」


 私の頼みに、アギトは首を傾げながらも頷いてくれた。自分に何を聞きたいのだろうかと……自分でそれに応えられるだろうかと不安に思っているらしい。本当にどうして、こうも自己評価が低いのだろう。


「……あの大きな魔獣について、です。貴方から見て、あんなものを前にミラはどう立ち回ると……どう立ち回れば、無事にやり過ごせると思うでしょうか」


 そんな彼に聞きたかった……彼だからこそ聞きたかったことは、やはりミラについての話だった。


 彼女の強さは知っている。頼もしさも知っている。何より、自身の能力を把握し、状況を鑑みた行動が出来ることを知っている。


 不可能には挑まない。挑むとすれば、必ず逃げ道を準備する筈だ。ミラ=ハークスの最も優れた能力は、相手や状況を正確に把握し、それに対しての振る舞いを正しく導き出す賢さにあると思う。


 それでも、今回ばかりは状況が悪過ぎる。ミラはあの魔獣を足止めしなければならなくなるかもしれない。そうなった際に、彼女の攻撃がどの程度通用するのかはまだ分からないのだ。


 そして……もしもあの魔獣がミラを標的として定めた場合は……


「……無事にやり過ごす……ですか。うーん……それは……それはぁ…………うぅーん……」


 私の問いに、アギトは唸り声を上げながら頭を抱えてしまった。やはり、彼も難しいと考えている……のだろうか。


「……無理……だと思います。少なくとも、逃げ回ってなんとかする……ってのは。アイツ、アレで脳筋ですからね。何が相手でも、真っ直ぐ行ってぶつかって、力尽くでなんとかしようとするんで……」


「そ、そうなのですか……? その、私からは、とても賢い、計算高いように思えていたのですが……」


 お、おや……? もしや、私の評価はどこか間違っていただろうか。アギトから見た……より近くから見た彼女は、計算よりも本能に従って行動しがちな人物かのように語られるが……


「賢いのは本当です。計算が出来るのも本当。でも……そう言うの、アイツは案外嫌いなんですよ。行き当たりばったりと言うか、アドリブばっかりと言うか……」


 それは……それではとても困ってしまうように思えるのですが……。と、私がそう尋ねると、アギトは……また唸り声を上げて天を仰いでしまった。も、もしや、このままミラを失ってしまう……なんてことになる可能性は……


「……でも、ぶつかって駄目ならなんとかします。アイツは修正能力が高いんですよ。目算は甘いし、暴走もしがちですけど。そうやって無茶苦茶してるくせに、しっかり世界を救ってますからね」


「……修正能力……ですか。なるほど……」


 であれば……攻撃をいくつか試した後に、自らの魔術を進化させる……あるいは、自然環境を利用した攻撃で、あの魔獣の足止めを決行する……とか。


 とにかく、状況が難しければ対処を変える……自己防衛と維持に努めるように考えを変える可能性が高いのだな。それはひとつ安心と言うか……


「だから多分……多分、ですけど。アイツ、アレくらいはスパッと倒してくれると思います。いや、多分じゃない……気がする。俺が知ってる限りだと、あんなのは結構……」


「た、倒してしまえる……のですか? 能力の底が知れないとは思っていましたが、まだそれほどの底力を隠していたなんて……」


 アギトの言葉に驚いたのは、私だけではなかった。ユーゴも目を丸くして、しかしすぐに疑いによって細められたその目をアギトへと向ける。本当にあんなの倒せるのか……と、実際に対峙したからこそ浮かぶ疑問を向けているようだ。


「いける筈……いや、絶対倒せます。うん、絶対。だってアイツは…………うおっ⁈」


「――っ! 発砲音……どうやら魔獣が出たようですね。ユーゴ、念の為に戦況の確認だけはしておいてください。貴方達の体力を温存するとは言いましたが、それで部隊が壊滅しては元も子もありません」


 っと。話の真っ只中にも嫌な音が聞こえて来た。交戦を報せる銃声だ。


 先日までは何ごとも無く通り過ぎていた――通り過ぎることが出来ていた地点だ。これは……


「……ミラの推察は正しいのかもしれませんね。これまでにはなかった、徹底的な防衛の意思を感じます」


「ってことは……アイツ、まだ相当ダメージ残ったままなんだな」


 この機を逃せば、復讐心に駆り立てられた魔女による攻撃が始まりかねない。いや……あるいは、この瞬間にも。


 立ち止まることは許されない。歩みを遅らせることも許されない。その上で、一切の見落としも許されない。


 前方からは雄叫びが聞こえて、馬車の進む音に混じって戦いの音が響き始める。このまま進み、そして無貌の魔女のもとへと――




「――ふー……さてと、これまた困った話になったわね」


 ダーンフールの砦を出発してからしばらく。平原を駆け、林を駆け、沼地を飛び越えて彼女は……ミラ=ハークスは、ある地点にまで辿り着いていた。


 その場所には何も無い。ただ、あるものがはっきりと目視出来るようになった場所。目標物として目掛け続けたあるもの――自らの背丈よりもずっとずっと……これまでに見たものの中でも、比べられるものにも困るほど大きなもの。


 山と見紛うほどの巨大な魔獣。彼女が自らに課したものは、眼前にそびえる……いや、まだ辿り着いてさえいないその存在を打倒すること……だったが……


「……とりあえず、どの程度なのかは確かめないと始まんない……か」


 しばらく近付いて、それから彼女の中に渦巻いたのは……それが不可能ではないかという不安だった。


 それも、漠然としたものではない。彼女の中には多くの経験があり、実績があり、自信がある。自らの力を測り損ねて、過信することも過小評価することもない。


 ゆえに、彼女は大まかには結論を出していた。


「――――百頭の龍雷エル・ヒドル・ヴォルテガ――――ッッ!」


 標的は魔獣の頭部。生物ならば急所になるであろう箇所。唱えられた魔術式は、彼女が培ったものの中で最も威力の高いもの。


 かつて、その術は不可能を可能にした。自らの内に残された勇者の力の、その敗北を乗り越えた力だった。


 彼女にとって、最も多くの時間と労力を割いた術だ。それ以降にも幾度と無く障害を破壊した、最強の攻撃と言っても過言ではない。


 だが……それらの輝かしい実績や、術に向ける信頼などは、この瞬間の現実には無関係のものだ。


「――っ。まあ……そうなるわよね」


 放たれた雷撃は、間違いなく魔獣の頭部へと届いていた。だが……それが魔獣に何かしらの変化をもたらすことは無かった。


 彼女が今いる地点から魔獣の頭部までは、まだ街ひとつ分以上の距離があった。それほどの空気を切り裂く威力を以ってしても、魔獣にはダメージらしきものが確認されていない。


 その事実を前に、彼女は落胆のため息をついた。けれど……立ち止まることは無かった。


「……近付いて焼くしかないわね。揺蕩う雷霆(ドラーフ・ヴォルテガ)――っ!」


 既に最大の術は通用しないと判明した。彼女の持つ最大の攻撃力でも不足だと理解した。


 ならばどうするか。問題に突き当たったならば、道はひとつだ。


 進化を――。この時この場に相応しい進化を。不足を補う変化を、成長を。彼女はそれだけを考え、そして足を前へと進める。


「――電撃が通用しない――って可能性はある。通電した以上、体表には雷が届いてる。でも……」


 思考を繰り返す。雷撃がダメージを与えなかった理由について、考えられる範囲で考え続ける。


 絶縁物質であるから通電しなかったのではないか。否、そうではない。むしろ反対に、体表に抵抗の少ない組織が存在した可能性が高い。


 電気だったが故にダメージに至らなかった。正しく受け流され、破壊現象に至らなかった。そう考えたならば、雷撃そのものに……少なくとも、今の彼女に出せる威力の電撃には意味が無いと考える必要がある。


 自問し続けた。ミラ=ハークスとして、天の勇者として。世界を救ったものとして。何よりも、この場を任されたものとして。彼女は結論を急がなかった。


 そして……魔獣の脚部が遥かに高い崖として視認出来るようになった頃、彼女はひとつの結論を出した。

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