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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第五百十四話【すべきこと】



 山ほどの大きさを誇る巨大過ぎる魔獣を無視することは出来ない。けれど、この好機を逃すわけにもいかない。


 ミラはそう言った。そして、これが唯一の選択肢だと突き付けた。


 自らが魔獣の対処に向かう。たったひとり、山脈もかくやと言わん巨大な敵を倒すのだと。そして、その間に魔女を……無貌の魔女、最悪の敵を倒せと。


 この瞬間だけが好機なのだと。この瞬間だけが勝機なのだと。彼女はそう言った。真っ直ぐに私を見て、それを命令として口にした。


「ちょ……っと待ってくれ。お前がアレをひとりで……? お前抜きで、あの魔女を倒せ……って……」


「理解してるんじゃなイ。その通りヨ。私があっちのデカいのを倒ス。アンタがあの魔女を倒ス。単純な役割分担デショ」


 その命令を聞いて、私は納得した。間違いなくそれが最善で、それ以外に選択肢が無いことを理解した。けれど……


「待ってください、ミラ。それは……その……っ。あの巨大な魔獣を皆で倒し、それから魔女を討伐しに向かうのではいけないのですか? 貴女の力は信じています。ユーゴの力もアギトの力も信じています。けれど……」


 反論せざるを得なかった。拒否せざるを得なかった。それはいけないと、本能が危険を察知するから。それはダメだと身体が震えるから、訴えねばならなかった。


 ミラひとりではあの魔獣を倒せない。ミラを抜きには魔女を倒せない。これは、決して揺るがない事実に思えた。


「……っ。不可能……だと思ってしまいます。貴女ならばあの魔獣を打倒するだけの攻撃力も持っているかもしれません。ですが、貴女とてあの魔獣の歩みの前に立てば踏み潰される未来を避けられません」


 私の言葉に、訴えに、ミラは表情ひとつ変えずに首を振った。それは無い。そうはならない。自分ならば無傷で勝利を手にしてみせる。と、そう言っている……わけではないと、すぐに理解した。


「……フィリア。忘れて無いわよネ。私はただの余所者。天の勇者は、ただのユーザントリア兵のひとり。私は……死んでも未来に差し障らなイ。私の価値は、あの魔獣の足下にあるあらゆるものより低いのヨ」


「っ。ミラ、それは……それは違います。そんなことは……」


 そんなことは無い。と、そう言いたかった私に、ミラはまた首を横に振って言葉を遮った。


 違う。少なくとも、彼女を知る私からはまったく違う話だと思える。ミラの価値が……彼女がもたらす光が、軽んじて良いものでないことは私にはよく分かっている。分かって……いる……


……理解していても、納得はしてしまっていた。ミラの活躍は、アンスーリァの介入としてだけ残される。他国の力としてだけ、歴史の上にだけ残されてしまう。


 人の中に――民の絶望の中には、光として残ってくれない。


「……バカアギト、理解しなさイ。ゴートマンが足止めに出て来たってことは、あんな魔獣を引っ張り出したってことは、魔女はまだ回復してないってことなのヨ。そして同時に……回復さえすれば、こっちに攻撃する意思があるってことなノ」


「……それは……じゃあ……でも……っ」


 この瞬間だけが勝機である。この瞬間だけが好機である。この瞬間を逃せば、私達は完全に回復した魔女の攻撃から、あらゆるものを守らなければならなくなる。自らの命も含めた、この国にあるすべてのものを。


 ミラならばそれでも勝利を手にしてくれるだろうか。ユーゴならばそれでも乗り越えてくれるだろうか。アギトならば……彼の異常さがまた発揮されたならば、それさえも飲み下してくれるだろうか。答えは……誰に尋ねるまでもない。


 不可能だ。ミラは、ユーゴは、アギトは、あの魔女に力を知られているのだ。自らに反抗する存在であると知られ、真っ先に狙われ得る状況にある。


 ユーゴの弱点として、かつてミラは語ってくれた。彼は進化の余地を無限に残しているだけで、進化よりも前には強さを発揮出来ないのだと。


 こんなもの、彼だけの弱点ではない。アギトとて、ミラとて、どれだけの攻撃力を持っている英傑が何人控えていたとて、備える前に殺されてしまえば何も起こせないのだ。


「しかし……っ。本当に……本当に貴女抜きであの魔女を倒せるのでしょうか。アギトが隙を作ったとして、ユーゴひとりの攻撃だけで……」


「それは……どうでしょうネ。その時にアイツがどれだけ進化出来るかに懸かってるわけだケド……」


 難しいでしょうネ。と、ミラはやはり表情を変えずにそう言った。諦めているわけでもなく、勝算があるわけでもなく。ただ、事実を淡々と述べているようだった。


「フィリア。これは選択ヨ。非常に難しい、不可能にも思える可能性に賭けるか。それとも、すべてが閉ざされる道に進むか。ひとつにひとつ、択の無い選択なノ」


 道はひとつしか存在しないのに、それを選ぶことは強要されている。選ばなければこの場で立ち尽くしたまま潰える。目の前の絶望から逃げた先でも、やはり終焉だけが待っている。


 突き付けられた選択肢に、手も足も痺れ始めてしまった。恐怖で身体がどうにかなってしまっているらしい。


 そんな私を見て、ミラは……笑ってはくれなかった。いつものように優しく微笑んでくれなかった。甘えた顔で甘やかしてはくれなかった。


「……フィリア」


「っ。本当に……本当にそれしか……」


 ミラも含めて、先に全員で魔女を倒しに行くのはどうだろうか。魔女を確実に倒し、それからあの魔獣を対処する。これならば……こうすれば……きっと……


 きっと……カストル・アポリアは、ネーオンタインは、ダーンフールは。ヨロクは、ハルは、マチュシーは。ランデルは、すべての街は、踏み潰されて無くなってしまうだろう。


 言い訳は出来る。以前にアレが現れた際には、結局のところどこにも被害をもたらさなかったのだ、と。


 だから、アレはあの場所から動けないものなのだと、そう思ったから後に回したと。そんな言い訳は、誰も残っていないアンスーリァに向けて言い放つことが出来る。


 けれどそれに意味は無い。意味を持たせてくれる他者が残らない。ゆえに、あの魔獣を無視することは絶対に出来ない。


 二手に分かれて最大の成果を目指す。それ以外には、このアンスーリァの終焉が待っていると考えて良い。これは、ミラが選択肢を突き付けた瞬間には理解していた。理解して……していながら、目を背ける方法を模索しているに過ぎないのだ。


「……ちょっと外に出るわネ。まだ魔獣が現れると思うかラ。砦に着いたら全員に同じ話をするから、その時に選んデ。すべての滅びを受け入れるか、絶望の中へと飛び込むか」


 ミラはそう言い残すと、覗き窓からするんと外へ……馬車の天井の上へと飛び出した。とんとんと軽やかな足音が前へと進んで行った……から、もしかしたらユーゴにも話をしに行ったのかもしれない。本当に魔獣を警戒する為に配置に着いたのかもしれない。どちらかは分からないし、分かる必要は無い。




 そして、馬車は砦へと帰還した。部隊に一切の被害も出ておらず、起こった事象を思えばとても大きな成果を挙げられたと喜ぶべきだろう。


 だが、誰の顔にも歓喜は無かった。事情を詳しく説明されずとも、見てしまった事実からは目を背けられないから。


 ここから北東、かつて魔女と戦ったあの地点に、山のような魔獣が現れつつある。目に見える絶望は、誰からも喜びを奪ったのだ。


「――全員揃ってるわネ。みんな、聞いテ」


 そんな中で、号令を取ったのはやはりミラだった。唯一……いや。ユーゴとふたりだけ、彼女達だけが俯かずにいた。


 ミラはアンスーリァの言葉とユーザントリアの言葉とを交互に使って、全員に事情を説明し始める。友軍部隊も、元国軍の部隊も、分け隔てなく。ひとつの戦力をも欠かすことなく使う為に。


「状況はかなりひっ迫してるワ。でも、これは今になったから起こったことじゃなイ。これまでずっと、私達は薄氷の上に立っていたに過ぎなイ。それがただ、その底が氷から透けて見えるようになっただけヨ」


 鼓舞……ではない。彼女の言葉からは少しずつ勇気を貰えた気がしたが、しかし彼女がしていることは鼓舞ではない。誰かを励ます為のものではなく、ただの事実確認。ただ、これからしなければならないことの通達に過ぎない。


 巨大過ぎる魔獣が動き始めるのがいつかは分からない。動くかどうかも分からない。ただ、動けばすべてが終わってしまうことだけは間違いない。


 この先に魔女がいることはおおよそ間違いない。そして、魔女が回復し、攻撃の意志を持ったならば、これもやはりすべてが滅んでしまうことになる。


 選択肢はたったひとつ。魔獣を倒し、魔女も倒す。理想論だけを語っているのではない。たったひとつの可能性を残した道が、夢うつつのさなかの妄言のような理想の先にしか存在しないのだ。


「――私がアレを倒すワ! だから、みんなはアギトとユーゴを運んであげテ! あの魔女と戦えるのはふたりしかいない、ふたりに任せるしか出来なイ! だから――」


 すべての部隊を動員し、道中の魔獣を退け、ふたりを消耗させずに魔女のもとへと送り届ける。そうしてから、ベルベットの力で部隊だけは撤退する。それが、ミラから皆に下された指示……命令だった。


 誰の顔にも勇気は無かった。その話を聞いて、現実として受け入れられているものの方が少ないように見えた。そして……受け入れられていない中には、私も含まれていた。


 魔女を倒す。魔獣も倒す。すべてを倒す。その言葉は鼓舞ではない。せねばならないこと――義務であり、使命であり、そして……唯一の希望であった。

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