第五十一話【逃した魚はという話】
ひとまず調査は打ち切り、私達は信号弾を打ち上げて林を後にした。
そこから合流地点に向かうまでの間、ユーゴの罵倒にも似たお説教は続いた。続いてしまった。
そしてそれは、馬車が来てからも。
「カスタードの時もそうだった」
「フィリアは人を疑わないとか信じるとか、そういうのじゃない。後先を考えて無さ過ぎる」
「相手が何するのか、何したいのかももっと考えろ。ゲロ男の時もだぞ」
「うぅ……はい……」
ユーゴから、そして皆からの私の評価は、人を相手にするのが致命的に下手だというもの。
魔獣を相手にする時や、書類の相手――執務室での仕事は問題無いが、人と向き合っての仕事はもうやめておいた方がいいとまで言われてしまった。
「……正直、俺のことだってそうだぞ」
「たまたま俺が裏切ってないだけで、フィリアは俺に対して……こんだけ強い力を持ってるやつに対して、無警戒過ぎるんだ」
「もっと警戒して、どうしたら言うことを聞かせられるかとか……」
「ゆ、ユーゴは大丈夫ですよ! 貴方は優しくて素直な方ですから」
「私を騙して悪行を働くなんて考えられません。大勢の期待を裏切るなんて、あり得ません」
そういうとこだって言ってんだ! と、ユーゴは私の頭を叩いた。
事情をまだ理解出来ていない、街へ戻っていたキルとヒールは驚いた顔をしていたし、アッシュも動揺したらしくて馬車も少しだけ揺れた。
けれど、現場を見ていたギルマン達は至って冷静で、むしろ頭を抱えてしまうくらいで……
「盗賊団と話が出来るようになったら、その時はフィリアは留守番な。お前が出てくと話がごちゃごちゃになる」
「そ、そんなっ。私が……女王である私が責任を持って説得しなければ、相手にも示しが……」
キッとユーゴに睨まれて、私は言葉を飲み込んだ。
私が……私が行かなければ意味が無いのに……
私がやると言い出したこと、私が責任と取らなければならないこと、私が勝手に思い描いた理想だ。
それを誰かに丸投げするなんて、そんな無責任なことはしたくない。
「……となったら……っ。それまでに、私がもっと常識を身に付ければ問題無いのですね……?」
「今日のようなことが起こらないように、世間一般で当たり前のやり取りをこなせるような、立派な王になれば……」
「いや、だからそこからもうおかしくて……」
ユーゴはまだ苦い顔をしていて、私を他所にジェッツやグランダールと内緒話を始めてしまった。
何故私を除け者にするのですかと話に加わろうとすると、ギルマンが申し訳無さそうな顔で私を引き留めた。
「……陛下。私達もユーゴに賛同します」
「陛下のやり方は間違っていません。間違っていませんが、しかし正しいことが良いとは限らないのです」
「少なくとも、今回はもう少し強引な方法を取っても良かったでしょう」
「まああれもあれで強引だったけどな」
「びっくりしたぞ、本当に。せっかく捕まえて話を聞けるかもしれなかったのに、逃がしちゃうんだから」
ううっ。
た、確かに、解放すれば逃げられてしまうと、そんなことにも考えが及ばなかったのは本当に愚かだっただろう。
けれど、強引なやり方では相手の心を傷付けてしまいかねない。
向こうも人で、それも少女だったのだ。
子供離れした膂力と攻撃性を持ってはいたが、しかしそれは……
「……ユーゴと共に戦っている私が、相手を子供だからというだけで侮るような真似はしたくありませんでした」
「……フィリア……」
それって、俺をアイツと同じくらいのガキだと思ってるってことか?
と、ユーゴはそう言って……あ、あれ? いえ、何もそういうつもりは……
「いっつもいっつも子ども扱いしやがって! 今回ので分かっただろ! フィリアの方がよっぽどアホでバカでガキだって!」
「な――っ。わ、私は子供では……」
そういうとこだ! と、ユーゴに怒鳴られて、周りの皆にも微妙な顔をされて、街に着くまでの間私は凄く肩身の狭い思いをする羽目になってしまった。
街に帰るとすぐ、私達は役場へと戻って調査を報告した。
もっとも、今回の調査で分かったのは、本当に魔獣が存在しないこと――荒野の向こうの林の中にさえその気配を感じなかったことだけ。
そして、その更に向こうの渓谷には、かなりの脅威が潜んでいる可能性が高いという、まだ不確定な情報だけ。
あの少女のことは……
「……魔獣はやはり発見されなかった……ですか。それならば、開墾して畑を作ってもいいかもしれませんね」
「もちろん、兵を送って砦を建てるのが先ですが……」
「ええと……そのことなのですが、手を付けるのはもう少し様子を見た方が良いかと」
「現状では、どういった要因で釣り合いが取れているのか分かりません」
「バランスが崩れれば、渓谷に潜む脅威がこちらへ向いてしまう可能性もありますから」
正体を掴めていない以上、まだ話すべきではない。
未知の恐怖は無駄な萎縮を生みかねないし、それに場合によっては街全体に不和が起きてしまうかもしれない。
ならば、まだ彼女のことは黙っていよう。
「次の調査がいつになるかはまだ分かりませんが、可能な限り早い段階でまた向かってみます」
「幸い、地図は更新出来ましたから」
「馬車の進入出来るルートも見つけられましたし、今回よりもずっと効率的に調査を進められる筈です」
とにかく今は、魔獣――影も形も無い厄介者達を気に掛けるべきだ。
これがこのヨロクの街の為の調査である以上、私の目的だけを優先するわけにはいかない。
盗賊団の手掛かりは欲しいが、しかし街をないがしろにすることだけはあってはならないのだから。
報告が終わって自室に戻ると、そこにはユーゴが待っていた。
あれだけ怒っていたのだから、とっくに自分の部屋に戻って眠ってしまったかと思っていたのに。まさか、まだ……
「……ま、まだお説教が続くのですか……?」
「……そういうとこだぞ、本当に」
ひぃ。まだ……まだ怒られてしまう……
ユーゴはどこか呆れた様子でこちらを見つめていた。
どうしようもない大人だと諦められてしまったのだろうか。
「……最初会った時はこんなんじゃなかった気がするんだけどな」
「もっとこう……優しそうだけど、怖いって言うか……」
「私が……怖い……ですか……?」
なんでもない。気の所為だったって話だよ。と、ユーゴは頭を抱えた。
最初の印象……か。
私が彼に抱いた印象は……どうだっただろうか。
あの時はただただ必死で……とにかく安心させようと――最強の力を持った異界の戦士を、なんとしても味方に引き入れようという気持ちでいっぱいだったから……
「……それより、どう思う。あのガキ」
「へ? あの女の子……ですか? そうですね……」
あまりに人離れした膂力は、強化魔術か、或いは東国の契約術式によるものだろうか。
この国ではあまり魔術というものは発展していない……専門的に修める魔術師の家系は多くないが、しかし大陸では既に最奥に到達した術師もいる……との噂がある。
ならば、外国からの不法侵入者……という線を考慮すれば、全く無い話でも無いのだろう。
「貴方と少しだけ似ている……と、思わなくも無いですね。身体が小さくて――」
「――小さくないし似てない。ってか、そうじゃなくて。アイツが何に関わってると思うかって話だ」
何に関わっているのか……ですか。
ユーゴの問いに、私はきっと間の抜けた顔をしてしまったのだろう。
彼は私を見るなりため息をついてしまった。
「アイツ、盗賊団と関係があるのか、それとも北にあるっていう別の組織と関係があるのか。どっちも関係無いのか、フィリアはどう思う」
「それは……そうですね……」
私は……盗賊団と関係があると話がスムーズで助かる……と、あの場では思った。
けれど、そうであると思わせる理由は無い。
少なくとも、盗賊団は人目に付かずに活動している。
あんなにも派手で目立つ少女が盗賊団の関係だとは、なかなか……
「……こちら……街へではなく、より北へ――魔獣と戦う為の部隊に組み込まれているのだとしたら、盗賊団の一員である可能性は高いでしょう」
「あれだけの膂力ならば――あれだけの戦力を当たり前に有しているのならば、盗賊団が魔獣を抑えられているのにも納得出来ますから」
「そうだな。俺よりは流石に弱いけど、軍隊の誰よりも強い……と、思う」
「少なくとも、一対一で戦ったら誰も勝てないだろうな」
「あんなのがたくさんいるんだとしたら……確かに、魔獣を抑え込むなんて簡単なのかも」
とすると……こちらの交渉材料にやや不安が出てきた。
盗賊団が私達と手を組むメリットは、国からの許可――公的な組織としておおっぴらに経済活動が出来るというものと、援助が受けられるというもの。
そして戦線の維持に国軍を投入出来るというものだった。
けれど……
「私達よりもずっと強い軍事力を持っているのだとすれば……むしろこちらが取り込まれていいように使われてしまいかねませんね」
「……俺がいるから、簡単にはやらせないけどな」
けれど、ユーゴひとりでは守れる範囲は限られてしまう。
それを先日のランデルの件で学んだからだろうか、ユーゴは少しだけ悔しそうな顔で俯いていた。
「……策を練りましょう。あの少女ともう一度会う為の――話をして、確かめる為の策を」
「そして、盗賊団の首魁の居場所を突き止めるのです」
「アイツがそんな情報吐くとは思えないけどな」
「やるとしたら……尾行するとか。でも、あいつがこっちに気付くの、かなり早かった」
「もしかしたら、俺が気付くより先にこっちに気付いてたかも」
そ、そんなことがあり得るのですか?!
驚く私を尻目に、ユーゴは既に案を模索していた。
その姿はどことなく先日の彼に似ていて、凄く凄く頼もしいものだった。
私達はまだどこにも進んでいない。
それを自覚して、私も寝る間を惜しんで地図と資料を睨み続けた。
しかし、現実は無情なもので、首魁の居場所を突き止める手段など全く思い浮かばないのであった。




