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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第四百九十九話【違いがある、差などない】



 ヨロクの近辺には何かしらの異変が起こり始めている。それは間違いないと、そう考えて問題無いだろう。


 その上で、ミラはそれを一度無視すべきだと言った。まずは目の前にある問題――無貌の魔女とゴートマンという、厄介極まりない存在に注力すべきだと。一度に多くの問題を相手にし過ぎては立ち行かなくなるからと。


 私もユーゴも、それにアギトも、彼女のその意見には賛同した。ただ……無視したとて、知ってしまった不安は払拭されるわけでもないから。


 また余計な不安を背負ったまま、私達はまたダーンフールへ戻るべく、部隊を出発させる。


「……なんか、数増えたわネ。どこかの部隊を合流させたノ?」


 朝になり、ミラが起きて、そして馬車が並べられると、ミラは私にそう尋ねた。


 おっと、そうだった。と、今になって思い出したのは、昨日の出来事のひとつ……かつて作戦を共にした国軍の兵士が、軍を抜けてまで私達に協力してくれると申し出てくれた一件だった。


「すみません、魔獣と災害についての情報共有に気を取られてすっかり忘れていました。昨日、砦から帰る途中にですね、申し出があったのです」


 帰路に就いたところの私に声を掛けたのは、まだ特別隊も出来る前の私を支えてくれていた、ギルマンというひとりの兵士だった。


 彼を始め、のべ二十一名の兵士が戦線に加わってくれている。装備やその他物資については不足しているかもしれないが、しかしこれだけの人数が味方に加わってくれるのは頼もしい限りだろう。


 そんな話を遅れながら説明すると、意外なことにミラは少しだけ顔をしかめた。その……すみません。相談すべきだった、報告を急ぐべきだったことは理解しているのですが……


「……あんまり、良いことじゃないわネ。フィリアがそれだけ慕われてるってところは喜んで良いんでしょうケド」


「お? あれ、意外な反応だな。厄介な敵なんだし、これまでも人手が足りないって話だったから、人数なんてどれだけ増えてもまだ足りないって言うと思ったのに」


 そんなミラの表情に、そして彼女がこぼした言葉に、アギトは首を傾げてしまった。


 もちろん、不思議に思っているのは彼だけではない。私も、それにユーゴも、わざわざ同じことを尋ねこそしないが、しかしまったく変わらない疑問を抱いている。


 今まで、私達は常に人手不足に悩まされてきた。


 特別隊の中でも武力に長けた実行部隊は壊滅し、軍を指揮する権利も無い。ゆえに、南部四都市に協力を求めてまで、防衛戦力を最前線へ引き連れねばならない事態にあったのだから。


「バカアギトが分かんないのは当然としても、フィリアとユーゴはもうちょっと理解してないといけないわヨ。こと今に限って、人数だけが膨れるのは危ないばかりで良いことなんてほとんど無いんだかラ」


「うぐ……俺が分かんないのは……の部分は一度置いとくとしてだ。良いことが何も無いってのはどういうことだよ。そんなこと無いだろ、実際ずっと困ってたんだから」


 この大バカアギト。と、ミラは渋い渋い顔でアギトを睨み付けた。その……すみません。私も貴女の言いたいことが理解出来ないのです。その……無能ですみません……本当に……


「……私達が相手してるのは、ただの魔獣じゃなイ。今、この瞬間、これからぶつかりかねない脅威は、ただの武力で抑えられるものじゃないデショ。そうなったら、ただの兵士なんて増えても犠牲が積み上がるだけヨ」


「……それは……そうかもしれませんが……」


 しかし、それでも遠征に出るには彼らの力を借りねばならない。部隊を撤退させる必要が無いからとベルベットも下がらせたとすれば、私とユーゴとアギトとミラとで、たった四人で馬に乗って北へ進む……なんて……


 そうである以上、部隊に代理の人員が増えるのは心強いだろう。たしかに、魔女やゴートマンの出現に際し、こちらの人数が増え過ぎていれば、ミラやユーゴでも守り切れない部分が出かねない。だが……


「彼らには休息が必要ですから、交代要員がいるのは大きな利点ではないでしょうか。もちろん、貴女やユーゴの休息のことを考えれば、彼らにも十分な時間を与えられる……とも考えられますが……」


 何も毎度毎度全軍を出撃させる必要は無いのだから。休む部隊、補給をする部隊、砦を守る部隊。そこまで大人数が加わったわけではないにせよ、増えた人員に任せられる仕事は余るほどあるのだから。


「……まあ、フィリアの目からはそういう風に見えた方が良いのかもしれないわネ。でも……こっちから言わせれば、まったくもってナンセンスなのヨ」


「私からは……ええと、それは……」


 見え方の問題……いや、立場によって見えるもの、見なければならないものの違いによって、この増員が良くも悪くも捉えられる……と? 私がまた首を傾げると、ミラは少しだけ苦い顔で頭を掻いた。


「……まずもって、今いる部隊と合流してくれた国軍の兵士達とじゃ連携が取れないワ。そうなると必然、来てくれた人達を混ぜ込んでの遠征は難しイ。こっちだって全員が全員アンスーリァの言葉を話せるわけじゃないからネ」


「それは……そうですね、まったく言い返す余地がありません」


 迂闊だった……とは言わないが、しかしたしかに気が回っていなかったかもしれない。


 ベルベットがそうであるように、誰もがアンスーリァの言葉……彼らからすれば外国の言語に精通しているわけではない。それに、合同で鍛錬もしていないから。連携については間違いなく問題が発生するだろう。


 しかし……だ。それでもまだ、彼らには別部隊として動いて貰う選択肢がある。それこそ、砦を守るとか、友軍部隊を出発させている間に他の準備を終わらせておいて貰うとか。今は全員で賄っている部分をいくつか任せるくらいは出来る筈で……


「それと……一番大きな問題は、彼らがこの国の……アンスーリァの人間ってことよネ」


「アンスーリァの……ええと、それが何故問題なのでしょうか」


 アンスーリァの人間であることが問題……というミラの言葉に、私はまずひとつの可能性を考えた。それは……少し嫌な言葉にはなるが、差別意識……なのかもしれないと。


 彼らはユーザントリアの……大国の騎士だ。そして、これまでは基本的に友軍のみで活動を続けて来た。


 ゆえに、アンスーリァの人間に対して心を開いていない、気を許していない……さらに言えば、信頼を向けていない……と、そんな可能性も無いわけではないだろう。


 しかしながら、アギトやミラはもちろん、ヘインスや他の騎士についても、そんなそぶりはまったく見せていない。もちろん、女王を前にそんな態度を取るわけがないと言われればそれまでだが、しかし心情的な差別意識を完全に秘匿するのは難しいだろうから……


 そうして答えを出せないでいる私を前に、ミラはううんと頭を抱えてしまった。それを言うべきか言わないでおくべきか……で悩んでいるのだろうか。それとも……そんなことも分からないのかと呆れられてしまっているのか……


「……私達はどこまでいっても余所者だからネ。それこそ、全員死んでも問題無いのヨ。でも……彼らは違うワ。アンスーリァに生まれ、育ち……この国に家族が、友達がいル。その死を前にすれば悲しむ人がいル。そして……」


 その悲しみはきっと、フィリアに対して牙を剥いてしまウ。と、ミラは指を噛んでそう言った。悔しそうに、歯痒そうに。


「家族が、友達が死ねば、その理不尽に人は憤るでしょウ。そうなった時、その怒りはフィリアの在り方を……この解放作戦というものを疑問視する声になるワ。それが積もれば大きな意思となル。意思は次第に思想……そして、行動へと発展するでしょうネ」


「……彼らを失いながら戦えば、私はいつか多大な恨みを買い、そして……」


 殺されてしまうかもしれない……か。それがすぐに起こることとは言わなくとも、そういった危険性を認知しておかなければならないのは間違いない。


「少なくとも、ただの魔獣を相手にするわけじゃない今は気を付けるべきヨ。数名の犠牲が出た、大きな怪我を負った程度ならまだしも、連れて行った部隊全員が殺された……なんて、指揮官の無能を誹られる以外の未来が訪れようもないもノ」


「……はい、重々承知しています」


 ミラはそんな重たい言葉を、とても険しい、つらそうな顔で私に伝えてくれた。


 彼女が懸念しているのは、この作戦そのものの破綻、失敗ではなく、その後……作戦を完遂した後の、彼女がきっとユーザントリアへ帰ってしまった後のことだったようだ。


 それはやはり、優しくて強くて、そして……何より、世界を救うことの本当の意味を知っている彼女だからこその言葉だったのだろう。


 私はまだじっと私を睨んでいるミラの頭を撫でて、抱き締めて、そして感謝の言葉を口にした。もっとも親しく、もっとも信頼出来て、もっとも愛おしい、余所者を名乗る大切な仲間に、私の心を届けるように。

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