第四百九十八話【見えない不可思議】
「――たしかに、複数種の魔獣が狭い範囲でバラバラに観測されるのは不自然ネ」
「こういうの、こっちでは今まで一度も無かったノ? まったく同じじゃなくても、類似例とカ」
砦で魔獣についての資料を貰い、それを持ってアギトとミラのもとを訪れていた私達は、その資料の中にある違和感……奇妙さに気付いていた。
ううんと頭を抱えながら、首を傾げながら、なんだか妙な張り切り方をするアギトが見付けてくれたのだ。
魔獣の種類が多い――発見された個体数に対して、それぞれの種の頭数が少な過ぎる。
群れではなく、まるで無作為に引っ張り出されたかのような事態を、資料の上の数字は示していた。
そんな謎を前に、私達はしばらく頭を抱えて悩むしかなくて……そして今、目を覚ましたばかりのミラに頼んで、それがなんであるか……そういった事例に見覚えが無いかと確認しているところなのだが……
「……前に、ヨロクとランデルで似たことはあったよな。でも、あの時だってここまで種類は多くなかったし、逆に数自体はこんなのと比べられるものじゃなかった」
「まだジャンセンさん達と手を取り合う前の出来事ですね。たしかに、あの時の状況に似ていると言えば似ていますし、似ていないと言えば……」
似ていないとも言えるし……ううん。
ミラの記憶の中に、これと似た事例は存在しない……ようだ。そして、私達の中にも同じく。
似ていると言えなくもないが……しかし、類例と呼ぶには規模が違い過ぎる事態が一件あるだけ。
その時はたしか、盗賊団によって――実質的にはマリアノさんによって、魔獣の行動範囲を限定化させることによる誘導が原因だったのだ。
ヨロクにいた私達をランデルへと追い返す為に、ランデルが崩壊しない程度に魔獣の群れを差し向ける。
その手段として、普段は討伐している魔獣を見過ごし、攻撃による誘導で強制的に移動させていた、と。そんな話だったか。
けれど、今度はそうではない。誘導されたのならば、それぞれの種類の個体がもっと多く発見されているだろうし、そもそも魔獣同士での争いにも発展しただろう。
だが、今度はそうなっていない。数も少なく、縄張り争いがあった形跡も無い。
その上で、種類だけが多い……とは……
「……一応、似てると言えば似てる例を俺達は知ってるよな。ただ……」
「フルトでの一件……初めてゴートマンと戦ったあの時ネ。まあ、状況的にも似てると言わざるを得ない……かもしれないケド……」
おや。似た事例などは知らない……ユーザントリアでも起こっていないものだと思ったが、しかしアギトは何やら思い当たるものがあるらしい。
それに対して、ミラも少しだけ険しい顔で頷いて……ゴートマンという因縁浅からぬ名前を口にした。
それは……ええと、ユーザントリアでふたりが戦った、魔人の集いのひとり……なのだよな。
「でも、アレもちょっと事情が違うでしょうネ。あの時は群れの親玉が操られてた……ううん、暴走させられてたわけだかラ」
「魔獣の種類が多かったのは間違いないでしょうケド、そもそも生息出来る場所も多かったもノ」
「ええと……類例とするにはやはり事情が違ってしまう……どうしても、個体数の少なさという部分が合致しない……のですね?」
イマイチまだ理解出来ていない私の問いに、ミラは小さく頷いた。
似た例……魔獣の種類が多い場面には何度も遭遇しているが、しかしそのどれもが複数の魔獣の大群の出現を意味していた……と。
「魔王の居た山の麓でも、魔獣の種類は多かったな。それから……王都を襲われた時も、いろんなのがいた。それに、あっちの世界に呼び出された魔獣も……」
「最後のは参考にならないわヨ。アレは因果の歪みの所為で発生した魔獣であって、そこに生息してたわけじゃないもノ」
「正直、この状況の手掛かりになるものは……ううん。似てそうで似てない、役に立たない情報ばっかりネ」
魔王の住む山、王都を襲撃した群れ……それに、かつて聞かされたユーゴとアギトが生まれ育った世界に訪れた異変……か。
たしかにそれらは、たとえ結果が似ていたとしても、前提にある条件があまりに違い過ぎている。
魔獣そのものを統治していた……と思われる、魔王の支配力の強い場所。そこならば、複数種の魔獣が争わずに生息していたとしても不自然ではない。
王都を襲った魔獣の群れ……となると、アギトやミラのような傑物のいるユーザントリアの防御を突破するほどの戦力だったとも言い替えられる。
そんな数は、幸いなことに見付かっていない。
そして、もうひとつの世界に現れた、異変としての魔獣……とは、もはやこの世界にあるものとは根本を違えているのだろう。
参考にしようにも、何ひとつとして類似する点が無いとすら言えてしまう。
「……一応、全部に共通する条件はあるわネ」
「どの時も、どの場合も、どの世界でも、何かしらの意図……基本的には悪意が働いて、備えとして……あるいは攻撃として準備された大群だったワ」
「でも、今回は数が少ない……じゃあ、悪意じゃなくて善意……なわけないもんなぁ」
「じゃあ……攻撃する意思があるんじゃなくて……ど、動物園みたいなの作ろうとしてたとか……?」
悪意……か。しかし、悪意によるものならば数が少ない理由は説明出来ないとして、アギトは悩みに悩んだ末に……なんだかよく分からない言葉を口にした。
「アホ過ぎるな、やっぱり。あんなの展示してなんになるんだよ。誰も見に来ないし、飼育する理由も無いし、そもそも何食うんだよ」
「うっ……その、わ、分かってたけど……うん。そうだよね、あり得ない……よね……」
そんなアギトに対して、ユーゴは心底呆れたという顔でため息をつく。
その彼の言葉に、アギトもまた頭を抱えて唸り声をあげてしまって……
「……展示……飼育……うーん。それ、本当にまったく無いって言えるのかしらネ」
「……ミラ? ええと……魔獣を飼育する意図が誰かの中にある……と、そうおっしゃるのでしょうか」
そんなどんよりした空気の中で、ミラはひとつの疑問を口にした。
それは、ユーゴも本人も否定したアギトの意見を、無視出来ないとする提起だった。
「忘れてないでしょうネ。ヨロクの北、あの魔獣の棲み付かない林には、ゴートマンとも違う魔術師が潜んでた可能性が高いって説明したデショ」
「となれば、そいつが研究の為に何かしてる可能性は高いワ」
「……っ! たしかに、例の林の奥についてはまだ結論が出ていないのでしたね」
ヨロク北方の林。魔獣の棲み付かない場所。その奥には、ミラから見ても格上とされるほどの魔術師が潜んでいる可能性が高い……との話だったな。
なるほど、それほどの魔術師ならば、研究対象として魔獣に興味を持っても不思議は無い。
そして同時に、複数の魔獣をそれぞれ少しずつ誘導出来たとしても不思議ではない。
魔獣を使役出来るか否かの話ではなく、しようとするか否かの話だ。
意図があればする。しようと思えば実現させる為に尽力する。それが魔術師である以上、この結果には不思議も無い。
「しかし……そうなると、その魔術師の目的はなんなのでしょう。魔獣を集め、研究して……いったい何をしようとしているのか……」
「そればっかりは分かんないわネ。魔術師なんてのは誰でも利己心だけで生きてるようなものだけど、それだけに個人の思想を測るのは難しいワ。それこそ、あのゴートマンの考えが分かんないようにネ」
そこまでは想像することも難しい……か。
たしかに、比較的考えの分かりやすいアギトやミラを相手にしても、彼らが何を求めているのか……とりわけ、ミラがここまで魔術を……攻撃や防御に用いる為の魔術を開発したのかは分からない。
それを、顔も知らない相手の考えを読み取ろう……などとは、難しいなんて話は無くて、根本的に不可能と考えるべき……か。
「ただひとつはっきりしてることがあるとすれば、これを気にして立ち止まる暇も無いってことだけネ。これがたとえ後になって響いて来る脅威だったとしても、今はとても相手してられないワ」
「……そうですね。新たな脅威の出現が示唆されているとすれば、それは頭が痛いですが……しかし、それ以上に厄介な問題が目の前にあるわけですから」
ミラの言葉に、私もユーゴも苦い顔をして頷いた。アギトもまた、険しい表情でミラを見ている。
結局のところ、私達はまだゴートマンと無貌の魔女という存在に対して有効な一手を打てていない。
その存在を懸念しつつ、最悪の状況に陥らないような立ち回りを繰り返す。それしか出来ていないのだから。
結局、このヨロクに起こっている異変について何か対処する手段は見付からなかった。
しかしながら、何かは潜んでいるのだと常に警戒し続ける必要はある。そんな重しだけを背負ってしまった気分だ。




