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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第一章【信じるものと裏切られたもの】
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第五十話【警戒心と天然】



 さて、困ってしまった。


 ヨロクの街から北へ進み、魔獣のいない未開の地を私達は調査しに来ていた。

 しかし、荒れた地を超え林に入った私達を、ひとりの少女が襲ったのだ。


「――ぐぁああ――っ! 離れろ! 離れろってんだこのクソガキ――っ! ぶっ殺す!」


「だから――っ。フィリア、もうこいつ殴っていいよな。黙らせないと調査も出来ないぞ」


 襲い掛かって来た少女は、ユーゴの手によって捕縛された。そこまでは良かった。


 けれど、誰も怪我をすること無く、また怪我をさせることも無く。

 事態は収束した……と、そう簡単にはいかなかった。

 ユーゴに取り押さえられている少女が、こちらを食い殺さんばかりに睨み付けているのだから。


「あ、あの……対話を……話し合いをしたいのですが……」


「殺す――っ! ぶっ殺す!」

「このガキをバラしたら次はお前をぶっ潰してやる――っ! 顔覚えたからな、このデカ女――っ!」


 デ……っ。

 まあ、顔を覚えて貰えたのならそれはそれでいい。


 私には敵意が無い。対話を求め、可能なら手を取り合いたい。

 この少女の素性は分からないが、訴え続けることは出来る。


 その度、自己紹介から入らなければならないほどの印象しか残せないのなら、どうあっても友好関係は築けないだろうし。


「名前を……名前を教えてはくださいませんか。私はフィリアです。貴女の敵では――」


「――殺す――っ! 殺す! 殺す殺す! ぶっ殺す!」

「退け! このチビガキがぁあ――っ! ナメやがって! ぶっ潰してやるこのデカ女――っ!」


 彼の名前はユーゴです。と、そう伝えても、少女はユーゴをガキとしか呼ばない。

 私のことも全然見ないし、見たとしてもすぐに……で……デカ女と……


 言葉は通じているが、しかし極度の興奮状態によって会話が成立しない。

 どうにかして落ち着かせないといけないのだけど、私にはその策が思い浮かばない。

 いったいどうすれば……


「……? あの、皆……どうして私をそんな目で見るのですか……?」


「…………僭越ながら申し上げます」

「その……陛……貴女のその対話を求める姿勢、言動が、少女の逆鱗に触れているのかと……」


 えっ。わ、私の所為……?


 驕ったつもりも無かったが、まさか私の態度や言動が高圧的なものに受け取られてしまっていたのだろうか。

 これはいけない。今すぐに謝って誤解を解かないと。


「す、すみません。私は本当に……心から貴女と分かり合いたいと思っているのです」

「その……難しいことも理解しています」

「それでも、私は人と人とが傷付けあうなんてやり方はどうしても避けたくて……」


「――だぁあああっ! なんなんだコイツは――っ!」

「クソガキテメエ! なんだってこんな頭のおかしい奴の味方してんだ――っ!」


 あ、あれ……?

 あの……ええっと……ど、どうして私はまた怒られてしまったのでしょうか……


 ギルマンもジェッツもグランダールも目を逸らすばかりで何も言ってくれない。

 ユーゴは……凄く凄く冷たい目で私を見ている。

 ど、どうしてそんな顔をするのですかっ。


「……おい、お前。フィリアは本気でアホなんだ、だから一回落ち着け」


「ア……っ!? ユーゴ、どうしてそんなことを言うんですかっ!」


 アホ! バカ! デブ! 間抜け! そんなんだから言ってるに決まってんだろ! と、ユーゴに思い切り怒鳴られてしまった。

 私の常識知らずがそんなにもひどいものだったとは……


 しかし、そんなユーゴを見てか、少女は少しだけ気分が落ち着いた様子で――自分よりも怒っている人物を見て、少し冷静になったらしくて……


「――なんだ……なんなんだ、お前ら。国軍じゃないのか。オレ達を捕まえに来たんじゃないのかよ」


「貴女……達? 貴女の他にもこの林に誰かいるのですか?」


 フィリアは黙ってろ! と、またユーゴに怒られてしまった。

 うう……もしや、私は子供の相手をするのが致命的に下手なのでしょうか……

 ユーゴにもしょっちゅう機嫌を損ねられてしまっているし……


「俺達はここに魔獣がいない原因を探しに来てる」

「こっちの方になんかヤバい気配があったから、ついでにそれの調査の為に林に入ったんだ」

「お前はどうしてこんなとこにいるんだよ」


「ヤバい気配……か。それはこっちのセリフだ」

「テメエ、何モンだよ。お前のニオイ、普通じゃねーぞ」


 私の代わりにユーゴが質問を始めると、少女はやっと会話らしい会話を返してくれた。

 けれど、少しだけ話が逸れているというか……ユーゴの問いには答えるつもりが無いとでも言いたげだ。


「……はあ。俺はユーゴだって、さっきフィリアが言っただろ。それより、お前も質問に答えろよ」


「アァ? うっせえな、このクソガキが。そんなことしてやる義理なんてどこにもねえだろ」

「殺したきゃ殺せ、牢屋にぶち込みたいならそうしろ」

「首を刎ねられたら頭だけでもテメエに食いかかるし、鉄格子くらいならぶっ壊してテメエを殺しに行ってやる」


 なんて物騒な話ばかりをするのだろうか、この少女は。


 偏見は良くないとは思うが、しかしとても平和な街で暮らしている普通の子供とは思えない。

 となれば、やはり何らかの事情を抱えた家庭か、或いは……


「……もしや……」

「ユーゴ……その……その子に盗賊団と関係があるのか尋ねて貰えませんか? 私ではどうにも……」


「ァアアア――っ! うっとおしいなこのクソ女!」

「ガキ! こいつはなんなんだ! 頭ん中に何が詰まってんだ!」


 ひぃっ。そ、そういうリアクションばかりをされるから、ユーゴから聞いて貰おうと思ったのに……


 ユーゴは頭を抱えてため息をついてしまっていた。

 お願いですから貴方は私の味方をしてください。


「……おい。その……たった今フィリアが言ったとこだけど……」


「テメエもあのバカに付き合ってんじゃねえよ!」


 ば……

 どうしたことでしょうか。今日のこの短い間に、どうしてこんなにも罵倒ばかりされてしまったのだろうか。


 しかし、どうやら少女はユーゴには多少話をしてくれる気配がある。

 私はもう黙って彼のやり方を見守っていよう。

 別に……拗ねているわけではありませんが……


「……それを聞いて、オレをどうすんだ。もしオレが盗賊だとしたら、それがなんだってんだ」

「もうとっくに捕まってるやつの素性聞いてどうすんだよ」


「……それについては、俺からは特に何も無い。盗賊に用があるのはフィリアの方だよ」


 またアイツか。と、少女は悪態をついて、しかしさっきまでとは違う目を私に向けた。

 やっと話を聞いてくれる気になったのだろうか。


 それでも……また変なことを言うと機嫌を損ねかねない。

 慎重に言葉を選んで……


「……ごほん。私は今、盗賊団の首魁を探しています」

「私達の目的は、彼らと協力関係を結ぶこと。その為に、話し合いの席を設けたいのです」


「…………ア?」

「おいクソガキ、やっぱりコイツ頭おかしいんじゃねえか。何食ったらンな言葉が出てくんだ、殺すぞ」


 こ、殺さないでください。


 けれど、やっと彼女に私の言葉が届いた。

 ひどく怪訝な顔をされているが、それは正直想定の範囲内なのだ。


 なにせ身内にすらその顔をされたのだ。

 事情を知らないのであれば、当然能天気な考えだと馬鹿にされるに決まっている。


「もし盗賊団について何か知っていれば、どうか教えてくださいませんか」

「それと……不都合が無ければ、貴女がこんな場所にいた理由も……」


「――不都合――だあ……?」

「さっきから聞いてりゃ――このクソ女――っ! 何をお高く留まってやがんだ!」

「叩きのめしてとっ捕まえたんだ! 拷問でもなんでもすりゃいいじゃねえか!」

「それを対話だなんだと――バカにしてんのか――っ!」


 そ、そんなつもりは……と、言い訳を飲み込んで、先ほど皆に言われた言葉を思い出す。

 私のこの言葉が、態度が彼女の怒りを買っているのではないか、と。


 そうか、私と彼女とではそこの価値観から既に違ったのだな。


「お、落ち着いてください。私は貴女を拷問するつもりも、逮捕するつもりもありません」

「貴女には罪が無い、私達には貴女を咎める理由が無いのです」

「話を聞かせていただければ……事情を説明していただければすぐにでも……ああ、いえ」


 そうか、そうだった。そこから既に間違えていた。

 私はやっと自分の過ち――矛盾に気付いた。

 この状況のどこに対等な話し合いなどというものが存在するだろうか。


「ユーゴ、その方を解放してください」

「申し訳ありません、この状況で対話などという言葉を口にする時点で私が驕っていました。どうかお許しください」


「……ァア? おい、ガキ……ア? ガキ、どういうつもりだ……なんで腕を……」


 ユーゴは私の言葉に、凄く凄く……それはもうすっごく不服そうで、そして理解出来ないという顔をしながらも、少女の背から降りて腕を縛っていたベルトを解いた。


 少女はそんなユーゴに混乱して、自由になってからもまだ少し立ち上がれないでいた。


「怪我はありませんか? 手荒な真似をして申し訳ありませんでした」

「ですが、先に襲ってきたのはそちらです」

「襲わなければならない理由――私達を敵と判断した事情を教えては貰えませんか。何も悪いようにはしません」


「…………なんだ……なんなんだ、コイツ。本気でアホなのか……?」


 少女はゆっくりと身体を起こすと、目を丸くしてユーゴの方を向いた。

 これはどういうことだ。どうしてお前は拘束を解いた。と、そう尋ねたいらしい。

 けれど、口をパクパクさせるばかりで、言葉を何も発しなくて……


「……後悔するぞ」


「いえ、私は後悔など……あれ……あっ、待っ――待ってください!」


 少女は最後に私を睨み付けて言葉を残し、そして……剣を拾い上げて一目散に走り去ってしまった。

 ま、待ってください! そんな! 話を! 事情を聞かせてくれるという約束……は、していませんでしたが、でも!


「……フィリア……お前……」


「な、なんですかっ。ああ、行ってしまいます! 待って! 待ってください!」


 少女を追いかけようとする私を、ユーゴも皆も揃って引き留める。

 は、放してください! せっかく何か、この地の事情を知っていそうな方と出会えたのに!

 少々物騒ではありましたが、しかし対話の余地が無いというほどでもなかったのに!


「……陛下……その……僭越ながら申し上げますと……」


「気なんか使わなくていい、こんなバカに。アホ、デブ。いくらなんでも今日のはひどい」


 少女の背中はすぐに見えなくなって、彼女との対話の代わりに始まったのは私へのお説教だった。

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