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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第四百九十六話【かつて共に歩んだもの】



 ヨロクへ到着してから、私はユーゴと共に砦を訪れていた。


 目的は、私達がダーンフールから北へと遠征を繰り返していた間に異変が無かったかの確認。つまるところ、魔人の集いが私達以外に狙いを定めていなかったかと確認に来たのだ。


「……ふと冷静に考えてみれば、こうして無事に街が活気付いている時点で、大掛かりな攻撃は無かったと考えられる……ような気もしますね」


「……今更気付くのか、それに」


 来たのだが……砦へと入り、魔獣の出現や他の災害についての記録を閲覧させてくれと頼み、その資料を役人が取りに行っている間に、なんとも今更な推論に頭が辿り着いた。ユーゴの言う通り、本当にどうしてもっと早くに気付かなかったのだろうか……


「…………こほん。しかし、表を見るだけでは意味が無いのは事実。たとえ被害が出ていなくとも、魔獣に不穏な動きがあれば警戒は必要です。魔女やゴートマンの手によってあれらが使役されているのだとすれば、隙を見計らって一斉攻撃を仕掛ける準備を進めている可能性だって考えられますから」


 もちろん、あちらがそのつもりだったならば、もうすでに攻め落とされていて不思議は無い……わけだが。


 それに、水面下での動きを警戒したとて、こちらから見える場所で何かをするとは到底思えない。


 少なくとも、ミラが感知出来ない範囲で準備を進めていたならば、憲兵が痕跡を見付けられる可能性はほとんど無いのだろうけれど。


 それでも警戒はすべきだ。実利があるか否かではなく、心持ちの問題として。すべきことをせず、きっと無意味だと投げ出してしまったならば、他の問題に対しても気を緩めてしまいかねない。私はそういう怠惰な性格をしている気がするから……


「ま、アイツらが関係してなかったとしても、ここは前から魔獣に襲われやすかったからな。今はなんか結界だかの力で安全っぽいけど、それだってずっとそうとは限らないわけだし」


「そうですね。貴方とここを訪れる度に、何かしらの攻撃を受け、対処を迫られた印象はまだ残っています」


 その頃にはまだジャンセンさんも味方には加わっておらず、遠征前に伯爵から貰った情報だけを頼りに問題を解決しようとしていたから。それより後に比べてもずっとずっと後手を踏みやすかった。


 そういう意味では、今は本当に恵まれた環境にあるのだな。特別隊の力、それにランディッチやイリーナ、ヴェロウの協力で防御についての憂いが軽減されている。


「お待たせしました、陛下。こちらが三十日以内の魔獣の目撃情報、こちらがそれ以前……そこから九十日以内の情報です。そして……」


 と、そんな考えごとをしているうちに、役人が戻って来て資料を見せてくれた。魔獣の目撃情報、それに生息状況についても調べられる範囲で纏めてくれている。


 魔獣の情報に加え、災害――虫害から干ばつ、それに水害など。自然現象による街の損害についても、些細なものから政府による補填が必要になりかねないものまでを区別なく纏めた資料もある。


「ありがとうございます。こちらは持ち出しても構いませんか? 宮から識者を連れて来ていますから、少し情報を精査したいのです。解放作戦の確度を上げる為……だけではなく、このヨロクを、延いては他の街を守る為にも」


 私の言葉に、役人は資料の持ち出しを快諾してくれた。なんだかわざとらしいとさえ思えるような感激の言葉も添えて、どうか無事に戻って欲しいと深々と頭を下げて見送ってもくれる。


 わざとらしいと感じたのは、その……汚い話だが、私が女王で、彼が街の役人――公的な施設、国に属する人間だったから、だろう。そんな先入観があるから、彼は私に対して不平不満を口にしたくても出来ないだろうと、そんな考えがどうにもあってしまうから。


 もちろん、それだけの発言でないことはなんとなく分かっている。分かっていても……どうにも、な。


「……ふう。その……ミラに毒され過ぎていますね、私は。あの距離感は特別なもの……普通ならばあり得ないものだと言うのに」


 ここのところ、膝の上でにこにこ笑って抱き締めてくれる彼女とばかり話をしているから。


 特に頼りにしているのが彼女ということもあって、誰かに頼みごとをする時にはあんなリアクションがあって当然だ……とまでは言わないが、それに近い反応があるような気がしてしまうから。


「やはり議会は必要なもの……特に、私と対立する組織は欠かせないのですね。どんどん世間の認識と乖離して行ってしまう気がします」


 悪いこと…………だろうな。悪いことではないと思いたかったが、しかしどれだけ考えてもそれが間違っていないと思える理屈が無かった。


 私は王で、政治を司るもので、それはつまり民の生活を左右するものだから。それが常識からかけ離れた思考ばかりを繰り返していては……当然、国民からの支持は失せ、いつかは暗君と呼ばれこの位を追い落とされるだろう。


「ま、チビはちょっと……だいぶ、頭のねじ外れてるからな。フィリアも大概おかしいやつだけど、アイツはもっとやばい」


「……そうですね。忌憚の無い意見を聞かせてくれる貴方がそんな距離感だからというのも、きっと一因なのだと思えます」


 どうして貴方はそう私をこき下ろさねば気が済まないのですか……と、今更もう嘆くこともしなくなってきたな。悪い意味で、ユーゴとミラの存在が私の価値観を捻じ曲げてしまっているのだ。


 しかし、ねじ曲がったからなんだと言うのだ。大切なのは、ねじ曲がろうとも目的を完遂することだろう。多分。


 その為には、この資料を持って早くミラのもとへ戻らなければ。私だけでは何が危険な兆候化を判断し切れない。誰よりも魔獣の脅威を知り、対処し続けた彼女の力はやはり頼りにすべきなのだ。それで私の常識が破壊されようとも……


「――陛下! フィリア=ネイ女王陛下! 良かった、ようやくお会い出来ました」


「……? ええと……」


 っと。帰り道を急ぐ私の背に、呼び掛ける声が届いた。聞き覚えがある声……だったが、はて……誰だっただろうか。少し懐かしくも思えるような……


「お久しぶりです、女王陛下。覚えておられないかもしれませんが、私は貴女の御姿を、御声を忘れた日はありません。貴女が特別隊をお立ち上げになるより以前に、その道行にお供させていただきました。ギルマンと申します」


「――っ! もちろん私も覚えています。久しぶりです、ギルマン。息災そうで何よりです」


 振り返った先にいたのは、これもやはり見覚えのある顔――しかし、見慣れない姿の男だった。


 その男とは――その兵士とは、かつて特別隊を立ち上げるよりも前……それこそ、ジャンセンさん達が盗賊として在り、それを取り除くべき問題として立ち向かっていた頃にお世話になっている。


 まだ知人と呼べる相手もロクにいないユーゴと親しくしてくれた、国軍の兵士の内のひとり。そんなギルマンが、装備も身に付けずに砦から出たばかりの私に声を掛けて……


「……そう言えば、貴方はハルの出身でしたね。もしや、休暇を利用して故郷を訪れていたのでしょうか。そのついでにここまで足を伸ばした……ああ、いえ。もしや、配属が変わっていたのでしょうか? その、軍の編成にはもう関与出来なくなってしまったものですから……」


 姿を見るに、彼が仕事でこの場所にいるわけではないことは間違いないだろう。


 もちろん、魔獣の脅威が減っているとは言え、絶対に安全だと言い切ることは難しいから。それに彼は国軍に身を置くもの――弱き民を守る心を持つもの。


 だから、簡易的な鎧……厚い革を縫い込んだ服を身に着け、小さなナイフを腰に提げてはいる。しかしそれは、兵士という立場を思えば装備をしていないと言って差し支えないだろう。


 そんな姿で、彼は私に声を掛けてくれた。声を掛けて、私の返事を聞いて……そして、なんだか感慨深そうに笑って、そして首を横に振った。


「配属が変わった……と、そう捉えることも間違いではないかもしれません。しかし、違うのです。私は…………いえ。私の他にも数名。貴女を追って、ここまで来たのです」


「……私を……追って……? 貴方の他にも……」


 ギルマンはそう言うと、私の前に膝を突いた。そしてこうべを垂れ、かつてそうしていたように――私に仕えるものとして在った頃のように、凛とした声色で宣誓する。


「――国軍を抜け、再び御身に仕える為に。私だけではありません。かつて陛下と共に道を進み、その志に触れたもの皆一同、御身と御身の掲げる未来に尽くしたい一心で馳せ参じました。どうか――どうかもう一度、我々にご命令を――」


 もう一度――もう一度、共に戦う為に。ギルマンはそう言って顔を上げた。固い決意を秘めた眼差しを私に向け、どうか命令をと私に請うのだ。


 それからすぐ、私は彼の言葉の意味を――本当の意味、彼が言い表したものの大きさを理解する。彼と同じように武装を解除した国軍の兵士が、のべ二十一名私の前に集まったのだ。


 もう一度、私と共に戦いたいと。その思いを胸に抱いて。

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