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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第四百九十五話【悩みながらの北上】



 イリーナとの約束も済ませ、溜まりに溜まった仕事にも区切りを付けた頃。部隊の補給と出発準備の完了を報せに、ミラが宮へとやって来た。


 彼女がやって来たからには、もうのんびりしている時間も無い。パールとリリィにまたしても仕事を残して、私とユーゴはもう一度ダーンフールへ向かう準備を進めた。


 そして、ミラからの報告を受けた翌々日。私達はまたランデルを出発する。


「アギト、ミラ。ふたりともゆっくり休めましたか? 補給の手伝いや準備せねばならないこともあったでしょうが、しかし貴方達に限ればその体力の回復こそがもっとも重要な項目でしたから」


「ばっちりヨ。ゴートマンだろうが魔女だろうが、なんだったら魔王だってまとめて蹴散らせるくらい回復してるワ」


 ま、まとめて出て来られては困るのですが……しかし、ミラの元気そうな姿は見るものにも活力を与えてくれるな。


 ふんふんと鼻息を荒げ、そしてまた私の膝の上へと収まると、すりすりと頬を寄せて来た。ふふ、良い子良い子。


「アギトはどうですか? その……なんとなくですが、貴方は緊張から身体も心も休まらなかった……なんてことがあり得そうだなと……な、なんとなくですが、そう思ったもので」


「うっ……そ、そうですね……」


 なんとなく……だが、彼は私と同じ、力を持たないものだと思えるから。


 もちろん、彼に能力が無いという意味ではない。むしろ、彼の持っている資質――特異さについては、ミラからも聞かされているし、ユーゴとの戦いにおいてはそれを抜きにした器用さも目にしている。


 ただ……それでも、ミラにあってアギトにはないものがたしかに存在する。明確に言葉にするのは難しいのだけれど、穏やかな時に穏やかさを堪能するだけの気力……とでも言うのかな。


「……いえ。俺は俺なりにしっかり回復したつもりです。その……うーん。それと比べられると、どうにも緊張しっぱなしだったようにも思えるんですけど……」


 それ。と、アギトはもう眠たそうな顔になってしまったミラを指差してそう言った。やはり、私の感覚は正しいのだろう。アギトがどうこうと言うよりも、ミラの精神性――危機にも窮地にも、平時にも何にも動じない心の強さが……いや。


「むにゃ……バカアギト、何言ってんノ。休まなくちゃならないならどんな状況でも……ふわぁ……ちゃんと休むのが務めでしょ。アンタのはただ無駄に気を張って時間を浪費してるだけヨ」


「……まったく、耳の痛い話です。天の勇者とは、その精神性や能力に限らず、大衆に見せる振る舞いからすでに認められたものだったのでしょうね」


 動じないように見せる。そして、動じていようと動じていないように休む。それが必要とあらば、自身の心の状態とは別にものごとを進行させる胆力こそ、この場においてミラだけが手にしている素養と言えよう。


「あらゆる行動、動作に対して、明確な意味を与える。それが後付けであったとしても、自身の選択に自信を持ち、裏付けを持たせ、最終的な判断の糧とする。そう言いたいのですよね」


 私の問いに、ミラは言葉も発さずに小さく頷いた。どうやらもう眠たいらしい。その……ふふ。このまどろみにも意味があるとするのならば、危険が迫っていないことを私達に知らせつつ、自分は万全な状態を維持する為に休息に入ろうとしている……だろうか。


 しかしながら、そんな意味や意図は別として、私の腕の中にすっぽりと収まったまま眠ってしまいそうな姿は、どうしようもなく私に癒しを与えてくれる。


「よしよし。しばらく眠っていても構いませんよ。魔獣に対してはユーゴも力を発揮出来ますし、それにヨロクまでの道が比較的安全なことは保障されていますから」


「比較的じゃそんなに保障されてないのと同じだろ。このアホ」


 うっ……。のんびりしたミラの姿に引っ張られてのんびりした考えになっていた私に、ユーゴはすごく冷たい目を向ける。まったくもって反論の余地は無いが、しかしこの時くらいはのんびりさせてあげたいと思うではありませんか……


「ふわぁ……んむ。大丈夫……寝てても……むにゃ……何か近付いたら分かるかラ……ぐぅ」


「あっ。本当に寝やがった、このバカミラ。すみません、フィリアさん……」


 のんびりさせてあげたい私と、のんびりしたいミラとの意図が合致した結果だろうか。ミラはしばらくうつらうつらとしながら耐えていたが……しかし、頼もしい宣言を残すとそのまま入眠してしまった。


 そんなミラの姿にアギトはがっくりと肩を落とすが…………ふふ。むしろ、ミラがこれだけ穏やかに休める安全なこの瞬間に甘えて良いだろうに。


「……ま、チビはそのまま寝かせとけば良いとしてだ。この後……ってより、ヨロクに着いたら砦に寄るんだよな?」


「はい、その予定です。ランデルの無事だけを確認したのでは意味がありませんから」


 さてと。のんびりすれば良いところに、ユーゴはわざわざ真剣な顔で私に尋ねた。それは、帰り道にも確認されたことだった。


 今回の帰還は、ダーンフールに戦線を構えた結果、手薄になった他の都市を攻撃されている可能性は無いか……という懸念を払拭する為のものだ。


 ランデルの無事はこの目で見ている。カンビレッジや南部四都市についても、イリーナが訪問してくれたことが無事の証明と言えよう。


 カストル・アポリアに関しても帰りに立ち寄っているし、あとはヨロクを確認出来れば重要拠点はほとんど抑えられたと言えるだろう。


「ってなると……ダーンフールまで行くのに五日か六日は掛かるのか。攻め落とされてなきゃ良いけどな」


「い、嫌なことを言わないでください……。しかし、それを警戒しての全軍撤退ですから。砦だけを破壊されたのならば、まだいくらでも立て直せます」


 その可能性の中に不安があるとすれば、カストル・アポリアが巻き込まれてしまうこと……だが、こればかりは到着するまで分からない。


 あるいは危険が迫るかもしれないとは伝えているが、しかしあの国にはすでに多くの住民がいるから。避難をしようにも簡単にはいかないだろう。


「……ううん。ダーンフールへ向かう道すがら、カストル・アポリアにも立ち寄るべき……でしょうか。しかし、そうすると更に時間が……」


 ヴェロウへの恩もある。何かあったならばと考えるのなら、真っ先に向かうべきか……とも思うが……


「……いえ。カストル・アポリアに何かあれば、ダーンフールやそれ以北にも痕跡があるでしょう。真っ直ぐに向かい、そういったものが確認された場合にのみかの国へ進路を変えましょう」


 もしも、この場にジャンセンさんやマリアノさんが居たならば。あるいはヴェロウでも、イリーナでも構わない。誰でも――私が頼りにした素晴らしい人物のうちの誰かがここにいたならば、果たしてどのような選択をしただろう。


 それを考えると、答えは自ずと導き出された。彼らならば、まず自らがせねばならないことの完了を急ぐだろう。他人を慮った回り道の結果に自らの使命が未達に終われば、思い遣った筈の他者にも重大な迷惑が掛かると、そう判断すると思ったから。


「なら寄り道はヨロクだけだな。後になってからあっちに行きたいこっちに行きたいって言い始めそうだし、今の内にちゃんと考えとけよ」


「うっ……そ、そんなことは……ことは……ううん」


 またなんとも容易に想像出来ることを……。しかし、ユーゴの言うことにも一理ある。後になってから慌てていては目も当てられない。考えられることは今の内にしっかり考えておかないと。


 それからしばらく、私はユーゴに手伝って貰いながら見落としが無いか……確認せねばならないことが他に無かったかの確認に時間を割いた。馬車がマチュシーへと到着するその時まで、あるかも分からない見落としを必死に探して。




 それから二日。私達はヨロクに到着した。


 結局見落としらしいものは見当たらず、かと言って疑ってしまったが故に生まれた不安も解消されず、私はまだ心にもやもやを抱えたまま砦へと向かっていた。


「ううん……本当に見落としは無かったのでしょうか。何か……大きな見落としがあって、それがずっと引っ掛かっている……ような気がして……」


「そ、そんなに引きずるなよ……」


 そんな私の様子に、ユーゴはなんとなく罪悪感を抱いているらしかった。その……いえ。間違いなく発端は彼の言葉なのだが、しかしそれに同意したのは私で……


「ほら、ちゃんと前向いて歩け。危ないぞ」


「あっ、すみませ……いたっ」


 気を付けろと言われたそばから露店の箱に足をぶつけてしまった……。いけない……どんな状況にあってもすべきことに没頭出来ると、そんな資質を指してミラに感心していたばかりなのに。自分がそれからもっとも遠い状態にあるではないか。


 ぱちんと自分の腿を打って、そして気を取り直して真っ直ぐに歩き始める。余計なことに気を取られない。まずはすべきこと――このヨロクの状況確認。そして、近辺での異変が無かったかの確認だ。


 報告される情報だけ、その上辺だけでは見えてこない可能性もある。薄氷のその下で起こっている異常にも気付けるように、きちんと気を張って……いなければ……ならないのだが……


 それからも私は何度か壁や物に身体をぶつけながら、いくつかの痣と傷を抱えながら砦へと到着した。そんな私を見るユーゴの目は、冷ややかなものではなく、どこか……その……すみません。そんなに憐れみを向けないでください……

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