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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第四百九十二話【似た結末】



 誰も侵入出来ない牢屋の中で、ゴートマンが変死した。その事実を、そしてあの女の遺体に“残されなかった”手掛かりを持って、私は友軍宿舎へと急いだ。


 相談相手として選んだのは、やはりアギトとミラだった。ユーザントリアにも存在した魔人の集いについて、もう一度詳しく話を聞こうと思ったから。


 そしてそれをもとに、今回の事象を解明出来れば……と、一番上手く行ったなら、そこまでを望んで。


「――すみません。アギト、ミラ。少し、時間を頂けないでしょうか」


 ユーゴには……今はまだ伏せておこう。ゴートマンが亡くなったことは伝えるつもりではいるが、しかしその死に様を聞かせるのは忍びない。彼がどういった人間かと、それを改めて知ったばかりなのだから。


 そういうことで、私はひとりで宿舎を訪れた。そんな私に、アギトもミラも目を丸くして……しかし、ただごとではないのだとはすぐに悟ってくれたようで、真剣な表情で部屋へと通してくれた。


「本来ならばもう少し後に、それも希望を抱いて顔を合わせるつもりだったのですが……事情が事情でしたから、仕方ありません。どうか、貴方達の知識と経験をお借りしたいのです」


「なんだか分かんないケド、良いことがあったわけじゃなさそうネ。どうしたノ」


 部屋へ着くなり、アギトは椅子を準備してくれて、ミラは私の手を握って話を聞いてくれた。もしかして、私の表情から動揺を見破られただろうか。そしてそれを少しでも収めようとしてくれて……本当に、頼もしくて温かい子だ。


「……ふう。その……今朝、ゴートマンが……砦に収容されていたひとり目のゴートマンが死亡しました。死因は……まだ詳しくは分かっていませんが、直接的な原因は失血死ではないか……と」


「っ! あの女が……」


 けれど、そんな優しいミラにこんな嫌な話を聞かせなければならない。それが苦しくて、私は少しだけ目を伏せてしまった。彼女の目を見てしまうと……きっと真正面から受け止めて、本気で悩んでくれるだろう彼女を前にしてしまうと、もっとつらくなりそうで……


 しかし、そんな情けない私にも構わず、ミラは手を握ったままううんと唸り声をあげた。それは……後悔の色をにじませている気がした。


「原因が分かってない……のに、失血死だろうっていうのはどういうことなんですか? その……失血死するほど怪我してたんなら、それが理由……あ、いや。どうしてそんな怪我したのか分かんないって話なら……」


 深く悩んで首を傾げるミラを見ながら、アギトも私にそんなことを尋ねた。そうだな、その疑問はもっともだ。そして……それが疑問として存在するくらい、あの状況を私も理解出来ていないのも事実だろう。


「ええと……その、ゴートマンの遺体には外傷らしい外傷は見当たらなかったのです。ただ……遺体があった場所には、乾いて砕けるほどの量の血が残されていて……」


「……外傷は無いのに、出血はあっタ……それも、見るからに致死量を超えていた……のネ。ううん……」


 私の説明に、アギトは頭を抱えてしまって、ミラはもっと険しい顔で天を仰いでしまった。そんな理解不能な状況が何を示すのかと、必死に考えるが……しかし、経験があるわけも、ましてや知識があるわけも無いから……


「あの……アギト、貴方に尋ねたいことがあるのです。その……いつか、ヨロクの収容所でゴートマンと面会をした時のことなのですが……」


 私が尋ねると、アギトは目を丸くして首を傾げてしまった。まさか自分に問いが来るとは思っていなかった……なんて顔をしているのは、どうかとは思うが、しかし必然でもあるだろう。人の死について、彼が詳しいなどとは誰も考えないだろうから。


「えっと……俺が……面会…………お、おおおお俺は何もしてないですよ⁈ そりゃ……あの時はその、一応……あの変な力も好き勝手使えそうな気がしてましたけど、でででででも……」


「い、いえ、貴方を疑っているわけでは…………なるほど。たしかに、あの面会以後にはミラが立ち入っていませんから。護送のさなか、あるいは移送後に誰かが……魔術に精通した誰かが面会を果たし、そして何かの魔術式を仕込んでいたとすれば……」


 おっと。アギトの妙なリアクションから、少しばかり厄介な可能性が浮上してしまった。


 移送を完了してからゴートマンの牢屋を訪れたのは、私や宮の役人、それに看守……つまるところ、魔術にはまったく縁の無い人間ばかりだったのだ。


 つまり、魔術によって仕組まれた何かがあった場合、誰も気付けなかった可能性が高い。ミラが一度でも訪問していれば話は違っただろうが……


「……あの時、もうひとりのゴートマンが私達を襲った理由がなんであったのか。私達はそれを、あの女の奪還である……と、勝手にそう決め付けていましたが……」


 あるいは、単に襲撃の機と見て襲ってきただけか。どちらにせよ、目的は理解出来ている……つもりでいたが、しかしどうだろう。もしやあの時、ゴートマンは証拠を消しに来ていた……と、そう考えることも出来るのではないだろうか。


「迂闊でした……っ。襲撃があった時点で、ミラに確認して貰うべきだったのです。あの攻撃の意図はなんだったのか……と、少しでも疑問が残った以上、裏付けを取るべきだったのに……」


 なんとも間抜けな見落としが今更になって見つかったものだ……。しかし、それを悔いたとて状況が好転するわけではない。なら、今ある証拠からでも推測しなければ……


「……あの時の攻撃に、あの女をどうにかしようって意図は無かったと思うワ。少なくとも、そういった魔術儀式の気配は一切存在しなかったもノ」


「っ! そ、それは本当ですか?」


 嘘言ってどうするのヨ。と、ミラは目を細めて、子供を叱るような顔を私へ近付けた。そして……すりすりと頬を寄せて、怒っているのか慰めているのかは分からないが、ぎゅうと抱き締めて背中を撫でてくれた。


「それに、そういう結末については覚えがあるワ。って……フィリアはそれをアギトに聞こうとしてたのよネ。なのに……はあ。ごめんネ、バカアギトがバカなばっかりに……」


「こら、お兄ちゃんにバカバカ言うんじゃありません。それで……えっと……うん? お、俺は何も悪いことしてないぞ⁈ って言うか、出来ることなんてほとんど無いぞ!?」


 その弁解もどうなのだ。しかし、そう言えばと思い出したのは……忘れていたわけでもないのだけれど、話を聞きたかったのはそちらだ。ミラのお陰でやっと本題に戻って来られたのだな……これが私とアギトだけだったらどうなっていたのか……


「アギト。貴方はあの時、ゴートマンに言いましたよね。魔女を倒せば、きっとその力は失われる。そうなった後のことを考えろと。そして……死んで終わりなんて最期は認めない……とも」


「えっと……はい。それが…………っ! そう……だ、そうだった。アイツも……アイツらも……」


 アイツら……とは、ユーザントリアで彼らが戦った魔人のこと……だろう。アギトはやっと思い出してくれたようで、怒られている時の委縮した顔から、強い後悔と…………そして、嫌悪感を露わにして、眉間に深いしわを刻んだ。


「この状況……牢屋に捕らえられたゴートマンが不自然死したって事態は、ユーザントリアでもまったく同じことが起こってます。それで……なんとなく……本当に直感だけなんですけど。俺はこうなることを、なんとなく予想出来ていました」


「……その根拠は、ただゴートマンという名と、そして魔人の集いという組織に属していることだけではありませんよね。詳しく……語れる範囲で構いませんから、聞かせてください」


 やはり……推測はしていた……か。その上で…………あの無貌の魔女を倒しさえすれば、この結末を回避出来るのではないか……と、そう考えて……


 彼の優しさに感心するのは今ではない。すべきことは、その考えの根拠となった原因だ。ユーザントリアで何を見て、そして……その結末から、彼らは何を予想したのか。


「アイツが死んだって聞いた時、それは……きっと、契約術式って呼ばれた特殊な魔術式の反動……デメリットが原因なんだと思ってました。でも……こっちに来て、魔人の集いの形についていろいろ予想して……」


「ユーザントリアで見た魔人についても、ここで見たのと同じく魔女の力を分け与えられた……あるいは、魔女によって術式を施された存在だったんじゃないかって判断したワ。そうした仮定の下に推測すると……」


 魔女の力は人間には大き過ぎる。ゆえに、何かしらの条件を満たし続けなければ人体が維持出来ない可能性がある。ふたりはまず、そんな可能性を提示した。そして……


 あるいは、そもそも短期的な効果しか発揮出来ず、その期間が終われば自動的に抹消される……能力を帰還させる為に、力を植え付けた人体を破壊してしまうのかもしれない、とも。


 それからもふたりは苦悶の表情で様々な懸念を並べてくれた。そして……そのどれもが、あの理不尽な存在を前提として――魔女という存在の理解し難さ、推測の無意味さを理由として考えられたものだったから……


 ゴートマンの死には、まず間違いなく魔女が関わっているだろう。直接の原因なのか、はたまた遠因なのかは分からないが、無関係である可能性はまったくもって絶無であると、それだけはたしかだろう。

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