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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第四百八十八話【曖昧な手応え】



 ユーゴは魔獣と魔女との戦いだけに専念する。ゴートマンの出現には、アギトとミラの力を以って対処する。部隊の撤退にはベルベットの力を頼りにする。これが、結局のところ何も変わらなかった決めごとのすべてだ。


 部隊にとってもっとも注意すべきは、無貌の魔女という理不尽な存在だ。かつてもそうだったように、アレにはこちらの数がいくらであろうともまったく関係無い。その場に居合わせた人数は、そのまま被害に遭いかねない人数となってしまう。


 ゆえに、あの魔女の登場には常に警戒し続けなければならない。そういう意味で、ユーゴをそちらへ専念させられると、そう前向きに捉えることも可能だろう。


 そう。結局、何も変わらなかったのだ。ただ優先順位がズレただけ。もとより最大の脅威として想定していた魔女を、より強く警戒するというだけ。ゴートマンをミラがひとりで対処出来ると豪語するから、それに甘えて任せてしまったのと同じ結果だろう。


 目的も行動も何もかもが変わらない。ただ、ユーゴの在り方が少し変わっただけだ。だから……


「――っしゃぁあ! ユーゴ、こっちは終わったわヨ!」


「うるさい、声デカい。こっちもとっくに終わらせてる」


 ダーンフールに部隊を揃えてからもう二十日ほど経っただろうか。私達は今、都合四度目の遠征にて、魔獣の群れと――ほぼ間違いなく魔人の集いによって差し向けられた戦力との戦闘を終えたところだった。


「それにしても……ううん。あからさま……ですね。過ぎるほどに」


 戦いが終わって、周囲に動く魔獣の気配が残っていなくて。この瞬間にこの場所が安全なのだと、それが保証されると、部隊は足を止め、そして陣形を立て直し始めた。方向転換をして、このまま砦へと戻る為に。


 そんな中で、私はどうにも喉に引っ掛かるような違和感に見舞われていた。それをぽつりと呟くと、アギトは少しだけ不思議そうな顔で首を傾げる。そしてそこへ、外で戦っていたユーゴとミラも戻って来て……


「えっと……あの、あからさまって言うのは……?」


「はい。どうにも、私達を進行させまいとする意図が弱過ぎるように思えるのです。あからさまに誘われている……とでも言いましょうか」


 私がアギトの疑問に答えると、ミラはずいぶんと呆れた顔をアギトへと向けて……そして、すぐににこにこ笑って私の膝の上へと収まった。ふふ、良い子良い子。お疲れ様です。


「何を話してたか知らないケド、アンタはもうちょっと自分で考えるってことをしなさイ。旅に出るより前の頃の、本当に言いなりでしか動けないバカアギトに戻ってるわヨ」


「うぐっ…………そ、そこまで言うなよ……ひどい…………っ」


そして、愛らしく私の手を抱き締めながら、なんとも辛辣な言葉をアギトへと投げ付ける。相変わらず彼には手厳しいですね、貴女は。


 そんな彼女が、いったいなんの話をしていたのかと、そんな目を私に向けるから……部隊に撤退指示を出してから、私は揺れ始める馬車の中で自分の胸の内のもやもやを打ち明けた。


「これまでに三度……一度目の、ゴートマンとの接触以後に、遠征を成功させてきました。いえ、今回を無事に帰還しない内から成功に含めてしまうのは尚早かとも思いますが……」


「ま、今回も成功で良いでしょうネ。魔獣はしっかり全部倒して、部隊に被害は出て無くて、その上で……」


 その上で……私達はここまで、一度目よりも二度目、二度目よりも三度目、そして三度目よりも今回と、順調に調査範囲を広げて来ている。


 これは、とても自然なことだろう。魔獣を駆除しながら進んでいるのだから、一度ではすべてを踏破し切れない。それをするには人数が多過ぎるし、補給が難し過ぎる。だからこそ、小刻みに前進するのだと決めたのだ。


 そして、そう決めたならば、大きな障害が無い以上はそれが成される筈だろう。そういう見積もりの上に作戦を立てているのだし、そうなっていないならそれは根本に問題があるということでもある。


 障害も問題も無いのならば、ゆっくりと……予定通りに進行するのは自然なことだ。そう……当たり前の、普通のことだ。


 だが……だが、だ。その自然なこと……普通という認識は、これが自然への挑戦であれば……ただの魔獣の群れの駆除、ただの遠征作戦であればの話だ。


「あちらには明確に抵抗の意思が……こちらを攻撃する意思が見て取れます。でなければ魔獣をわざわざ差し向けませんから」


 今は自然がもっとも不自然なのだ。自然に、順調に、問題無くことが進行したならば、明確な不利益が生じるだろう組織がある。だと言うのに、それからの抵抗があまりにも小さいのだ。


「えっと……じゃあ、これまでに戦った魔獣がアイツらの送って来た刺客じゃなかった……んじゃないですか? 普通の魔獣……野生の、隙を縫って巣を作った魔獣の群れだった……とか」


「それは無いわヨ、このバカアギト。いくらなんでも、こんなにハイペースで蹂躙されて、すぐに群れが根付くほど生き物は強く出来てないワ」


 ミラの言う通り、これが自然に発生した魔獣の群れでないことはほぼ間違いないだろう。理由はこれもまた彼女の言う通り……そして、状況的にもあり得ないと考えられる。


 一度目の遠征で、私達はゴートマンと接触、交戦している。そして、あの男は小さくない痛手を負わされているのだ。


 ならば、黙って侵攻を許す筈が無い。いや、許して良い筈が無い。抵抗する力がまったく無いと言うのならばいざ知らず、あの男と魔女とが揃ってそんな有様になっているなんて可能性は存在しないだろう。


「あの魔獣は間違いなくアイツらが送り込んでるワ。その上で、ちょっとずつ……こっちに順調さを感じさせられる程度に、奥へ奥へと配置されていル。あからさまって言葉を使うんなら、あからさま過ぎる罠とも、あからさま過ぎる陽動とも捉えられるわネ」


「何もかもが胡散臭い……ってことか。うーん……」


 胡散臭い……か。アギトのその言葉には、気持ちが良いほど納得してしまいそうになる。ただ……どうしようもなく理解し難い、あちらの想定、行動を明確に把握しづらいという意味でもあるが……


「だったら、そろそろランデルに戻る方が良いのか? こっちに時間を使わせてるかもしれないってことなら、狙いが他にある可能性も高い……って、そういう話もしてたよな」


「そうですね……補給もヨロクやカストル・アポリアからばかりではいずれ絶えてしまいますから、一度完全に引き上げるというのも手でしょうか」


 完全に……と、無意識に強い断定の言葉を使ってしまったのは、まだもやもやに対して危機意識があったから……だろうか。自分のことなのに、それも少し曖昧だ。


 通常ならば、砦に見張りと防衛の戦力を残すのが常道だろう。だが、相手は常とはかけ離れた存在だ。


 であれば、わずかほどの人員すらも失えない今、ユーゴやミラの防御の範囲外に部隊を残すのは悪手になりかねない。


 そういう理屈……思考の背景はたしかにある。あるが……それがどうにも、後付けで自分が納得したい為だけのものにも思えてしまうから……


「だったら探知の結界を張って行けば良いんじゃないのか? ミラだってそれくらい出来るだろ、今までにも散々見たんだし」


「……アンタ、私を信頼するのは良いケド、魔術を軽く考え過ぎてるのはどうかと思うわヨ。少なくとも、これだけ長く最高位の魔術を目の当たりにしておいテ」


 出来ないのか……? と、首を傾げるアギトに、ミラはため息をついた。出来る出来ないの話ではなく、勝手に出来ると思い込んでアテにするのはどうなのかと、そう咎めているつもりらしいが……ふふ。


 アギトからすれば、彼女に出来ないことは存在しない――誰かが実現させたものならば、当たり前のように自分も到達しようとするだろうと、そんな信頼があるだろうから。


「……そのくらいはわけないワ。ただ……この場合、私よりベルベットに任せるべきでしょうネ。そういうのについては私より専門だし、お爺さんにも色々習ってるでしょうかラ」


「あれ、意外だな。そういうの、自分の方が全部すごいって張り合うところなのに」


 そんな信頼に当たり前のように応えるミラに、アギトは更なる疑問をぶつけた。これは少しからかっているような意図もある……だろうが、しかし……


「個人の感情をこんなとこで優先するわけないでしょうが、この大バカアギト。まったくもう……」


 それに対して、ミラは大きなため息をつきながら鞄を投げ付けて答えた。そして、少しだけしょんぼりした顔で私に頬を寄せて……ふふ、良い子良い子。負けず嫌いは負けず嫌いなままだから、ある分野では他者に譲るのだと口にするのはやはり不満だったのだろう。


「……では、決まりですね。ベルベット殿に砦を監視する結界を張っていただき、その上で全軍をランデルまで撤退させる。っと……カストル・アポリアにも一度立ち寄りましょう。軍を引き上げさせるとなれば、本来生息していた魔獣が活発になる可能性もありますから」


 ヴェロウに限って無いとは思うが、こちらが遠征のついでに駆除しているのをアテにして、防御が手薄になったまま攻められてしまう事態に陥ったら問題だ。


 数日の内には部隊を再展開するから、その間はカストル・アポリアの周辺だけは自衛してくれと言い残して行かないと。


 もやもやも引っ掛かりもまったく解消されていない。だが……こればかりはどうしようもない、決着まで延々と付き合い続けねばならないものだろう。そんな覚悟を胸にしまって、私達は無事に砦へと帰還した。


 四度の遠征を繰り返し、これまでに被害は一切出ていない。ひとまず、この表面上の成果を喜ぶとしよう。

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