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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第一章【信じるものと裏切られたもの】
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第四十九話【大剣の少女】



 ガサガサ、バキバキ。と、枝葉を潜り、草を踏み分け、それはこちらへと迫ってくる。


 まるで魔獣の足音のようなそれを、ユーゴは人だと言った。


 もしもそうならば――

——この躊躇も恐れも無い進攻が人のものだとするのなら――

——この人物は間違いなく、こちらに気付いて敵意を振りかざして……


「――フィリア、退がってろ――」


 ユーゴが言葉にするよりも前に、私の視界の半分は兵士達によって遮られた。


 けれど、そんな彼らの肩の間からでもその姿をはっきりと捉えられた。

 林の奥からこちらへ突進してきたのは……


「――オラァア――っ!」


「――っ」


 グヮン――っ! と、空気を切り裂いて、大きな剣がユーゴの目の前を切り裂いた。

 現れたのは、彼とさほど背丈の変わらぬ少女だった。


 ユーゴと変わらぬ歳頃の、しかし身の丈よりも大きな剣を、己の腕力だけで振り回す少女。


 その姿は――服や鎧の間から見えているその肉体は、およそ子供のものとは思えない、鍛え上げられた屈強なものだった。


「――何モンだテメエら――っ! ンなとこで軍人が何してやがる――っ!」


「私達は――え、ええと……軍の……は、はい。軍のもので……」


 何者だと尋ねてから軍人だと断定するのはやめて欲しい。

 事実そうなのだけど、素性をどう明かしていいかに困ってしまうではないか。


 微妙に出鼻を挫かれて慌てる私を他所に、少女はまた剣を振りかぶってユーゴに向かって突進していった。


 少女が振り回しているものは、間違いなく剣の形をしていた。

 長く太い柄が付いていて、刀身は木の幹と見まごうほどの幅広で。

 切っ先は既にぼろぼろに削れており、およそ刺突という用途にはとても用いられようも無い形状をしている。


 間違いなく剣の形をとった、使い古された武器であることは確かだった。

 けれど――


「――っ。こいつ――フィリア、ちょっと黙らせる。襲われたんだ、ちょっとくらいは殴っても平気だよな」


「アァ――っ?! テメエ! このクソガキが! テメエみたいなチビガキがオレを殴るだァ――っ!?」


 やれるもんならやってみろよ! と、少女は怒気を発して、また剣をユーゴに向けて振り下ろす。

 剣――なのだが、しかしその在りようはまるで鈍器だった。


「――ちょこまかと――逃げ回るんじゃねえっ!」


「っ――フィリア! 早く決めろ!」


 っ。な、殴ってはいけません! と、私は慌ててユーゴにそう言ってしまった。


 傷付けることがあってはならない。争いになってはならない。

 手を取り合う障害をここで作ってはならない。

 そんな思考が優先されてしまって、目の前の状況をしっかりと把握出来ていなかったのかもしれない。


 ユーゴは苦い顔で少女から逃げ回っている。

 そんな彼に向かって、少女は容赦無く剣を振り下ろし続けた。


 剣という形に作り上げられたその鉄塊は、びゅうびゅうと風を切って地面を抉り続ける。


「――逃げんな――ガキが――っ! バカにしてんのか――っ!」


 少女の言葉に挑発の意図は無い。それは私にも分かった。

 純粋な敵意と攻撃意思、それだけがユーゴに向けられている。


「――退きましょう! ユーゴ、撤退です! この場は逃げます!」


「っ。分かった」


 戦ってはならない。攻撃してはならない。反撃してはならない。ケガをさせてはならない。

 この状況は、ユーゴにとって不利になる要素が多過ぎる。


 ならば、ここにとどまるという選択はあり得ない。


 幸い、相手の武器は超大型、こんな林の中では振り下ろすのがやっと。

 それだって太い枝にぶつかれば遮られるし、暴れられる場所は限られる。

 あんな大荷物ではロクに走り回ることも――


「――っ。フィリア! 先行ってろ!」


「ユーゴ――っ!」


――ああ、もう。どうしてこうも私には危機感と状況把握能力が備わっていないのだ。


 あんなに大きな剣を担いでいては、あの少女は木々の間を駆け回ることなど出来ないだろう。

 常識としてそれを考えたところで、しかしついさっき彼女がもの凄い勢いでこちらに迫って来たことを失念してしまった。


 ユーゴの言葉に振り返れば、剣を寝かせて――自分の身の幅に隠してこちらへ迫ってくる、狭所での戦いに慣れた様子の戦士の姿があった。


「っ。振り切るのは無理。となれば、馬車との合流など以っての外……っ。どうすれば……」


「――何を――ごちゃごちゃと――ッッ! 言ってやがんだ――ッ!!」


 ミシッ――バキバキ――っ。と、鈍い音がして、それからすぐに私はそのありさまに震えた。

 私の知っている常識など、最早この世界のどこにも通用しないのではないかと思ってしまう。


 少女は剣を振り回し、太い木の幹もろともに眼前を薙ぎ払った。

 音の正体は、剣を弾き返すことなくへし折れた、枝とは程遠い頑強な木々の倒れる音だった。


「――なんという――っ。ユーゴ! その……な、なんとかなりませんかっ!?」


 ああ……なんて、なんて情けない大人だろうか。

 それでも国の長かと毒突いてやりたい。


 あまりにも他人任せで無策な言葉に、ユーゴも苦い顔でこちらを振り返ってしまう。

 そんな余裕も無い筈なのに……?


「オラオラァ――っ! 反撃して来いよ! クソガキ! ビビッて声も出ねえかよ!」


「――ッ! フィリア! なんとかしていいんだな!?」


 で――出来れば怪我をさせないようにお願いします。と、この期に及んで私はまだそんなことを言ってしまった。

 言えてしまった。


 何か……何かが私の中で引っかかる。

 いいや、違う。むしろすんなりと……当たり前のこととして飲み込めてしまっている……?


 凄く凄く重要で、けれど当然のことがらを、私は無意識に自覚しているかのようで……


「――バカ! アホ! デブ! 分かった、やってみる!」


「――ァア――? クソガキ――テメエ――っ! ナメンのもいい加減にしろよ――ッッ!」


 ガボン――と、また鈍い音が――けれど、先ほどのものとは根本的なところが違う音がした。

 振り回された大剣によって、またしても木が倒されたのだ。


 しかし、先ほどとは違い、その幹はもっと根元の方から――へし折られること無く、根ごとひっくり返すようになぎ倒されていた。


 およそ人間の膂力では考えられない。

 この少女も、ユーゴと同じようになんらかの力を付与されているのだろうか。

 だとしたら――


「――陛下! このままでは――」


「――いえ。いいえ! もしも――もしもそうなのだとすれば――」


 ようやく自分の中にあった無意識を理解した。


 そうだ。気付いてみればこんなにも簡単な理屈だった。

 私自身が他の誰よりも理解している――私だけが唯一知っている現実。


 相手がどれだけの達人でも、どれだけの剛腕でも、どれだけの不可解であろうとも――


「――っ!? テメエ――このクソガキ――――」


「――うるさいんだよ――お前だってガキだろうが――っ!」


 びゅ――ビュァン――っ! と、剣が空気を切り裂く音が変わった。

 薄く広い刀身は、きっとただのこん棒よりも振り回しやすいのだろう。

 空気の抵抗を減らし、一直線に標的へと突き進む。


 ただしそれは、あくまでも刃筋の通った綺麗な一太刀に限った話だ。


 木々をもなぎ倒す勢いの一撃を、ユーゴは簡単にいなしてみせた。

 刃筋が目標から少しずれれば、その大きな刀身は空気の抵抗をもろに受けて進路を変更させられる。


 真っ直ぐに振り下ろされた剣がユーゴに届くことは無く、あまりに見当違いな方向に叩き付けられて少女は体勢を崩した。


 そして、彼はそれを見逃さなかった。


「――っ! ク――ソガキが――っ!」


「だから――お前だって――っ!」


 剣の鞘に巻き付けられていたベルトで少女の腕を縛り付け、そして前のめりになった彼女の身体を、全く同じ方向に突き飛ばして地面にねじ伏せた。


 斬り付けることも殴ることも無く、ユーゴは少女を見事に捕縛してみせたのだった。


「――離せ――っ! 殺す――ぶっ殺してやる――っ! このクソガキがぁあ――っ!」


「だから――お前だってガキだろ――っ!」


 少女はユーゴによって完全に拘束されている……のだが、しかしその攻撃的な口調は変わる様子も無い。

 そんな彼女に、ユーゴもついついヒートアップしてしまっているようで、お互いに大声で罵り合い始めてしまった。


「お、落ち着いてくださいっ、ユーゴっ」


「落ち着いてるよ! このデブ! アホ! 間抜けなこと言いやがって! バカ!」


 うっ。その……無能のそしりは甘んじて受けますから……た、体型のことは言わないでくださいませんか……っ。

 っと、そんなことを言っている場合ではない。


 組み伏せられて動けないでいる少女は、ユーゴにも私にも他の兵士にも、まだ攻撃的な意思を向けて睨み付けてくる。


 その膂力にはよほどの自信があったのだろう。

 押さえ付けられて動けないと分かった筈なのに、未だにユーゴを振り解こうと暴れている。


 いや、暴れようとしている……が、正しいのだろう。

 腕を縛られ、背中を押さえられ、唯一動かせる膝から下を目一杯バタつかせていた。


「手荒なことをしてしまってすみません」

「私はフィリアと申します。貴女の言う通り、私達は国軍です」

「この林を――この魔獣のいない地域を調査に来ました」

「こちらとしては、対話を望むのですが……」


「――軍がこんなとこになんの用だって言ってんだ――っ!」

「テメエ――っ。この――離せ! このクソガキ――っ! ぶっ殺す――っ!」


 あの……ですから、調査に来ているのだと……


 どうにも興奮し過ぎていて、とてもではないが会話が成立しそうにない。

 だがしかし、このまま連行しようにも、拘束具など持って来ている筈も無い。


 今はユーゴが押さえているから動けないだけで、連れて行こうと思えば当然足も封じる必要がある。

 これは……どうしたものか……


「あ、あの……すみません、お名前を教えていただいてもよろしいですか?」

「その少年はユーゴ。そして、こっちの背の高い兵士が……」


「呑気に自己紹介なんかしてんじゃねえ――っ!」

「殺す! ぶっ殺してやる! 離せこのクソガキがぁあ――っ!」


 ユーゴにも呑気という言葉には微妙に納得した顔をされてしまった。

 貴方にはこちらの味方をして欲しいのだけど……


 殺す。ぶっ潰す。グシャグシャにしてやる。

 と、あまりに物騒な言葉を繰り返す少女の拘束を解くわけにもいかず、私達はひとまず彼女が落ち着くのを待つことにした。

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