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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第四百八十七話【体勢を立て直す】



 ユーゴは自らの口から言葉にした。自分は人間を相手には戦わない……いいや、戦えないのだと。


 彼の中には人間の悪意に対する嫌悪感と、人を虐げることへの忌避感がある。だから、彼は自分よりも弱い人間を……つまるところ、この世にあるあらゆる人間を相手には、その力を振るえないのだと。


 その事実は、正直なところ強烈な痛手に思える。いや、思うまでもなく痛いだろう。だって、今までの私は彼の力をアテにして、それを主としてものごとを考えてここまで推し進めてきたのだ。


 しかしながら、無いと分かったものをアテにし続けるほど馬鹿らしいことも無い。むしろ、一度は完全に断たれた筈の希望なのだ、彼は。それが、魔獣や魔女を相手にはまだ奮起してくれるというだけで感謝しよう。


 と、そんな結論が出たのは今から少し前。そうとなってしまったならば、当面の懸念はやはりゴートマンという凶悪な人間が敵として存在してしまうことだ。


 あの男を退ける……場合によっては、殺害することによって排除すると考えれば……


「――おい、チビ。寝てないだろうな。話がある」


 どうしても、もうひとりの特別な戦力――天の勇者、ミラ=ハークスを頼りにせざるを得ない。そういうわけで、私達はまた砦へと戻り、ふたりの部屋を訪れていた。


「んむ、今度は一緒に来たのネ」


「はい、戻って来ました。また騒がしくしてしまってすみません」


 返事も待たずに部屋へ飛び込むと、そこには机に向かうアギトとミラの姿があった。どうやら、私達が居ようと居まいとやることは決まっていたようだ。


 彼らの手元には、書き込みだらけで見難くなってしまった地図があった。それの示す地点は、先日の遠征でゴートマンと接触した場所と、その周囲だった。


「……悪い、チビ。俺は……うん。やっぱりアイツとは戦えない。嫌いなやつだし、うざいのも知ってるし、倒さなくちゃとも思うんだけど……」


「分かってるワ。アンタはそれで良いノ。間違っても人を殺す覚悟なんてして来たら、思いっきりボコボコにして縛り付けてたとこヨ」


 そんなふたりを前に――すでに戦いの準備を進めている彼らを前に、ユーゴは一瞬も怖じ気付くことなく宣言した。もう、自分はあの男との戦いには加われない、と。


 それを聞いて、ミラは顔色をわずかほども変えなかった。それはとっくに織り込み済みで、その前提で作戦を立てていたところだと、そう言わんばかりに。


 ただ……それでも、アギトは少しだけ残念そうな顔をした。彼は今のユーゴを、乗り越えられる障害の前に立っているだけだ……と。行き止まりではなく、進化の予兆を前にしているのだと評していたから。


 そんな彼からは、その決定はもったいないものに思えるのかもしれない。勇気を持って一歩踏み出してみたならば、その先ではあのゴートマンすらをも無傷で制圧してしまえる強さを手に出来るかもしれないと、彼はそんな未来を語ってもくれたから。


「……その代わり、魔女との戦いではしっかり役割を果たしなさいヨ。どっちが先になるかは知らないケド、私の奥の手はゴートマンを倒す為に温存しなくちゃならないし、一度見せたなら次には効果があるかも分かんないんだもノ」


「分かってる。アイツを倒すのはもともと俺の役目だし、アイツには返さなくちゃならない借りが山ほどあるからな。代われって言われても代わるつもりは無い」


 おっと。アギトの様子に気を向けていると、ミラの口から頼もしい言葉が飛び出したではないか。


 ゴートマンを打倒する為の秘策がある。それを感じ取ったのだと、ユーゴは先ほど私に説明してくれた。だからこそ、私が首を突っ込むべきではないだろうと。


 そう言えば、今朝にもミラは私に話を聞かせてくれたな。ゴートマンを倒すだけならば、自分ひとりでも問題無いだろう、と。


 しかしながら、ゴートマンの背後に存在するであろう何かについて探りを入れる為、この戦いよりも先の問題に警戒する為に、先日の戦いでは決着を急がなかったのだ、と。


「……あの、ミラ。その奥の手というものは、私達に説明していただけるものなのでしょうか。それとも……」


 そんな彼女の言葉を疑うつもりは無い。無い……が、しかし安心は手に入れたい。


 具体的な作戦を理解していれば、ミラの能力と照らし合わせて、どの程度までの問題を排除出来るのかと計算することも出来るだろうから。だが……


「……説明……はちょっと難しいわネ。特別なことをするつもりは無いもノ。ただ、個の戦力を比べ合ったなら、アイツより私の方が強イ。その事実を押し付けていれば、自ずと私が勝つでしょうかラ」


「魔術や武術など、戦闘におけるあらゆる要素を総合した際に、あの男よりも貴女が勝る……のならば、勝敗は自ずとその通りになるだろう……と」


 う、ううん……思っていたよりも安心出来る情報は開示されなかったな。自分の方が強いのだから、戦えばきっと自分が勝つだろう……か。


 しかしながら、そんな言葉の後ろに……隠している部分に、何かまだ私達にも見せていないものを持っているようにも聞こえた。何も無いのならば、説明は不要だと断言してみせる。それが彼女らしさだと思うから。


「それでも作戦はちゃんと考えような。それと、お前はそういう時に限って妙に勝ち運無いから、余裕ぶっこくのはやめとこ――痛いっ!」


「ふしゃーっ! バカアギトのくせに何を生意気なこと言ってんのヨ!」


 そんなミラに渋い顔をしたのは、なんだか苦い思い出がいくつもありそうなアギトだった。これまでにも慢心がきっかけで酷い目に遭っている……のだろうか? 彼女は警戒心の高い方だと思うし、あまり悪いイメージは湧かないが……


「どうどう、落ち着いてください。ミラの強さ、頼もしさについては私も重々理解しています。それでもアギトの言う通り、作戦は重要です。これより北では私達も地形を把握出来ていませんから。さしもの貴女とて、魔女の力で呼ばれる魔獣は予知出来ないのですし」


「がるるるる……んむ、分かってるワ」


 警戒心の高さも、その対応能力の高さも理解している。その上で……やはり、彼女とて対処に困る問題が少なくないのも事実。あの無貌の魔女やゴートマンを相手にする以上はどうしても。


 たとえば、彼女がまったく知らない地形に誘い込まれたとする。そこへ大型の魔獣を矢継ぎ早に投入されればどうなるか。


 もちろん、ミラの力があれば問題無く対処出来るだろう。だが……それはつまり、見てからの対応を要されるという意味でもある。


 そうなれば、ミラは次の一手を――攻め込む為の一手を考える暇も、実行する隙も与えて貰えない。


「貴女の力を脅威と判断し、孤立させ、足止めを目的とするのならば。それで十分な成果が挙げられてしまうでしょう」


「そうネ。魔獣くらいは簡単に蒸発させられるケド、蒸発させ続けなくちゃならないとなればそれは問題だワ」


 魔人の集いの目的は依然不明なまま。アンスーリァそのものを転覆させるつもりなのか、あるいは人類という規模で害を与えようとしているのか。はたまた、現王政を憎む心があるだけなのか。


 動機も目的も分からない以上、以前聞かされた話を――ひとり目のゴートマンの頼みによって私を殺そうとしているという事実だけをアテにすべきだろう。そして……


「ミラの足止めに成功したなら、あちらは目的の達成を急ぐ筈。それはつまり、今までには無かった本格的な侵攻が始まりかねないという意味でもあります」


「……ミラが釘付けにされたら、その時点で一気に終わっちゃうかもしれない……のか。目的がフィリアさんだけなら俺とユーゴとベルベット君で守ることも出来る……けど……」


 その事実だけを前提としたならば、あの魔女は指示によって破壊行動を繰り返し得るという判断をすべきだ。


 私を狙えば、ユーゴとアギトが魔女を迎え撃つという構図が描けるだろう。だが……もしもあのゴートマンから別の指示が……頼みか、あるいは命令が出ていたならば……


「アギト、ミラ。そしてユーゴ。貴方達は誰ひとりとして欠いてはならない……孤立も許されないと考えるべきでしょう」


「んむ……となれば、やることは今のところは変わらない……のかしらネ」


 そういうことになるだろう。初めの指針通り、敵との接触があるまでは北方へ進み、交戦となればすぐに撤退準備を始める。わずかずつ、一歩ずつ前へと進み続ける。仔細はずいぶん変わってしまったかもしれないが、根本的な方針は一切変わらない。


「それで、次はいつ出発するんだ? 補給とか連絡とか終わったらすぐ行くんだよな?」


「はい、その予定です。ただ……もし、これから数度の遠征でゴートマンや魔女が姿を現さなければ、一度ランデルへ戻ることも考えるべきかと」


 私の言葉に、ユーゴは少しだけ首を傾げた。今になってどうしてそんなに下がる必要があるのか……この場所ですべて解決出来るように準備して来たのではなかったのかと、そう問い詰めたそうな顔をしている。


「無難な判断ネ。もしアイツらが一度も姿を見せないようなら、こっちの戦線は放棄して他を狙ってる可能性も考慮すべきだもノ。となれば、一番守らなくちゃならないランデルへは足を運ぶ必要があるワ」


「はい、その通りです。あちらの狙いが分からない……そして、こちらの狙いに気付いていないとも限らない以上、後方確認は欠かしてはならないでしょう」


 連絡隊を向かわせるだけで良いのならそれでも構わないが……しかし、あちらへこちらへと部隊を遣わせられるほど人員も豊富でない以上は仕方あるまい。


 ミラの説明にユーゴはどこか不服そうに納得し、そしてまた私達は地図の上へと視線をやった。


 警戒すべき地点――罠を張られている可能性があり、誰かを孤立させられかねない地点がどこにあるかと、せめて古い地図の上で位は確認しておこうと。

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