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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第四百七十八話【向いてない】



 ゴートマンとの戦いにおいて、ユーゴは戦力として考えない。ミラは真剣な表情でそう言った。


 私にはその意味が分からなかった。分かりようがなかった。


 ユーゴの強さは私が一番知っている。もちろん、その弱点も、脆さも、すべて理解しているつもりだ。


 その上で、彼の力は絶対に必要になるだろう……と、そう思っていた……のだが……


「……ちょ、ちょっと待てよ、ミラ。俺が前に出る……俺も一緒にってのは分かったけど、ユーゴと交代ってのは違うだろ。っていうか……そ、それは流石に無理だろ。そりゃ……俺だって勇者なわけで、頑張りはするけど……」


 俺とユーゴじゃ比べるまでもないし、実際に比べて目の前で結果も見てるだろ。と、アギトは困った顔でミラに尋ねた。


 比べるまでもない……という言葉に、私から同意するのは少し気が引けたが、しかし心の中では頷いてしまわざるを得ない。


 それに、実際に戦って決着も付いている。アギトはどれだけ魔具を使っても……ミラの力を借り受けても、ユーゴには勝てなかった。


 それでも、アギトを戦力として計算することに不思議は無い。魔具を駆使した戦いぶりについては信頼出来るし、それに経験自体は豊富な方だ。


 ただ……本人も言う通り、ユーゴの代わりに……というのは、どうしても……


「……はあ。このバカアギト。アンタの方がまだマシだからこんなこと言ってんじゃないノ。本当に飲み込みが悪いって言うのか、理解力に乏しいわネ」


「うぐっ……う…………ううぅ……ぐすん」


 あ、ああっ……ミラが今まででもなかなか見ないくらい辛辣な言葉をぶつけたから、アギトもついに堪えられなくなって泣いてしまった。その……かわいそうだが、今はそれに構っている時間も無い。申し訳ないが、代わりに私から尋ねよう……


「ミラ、私からも説明を求めます。アギトの力はたしかです。ですが、単純な戦闘能力について、ユーゴに勝るとは思えません。その……貴女との連携がスムーズだから……という理由ならば……」


 それならば納得も出来る……いや、それでも少し難しいか。どれだけ意思疎通を潤滑に行えたとしても、個々の能力が下がってしまっては意味が無い。部隊として、軍として戦うのではなく、個人が個人と戦う以上は。


「バカアギトとじゃ連携なんて無理ヨ。私の戦い方を一番知ってるかもしれないけど、付いて来られるかどうかは別問題だもノ。今までだって、基本的には背中に隠して戦ってきたんだかラ」


「ふぐっ…………ぐすん……ぐす……そりゃそうだけど、だったらどうして俺が前なんだよ……」


 またしても切れ味鋭く放たれた辛辣な言葉に、アギトは膝を抱えて塞ぎ込んで、ぼそぼそと呟くように文句を言った。言ったが……ミラはそんなものをまったく気に留める様子も無い。その……仲良し……でしたよね、貴方達は……


「さっきも言ったデショ。アテが外れたのヨ。こんなバカアギトでも、まだマシだって思えたノ。ゴートマンと戦うとなったら、ユーゴは役に立たないワ」


「……っ。その……それは、実際に戦ってみての実感……なのですよね。それはいったい何に起因するのでしょうか。私達はあの戦いを最後まで見てはいませんし、理解も出来ていませんでしたが……しかし……」


 しかし、ユーゴの力が不要だなんて……役に立たないだなんて、まったく納得出来ない。だって彼は、海中に潜った魔獣さえ両断するほどの力を持っているのだ。


 そして、ゴートマンとの戦いにおいて必要なのは、魔術に頼らない戦闘能力の筈。ミラとあの男の魔術が相殺されている間に、武力に依って打倒することが勝機である……と、私からはそう見えたのだが……


 私の問いに、ミラはふうとため息をついた。そして……彼女の視線が私にもアギトにも、あろうことかユーゴにも向いていないことにやっと気が付いた。


 彼女は何を見ているのだろうか……と、その先をじっと辿ると、そこには……何も無かった。ミラは少ししょんぼりした顔で、壁を……あるいはその先、何も無いところをじっと見ていた。


「……自覚、あるんデショ。だったら黙ってないで何か言いなさいヨ」


「……自覚……? そうです。ユーゴ、貴方からは何か言い返さないのですか? 普段なら、すぐに怒って拗ねているところなのに……」


 誰も拗ねてないだろ、いい加減なこと言うな。と……そう怒られるかなと思っていた……のに。ユーゴは私の言葉にも、ミラの言葉にも反応を見せず、俯いて黙っていた。


「ま、ある程度は想像してた……してなくちゃいけないことだったとは思うワ。そういう意味で、私にも責任はあるでしょうネ」


「お、おいおい。ちょっと。さっきから微妙に言葉濁しっぱなしだけど、もうちょっとちゃんと説明してくれよ。ユーゴの何がいけないんだよ。すごいだろ、ユーゴは。俺よりずっと強い……いや、もしかしたらもうお前より……」


 強くても戦えなくちゃ意味が無いワ。と、ミラはアギトの言葉に食い気味に反論した。戦えなければ……? それは……その通りだが、しかしそれはどういう……


「……ユーゴはゴートマンと戦えなかったのヨ。ううん、違ウ。きっと、魔獣とだって戦える精神構造をしてなかっタ。戦うとか殺すとか、そういうのと無縁な生き方をしてきたんだもの、当たり前なんだけどネ」


「戦いと無縁な……それは……っ」


 生前の……この世界へやってくる前の、召喚される前の生活を指している言葉……なのだよな。そんなミラの説明を受けて、私は……少し、胸の奥に嫌な熱を感じた。


「……いやいや。ちょいちょい。ミラちゃんや、それはおかしいでしょうよ。そんなこと言ったら、俺だって同じだろ? だって、同じ世界で生きてて……いや、俺の方があっちには長くいたわけだから……」


「だから、そのアンタと比べても、もっと向いてないって話をしてんのヨ。本当に飲み込みが悪いわネ」


 ミラの追加の説明に、アギトはもっと首を傾げて困り果ててしまっていた。アギトと比べても、より戦いに向いていない精神をしていた……か。


 その説明に、私は少しだけ……ほんの少しだけ、納得していた。もちろん、アギトの在り方について完全に把握しているわけではないから、比較して……の部分についてはなんとも言い難いのだが。


 私は以前から、ユーゴは心の優しい子だと思っていた。そしてそれは、きっと事実なのだ。


 私の前でだけ、人の前でだけ優しさを見せるのではなく、誰も見ていないところでも他人の為に奮い立てる子なのだと、そう思っている。


 だから、普段から彼はある言葉を口にして、自らへの戒めとしていた。強い力を手にしたからには、その使い方を間違えたくない。もしも間違えてしまえば、自分はただ怖いだけの存在になってしまう、と。


 彼のその考え方は、優しさが根っこにあるから……人を思いやる心があるからだと思う。それに、彼はいつだって私を……大勢を、なんだかんだと言いながら気に掛けて、誰かが傷付けばそれに怒り、悲しんでいたのだ。


 そういう意味で、たしかにユーゴは戦うことに向いているとは言い難い。それは理解した。だが……


 アギトよりも……というのが、どうにも引っ掛かった。もちろん、アギトの勇敢さは知っている。


 けれど同時に、彼もまたユーゴと同じ世界に生まれ、育ち、そして今も生活を送っている。


 そんな彼ならば、むしろユーゴよりも戦いに向いていないと考えるのが普通……だと思うのだが……


「たしかにアギトも向いてるとは言い難いワ。人を思い遣り過ぎるし、他人の悪意に対して過敏だもノ。でも……バカアギトは、他人の好意に対しても敏感だかラ。だから、そういったものの為に奮起することが出来ル…………時もあるのヨ」


「そこは言い切って欲しかったなぁ、お兄ちゃんは。でも……うん? そんなの、みんな同じだろ? お前だって、マーリンさんに期待されたらいっぱい頑張るし、マーリンさんに頭撫でられれば喜ぶし……」


 アギトの言葉に、ミラはまたしても大きなため息をついた。話が進まないから黙っていろ……と、いつかそう言い出しそうなくらい怖い顔をして。その……もっと仲良し……でしたよね……?


「それが希薄だって……ユーゴにはそういうのが薄いんだって言ってんでしょうガ。ほんっとうに話の通じないバカよネ」


「うぐっ……バカ……いやいや。お兄ちゃんへの言葉遣いは今は不問とするとして、えっと……ユーゴにはそれが無い……いや、薄い……ってのは……」


 どういうことだろうか……? アギトと共に私も首を傾げれば、ミラは困った顔でこちらへと近付いて来た。しょうがない、説明をしてあげよう。と、そんな顔をして。


「事情は知らないワ。でも……ユーゴは他人の悪意に対して警戒し過ぎてル。ヴィンセント……だったかしラ。あの子と同じでしょうネ。他人は自分を害するものだって前提が内側にあるんじゃないノ?」


「他者は自分を害するものである……ですか」


 ミラの口から飛び出した名前は、南部の都市のひとつであるサンプテムの……その街を治めるイリーナの側近を務める少年のものだった。


 イリーナは彼を王の器であると称した。その理由のひとつとしてあるのが、彼の思想……他者は必ず自らを害する存在となり得るもので、そうならぬ為の振る舞いを心掛けるべきだと、そんな考え方こそを相応しいと言っていた。


 ユーゴの中にもそれに近い考えがあって……それが理由で、アギト以上に戦うことに向いていない……と、ミラはそう言っているようだ。


 その説明を受けて……も、私はまだ納得出来なかった。ただ……こうまで言われて、戦線からも退かされてなお、当の本人が何も言い返さなかったから……


 私はただ、黙ってミラの言葉を受け入れるしか出来なかった。信じ難くとも、受け入れ難くとも。

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