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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第四百七十七話【肩すかし】



 ゴートマンとの交戦からしばらく、私達は全員揃って――部隊の誰ひとりを欠くことも無く、ダーンフールの砦へと帰還していた。


 殿しんがりを任せたユーゴとミラについても、ベルベットの機転によって無事に合流出来ている。


 文字通り、一切の被害無く撤退を完了した。これは、何よりも喜ばしく、何よりも希望を抱ける結果だろう。


「……はあ。ありがとうございます、ベルベット殿。貴方のお陰で……と、私からでは伝わりませんね。ミラ、通訳をしていただけませんか」


 そんな結果を前にしたわけだから。私はまず、ベルベットへの感謝を伝えようと……言葉の通じない彼に謝辞をと思い、ミラに通訳をお願いした……のだが……


「いらないわヨ、今更そんなノ。もともとそういう予定でいたんだかラ」


「え……? もともと……ですか?」


 ミラは私の言葉に首を横に振って、そして……アギトに頭を叩かれ……叩……撫でられて、言葉遣いをちゃんとしなさいと怒られた。っとと、そうだった。皆のいるところでは背筋を伸ばすと約束をしていたのだった。


「こほん。その……撤退に際して、ベルベット殿の力は必ず信頼出来ると、そう進言を頂いていましたから。しかし……彼の単独行動、それに貴女やユーゴが部隊から分離させられてしまう状況については、何も想定は……」


 もちろん、まったくしていなかったわけではない。ただそれでも、相談はされていなかった。


 ミラならば何か策があるだろう、孤立しない手段を備えているのだろう……と、そんな風に勝手な思い込みをして見落としてしまっていた……のだろうか。


「出発の時点で、ベルベットには指示を出してありましタ。場合により、私が部隊と孤立して戦場に残るとなったラ、連絡役としてどちらへ動く準備もしておくようにト」


「連絡役……それは、ええと……」


 部隊とミラとを繋ぐ役割……と、言葉通りに受け取って良いのだろうか。しかし、それだけの役割ならば不要にも思える。だって、彼女は離れていても私達を見付けられるし、合図を出すことも可能なのだから。では……


「魔女との遭遇となれば、ベルベットには部隊のすべてを脱出させる仕事を任せると、陛下にはそうお伝えしていたかと思いまス。ですがそれとは別に、彼には別の役割を……別の状況下での仕事を任せていましタ」


 やはり、ただ意思を伝達するだけの役目ではなかった……と、ミラの口から説明されると、なんとなくだが……うん、なんとなく。気の所為かもしれないが、彼女とベルベットとの間にある絆が……術師としての気遣いが感じられた。


「ベルベットの力が必要になる……私ひとりでの対処が不可能になるとすれば、それはあの男……ゴートマンの能力が想定を越したものであった場合に限られまス。その状況下では、私が部隊に同行しての撤退は難しいだろう……と、それも考えられましタ。ですので……」


「……ベルベット殿には部隊の撤退を補佐させつつ、それが可能だと判断した時点で貴女との合流を目指すようにと指示していた……と?」


 であれば……なるほど、一切の嘘は無かった……というわけか。私が納得すると、ミラはぺこりと頭を下げた。謝罪の意思はある、と。


 ミラはきっと、ベルベットの力を……術を、自分の口から説明し、それを作戦に組み込むことを嫌ったのだ。これは、友軍として……私の指揮下に加わって作戦を行うひとりの戦士としては、とても褒められたことではないだろう。


 だがそれでも、ミラはそうした。そうすべきだと判断した。それは、彼女もまた魔術師だからだ。


 魔術師は自らの研究を秘匿するものである。何故ならば、それは自らが懸命に積み上げた可能性であり、同時に術の最奥へと至り得る手段だからだ。それを他者に言い触らすことは、絶対に許されないことだろう。


 だから、ミラはベルベットの力を説明しなかった。出発前にも、彼が頼りになるとだけ教えるだけで、具体的なことは何も紹介されなかった。それと同じ事情だろう。


「……事前の報告、相談が無かったことは問題ですが、しかし無事だったことを喜びましょう」


 だから……うん。この件を必要以上に追及したり、咎めたりはするまい。もっとも、すべてを見逃すというわけにはいかないから。皆の手前、締めるべきところは締めなければならないし。


「貴女への罰については追々考えるとして……さて、のんびりしている時間はありませんね。ヘインス、部隊を招集してください。このダーンフールの砦にて防衛戦線を築きます。次回の出発までの間、魔獣か、あるいは魔人による追撃が無いとも限りません」


 さてと。撤退出来たことに喜ぶのも、ミラの勝手に感心するのももう終わったことだ。


 全員の無事が確認出来た以上、この後には予定通りの行動が待っている。


 具体的には、このダーンフールでの防御力の強化……部隊の再配置、物資の確認、補給。必要ならば、カストル・アポリアやヨロクにまで連絡部隊を送らなければならない。時間は無駄に出来ない。


「各部隊について、装備の損耗状態も確認しておいてください。明日、まとめて報告を。それから……」


 追手があるかどうか、偵察を出すか否か……。悩ましいところだが……今は人員をひとりでも失いたくない事情がある、慎むべきだろうか。


 以前ならば、こういう時にマリアノさんが単独での調査、偵察をこなしてくれた。もっとも、それについて私から指示を出した覚えも、止める権利があった覚えも無いのだが。


 しかしながら、今はそういうわけにもいかない。ミラにならば同じ役割を任せられるが、あの頃とは事情がすっかり変わってしまっているわけだから。重大戦力を欠きかねない愚は冒すべきでない。


 となれば、やはりこの砦の内側で出来ることを……と、騎士達に指示を出してしばらく、ひと通りの役割を割り振ったところでミラに手を引かれた。どうやら相談があるようだが……


「……では、部屋へ向かいましょう。貴女からの相談について、今までに他言出来たものはごくわずかだったように思えますから」


「ご配慮ありがとうございまス、陛下」


 その表情は、どこか浮かないものだった。


 先ほどまでは、帰還と無事の安堵に少し緩んだ顔をしていた。それと、罪悪感から来る神妙な面持ちも。


 しかし、今はそのどちらとも違う。どこか切羽詰まったような、息苦しさを感じている顔だ。


 この様子は少し珍しい……今までに彼女から感じたことのないひっ迫感だ。もしかしたら、ゴートマンとの戦闘で何か重大な問題が発覚した……のだろうか。それを部隊には悟られぬように相談したい……とか……


「……さて。何があったのでしょうか。貴女がそんな目をするのは初めてに思えますが」


 胸の内にやや暗い不安を抱き、私達は砦の中の一室へと移動した。私とミラと、ユーゴとアギトの四人で。この人数、人員についても、ミラから指定があったから。


「……ちょっとだけ、想定外のことが起こってるワ。ゴートマンについて、今回で倒せるつもりでいた……んだケド……」


 倒す算段は立っていた……と、ミラはあの男を議題に挙げてそう言った。


 勝算はあった、か。やはりあの振る舞い……魔術での勝負に固執させ、追い詰め過ぎないように攻撃を加減していたのは、やはり策だったらしい。


 しかしながら、それに問題が発生した……と。その言葉の通り、あの時あの場では決着を付けられなかった……戦闘のさなかに撤退を余儀なくされたのだから、それは説明が無くとも察することは出来るが……


「……ふー。ま、あんまりこういうこと言いたくなかったんだけどネ。アテが外れた……とでも言うのかしラ」


「アテが外れた……ですか? それは……ええと……?」


 何かを期待していた……からこその言葉だろうから、ええと……? この状況、事態、戦力について、新たに加わったもの……新たに計算に加えたものが、想定とは違った……と、そういうことだろうか。


 であれば……それはもしや、ベルベットのことだろうか。とすれば……ううん、彼女は彼に対して多くを求め過ぎていた……と言わざるを得ないだろう。もちろん、それだけの能力があることは私から見てもたしかなのだが……


 彼には多くの役割を担って貰っていた。それは事実で、それ以上の何かを背負わせようと思ったなら、いくつかの役割を誰かが肩代わりせねばならないわけで……


「……アギト。次にアイツが出てくるようなら、アンタが前に出なさイ。不本意だし、不安しかないけど、それでもいくらかマシになる筈ヨ」


「……えっ? お、俺が……前に……お前と、並んで…………」


 そうヨ。と、ミラが答えると、アギトはしばらく考え込んで…………そして、ガタガタと震えながら、任せろ……と、言いたげな、ぶつ切りの音を口から発し続けた。い、いくらなんでも緊張し過ぎではないだろうか……


「……っと。待ってください、ミラ。アギトの力について……彼の在り方、そして今の彼が担っている役割について――魔女への牽制役という重大な意味について、以前にも説明して貰ったことがありました。そのことを鑑みれば、彼を最前線へ送り出すのは……」


 とてもではないが、危険極まりないだろう。少なくとも、魔女を相手にする時までは控えさせておくべきだ……と、以前には彼女もそう考えていた筈だが……


 私がそれを尋ねると、ミラは大きなため息をついた。そうもいかなくなった……と、そう言われたようだったが……


「言ったでしょ、アテが外れたのヨ。接近戦でアイツを叩き潰す戦力が足りてなかっタ。だから、次からは私とアギトでアイツを叩ク。魔獣だったら私ひとりで良いし、魔女が出てきたらどっちにせよ引っ張り出すしかないんだけどネ」


「ま、待ってください。たしかに……その……貴女とユーゴのふたりだけに大変な役割を任せ過ぎてしまっているような気もします……が……?」


 ミラの言葉に反論しようとして、そして……私はそこで、また別の疑問に言葉を遮られた。


 ミラと……アギトで、ゴートマンを倒す……? その言葉は、説明は、算段は、何かが抜け落ちているような気がして……


「――そうヨ。ゴートマンには私とアギトだけで対処するワ。ユーゴは後ろに退かせて、部隊と合流させた方が良いでしょうネ」


 私の疑問に――口にしてもいない問いに、ミラは答えをくれた。そしてそれは、とても信じ難いものだった。少なくとも、私には。

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