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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第四百七十六話【泥】



「――――九頭の龍雷(ヒドル・ヴォルテガ)――――ッ!」


 少女の言霊と共に、雷光が空を照らした。青白い激しい光が、すぐそこの空を眩いほどに照らし出したのだ。その光景を、ありありと。


「――っしゃぁああ!」


 少女の叫び声と共に、光は振り払われて切り裂かれた。もちろん、彼女が光に触れたわけではないと――本当に切り裂いたわけではないと理解している。けれど、少年にはそれがそう見えて、そう思えた。


「――素晴らしい――っ! 素晴らしい! ああ! なんと素晴らしい! やはり貴女は卓越している! 高位な天術師であり、その才に見合わぬ謙虚さも持ち合わせておられる! だと言うのに――っ! 傲慢にも天へと昇ろうともがいてもおられる!」


 男の声は、少女の背中の更に向こうから聞こえて来た。ゴートマン――と、そう呼ばれ、呼び、名乗られて、敵対することを決意した男。人間……だと、少年が思っているもの。


「傲慢はどっちヨ――っ! 魔女の力――マナへの干渉、理解、利用――っ。そんな力に手を染めたお前が、誰を不遜と嗤おうってのヨ!」


 人間……だと思っていたもの。しかし今、その背中には大きな翼が生えている。カラスのような、黒く艶のある大きな翼。いつか吸血鬼を名乗る男の背中に見たものとは違う、小さな羽根の集まったものだった。


 けれど、その男は人間ではないとも思えなかった。先ほどまで勇者と呼ばれる少女に蹂躙され、命乞いもせずに虚勢を張り続け、そして自らの理ばかりを言葉にしていた。そんな有様を、少年は何よりも人間らしいと思ってしまっていた。


 また――言霊が響いた。少女の言霊と、それを真似る男の言霊だった。それらはまったく同じように雷電を召喚し、まるで紐の付いた玩具のように自在に操って、互いに向かって撃ち放たれる。


 およそ人間の技とは思えなかった。およそ人間の所業とは思えなかった。およそ人間に向けて良いものだとは思えなかった。


 少年はその戦いを前に、強い猜疑心を抱いていた。これは本当に人間同士の争いなのだろうか、と。


 かたや翼を持つ男。かたやそんな空の領域に跳び上がって戦う少女。ふたりの行使する魔術と呼ばれる技とは関係無く、目の前の存在が人間であると肯定する要素がどんどん削られていくような、そんな錯覚に陥って……


「――ユーゴ――っ! ぼさっとしてんじゃないわヨ!」


「――っ! う、うるさい!」


 突然……いいや、本来は急なことでもないのだが、少年は声を掛けられて驚いてしまった。まるで身構えていないところに怒声が飛んで来たから、当たり前に。


 彼はそれを……自分が驚いたことにこそ、何よりも驚いていた。自分は戦っているのだ。自分が戦っているのだ。自分も間違いなく、目の前のふたりと同じ戦いに加わっているのだ。そんな自負があったから。


 魔術というものは理解し難かった。けれど、把握はしていた。


 翼があることは許容し難かった。けれど、認識はしていた。


 そんな存在に立ち向かうことは納得し難かった。けれど、自らも――と、憧憬の念を抱いていた。


 ふたりの放つ魔術というものを、見て、知って、そして回避することが可能だと思った。そして、実行も既にしていた。彼はこれまでに、組手での戦果も含め、幾度かその術を回避していた。雷光を――雷を、目で追える筈の無いものを。


 そして、空を飛ぶ存在を蹴落とす手段を手にしている実感もあった。大海の底に潜む怪物を断ち割ったその時から。


 だから、その戦いには自分も付いて行けるのだと、参加出来るのだと、そして……自分こそが勝利を手に出来るのだと、そう自負していた――つもりだった。


 けれど……


「――爆ぜ散る春蘭(オクト・エクスルーダ)――」


「――輝けるは地脈の賢人アルカマスタ・ウィル・ホピア――ッ!」


 男の言霊と共に火球が現れ、少女の言霊と共に消滅する。ほんのわずかな間のやり取りを、少年はただ見守っていた。見守るしか出来ないでいた。


 自分はこのふたりに対して後れを取っているわけではない。決して、敵わない存在ではないのだ。


 自分の力はこの世界において最大の強さを手に入れるというもの。そういう結果を――望んだ限りで無尽蔵に力を手に入れられる、女王より賜ったもの。


 絶対に、自分の方が強いのだ。彼は何度も何度も胸の内で叫んで…………そして、立ち尽くした。


 少年にはそれが何故だか分からなかった。経験したことが無かったから、どこから理解すれば良いのか分からなかった。


 いつか、大勢を背に魔女という存在と戦った時、こんなことは起こらなかった。自分の手のひらに収め切れず、守り切れず、力の差を実感してしまっても、こんなことは起こらなかったのに――


 少年は立ち尽くしていた。勇者の力と悪の力が拮抗しているように見えるその場で、立ち尽くして…………




 ミラとゴートマンの戦いはまったく見えなくなってしまった。そうなってから、またしばらくの時間も経ってしまった。


 林を抜け、獣道を抜け、そしてあの大溝を乗り越え、そして……私達は無事、ダーンフールの街……砦にまで戻って来た。たったふたりを欠いた状態で、被害の一切を受けることなく。


「……待ち伏せは無かった……罠も、魔女も、何も。ゴートマンはあの場で迎え撃つ準備だけをして……いえ。準備が無かったからこそ、ああして自ら迎撃に出るしかなくて……?」


 無事に帰って来られた。ユーゴとミラのお陰で、ゴートマンとの遭遇からしばらく経った今も、こうして無事に砦まで全員が帰還出来ている。


 その事実は何よりも喜ばしく、そして誇らしい。計画通りにことが進んでいるという意味でも、これは大きな戦果と言えるだろう。だが……


「……ふたりは……っ。アギト、ふたりがこちらへ合流しようとする姿は見えませんでしたか……?」


 だが……っ。喜ぶべきこの場に、ユーゴとミラの姿が無い。まだ、ふたりは戻っていない。


 戦いはまだ終わっていない。この遠征が成功だったのか否かは、まだはっきりとしていないのだ。


 一歩ずつ進むのだと決めた。一度の遠征ですべてが解決するなんて都合の良い考えは持たず、少しずつ成果を挙げるのだと。


 魔女が現れようとも、魔獣が現れようとも、迎撃を確認したならばすぐに撤退する……撤退し、立て直し、そして再度の進行を可能にするのだと、そう決めた。


 それは成せた。誰も欠かずに――ベルベットのお陰で、部隊の誰にも被害を出さずにこうして帰って来られた。ただそれでも、ユーゴかミラのどちらかを欠いた時点で、私達は……


「……大丈夫です。アイツは絶対に帰って来ます。そして、一緒に行った仲間がいるんなら、そいつも絶対に連れて来ます」


「……アギト……」


 私の不安に、アギトは胸を張ってそう答えてくれた。その言葉に、ヘインスらも揃って頷いていた。


 けれど、誰の目にも不安はあった。


「……っ。一台だけ、馬車を戻しましょう。アギト、ベルベット殿と共に付いて来てください。ふたりを迎えに行きます」


「っ! はい! 任せてください!」


 その不安は払しょくせねばならない。そして、その役割を背負うことこそが私の使命だ。その思いから、私はアギトに提案した。


 だが……そんな私と、私に賛同してくれるアギトを、騎士達は咎めた。それはならない、と。言葉にはせず、前に立ちはだかる形で。


「ヘインス……っ。ミラの強さは理解しています。ですが、この状況でじっとしているわけにも……」


「行かせられません。たとえ陛下のご命令があろうと、この時この場から、誰ひとりとして戦場に戻らせるわけには参りません」


 私達の前に立ちはだかったヘインスは、私が何を言うよりも前に頭を下げ、それを拒んだ。馬車は出さない、誰も戻らせない、と。この瞬間にこの場所にいる全員を、砦から外へは出させない……と……


「……? この場……この……時……? ヘインス、それは……」


 ふと、ヘインスの言葉に違和感を覚えた。いや……そんなに大きなものではないが、引っ掛かる部分があったのだ。


 もちろん、その言葉に虚飾は無いだろう。そうは言うが、しかし押し通されたとあれば見過ごさざるを得ない……なんて、忖度した言葉というわけでもない。ただ……この場において、わずかだけ隙のある文言に思えたのだ。


「……っ! ベルベット……アギト、ベルベット殿はどこへ⁉」


「えっ…………あっ⁈ い、いない……もしかして……っ!」


 “この時”よりも前、“この場”でない場所からならば、合流を不許可としない。言い掛かりにも等しいそんな言葉の隙を見付けられたのは、たったひとり、言葉も常識も通じない少年の姿を見付けられなかった瞬間だった。そして――


「――ぷあぁ――っ! ぺっ! ぺっ! 泥臭イ! 土臭イ!」


「――ミラ――っ!」


 それを理解してすぐ……きっとそのタイミング自体は偶然だろうが、しかし間の良いところに、ミラが姿を現した。地中から勢い良く飛び出して、泥だらけの身体を振るって土を飛ばして……


「ぺっ。チビ、うるさい。土の中にまで響いてたぞ」


「誰がチビよ誰ガ――っ! ふしゃーっ!」


 ユーゴもその後に続いて顔を出し、そしてふたりが浮上した後にベルベットも姿を現した。どうやら、私達が不安に駆られながら逃げているさなか、彼だけは冷静にふたりとの合流方法を考えていた……ようだ。



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