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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第四百七十二話【力比べ】



 あまりにも原始的な音だった。そして、あまりにも原始的な理屈だった。


 ミラの魔術をも模倣する男、ゴートマン。その力の高さは、二度の遭遇で――大きな被害を受けていないにもかかわらず、そのわずかな接触だけで嫌と言うほどに理解した。


 あの男は、魔術師としてはミラをも上回る存在である。そして、それが意味するところは……


「――――あの――バカ――っ」


……その気になれば、地形ごとすべてをせん滅し得るのだと。少なくともミラがそうであるように、生き物に対しては絶対の強さを誇るのだと、そう思っていた。だが……


 その男が――最大の脅威のひとつであるゴートマンが、あまりにあっけなく殴り飛ばされる瞬間を目の当たりにした。防御も反撃も無く、ましてや一方的な制圧などはまったくもって見当違いだと、自分の勘違いを突き付けられた気分だった。


「――っしゃぁああ!」


「――――っ。ぐ――――」


 死ぬまで殴れば死ぬ。ミラはそんな言葉を……理屈と呼ぶにはあまりに粗野で、乱暴で、そして筋の通らない暴論を叩き付けながら、固く握った拳を振り回す。


 それに対して、ゴートマンは何も出来ないでいた。そう、何も。逃げることも、防御することも、何も。


「――っ! アギト、ミラはいったい何をしたのですか!? 先ほどの魔術――炎の魔術はもしや、ゴートマンでも模倣出来ない強化魔術だったのでしょうか……っ⁉」


 いや。いいや、違う。私はアギトにそれを尋ねながら、あれはそういうものではなかったのだと本能的に悟っていた。


 あの魔術はきっと、炎を無効化する魔術だ。ミラはそれを、ゴートマンの放った自分の魔術を消し去る為に使用したに過ぎない。だが……


 だが、それでは説明が付かない。あれだけの攻撃力を誇るミラの、その魔術のすべてを掌握するゴートマンを、どうして無手で制圧出来ようものか。


 いくらミラが勇者の力を――無敵にも近しい回復力を持つと言っても、彼女の魔術は人間という存在ひとつくらいは跡形も無く消してしまえる威力なのだ。それを前に、いったいどうして……


「…………っ。いえ……さっきの魔術は、厳密には強化魔術じゃありません。炎を無力化する魔術……もしかしたら、一部を自分の力に変えたりしてるかもしれませんけど、本質はそこじゃない……」


 アギトは力無く、そしてどこか強張った顔で私の問いに答えてくれる。その真実は理解しているつもり……だったが、事情を知る彼からもう一度告げられると、なおのこと目を疑ってしまうものだ。


 しかし……アギトはそれだけを気に掛けている様子ではない。そして、それ以外の問題に頭を抱え、それを私に説明しようとしてくれている……ように見えた。


「…………あの魔術は、魔王に対抗する為に作ったものです。そして……それを実現させるきっかけになったのは、マーリンさんの魔術。だけど……その更におおもとになったものは、マーリンさんを殺そうとした力でした」


「……大魔導士マーリンを……殺そうとした力……ですか? それはいったい……」


 アギトは強く歯を食い縛り、そして……どこか不安そうな、懸念を抱いた目でその戦いを見つめていた。


「――かつての戦いで、マーリンさんは窮地に立たされました。ミラよりももっとすごい魔術を無制限に使えるマーリンさんが……です。その理由は……魔術を無効化されたから。単純明快ですけど……」


 魔術を無効化された魔術師じゃ、達人には勝てませんから。と、アギトはそう言って……そして、やや緊張した面持ちでベルベットへと視線を向けた。その意味、意図は、撤退の準備が進んでいるかの確認……だろうか。


「ただ……あのバカ、相手がどんなことしてくるのか全部分かってるわけじゃないのに。アイツの知識と観察力ならある程度は対応出来るだろうけど……っ」


「……もしも知らない力を……無貌の魔女から譲り受けているであろう力を行使されれば、無効化出来ない可能性がある……と」


 なるほど、アギトの緊張の意味がすべて理解出来た気がする。


 今のミラは、ゴートマンが魔術師として――ミラと同種の人間として、その格付けをしようとしている部分に付け込んでいるのだ。


 魔術師として、学者として、あらゆる面で上回っているのだと見せ付けるようなあの男の振る舞いを逆手にとって、自らの魔術の模倣ばかりを――理解出来ている攻撃ばかりを誘導している。


 だからこそ、それらを無効化することも簡単だし、その弱点を突くのも彼女ならば容易なのだ。


「……では、ユーゴを連れて行ったのは……」


「多分……いえ、間違いなく。ユーゴもミラの魔術をほとんど見てますし、それに……」


 ミラの強さを想定した進化を、進化の為の鍛錬を積んでいるから。その模倣である限りは、ユーゴもまた対応出来て然るべきだ……と。


 そして、そんなユーゴの力を借りて、ゴートマンが秘めたる力を繰り出すよりも前に決着を……と、そう考えているわけか。


「三回目のジンクス……アイツが馬鹿なこと言い出すのもそこか、ちくしょう。そんなしょうもないことばっかりなぞってないで、もっとサクッと勝てた時の焼き直しをすれば良いのに……」


 アギトは悔しそうに、不安そうにそう呟いて窓の外を……まだ続いている戦いを……いや。一方的な暴力を見守っている。


 そうだ。一方的な……理不尽にさえ感じられるほど圧倒的な暴力が、あの凶悪なゴートマンを襲い続けている。私からはそう見えた。


 だがそれも、あの男が事情に気付けば――模倣ではなく、魔術ではなく、それ以外の力によって迎撃すればすぐに解決するのだと気付いてしまえばそこまでで……っ。


「――ユーゴ――っ! 逃がすんじゃないわヨ! こいつはここで叩き潰して、二度と水も飲めない身体にしてやるんだかラ!」


「お……おう! 言われなくても分かってる! 命令すんな!」


 と、後方で懸念されている(そんな)ことはとっくに理解していることだろう。ミラはユーゴにも指示を出しながら、魔術による反撃を繰り返すゴートマンを相手に、ただの暴力を以って――魔術師ではない、ミラという人間の身体能力だけで迫り続ける。


「――っ。百頭の龍雷エル・ヒドル・ヴォルテガ――――」


「――九頭の龍雷(ヒドル・ヴォルテガ)――――っ! ッ――シャァアアッ!」


 炎の魔術はすべてミラの腕の炎に飲み込まれ、雷の魔術はそれよりも小さな雷の魔術によって誘導される。


 ゴートマンがミラを嘲笑する為に繰り返す攻撃のすべてを、ミラはまるで子供を弄ぶように簡単にいなして見えた。


 そして、ゴートマンが一度魔術を使用する度――隙を見せる度に、ミラの攻撃がその身を襲う。顔に、腹に背中に、時には脚に、彼女の鋭い武術が突き刺さり、そして……


「げほ――っ。く――貴女には天術師としての誇りがあると思っていましたが、どうやら見込み違いのようですね……っ! 貴女ほどの高貴な天術師が、私のような下賤な存在にその力を愚弄されて、どうしてそう平気な顔をしていられるのでしょう!」


 そして、ミラは一撃を加える度に警戒心を高めて防御の姿勢を取る。深追いし過ぎない……いや、違う。追い詰め過ぎない為に……だろうか。ともかく、ゴートマンが体勢を立て直す隙を与えているようだった。


 そんなわずかな時間にも、男は挑発を繰り返す。その姿は……私からは、とても理知的なものとは思えなかった。


「そうでしょう――っ! 貴女はその人生の大半を術の開発に費やし、そして奇跡のような美しい術式を積み上げられた! それが! ああ! どうしてそんなにも醜い、地を這う虫のようなことをしていらっしゃるのか!」


 ゴートマンの様子は、振る舞いは、魔術師としてのミラに勝利したいと、その一点にこだわっているように思えた。そして……それはきっと、紛れもない事実だ。


 太刀打ち出来ない困難な状況に陥ったならば、別の手段を用いるべきだ。それが当たり前で、誰にでも考え付く必然の逃避だ。だが……


 ゴートマンはそれをしない。そして……その理由はきっと、あの男が魔術師だから……だ。自らの研究に、研鑽に、知識に。積み上げたあらゆるものに自信を持つ、ミラと同じ種類の人間だから。


「――さあ――っ! さあ! どうかその美しい式を! 成果を! 貴女が組み上げた芸術を私の前にどうか披露なさってください!」


 そう……なのだ。あの男はミラと同じ種類の――――あの男の行為は、その行動原理は、ミラの中にもある筈のものなのだ。


 ミラとて、自身の魔術を踏みにじられたままでいられるわけがない。これまでの努力のすべてを嘲笑われて、黙っていられるわけが無い。のに……


「……斬り断つ北風(ギーラ・ボーロス)――っ!」


「――っ。斬り断つ北風(ギーラ・ボーロス)――」


 ゴートマンの挑発に、ミラはまた別の魔術式を唱えた。それは……雷や炎に比べてずっと威力の低い風の魔術だった。


 彼女と男の間に立っていた木々が切り倒されて、しかし風の刃はぶつかり合うと激しく渦を巻いて空へと昇って行く。


 完全なる模倣、完全なる相殺。ミラにとって最大の屈辱で、ゴートマンにとって最大の幸福で……けれど……


「――が――げほっ! ごほ――っ!」


 その衝撃が収まる頃、ゴートマンはミラの拳を腹に受け、息も出来ずにその場で悶え狂っていた。


 ミラは魔術による勝利を――魔術師としての勝利を放棄し、戦士としてゴートマンを蹂躙していた。そうしてみれば、力の差は明らかだった。


「――っ。どうして……どうして、それほどまでの智慧を、輝きを、己を正当化するすべを持ちながら、どうしてそれを振るわない――っ! 私は貴女を――この下賤な天術使いである私が、崇高なる天術師である貴女を心から蔑如します――っ!」


「……なんとでも言うが良いワ。ただ――私は魔術師としての敗北よりももっと重大なものを背負ってるのヨ。勇者として、救世主として――人間を護るものとして、ミラ=ハークスはお前に負けるわけにはいかないノ」


 ゴートマンの挑発に、侮辱に、ミラは冷淡な言葉を返してその顎を蹴り飛ばす。男の身体はミラの背丈よりも高く蹴り上げられて、そして……受け身も取れないまま、焼けて薙ぎ払われてまっさらになった地面に叩き付けられた。

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