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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第四百七十話【迫るもの】



 馬車は何ごとも無かったかのように進み続ける。かつては帰還を遮られた筈の地点もとうに通り越し、それでもなお何も起こらなかったと言わんばかりの平穏さで。


「……アギト。先ほど、ふたりは何をしたのでしょうか」


 そしてそれはもちろん、何か重大なことが起こったという意味だ。何かは必ず起きなければならない、起こさなければならない場所で、何も無かったように感じたのだから。必然、その差を埋めるだけの事態が発生していなければならない。


 私はそれを、恐らく当事者であろうミラとベルベットではなく、ふたりを知るアギトに尋ねた。


 恐らく……という余計な言葉がくっ付いているのは、本当にふたりがやったという証拠が……確証が、私ひとりで手に入る理解が無かったから。


 そして、それをアギトに尋ねたのは…………そのふたりがやいやいと言い争いをしていて、それどころではないから……だ。


「えっと……俺も詳しいことは聞いてないんで、今までに見た術からの推測で説明することになる……んですけど、大丈夫ですか……?」


「はい、今はもうそれで構いません。なんでも良いので、それらしい理屈を頭に入れておきたいのです。その……」


 このままだと、また混乱で何も手に付かなくなってしまいそうだから……。そんな私の情けない頼みに、アギトは心底困った顔でふたりを見た。喧嘩をしていないで本人から説明してくれ……と、そういうのではなくて……


「ベルベット君は道を作ったんです。ここはまず絶対……だと思います。得意の錬金術で泥を……地面を動かして、削られた部分を他所の土で埋めて補修して。なんですけど……」


 絶対。と、アギトがそんな言葉を使ったのは、馬車がその地点を通り過ぎた後に、後ろを振り返って確認したから……だけではないだろう。


 馬車を進ませるに際して、その行く先に溝があったならば、それを埋めるのが一番効率的で分かりやすい手段だからだ。


 ベルベットならば色んな手段があっただろうが、そうだとしても手っ取り早いものを選ぶだろう、と。その上で、ここからは推測の域を出ないが……と、そんな話が続くのだ。


「ミラはそれを、間に合わない……あるいは、間に合っても馬車が通るには不完全なものだと判断した……んだと思います。さっき唱えた言霊はたしか、風のトンネルみたいな……なんと言うか……物体の移動を助ける魔術……だったような気がするんで」


「……なるほど。まだ柔らかく、馬車の重みで陥没しかねないと危惧して、そうならないように……馬車を少し浮かせた……と、そういうことでしょうか」


 であれば、先ほどわずかな間だけ車輪の音が遠くなったのにも説明が付く。そして同時に……埋まってもいない溝の上を飛び越えた……なんて馬鹿げたことはやっていないのだと、そんな安心感も遅れてやって来た……


「多分そんなとこです。それで……今は、そんなことしなくても間に合った……って。そんなの信用出来ない……って。子供がふたり、言い争いしてるとこです……はあ」


「子供……そうですね。こうしていると、本当にふたりは幼い……見た目のままの、あどけない存在に思えてしまいます」


 その実が、馬車の通れない溝を一瞬で補修してしまう錬金術師と、それを不要とするだけの魔術師なのだから、私の持っていた常識へ破滅的な攻撃を仕掛けられている気になってしまう。


 しかし、事情が分かればひとまずは心も落ち着く。何も分からなかったが、とりあえずなんとかなって今も無事でいる……という状況と、目の前の傑物の力があらゆる危険を排しながら連れて来てくれているという認知とでは、安心について天と地ほどの差があるから。


「……っと、そうです。ミラがこの馬車に魔術を掛けてくれたのなら、後方の部隊はどうなっているのでしょう。それが必要なことだったならば……」


 もしもミラの懸念通りならば、後ろの部隊は溝を越えられなかった……なんて可能性もあるのではないか。と、そんな不安を抱いて、乗り込み口から後方を確認すると、そこにはなんともなさそうに長い列を作っている馬車の姿が確認出来た。


 この様子なら、ベルベットの術は間に合ったか、あるいはミラの気回しが後方にまで及んでいたか。どちらにせよ、移動に関しての不安はこれから先にもしなくて済みそうだ。


「大丈夫ですよ、フィリアさん。ああしてると本当にただのわがままな子供ですけど、ミラもベルベット君もすごいですから。すごいすごいって理解したつもりになってても、次に何かあれば平気でそれを越えたすごいことをしでかしてくれます」


「……ふふ。そうですね、それに私も貴方も驚かされてしまう光景は、何を思わずとも簡単に想像出来てしまいます」


 理解したつもりの能力を更に超越したすごさを見せ付けられる……という話ならば、喧嘩をしているふたりを呆れた顔で眺めているユーゴだってそうだろう。むしろ、私としてはその筆頭であるとさえ捉えている。


 そうだ。この馬車には、この部隊には、文字通り人智を超越した存在がこんなにも乗り込んでいる。であれば、ただの窮地程度では気を揉むだけ損だろう。少なくとも、私が慌てて何が変わるでもなし。


「……むっ。ユーゴ、出番ヨ。バカアギト、ベルベットの近くにいなさイ。フィリアもヨ。ちょっとばかし出て来るワ」


「ってなると……魔獣が出たのか。珍しいな、そういうのいつもひとりで勝手にやるのに」


 おっと。気を緩めている場合ではない。先ほどまで喧嘩をしていたかと思えば、ミラはすぐに真剣な目を馬車の外へと向けた。


 そんな彼女の様子に、ベルベットもすぐに応えて何かの術を発動する為の準備をし始める。この切り替えの早さもまた、彼らが頼もしい由縁か。


「合図があったら馬車を停めて、すぐに反転の準備してネ。アギト、その時はアンタがベルベットに指示出しなさイ」


 ミラはアギトに指示を残すと、返事も聞かずにまた窓からするりと飛び出して行った。ユーゴもそれに続いて…………どうしてこの子達は出入り口を使わないのだろう……


「へ、返事も聞かずに、アイツ……って、逃げる算段立ててるってことは、それなりに数が出て来てるのか……」


「……かもしれませんね。ただの魔獣の群れ……野生の住処に近付いてしまっただけならば、構わず突き進むでしょうから……」


 いや、むしろこの位置からでも遠距離攻撃でせん滅してしまうだろう。しかしそれをしなかったということは、してはならないと――すると都合が悪い事情があると読んだということだ。それはつまり…………?


「……? いえ……相手が魔獣であるならば、それが野生のものでも、魔女が嗾けたものでも、この場所から攻撃するのに不具合は無い筈です。しかしそうしなかった……のは……」


 そうしたくなかった……魔力を温存したかった……とか。いや、違う。あの子は自らの魔力量に対しても自信を持っている。そして、それでも残量を気にしたならば、先の溝を越える段階で一度馬車を停めてでも温存した筈だ。では……


 魔術を使ってはいけない事情がある……? しかし、そんなものが彼女の前に立ちはだかるだろうか。彼女ほどの腕前――精密な操作と完璧とも言える地形把握能力を前に、環境がそれを許さないなんて可能性は…………


「……では、あの子はいったい何を警戒して……」


 何があるのだ。この先に、ミラが感知した障害とは、いったいなんなのだ。そんな焦りにも似た感情が不意に湧き上がって、私は急いで窓から前方を――馬車の進行方向を確認した。すると、そこには……


「――――爆ぜ散る春蘭(オクト・エクスルーダ)――――ッ!」


「――――爆ぜ散る春蘭(オクト・エクスルーダ)――――」


 馬車馬の姿が見えて、ユーゴの姿が見えて、ミラの姿が見えて……そして、その先の景色はすべて真っ白な光に飲み込まれた。ふたつの真っ白な火球によって、私達の行く先は――――


「――今の――っ。ミラの魔術と同等……それも、まったく同じ言霊の――――」


熱風は押し寄せなかった。けれど、それが周囲を――爆心地のすぐ近くだけを吹き飛ばしたのは、目で見て理解出来た。それだけのエネルギーを、ミラがその場所だけで押し留めたことくらいは私にも理解出来た。


 そうせざるを得なかったことを、嫌でも理解せざるを得なかった。


「――――こんなにも――――こんなにもこんなにも大勢で、どちらへ行かれるのでしょうかぁ――はい」


「――っ。ゴートマン――」


 光の落ち着いた先に見えてきたのは、どこか古めかしい衣装に身を包んだ男の姿――魔女と共にあった男、ゴートマンの姿だった。


 考えてみれば当然のことだった。ミラが……あのミラが、自信家の勇者が、ユーゴに出番だと言ったのだ。それはつまり、彼女ひとりでは手に負えない可能性を考慮したということだ。


 そんなもの、候補など考えるまでもない。あり得るのはたった三つ。魔女か、ゴートマンか、あるいはその両方か。それだけだ。


 そして今、目の前にはそのひとつの可能性が立ちはだかっている。ミラの魔術のすべてを模倣してみせたあの男が、私達を迎え撃つ為に。

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