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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第四百六十九話【道は進む先にある】



 カストル・アポリアからの支援物資も届き、部隊にも作戦が行き渡り、そして目ぼしい問題も洗い出し終えた。少なくとも、三日で出来ることはすべてやったと言い切ってしまえるだろう。


 そして、出発の朝を迎えた。今朝も……いや、今度の真夜中にも、ユーゴは私を起こしにやって来て、文句を言いながら荷物の準備を手伝って……勝手に進めてくれた。


 そう。いつも通り――今までと変わらず、特別なことなどどこにも存在しない一日が始まるように。


「――アギト。ミラはもう起きていますか」


「あ、はい。ちょ……ちょっとだけ待ってくださいっ。ほら、フィリアさん来たぞ。もう行くぞ。こら、起きて。起きなさい。ミラ。ミラってば」


 準備は整った。であれば、予定を変えることなく出発し、そして目的を達成するだけだ。そんな思いを胸に抱いて、私はアギトとミラに声を掛ける。困ったことに、ミラの起床が部隊の出発時刻となってしまうから。


 こんこんとドアを叩いて、声を掛けて、そして返事が聞こえてからしばらく……長く待たされたとは言わない程度に時間を置いて、部屋の中からは元気な声が聞こえ始めた。どうやら、勇者が目覚めたようだ。


「――フィリア! おはよう! んふふ」


「わっ。ふふ、おはようございます」


 するとすぐ、ばたんとドアが勢い良く開いて、まだ髪もぼさぼさなままのミラが飛び出してきた。そしてそのまま私を抱き締めると、にこにこ笑って頬ずりを始める。ふふ、良い子良い子。


「まったく気負った様子も緊張した様子もありませんね。流石です」


「んむ……ふふん、当然ヨ。魔女だろうとゴートマンだろうと、私の眠りを脅かすものじゃないワ」


 なんだか少しズレた気合にも思えるが……まあ、頼もしいのでこれはこれで良いのだろう。えへんと胸を張って誇らしげに笑う彼女の姿には、私はもちろん、それを目にした誰もの緊張を解してくれる力があるだろうから。


「しかし、油断はいけませんよ。貴方の力は本物ですし、頼りにもしていますし、信じてもいます。しかし、どれだけの力があろうとも付け入る隙というものは存在してしまいます」


「ん、分かってるワ。フィリアも気を付けてネ。私もベルベットもいるけど、それでも完全なんて無いんだかラ」


 完全は無い……か。魔術師である――最終解の途方も無さを知っている彼女が口にすると、なんだか重みが違って聞こえるな。


 そうだ。万全を期してなお、私達は敗北しているのだ。その事実を忘れたことは無いし、これからも忘れるわけにはいかない。


 今回はあの時よりもより高い戦力を揃えている。だが、あの時よりも統率力は劣っているだろう。以前よりも単純に強くなっているとは考えてはならない。


「……では、行きましょうか。支度は出来ていますね?」


「もちろんヨ。さっさと行って、さっさと倒して、全部解決しましょウ」


 私の問いに、ミラはほんのわずかすらも間を置かずに返してくれた。準備万端、いつでも出発出来る備えはしている、と。その割にはお寝坊さんだった気もするが……そこもまた彼女らしさか。


 ミラに確認を取ったなら、次には……と、目を向けると、もう尋ねるまでもない。アギトもまた、彼女と同じ顔をして私を見ていた。勝利を……ミラの勝利を疑わない、自信に満ちた顔を。


 であれば、一刻も早く出よう。この作戦は奇襲に近いものがある。陽動に気付かれるよりも前に、そしてこの進軍を悟られるよりも前に。どれだけ不覚に踏み込めるかが肝要だろう。


 そして私達はまた馬車へと乗り込み、部隊の確認をして、そして私の号令によって北へと――このダーンフールよりも先、まだ何も解放されていない地へと進み始めた。


「最終目的地はアルドイブラ……ですが、恐らくはその前に迎撃に遭うでしょう。魔女か、ゴートマンか、それとも魔獣か、他の魔人か。なんにせよ、交戦があったならば、その時点で進軍は中止。一度撤退し、再補給と再出発の準備を整えます」


 馬車が動き始めてすぐ、私はその場にいた四人に……ユーゴと、アギトとミラと、ベルベットに向けて指針の再確認をした。その意味は、彼らの能力への期待と、期待ゆえの不安視だ。


 ユーゴやミラは特に高い戦闘能力を有する。だからこそ、不必要に踏み込み過ぎてしまいかねない。


 私達はこれから、敵の本拠地があるであろう場所へと乗り込むのだ。そう……あるであろう……と、そう仮定しているに過ぎない場所へと。


 その先に必ず成果があるとは限らない。そして、成果があったとしても無傷で手に入るとは思えない。


 敵襲があれば備えが固くなる。これは、私達だけのものではない。魔人の集いとて、奇襲に遭えば防御を固めるのだ。


 彼らの攻撃力があったとしても、魔女やゴートマンまで控えられた状態で攻め入るのは不可能に近い。だから、一度部隊を退いて、全体を休ませる必要がある。


「たとえ魔獣との交戦であったとしても、それが野生のものだと……魔人の集いによる迎撃でないと断言出来ないのならば、撤退します。誘い込んで迎撃する策があることは、以前の接触でも理解しているのですから」


 深追いはしない。けれど、必ず一歩ずつ前へと進む。幸い、今の私達にはミラとベルベットがいる。地形への攻撃による妨害、誘導は回避し得るだろう。あの時と違って、一歩一歩進むだけの膂力が備わっているのだ。


「……でも、それでもっとガチガチに守りを固められたらどうするんだ? それに、撤退したとこを追い討ちされたら? 接触したらこっちの居場所はバレるんだし、砦に帰っても安全ってわけじゃないだろ」


「それはその通りです。ですが、すべてを対策することは出来ませんから」


 ダメだろ、それじゃ。と、ユーゴは呆れた顔で私の腕を叩いたが……まったくもって、なんとも言い返しにくいところを突いてくれるものだな。


 だが、そんなことも考慮していなかったわけではない。こちらもまた、先ほどの理屈が当てはまる……当てはめたからこそ、こうして決断を下したのだ。


「防御を固められるのはあちらだけではありません。ダーンフールにまで戦線を引き上げた効果は、何もヨロクの調査にしか意味を成さないものではありませんから」


 そう、こちらも砦まで引き返せば、防御を固めることが出来るのだ。そしてそうなれば、先ほど懸念したのとは真逆のことが起こる。


 拠点を構え、防御を固めているところへは、ユーゴやミラがいても簡単には攻め込めない。これはそのまま、魔女やゴートマンにも置き換えることが出来る。


 こちらにはミラがいる、ベルベットがいる。彼らの力は、攻撃よりも防御において――迎撃において、対多数のせん滅においてより高い効果を発揮するだろう。


「無理を強いてしまうことにはなりますが、しかしふたりの力ならば魔獣による侵攻は遮断出来るでしょう。先のミラの言葉を無視してしまうようですが、それこそ完璧と言って差し支えないくらいに」


 少なくとも、砦まで乗り込めるとすれば魔女とゴートマンだけだろう。そして……このふたつの戦力については、何をどう考慮したとて直接迎え撃つ以外に出来ることは無い。


 そうなった時に、攻めて迎え撃たれるよりも、退いて迎え撃つ方が勝算が高い……とまでは言わないが、多少の無理が効くのだ。まったく分からない地形で戦うよりも、こちらの活動拠点で戦う方がずっと分が良いだろう。


「……と、そういうわけですから。一気の決着にこだわらず、地道な進軍を続ける他にありません。消耗戦は、数の力に対抗し得るこちらが有利な筈ですから」


「任せテ。大型の魔獣くらいなら、片手間にでも蹴散らせるワ。ベルベットもいるから、部隊への被害もほとんど出させずに戦える筈ヨ」


 そんなミラの言葉に、ユーゴはとても不服そうに……自分でもそのくらいは出来ると言いたげに、しかし何も言わずにそっぽを向いてしまった。やはり、なんだかんだでミラの力は認めている……畏れてもいるから。


「……っと。そうこう言ってる内にそろそろネ。ベルベット」


 そろそろ。と、ミラはそう言って、ベルベットに声を掛けた。出番だぞ。と、そう伝えているのは、言葉が分からずとも理解出来る。そして……ミラの言う、そろそろの意味も。


「では、一度馬車を停めて……」


「ううん、必要無いワ。私も手伝うから、このまま走り抜けるわヨ」


 え……? こ、このまま……? と、私もユーゴも動揺してしまったのは、その“そろそろ”の意味を――それが障害としてどれだけ大きいかを良く知っているからだ。


 そう。そろそろ現れるであろう障害――かつて私達の退路を断った、濁流によって削られた大溝がもうそこまで迫っていて――――


「――疾る積乱雲プーリバークト・ノディス――っ!」


 覗き窓から足下は――これから馬車が進む地面は見えない。けれど、それが迫るのは理解していた。だから――減速しない馬車の揺れに、大きな衝撃が襲うのだと身体は勝手に身構えた――のに――


 ミラの言霊が聞こえた。そして、ベルベットが懐から何かを出したのが見えた。それから…………私の耳に届く音から、たったひとつだけが失われた。


「――な――にが起こって――っ!」


 真下――自分の座っているこの馬車のすぐ下、そしてこの中に響く音。車輪が地面を踏みしめる音が消えて、そして――――


 少しすると、またその音は戻って来た。大きな溝にぶつかる音も、衝撃も、何も経験することなく、平坦な道を進み続ける音だけが戻って来た。


 どうやら、ベルベットが道を作り、ミラがその不完全さを補う為の魔術を行使したらしい。


 それが分かったのは、ふたりがなんだか喧嘩を始めたからだった。互いが互いの譲れないものの為に、余計なことをするなと言わん顔をしていたから。

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