第四百六十七話【仲良く口論】
新たにやって来たふたりの協力者……ひとりの正規の協力者と、ひとりの不正規の協力者の能力を確認すると、私達はまた砦へと戻った。当然だが、そのまますぐに出発というわけにはいかないから。
そこで、ベルベットには部隊との連携を高めてもらう必要があると判断し、アギトと共にヘインスら騎士達のもとへと向かって貰った。
聞くに、彼はすでに騎士団と活動を共にした経験もあるから、そう時間も掛からないだろう……とのことだ。なんと頼もしい。
そういうわけだから、私はまた部屋へと戻り、ユーゴとミラにもう一度相談することとした。ベルベットの力を考慮した上で、これからどう動くべきか、と。
「まず、北へ向かうにあたっての物理的な障害がひとつあったわよネ。以前に罠へと誘導されたって言う、あの大きな溝」
「はい。前回はその誘導された地点へ向かうことが目的でしたから、それを超える必要はありませんでしたが……」
そこで真っ先に話題に挙げられたのは、かつて濁流を伴って私達の帰路を断ったあの場所だった。
今でもその溝は埋められておらず、また同時に、そこに橋を架ける工事を進めることも出来ていない。大掛かりな作業をして、それが魔人の集いに発覚されてしまえば、ネーオンタインの解放が……陽動が意味を成さなくなってしまうから。
「しかし、彼の……ベルベット殿の力を借り受けられるのならば……」
「そうヨ。私でもやってやれないことは無かったでしょうケド、アイツならより確実に、そして迅速に、かつ精密に、道を再構築してくれるでしょうネ」
やはりそうか。と、私はここへ来てまたひとつの事実に――過去にあったミラの決定、提案に納得した。
彼女はあの現場を見て、現状戦力を鑑みて、そして魔女の能力や魔人の集いの危険性を考慮した上で、この瞬間に――北方への解放作戦に必要な人材を呼ぼうと提案してくれていたのだ。
もちろん、ヨロクの林の調査の為にというのもあっただろう。だが、彼女の口ぶり、そして普段の活動を見ていれば、それがひとりでもまったく不可能なものだったとは思えない。
だが、より確実な調査と、そしてその後の作戦の為にと、もうひとりの魔術師を仲間に加えようと考えたのだ。
「……なあ。アイツの力を借りられるんなら、別に道を直す必要は無いんじゃないのか? 地下に潜れて、そこでちゃんと動けるんだろ? なら、最初からそれで進めば良いのに」
「……そう言われれば……たしかにそうですね。ミラ、その方針では如何でしょうか」
と。私がミラの思慮深さ、そして見通しの良さに感心していると、わきからユーゴに声を掛けられた。
そして……なるほど。彼の言にもまた一理ある。つい先ほど見せて貰ったベルベットの力をそのまま活用するのならば、地中を進み、魔獣にも魔人にも見付からないまま進行する方がより安全で確実だろうか。
「残念だけど、そういうわけにはいかないのヨ。ベルベットの魔力にも限りがあるし、それに何より……魔女はマナの流れを完全に把握出来てしまウ。地上を走っているのならまだしも、魔力を垂れ流しにしながら地中なんて進もうものなら、すぐに把捉されてそのまま生き埋めにされかねないワ」
「生き埋め……あんな力があっても、魔女の目は欺けない……のですか……」
逆ヨ。と、ミラはため息をついてそう言った。逆……高い能力を有するからこそ、そしてそれが魔術や錬金術であるからこそ、魔女にはより見付けやすいものとなってしまう……と。
「ベルベットのあの力は、撤退の時にだけ使うワ。ただ……それは部隊の撤退って意味であって、全員の撤退って意味じゃなイ。簡単に見抜かれて先回りされるのが分かってる以上、誰かは足止めに残らなくちゃいけないからネ」
「……っ。足止め……ですか」
っ。ミラの言葉に、提案に、私は苦い記憶を思い出していた。そしてそれは、やはり私だけのものではなかったらしい。
あの時――初めて魔女と戦った時。初めて……魔女と戦い、敗れ、逃げ出した時。私達は逃がして貰ったのだ。ジャンセンさんに。マリアノさんに。特別隊の皆に。そして、バスカーク伯爵に。
「……なら、その時は俺が残る。一番強いのは俺だし、むしろその場で倒す。それなら絶対追い討ちもされないだろ」
「アンタは本当にバカよネ。一番強い戦力を優先して逃がすってのが常識で、当たり前で、唯一未来が残る選択肢でしょうガ。でも……」
この場合に限って、その考えは間違ってないワ。ただ……。と、ミラは言葉を続け、そして私に目を向けた。ええと、私が……足止めをする……のでしょうか……? いや、そんなわけは……
「この場合、要点は被害をわずかでも小さくすることにあるワ。つまるところ、狙われたらどうしようもないところをさっさと避難させるってコト」
「……では、私と、そして部隊の騎士達を……」
魔女を相手には到底太刀打ち出来ないものを…………ユーゴとミラの足を引っ張りかねない存在を、その場から離脱させる……か。なるほど、では先ほどの視線の意図は、私にはさっさと帰って貰うことになる……と、そういう意味で……
「……ううん、違ウ。フィリアには危険極まりない戦場に残って貰わなくちゃならないワ。本当なら一番先に逃がさなくちゃいけないんだケド……相手が相手だからネ」
私もユーゴもいないところへやっちゃったら、アイツらの狙いがフィリアだった時に、フィリアも部隊も失うなんて最悪の事態に陥りかねないもノ。と、ミラはすごく申し訳無さそうな顔でそう続けた。な、なるほど……
「……恐ろしい話ですが、納得しました。なるほど……まず、標的となり得るものを孤立させないことを優先する。そして、その上で被害をわずかでも減らす。それを考えたならば……」
「みんなには悪いけど、足手まといにすらならないもノ。私は大勢を守る為の戦いを繰り返してきたつもりだケド、大勢を守りながらの戦いはやったことが無イ。だったら、初めからフィリアとアギトだけ守れば良い状況にしちゃえば問題も減るでしょう……って、それだけのことヨ」
合理的……のように語ってくれるが、まったくもって理外の作戦だろう。強力無比な存在を前に、わざわざ戦力を減らすなどとは。
だが、その不合理こそが正しいのだ。相手は不条理と理不尽の極みのような存在で、理を突き詰めた作戦では到底太刀打ち出来っこない。
ならば、撤退という行為において重要視されるのは、無駄な犠牲を出さないことだ。
ただ身体を鍛え、武力を身に付けただけの戦力などが太刀打ち出来る相手でもない。そして……目を付けられている人物を逃がせば、孤立したところを追い討たれてしまう。
となれば、逃がすものは部隊そのもの……私やユーゴ、そしてアギトとミラ以外の全員……となるわけか。
「……ふう。頭が痛くなってきました。よもや、無貌の魔女を相手には、たった四人で立ち向かわなければ……いえ。私を戦力に数えることなど出来ませんから、たった三人で……」
「あはは。そうネ、そこだけ切り取ると寂しいかもしれないわネ。でも……ううん、そうじゃないワ」
そうではない……とは、どうなのだろう。私がミラに尋ねると、彼女は少しだけ目を細めて、なんだか懐かしい思い出に浸るように話を聞かせてくれる。
「最強の戦士がいタ。最強の魔術師がいタ。そして、駆け出しの勇者がいタ。その勇者の片割れは、戦う力なんてまったく持っていなかっタ。想定されてる状況は、私達が魔王を倒した時とまったく同じなのヨ」
「……最強の……ユーゴと、ミラと、アギトと……そして、戦うことなど出来ない私がいる。それが、貴女のかつての戦いと被る……と?」
あの時よりずっとスケールダウンしてるのは否めないけどネ。と、ミラはため息をついてそう続けた。けれど……
少しだけ勇気を貰えた気がした。そう……か。彼女は……彼女達は、そんな絶望的な戦力で世界を救ったのか。ならば……
「ユーゴはまだフリード様には及ばなイ。私もマーリン様の腕前には程遠い。バカアギトなんて、私の代わりになんてなりっこなイ。でも……うーん。フィリアはあの時のアギトよりはちゃんとしてるわよネ」
「あ、あの……そのアギトの力で魔王を倒した……のではなかったのですか……?」
その……つらい思い出だとは理解しているが、しかし口を挟まずにはいられない。
話に聞いた魔王との戦いでは、決着の瞬間をアギトの手によって迎えたのだ、と。ミラが死に、敗北する筈だった未来を、彼の一押しが書き換えたのだ、と。そんな彼と比べては、私などはとても……
「……それは、結果としてそうだったってだけだかラ。アギトがのんきに応援だけしてて、私がそれで死んだとしても、フリード様とマーリン様なら魔王を打倒されたでしょウ。つまり、問題は私とユーゴに魔女を倒しきるだけの力があるかどうか……だけなのよネ」
「ある。あるに決まってるだろ。っていうかお前はいらない。俺ひとりでも倒せるし、倒す」
うーん。と、頭を抱えるミラの姿は、いつか彼の活躍を――その過去を語ってくれた時のものとはかけ離れて見えた。なんと言うか……すごく……現実主義でドライな考え方と言うか……
けれど、そんな彼女もユーゴに噛み付かれればすぐに目付きを変える。のんびりしたものから、すごく好戦的な、それでいて挑発的な目をしていた。
「そうネ。あの程度の魔女が相手なら、私ひとりでも問題無く倒せるでしょウ。なら、ユーゴは部隊と一緒に撤退させて平気ネ。私がフィリアを守りながら全部終わらせてやるワ」
「何言ってんだ、このアホチビ。お前がアギト連れてさっさと逃げろ。フィリアは死なれると困るから、ちゃんと俺が守るけど」
そんなミラの態度に、当然ユーゴも同じような顔になって……そして、子供同士の言い合いが始まってしまった。先ほどまですごく真剣な……とても危険な戦いへ向けての話し合いをしていたのに……どうして……
けれど、ある意味ではこの状況が少しだけ安心感をもたらしてくれる。ユーゴはもうかつてほど気負ってはいない。そして……その状況をミラも理解している。
戦う準備は出来ている。最大の協力者があって、その上最強の存在も立ち直っている。
ならば、次こそは……。と、そう思わせるものが、こののんきなやり取りの中にもたしかに存在して……して…………本当に存在するだろうか……? 私の勝手な思い込みのような気もしてきた……




