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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第四百六十四話【力を見せる】



 ベルベットから何かを聞いて、それをヘインスらと相談する為に、私とミラを残して部屋を出て行ったユーゴとアギトだったが、その後私の前へは戻って来なかった。そう、戻って来なかった。説明をしなかっただけでなく、戻ってすら来なかった。


 別に良いのだ。私が知ろうが知るまいが、結果には大きく寄与しないだろうし。だから、別に良いのだ。怒ってもないし拗ねてもいない。


 ただそれでも、ユーゴは特別隊に属し、宮でも仕事をする時があるのだ。ならば、私に対して報告する義務があるだろう。


 アギトも同じく、彼は私の指揮下に入っている友軍のひとりなわけだから。求められたならば当然、求められずとも相談と報告はせねばならない。


 怒ってなどいない。拗ねてもいない。けれど、するべきことをしていないという一点においては、私も譲るわけにはいかないのだ。私が大人で、彼らがまだ幼い子供である以上は。だから……


「ご、ごめんなさい、フィリアさん。その……」


「……悪かったって。急ぎで確認したかったんだよ」


 次の日の朝、私は寝ているミラを抱き締めたまま、やっと部屋にやってきたふたりに背を向けて、黙秘権を行使し続けた。ふたりがきちんと反省し、その色を見せるまでは、ずっとこのままでいてやろう、と。


「そんなに拗ねるなよ。子供じゃあるまいし」


「っ⁈ す、拗ねてなどいません!」


 拗ねてるだろ、どう見ても。なんて、反省どころか私を貶めるような言葉を使うユーゴの声に、つい私も声を荒らげて振り返ってしまった。


 するとそこには、困った顔のアギトと、そしてふてぶてしくも私を睨んで呆れ返っているユーゴの姿があった。な、なんて顔をするのですか……


「こほん。私は拗ねてなどいませんし、怒ってもいません。ですから、きちんと報告と相談をお願いします。特にユーゴ。基本的には自由にさせて来ましたが、しかし貴方は名目上は私の管理下にあってですね……」


「分かった分かった、悪かったってば。怒るなよ、もう」


 お、怒ってなどいませんっ。冷静に、大人として、きちんと報告をするようにと求める私に、ユーゴはため息をついてなだめるような言葉を繰り返す。お、怒ってなど……怒っているように見えますか……? 怒っている相手への態度とはとても思えないのですが……


「ベルベット君の錬金術なら、部隊の全員を安全に撤退させることが出来る……とは、俺もミラも分かってたんですけど。もしかしなくても、魔獣に限れば無力化も出来そうだな……って」


「っ! ほ、本当ですか!? いえ、しかし…………」


 しかし……と、言葉に詰まった私に、ユーゴは首を傾げた。いえ……その……とても簡単な、そして重大な話なのですが……


「……ベルベット殿は、こちらに来てからロクな説明も受けていない……と思うのです。いえ、調査のさなかにミラから話を聞かされているかもしれませんが……しかし、聞かされた程度であの魔女の力をきちんとイメージ出来ているのか……と……」


 ベルベットの言う出来ると、現場で求められる出来るが乖離している可能性は高い。そう、とても簡単で重大な問題だが、私達は彼の力を知らないのだ。


 もちろん、アギトはその能力を把握している筈だから。その彼が大丈夫だと、頼れるのだと口にした以上、それなりには期待して良い……のだろうけれど。


「作戦を……大勢の命が、安全が、そして国そのものの未来がかった戦いですから。彼の力量をアギトやミラが把握していたとして、それに部隊の全員が信頼していたとしても、私はそれだけの理由で良しとは出来ません」


 するわけにはいかない……が、より正しいのだけれど。そんな私の言葉に、ユーゴは目を丸くしてため息をついた。そんなこともきちんと考えていたのか……と、そう思っているのが筒抜けなのですが……


「……ま、そこはそうか。じゃあ……どうする? 今からまたネーオンタインの方まで行って、魔獣と戦わせるのか?」


「いえ、その能力について説明をいただいて、実演していただければそれで問題ありません。ミラが頼りにして呼んだわけですから、能力の高さに関してはすでに保証されているも同然ですので」


 私がそう答えると、アギトは私にも分かる言葉でベルベットに通訳をしてくれた。


 その……なんだろうな。すごくすごく気持ち悪い……理解不能な異常事態が、まるで当たり前のことのように受け入れられている感じがある。本当にどうなっているのだ、召喚術式というものは。


「……うん、そういうこと。え? うん、そうそう。本物の女王様だから。結果だけ出せば良いんじゃなくて、きちんと信頼を勝ち取るところから……え? うん。だから、本物だってば」


「気持ちは分かるけどな。威厳もクソも無いし、間抜けだし、アホだし。でも、一応あんなんでも王様だからな。立場的にしょうがないんだよ。めんどくさくても付き合ってやってくれ」


 うん……なんでだろうな。ベルベットの言葉はまったく分からないのに、彼と会話をするふたりの言葉からそのやり取りが簡単に汲み取れてしまう。王であることをわずかすらも信じて貰えていないのか……私は……


「え……? いや、それは……うん、いや、まあ……そうだけどさ」


 そんなにも……威厳が無いのですか……と、ひとり落ち込む私の耳に、困ってしまったようなアギトの声が聞こえた。


 私を女王と信じて貰うだけでそんなに困り果ててしまうのか……と、また肩を落とし、彼の方へと視線を向けると……どういうわけか、助けを求めるような表情のアギトと目が合った。話の出来ない私に何を求めているのですか……?


「めんどくさいからもう出発したいってさ。出発すればすぐ見せられるから、って」


「え……ええと……いえ、その出発の為にも、貴方の力をきちんと理解する必要があってですね……」


 出発してしまってからでは、これでは危ないと判断するのも遅れてしまうだろうし。


 しかしながら、どうやら私が渋っていることを通訳されずとも理解したようで、ベルベットは少し眉間にしわを寄せて、アギトの背中を拳で叩いた。その……ミラもそうですが、どうして彼を殴るのですか……?


「いたいいたい、痛いって。ちゃんと説明してるから、俺じゃないから。それと、フィリアさんもちゃんとベルベット君のことは信用してくれてるって。ただ、組織の偉い人としては、ちゃんと確証が無いと動くわけにはいかないって……」


 けれど、殴られながらもアギトはベルベットを説得し続けて……そして、どうやら先に実演をすることに納得して貰えたようだ。いえ、とても睨まれたままなので、まったく納得はされていなさそうですが……


「じゃあさっさと外出て欲しいってさ。部屋の中ぐちゃぐちゃにして良いならここでやるけど、って」


「よ、良くありません。すぐに出ますから、外でお願いします」


 なんと言うか……ずいぶんせっかちな子だな。


 ユーゴに少し似ているかなとも思ったが、彼以上に短気で、彼よりも少し警戒心が薄そうだ。気付けばアギトとユーゴの言語について、まったく気に留めなくなっている。意外と大雑把な子なのだろうか……?


 そんなせっかちな彼に砦をめちゃくちゃにされる前にと、私はまだ眠ったままのミラを抱っこして彼らと共に部屋を出た。そして、まだ何も建てられていない、広いだけのダーンフールの市街地へと赴いて……


「フィリアさん、ちょっとだけ下がっててください。あと……一応、その……もしかしたら、服が汚れるかもしれないんですけど……」


 ここで実演してみせよう。と、本人がそう言ったかは分からないが、立ち止まったところで私達はベルベットに注目した。


「服の汚れ程度を今更気になどしませんよ。しかし……下がれ……ということは、もしやミラのように広範囲を攻撃する魔術などを……?」


 もしもそうなら……ユーザントリアは本当にどうなっているのだ。魔術とはそもそも学問で、技術で、あくまでも自然現象の再現を目指す過程でしかないのだ。それを、まるで兵器のように……


「ええと……いえ。彼はミラと違って純粋な錬金術師なので、戦う為の術ではない筈です。俺が知ってる限りでは」


「……攻撃魔術ではない……いえ、戦闘を想定したものではない……のですか。では、いったい……」


 けれどそれが魔女や魔獣との戦いで役に立つ……のだろう? いったいどんな術なのだろうか。


 私もユーゴも、まだ疑念半分、期待半分で彼を見つめてその術の発動を待つ。ベルベットを良く知るふたりの内、ミラはまだ眠ったままだから……アギトだけが、これから起こる超常現象を予測し、期待して…………とても、とてもとても不安そうな顔をしている……な。え……ええと……?


「――むにゃ……ふわぁ。んむ……」


「あ……起こしてしまいましたか? ミラ、おはようございます」


 っと。そんなこんなしている間に、ミラが起きてしまった。あ、いや……本来ならば起きているべき……か。それはどちらでも良くて。


「今からベルベットの力を見せて貰おうと思っているのですが……私ではすぐに理解出来ない可能性もありますから、貴女解説していただければ――――」


 しかし、ちょうど良いところに起きてくれた。これから実演されるであろう錬金術を、専門家である彼女から解説して貰おう……と、頼み込もうとした時、私は言葉を失った。


 私の腕からミラの重さが消えたのだ。しかし、彼女はまだ私の腕の中でまどろんでいる。たしかに触れていて、温かさもあって、なのに……


 それからすぐ、これがベルベットの力なのだと理解した。理解した――つもりになった。だから、急いで顔を上げ、彼の方へと視線を向けた――――のだが――――


 そこには、何も無かった筈の広場など無かった。何も無い――が、無い。目の前には真っ暗な光景だけが広がっていて、そこにユーゴとアギトと、そしてベルベットの姿だけがあって……

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